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三人期待の三日目も無事に終え、ゴブリン達との契約前日の四日目を迎える。
ティアの矯正により、ユウのことをお兄ちゃん、ティアのことをお姉ちゃんと呼ぶようになったアルマは二人との距離を一気に詰めた。
遠慮の薄くなったアルマにさらに心を緩めたユウとティアは、四日目は特別な遊びを用意するような事もせず、集落から少し離れた湖で朝から釣りに興じることにして、アルマを連れて山脈の奥へと入る。

アルマとは一度分かれてしまうことになるが、どうせゴブリン達の契約が済んだ後はまた遊べる。という事をしっかりわかっている二人は、今宵の宿をアルマと共にできないことを特別嘆くことも気に病む事もせずに、ゴブリン達との契約後の遊びを話題の種に、透き通る水面を眺めていた。

特に事件が起こることもなく時は過ぎ去り、三人は湖が夕焼けに染まるまで何もすることなく、ぼうっと過ごした。

「──ふぁー……っねむ。なぁ、そろそろ帰ろうぜ。もうすぐ日も沈みそうだしな」

何もしなかったがために、かえって疲れを実感することもある。底なしの体力で駆け抜けた三日は、確実に疲れとしてもユウの体に残っている。
気だるそうに体を伸ばしつつ、欠伸を漏らしたユウが釣りの終了を宣言した。
その言葉にはっとしたティアは、釣り竿を握ったまま涎を垂らすアルマの肩を揺さぶり、起こした。

「アルマ?……アルマ!」

「ふっへ?」

「帰るってよ。疲れちゃったのかな?」

「ふ……?
うん、帰る……」

「あらあらあら」

「帰る」っと言ったっきり、また電池が切れたかの様に目を閉じたアルマに笑いかけ、二人は手早く釣り用品や折りたたみ椅子を片づけ、ゴミを袋にまとめて目をあわす。
もの言いたげなティアからの視線を感じたユウが聞いた。

「ん?なんだよ」

「うん、ちょっと、ここ数日で身体がなまりすぎちゃったかも……少し剣を振ってから帰る。
ユウはアルマを連れて先に戻って」

「んー?いいのか?アルマにお別れしなくて」

「お別れも何も、明後日にはまた会えるでしょ?」

「言われてみればそっか。
でも、アルマに準備の手伝いなんてな、なにやらせるんだか……」

「さぁねー。もし疲れるようならまた明後日も釣りでいいんじゃない?」

どや顔で剣を抜くと、ティアはそれを釣り竿に見立てたような動きで振ってイタズラに笑いかけた。
それに返すようにユウも顔を緩め、頷くと、顔だけがでるようにタマを山菜取りの籠に詰め込み、それを腕にかけつつアルマを背負った。そして、薄暗くなった山脈の奥、集落の方面へと消えてゆく。

「……うっし!やるよ!素振り!!」

ティアは一人、薄暗い湖の畔に残って剣を振るう。

湖畔に風切り音が響いて数刻、日はすっかりと沈みきり、なまった身体の奥から腹の虫に急かされたティアは、一人満足して集落へと戻ることにした。
夜の山脈内ということもあり、普段以上に警戒の糸を張りつつ集落へと戻ったティアの耳に、ある話し声が聞こえる。オフのティアなら聞き逃してしまうような声量ではあったものの、しっかりと緊張の糸を張り詰めた彼女にとってその物音──話し声──は、聞き流すにはあまりにも大きすぎた。
そして彼女が聞き流さなかったもうひとつの理由、その話し声の内容は、明らかに『アルマ』の音を含んでいたのだ。
彼女は若干の罪悪感を押し殺し、息を殺して、話し声のする民家へと寄る。そして、こっそり聞く。
──聞こえた話のすべてに、彼女はとうとう我慢が利かなくなり、その家のドアを騒々しく叩き鳴らした。


ティアがユウの待つアルマの家へと戻ると、その居間の食卓には、コーヒーカップの描かれたTシャツをきて、ほかほかのカレーを頬張るユウの姿があった。
そこにアルマの姿は──ない。

「おう?ティア!お疲れさん!みろよー、これ、アルマが作ったカレーなんだぜ!!うまいから早く食えよ!」

聞いていない。彼女はカレーなど、ユウの話などを気にしていられる精神状態ではなかった。
ティアの視線は、笑顔で言うユウへ、カレーへ、台所へ、ソファへと滑り、彼女の顔を青く染める。

「ユウ……アルマは……?」

「えっ?アルマはって……言ったじゃん、今晩は長老のとこだっ──

「いないの!?ここに!?
どうして!?どうしてアルマをそばから離したのよ!!?」

「──うぉっ?!ちょっ!なんだよ!」

鬼気迫る表情で肩につかみかかるティアに驚かされ、ユウの落としたカレーの乗ったスプーンが床へと落ちる音が室内に響く。
いつになく歯がゆそうな後悔の表情で皿のカレーを睨むティアの姿に、ユウはたじろぐことしかできずに息をのんだ。彼女が慌てる理由を聞くことすらできず、ユウは落ちたスプーンをそっと持ち上げる。
すると、ティアは一旦落ち着きを取り戻したかのように鼻からため息を吹き出して、ユウの肩から手を離した。

「いくよ、ユウ……長老の家に!!
アルマを連れてこの集落をでるのよ!!早く!」

「なんだと!?」

平静を取り戻したかのようにみえた彼女から放たれた言葉は、ユウの平静を乱すには充分な内容であった。
これにはさすがに黙っていられず、カレーの隣にあった空のコップにスプーンを投げ込んだユウが声を荒げる。

「何言ってんだよ!?正気か!?いや正気じゃねえよ!
帰り道に腹空かせて幻覚作用のあるキノコでも食ったのかよ!」

「正気もなにもないよ!私は大まじめに話してるのよ!!」

「そんなふざけた真面目があるかよ!?
……あのさ、アルマがかわいいのはわかるけどよ、お前少しやられすぎだ。頭冷やせよ。
一体何をどうすりゃさっきまでのお前が今のお前になるんだよ?」

「やられてなんかない!!『契約』なんてふざけたことは私がさせないって言ってるのよ!!
ユウ!とにかく今は私の──

「わかったわかった!カレー食いながらでも聞けるだろ?
で?どんなキノコを食ったって?赤いヤツ?青いヤツ?それ全部幻覚作用あるヤツだよ、お前が食ったってキノコも幻覚さ、そんなキノコは存在していなかったの。はい解決。
すぐお前の分のカレーも温めるから代わりにお前は頭を───っっっ!?!?

食卓のカレー皿が跳ねた、スプーン入りのコップが倒れ落ち、床で割れた。
空気が揺れ、食卓が揺れ、家が揺れ、ユウも跳ね上がった。
彼女にはあまりにも似つかわしくない行為が時間を止め、ユウを黙らせた。
食卓にあったのは白くて小さなこぶし。それは跳ねたカレー皿の隣に勢いよく振り下ろされていて、音を聞き、こぶしを見つめ、顔を見上げ、またティアのこぶしを見つめるまで、彼ですら何が起こったのかが理解できなかった。

──ティアが、握りこぶしを目一杯の力で食卓に叩きつけたのだ。

「……お願いよ……ユウ………!!!
私の話を聞いて……!!」

苦しみすらをも感じさせる焦燥の声に、ユウは一つ舌打ちをして立ち上がり、隣の椅子の背にかけてあったローブを持ち上げた。
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