ふと思い出してMr.Childrenを聴く。
涙が止まらなくなった。

Mr.Childrenは私にとって思いでのバンドだ。といっても、私が曲を聴くようになったきっかけになったのはMr.Childrenではない、私が曲に興味を持つようになったきっかけは須賀響子、ぼのぼののedの人、中学一年生の時の記憶だ。
けれどもMr.Childrenの記憶はもっと古い。

もともとは私の父がMr.Childrenのファンだった。私が今になってMr.Childrenを聴くようになったのも父の影響である。
私が初めてMr.Childrenを聴いた記憶は車の中だ。
なぜ車に乗っていたのかは覚えていないし、そもそも車に乗った回数からいちいち車に乗った理由などは覚えていない。
けど、自営業でお金のなかった私の家ではそもそも車に乗るということ自体がイベントで、滅多に外出などはしなかった幼少期の私のなかで最もわくわくな思い出だ。
そして私は車に乗る目的そのものよりも車に乗っていた時のわくわくの方が強く心に残っている。私の父の車の中ではいっつもいっつもMr.Childrenがかかっていた、それしかCDを持っていなかったのだろうかと思うぐらいに毎回毎回Mr.Childrenだった。
まだまだ幼くて、そもそも楽曲の存在意義やなんかも知らなかった私にとってそれは最早飽きるとか飽きないとかそんな次元の話ではなくて、当時の私のMr.Children(当時は名前も知らなかった)への印象というものは
『外出の時、いつも車で流れてるもの』
程度のものだった。私という人間のわくわくの原点だ。
行きも帰りも、これからの旅(当時は壮大に感じていたけど、今になって思うと隣町のショッピングモールへの買い物程度)へ期待を膨らませている時も、車酔いで吐きそうな時も、車酔いで吐いた時も、眠くて眠くて運転席の父と助手席の母の会話が遠くなっていた時も、調子に乗って怒られてしょんぼりしていたときも、いつでもMr.Childrenだった。
でもやっぱり曲に興味などはなかった私はそれを覚えることもなく、ただただわくわくのBGMとして聴き流していた。

それから数年して、私はやっぱりMr.Childrenが好きになった。

けれど、それは純粋に楽曲が好きになっただけであって、特別思い入れらしい思い入れなんてなかったし、増して、私が好きになった曲は同じMr.Childrenでも車で聴いていたマイファーザーセレクトではなかった。
よって、私の頭の中には『曲名も歌詞も知らないけど何となく知ってるミスチル』が数多く存在している。
それらが今回ふと思い出したものだ。

今日、仕事終わり、部屋に戻った私は自然と口ずさんでいた。
『かーのなーくよぉーなーーたよーりなーいこえでー』
と。

疑問符が浮かんだ。
知らないけど、なんとなく覚えてる曲。無意識に口ずさめるほど耳に残っているのに知らない曲。
興味が沸いてすぐに歌詞検索、YouTubeで検索すると『つよがり』はすぐにhitした。

そっかぁ…あの曲、つよがりって曲だったんだぁ…

と思ってかけてみると新感覚。
思い出そうとしてもいないのに忘れていた思い出が一気に大雪崩。

腐った一人暮らしに純粋な子供の頃の記憶というものは効くものですよね、みっともないぐらいに泣きました(´・_・`)
関連を拾っていくとでてくるでてくる、知らないのに知ってる曲。
聴く度になぜかでてくるでてくる、変な涙。
私はそんなに変わってないと思ってましたが、当時の記憶が生々しいほどに感じられると気づかされますね、変化というか、確実に変わってしまったなにかに。えぐられます。
不思議なものですよね。ぐっとくる曲ほど別に好きでもなく、iPodにいれてるわけでもない曲で、今iPodに入ってるMr.Childrenのどの曲を漁ってみてもああもぐっとくるものはありませんでした。

今度、iPodに入っていない『思い出の曲』が入ってるCDを買いに行こうかとも思いましたけど、聴けば聴くほどに思い出に色が付いてしまうような気がしてしまって迷っています。
またふとしたときに聴いたときに思い出せるように、頻繁に聞ける環境は作らない方がいいのではないのかと……。

何をいってるかわからないかもしれませんけど、なんとなくわかってくれますよね?

浸るためのなにかが浅くなっていってしまうような……そんな感じ。


今日はもう一回だけ聴いて、続きは今度にとっておこうかと思います。こと良い思い出に関しては私、貧乏性なので。


スポンサーサイト



コメント
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 

トラックバック
トラバURL:  
この記事へのトラックバック