その後の朝食の味をアルマは覚えていない。そして、忘れることもない。

────

「お姉ちゃん……お兄ちゃんと喧嘩しちゃったの……?」

子供なりに気を使っているということが伺える視線が刺さり、ティアは手に取ったマナ水のボトルに映り込んだ自身を見つめた。その表情はぎこちない。

「……ん?っえ、いや!んぅーん、いや、まぁ……いや……はい……」

曖昧な返答は、その隣にのぞき込むように映り込んだ表情をも曇らせた。

喧嘩というほどのことでもない、ただ原因が原因であるためにティアは頭を悩ませた。

アルマはそれ以上は何も聞かなかった、ただ、手を後ろに組んで口先を尖らせては眉を困らせるだけであった。

2人は町に出て特訓の準備をしている最中である。宿で分かれて以来、ユウとタマの動向を2人は知らない。
いつもと変わらぬ様子で歯を見せて笑ったユウの最後の表情がアルマの中の不安を煽る。子供特有の直感だ、アルマからみてもとてもユウが無理をして笑っていたようには見えなかったが、現在行動を共にしてくれていないという事実と、先程から炭酸飲料のような様子でぼーっとするティアを見て、察する。

ティアは手に持っていたマナ水を右手の買い物かごへと放ると、思い出したかのように笑いかけ、アルマの手を引く。

「いっぱいお菓子も買っちゃおうよ!ほら特訓すると疲れるでしょうし、甘いものをね……?」

アルマは、特に大きな反応を見せるわけでもなく頷いた。
そんなアルマの様子がまた、ティアを大きく悩ませる。
両手一杯の袋を抱えた少女が2人、アイテムショップから出てきたのは5分後のことである。

その後、2人は街の外れにある草原に作られた公園で特訓を開始した。
途中、剣の練習をする少女をめずらしく思ったのか、単純に下心を踊らせたのか、ティアが三人の男に絡まれるトラブルもあったものの、2人は無事だ。
男たちは壊れた武器を抱えつつ、逃げるように街へと向かっていった。
少女の旅には危険が憑き物であり、それらを祓う実力は旅の大前提である。有翼虎の群だろうと、数百年ものの魔女にだろうと、砦を持つゴブリン族にだろうとも一切の怯みを見せない少女にしてみれば、か弱き乙女を狙うような小さな輩程度、そこらの魔物よりもよっぽどかわいいものである。

逆にいえば、その程度の力も持たないのであれば残された道など捕食されるのみ。

その事実を再認識したティアは今一度アルマを連れ出してきた事に対しての責任を省みる。
『もし、今しがた男に絡まれたのが自分ではなく、アルマ1人であったら』

──いつだってそばで護ってやれるわけではない──

ティアの頭を、先日のユウの言葉が埋め尽くした。ユウの視線が、視界を埋め尽くした。
目の前のアルマから、笑顔が消えた。

すると、自然と声がでる。

「アルマ!」

「──っ!?はい!」

「悪くないわ……けど、その振りじゃあ骨まで断てない……。
握りが甘いよ……!」

いつになく真剣なティアの様子にアルマは息を呑み、また剣を振り始めた。

(……そうよ、これでいい……。アルマが無事でいれるように……1人でも……やれるように……!)

鬼となったコーチは癖のついてしまった前髪をゴムでとめなおした。額の皮膚が引き延ばされ、それは自然と少女の顔から甘さを奪う。
15分に一度、自身の行うレクチャーともにアルマに向かって飴玉とマナ水を渡した。
あえて公園の外へと出、周辺の魔物を狩ってみせた。

ティアは、自分の教え込める全てをアルマへと注いだ。

その日17頭目の魔物の亡骸を前に、2人の少女は夕凪を全身へと受ける。
ほとんど無傷のジャージ姿と、傷だらけの剣士服は夕焼けに染まった互いの顔を見合い、礼を交わす。

宿へと戻るなり、出迎えた少年の表情はサイコロのように面を変える。
驚き、怒り、心配し、しまいには額に手を当てる。
ヒール屋帰りのため、目立った傷こそはないものの、アルマのボロボロの剣士服から今日の特訓をみたのだ。
剣士服の裂け目の数々には、生々しい血の痕が見られた。

「お前……」

ユウは一つため息を挟むと、アルマを指さしつつ低い声を響かせた。呆れと安堵を含んだ声色は、ある種ティアを責めているかのように少女の耳へと収まる。
黙って口を一文字につぐんだティアを見、アルマは自分のしてきた『特訓』がまるで悪行であったかのようにすら感じていた。

その晩、ティアとアルマが風呂から上がった後、ユウは予定していた魔法講座を中止にした。
彼は自身が使える唯一の回復魔法をアルマの手にかけ、街で買ってきた一冊の絵本と震えるタマを手渡す。

「アルマ、お前とティアは違うんだ……もちろん俺ともな。憧れるのはいい、俺だって嬉しいさ、力にもなってやりてぇ。だが……今日俺がお前に教えられることはこれだけだ」

「……?」

首をかしげるアルマの頭にばすっと手を置くと、ユウは振り返り、部屋をあとにする。
アルマがユウから渡された絵本の内容は、空を飛ぶ鳥に憧れた少女が試行錯誤の末に崖から落ちて翼を手にするというものであった。

一見非情な皮肉と警告の意味を、少女は解さない。
アルマは静かに絵本を閉じると、最後にユウが消えた時の様子を思い出す。

ユウは部屋を出たとき、その足を廊下の自身の部屋の方ではなく、ティアの部屋の方へと向けていた。
それはアルマにとっては非常に気がかりであり、また不安の種となる。

「たまちゃん、お兄ちゃん……怒ってたの……?」

隣で脳天気に鼻ちょうちんを膨らますタマを抱き、アルマは部屋の灯りを落とした。
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