右人差し指の付け根が熱を帯びて痛い(´`:)

ペン入れに力が入りすぎ……?

やっと線画も垢抜けてきて、速度も上がってきたのにもうこうなるか………悔しい。

私の知り合いに、腱鞘炎で絵を描けなくなってアニメーターをやめてしまった方がいる。

その人は言っていた、『あのとき腱鞘炎で会社をやめなければ私はまだアニメーターとして絵を描いていたのに』と。悔しそうに(´;ω;`)

アニメーターでもなければ絵で仕事をしてるわけでもないくせにもう音をあげてる自身の身体が許せませんね。

右手が駄目になったらサウスポーになります。幸い、絵の練習に右脳を鍛えようと一月ほど左手メインで生活していた時期がありまして、その時は2週間ほどでそこそこ箸も使えるようになりましたし……きっとペンぐらい……。

まだ始まってすらいないのに終わるとか有り得ません(´-ι_-`)

でー、ですね、絵は一つ段階を上げる必要があると思いました。

弱点を見ていきましょう。

私の絵はアングルとアイレベルの変化に乏しく、人物にいろんなポーズをとらせてもどれもこれもおなじ絵に見えてしまうという欠点が目だちます。

それから、人体の構造を理解していないため、筋肉や骨、筋の浮きによる肉体の曲線はかなりごまかしてる感がありますね。

あとはパースなり陰影なり……立体把握?も非常に弱い。

それから致命的なのは女の子を描いても可愛くない………ってところですか。うぬ。

弱点ばかりで気が遠くなりそうですが、一つずつ、、、てか、描いてれば自然と潰れると思うのですがまぁ、意識して練習せんとくん。

さて

で?今回どここだわってんのよ?

って話ですよね。気にしてくれてありがとうございます。

今回のテーマはずばり

ディティールのこだわり

ですね。

私の大きな弱点のひとつです(←弱点しかない

これは正直苦手なのは私が悪い。ブログトップにも書いてますが、私にとって絵とは雰囲気と勢い勝負のものだったのです、アナログ時代は。

ですから線の勢いと直感で描き表せるアナログにこだわってたわけですね。

しかしそれでどうでしたでしょう。そうです

私の描く絵はつまらなかった

のです。

いや、シチュエーションとか作品性にはこだわってましたから、それはそれでいいのですが、薄っぺらかったのです。………紙だけに……

なんといいますか、確かに伝わるには伝わるけれども5秒も見ればお腹いっぱい。そんな絵でしたねぇ………

このままじゃいけない。見て楽しい絵でなければ見ていても楽しくないのです。残念。

して、そこで出てくるディティール。

某氏がおっしゃっておられました。『絵は労力の割に消費が早い』と。

全くその通りだぜ。こっちの苦労もわかって欲しいんだぜ。ってとこ。私も氏の意見に同意です。

そこで長く作品を見てもらい、より作品を印象づけ、且つ楽しい作品性があるものにするために必要なのがディティールなのです。

そう、細かく描き込まれていて単純に情報量が多ければ単純に長く見てもらえるし、見るところも多いので印象にも残るはずです。

しかしそれだけでは足りない。

私のこだわるディティールとは、ずばり遊び心です。

小説で私がよく使っていた、はったりによる奥行き感ですね!……物理的ではなくて、作品の奥行き感ですよ……??

で、作品の奥行き感って、何だよって話よね。そうよね。

それが、考察余地です。

見るものに、考えるための判断材料を与えるはったり。深く考えていなくとも、見る人が勝手に深読みしてくれるためのまきびしみたいな設定です。

………絵はともかく、小説では後付け設定に使えるのでばらまいておくと便利ですよ。私の小説でいうところの、望君が世界を変えてやろうと思った瞬間のエピソードの数々とか、ユウが過去にティアをかばって死にかけた設定とかなんか、そんなんです。

余談ですが、ユウが過去にティアをかばった設定はしっかり二次的後付けと三次的後付けにつなげる予定です。

二次的後付けは、その経験より、ティアがユウを絶対に囮にはしないという設定。さらに三次的後付けは、いつかどっかでティアの偽物ネタとかやったときにのその設定を偽物の見破りのタネにしようとかぼんやり考えてました。

『俺が囮になって奴を引きつける』

『OK任せた、死ぬんじゃないわよ!』

『ざっけんなてめー偽物だろ。ティアは俺のことを絶対に囮にしたがらねえんだよ』

的な。

まぁ、今となってはもうずぅっとノアのはこぶねに触れてないのでこのネタは塩漬けにしておきますか。

まぁ、、とにかく、あれです。重要なのは

直接は語らないけど、ちゃんと設定として存在してるもの。

です。伏線的要素のあるなし別に。

今回の絵で言うところの肩から下がってるベルト穴に吊してある鍵とか、ベルトそのものの切れ込み(キズ)だったり、左足がブーツなのに右足が生足だったり、ゴーグルに何故か巻いてる布きれ、さらにゴーグルに描かれてる照準などなどです。

矛盾しない程度に思いつきでこういうのをちりばめておけば、少なくとも長くは見てもらえるし、それで勝手に裏側まで考えてくれれば、それだけでみるのが楽しい絵になります。

鍵があったら見る側は当然鍵穴を探すでしょうし、鞄に鍵穴があれば中身が気になります。逆に鍵穴がなくてもどこの鍵なのかとか、家の鍵なのかとか、気になりますよね。

ゴーグルの照準も彼女の手描き照準だとすれば途端に彼女がアホの子に見えてきますし、そうでなければなんでそんなもがついてるゴーグルをしてるのかとか、勝手に奥行き感がでてきます。

こだわり、というか、あれだ!ニーソ描くじゃん?ニーソのゴム部分はちょっと肉に食い込むような描き方するとするじゃん!?したらさ!めっちゃめちゃ太股やわらかそうじゃん?!そういうこと!!(´・_・`)

そんな感じで、私は小説にしろ、絵にしろ、作品には遊び心が必要だと思ってます。遊び心は、遊びですからね、作者の趣味がもろにでる重要なエッセンスなのです。それが作者の個性であり、その人にしか描けない魅力になっていくとおもうのです。

と、、いうことで、、しばらくは絵に関しては細かい描き込みと、それらを流し見で済まされないように整理された綺麗な線を目指しましょう。

よーし、右手痛いけど、今日もすすんだぞー。

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