翌朝、耳元に微かに触れる風切り音でティアは目を醒ました。
数秒に一度程度の頻度で、少し気を抜けばすぐに聞こえなくなりそうなほどに静かな音だ。彼女にとっては非常に聞き慣れたありふれた音であり、また、彼女にとっても馴染みのない音。

剣を振る音。

ユウが振るにしてはブレがあり、迷いがある。なにより、その音はティアからしてもあまりにも荒削りであり、そして短く儚い。
音から想像される振り幅と力強さからみえるのはまだまだ手足の成長しきっていない、か弱き少女だ。
剣の音に気がついてからさらによく耳を澄ますと、彼女の耳にはもう一つの音が聞こえる。
またも少女の息づかいだ、剣を振る音が聞こえる瞬間微かに聞こえる。
時刻は五時四十分、ティアは、さっさと顔を洗って歯を磨き、その辺にあったカーディガンをパジャマの上に羽織って宿の裏庭へとかけだした。

裏庭へと出た彼女の瞳に映った光景は案の定。Tシャツとホットパンツから真白い四肢を伸ばす、美しい銀の髪を持つ少女。
アルマだ。
朝露に濡れた土の匂いの中、白い息を吐きながら、ただ一心不乱にレイピアを振るアルマの姿を見て、ティアは声をかけることも忘れて見入った。
その後10回ほどアルマがレイピアを振るのを見届けた後、ようやく我に返ったティアが声をかけた。

「……アルマ!?」

「あ、お姉ちゃん、おはよう!」

滴る汗を未だ薄暗い朝日に返して光らせ、笑顔を見せる。
未熟ながらも筋は悪くない。剣を振り始めた頃、よくフルスイングで得物を投げ飛ばしていたティアはそんな自身と目の前のアルマを重ねて苦い笑みをこぼす。
湿っぽい朝の空気と共に懐かしい記憶を呼び起こされたティアはすぐにでも特訓を始めたい衝動に駆られるも、アルマのお腹から聞こえた虫の鳴き声を聞いて、ようやく会話らしい言葉がのどを出た。

「い、いつから練習してたの……?」

至極自然で当然の疑問だ、時刻はようやく六時を回ったあたりで、まだまだ子供は寝てたい時間だ。

「えっ……と、それは……」

「裏庭に出てきた時間は四時半だ、それから一度も休憩も挟まずにその調子さ」

「っ!」

宿の三階から乾いたタオルが投げ落とされた。
それが手元に落ちると、ティアは声の主へと目がいく。
窓枠に座りこんで裏庭を見下ろす男は、彼女が知る中でも最も剣の扱いに長けた人間である。

「お!お兄ちゃんまで!おはよう!」

「おう、アルマ、おはよう。なかなかいい感じじゃん、初めて剣を振ったとは思えない出来だったぜ」

ユウだ。正確にアルマが剣を振り始めた時間を知っていて、現状とその台詞、もちろんティアは違和感を覚え、不快感を顔に現した。

「え……ユウ、あなたひょっとして『最初から見てただけ』なの……?」

「ああ、そうだけど?なんか問題あるか?」

悪びれる様子もない、魔法を扱う天賦の剣に思わず彼女は声を荒げた。

「っちょ!!ひどいじゃない!!ユウ!!」

「大声だすな……!他の宿泊客の迷惑になるだろ!?」

「……あ、ごめ……じゃなくて!ずっと見てたならなんで教えてあげないのよ!あなたが教えてあげればアルマだってもっともっと成長できるでしょ!?」

ティアの言い分はもっともだ。彼女が知る中で最も素晴らしい剣士でもあるアルマの兄役、ティアからしてもこれほどに羨ましく、また惜しい師はいない。
口にはせずとも、ティアははっきりと実感している、メイガスエッジならばいざ知らず、ただのレイピアの扱いに関してはユウの方が数枚上手であることを。
それはユウも自覚しているであろうことはティアの目から見ても確かであり、彼女からすると、彼はそれをアルマに教えるのをもったいぶるように映った。
しかしユウにも言い分はある。
ティアの話を眉間にしわを寄せながら黙って聞き過ごした後、頷くと、彼はそのまま窓枠から飛び降りた。
音もなく裏庭に着地をしたのち、ティアからタオルを取り上げるとそれをアルマの頭に被せて言う。

「アルマは窓から飛び降りたりすることは真似すんなよ、おまえの身体じゃ両足折れるぜ。
それから、このくそ寒い中、そんな格好で汗かいたら風邪引くぞ、ほれ、さっさとシャワー浴びて来いよ、食堂の入り口で集合だ」

「……そ、そうだね、ユウとの話はこっちで片付けておくから、アルマは身体が冷めないうちにシャワーをば……ユウ!」

ティアがドスの利いた声でユウへと向き直るとアルマは何かを察したように一つ頷いて駆け足で宿へと戻った。
視線で説明を欲するティアの要求通り、ため息を一つと共にユウも口を開いた。

「俺も最初は教えてやろうかと思ったよ。でもやめた、お前だって気づいたろ?」

自身の眉間へと向けられた人差し指をより目で凝視しつつ、ティアは答える。

「アルマが、剣の筋も悪くはないってこと……?」

「ああそうだ。剣を振り始めて一時間と少しであれだ。教えることがないと言えば嘘になるけど、あれはあれで潰すのはもったいねぇ」

「……どういうこと?」

「これも気づいてたとは思うけど、アルマが剣を振ってた回数、それからアルマの剣のモデル、見ただろ?」

ティアは黙って頷いた。
彼女の目から見ても、アルマが剣を振る回数は明らかに少なかった。それも単に少なかったわけではない、アルマは一度剣を振ると首を傾げて数秒固まってみては、また振って、首をかしげていた。
そしてその一振り一振りが微妙に違い、微妙に成長していたのだ。
そしてユウの言う剣のモデルについて

「ただ闇雲に振り回さないで、ちゃんと考えながら振ってた……あと……あれは、昨日ユウが振って見せたレイピア捌きをお手本にしてたわね……」

少々悔しそうに言うティアであったが、彼女からしても納得であった。
彼女は先日、一度もレイピアを振っていない。

「そうだ、最初は一生懸命俺の振った通りに振ろうとしてたけど、そのうち俺はアルマが持つ独特な『クセ』を見つけたんだ」

これについてもティアは頷き、黙ってユウの次の言葉を待った。
ユウの言わんとしていることに気がついたのだ。
彼の言う『クセ』とは、単に悪いもの指すわけではない、つまるところの『最適化』だ。

「アルマはちゃんと俺の剣を手本にしただけじゃなくて、その中でも自分の中でやりやすさ……もっと言うと、アルマにはアルマの剣の完成が見えてたんだよ。そこで俺の何となくの剣を無理矢理教え込んで、アルマの剣の芽を摘むことほど野暮な事はないと思ってたから黙って見てた。
結果があれだ、よくできてただろう?俺の剣でも、お前の剣でもない『アルマの剣』だ、ただ叩き込む事だけが子供の成長じゃない。お前の『剣技』と一緒さ」

「わかるけど……でも……」

ユウの言うことに、反論の余地がないほどに共感しつつも、ティアが納得しきれないのには彼女なりの『責任』があったからにほかならない。
今朝もまた、彼女はアルマの本気をみた。みてしまった以上、ティアもまた、アルマには実感のできる成長を教えてやりたいと思っている。
そのためにはやはり、知識や腕のある者が教えるのが一番だと彼女は思っていたのだ。
そして、腕や知識のある自身の責任こそが、アルマに対し、しっかり手取り足取り叩き込む事であり、答えである。

そうしてティアは本日の特訓の担当が自身であることを再認識し、眉尻を下げる。
彼女にとっての最適が、ユウの言葉によって揺らぎを見せたのだ。
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