トイレには何とか間に合った、上からも下からもの大洪水は免れ、私もご本人様も一安心。併せて二安心。
ガスが抜けた様な柔らかい表情で、ハンカチで手を拭いつつのご帰還……アルマちゃん……お疲れさま……ははは……。

「大丈夫?全部でた?」

「もっ…!ティアさん!意地悪だめです!」

「あぁ、ごめんごめん……それじゃ、戻ろうか……」

多分…いや確実に、お兄ちゃんお姉ちゃんのシーンはもう流れちゃったね。
……トイレだけに。

「……!」

「……?」

私からの提案を聞いたアルマちゃんは、すぐには首を縦に振らなかった。
代わりに『むぎっ!』と眉間にしわを寄せて口を一文字、私の服の裾を握っている。

「どうしたの?続き観たく……

言いかけて、気づいた。
アルマちゃんだって続きが観たくないわけではない、むしろ観たくないわけがない。でも観たくないのだろう。
この子、見た目通り完璧主義なようだ……そのパッツリな前髪は伊達じゃないってわけね…!
物語の一部でも抜けた状態でラストまでは見てしまいたくないって……ところかな?どうせなら最初から最後まで、感動の流れを切らずに観たいのでしょう。
でも、この子は遠慮してそれを私に伝えられないでいる……も~う…いいのに、言えばいいじゃない!もう一回最初から観たいって!
私が取った分の鑑賞券を無駄にしたら申し訳ないと思ってるんでしょう?でも中途半端な穴が空いた演劇を初めての演劇にしたくないから、戻りたくない気持ちとぶつかって……うーん、なんて声かけてあげればいいんだろう。

「そんなに気に入ってくれたのかな?」

「……!……」

私からの言葉をどう受け取ったのか……どう感じたのか……ウルッ!って、アルマちゃんの目尻が水気を帯びる。
そして、吊り人形の糸が切れてしまったかのようにかくかく頷いた。
私たちからしたら、今回アルマちゃんを劇場に連れてきたのは大成功だったけど、アルマちゃん的には初めての演劇鑑賞は大失敗に終わってしまったようだ。
その月明かりの頭に手を置いて、静かに撫でてあげた。ユウもたまに私にこうしてくれるけど…これ結構落ち着くよね?

「……少し、外でお話ししよっか……。
うん、ユウなら大丈夫……きっと私たちがいないことをいいことに号泣して、それ隠すためにしばらく出てこないだろうから」

「……っ!っ!っ!」

うつむいたままだったけど、確かに三回も頷いてくれた。
ちょうど劇場の向かいの広場には申し訳程度の噴水と、それを囲むようにベンチがいくつか。とりあえずその内の一つにアルマちゃんを座らせ、私も隣に座った。

「……」

「…っ…っ……」

……さて、どうしたものか……。座ってみたはいいものの、見事なまでの無言……隣からは小さな嗚咽しか聞こえない。


「……またね、一緒に観に来ようよ!」

わかってる、気休めにもならないことぐらい。でも、なにか声をかけてあげないと……。

「……っ!でもっ、ユウざも……ティアさんだって……ずっとここにいてくれないじゃないですか!!……ずびっ…!」

「あー……うん……」

逆効果だった……。
そうだね……この機会を逃しちゃったらアルマちゃんは集落にまた磔にされちゃうんだろうし……仮にゴブリン達との契約がうまくいったとしても……集落の外に出れるようになろうとも、どっちにしてもアルマちゃんはきっともう、こんな気持ちで演劇なんか見れやしない……。

……集落は……アルマちゃんの居場所じゃない……というか、集落にはアルマちゃんの居場所がないんだ。

そりゃ、集落の人達はアルマちゃんを大切にしてる……いや、アルマちゃんの魔力を……だ。
それはきっとアルマちゃん自身も理解していて……だからアルマちゃんはこんなにしっかりしているんだろう。……単純に甘えられないんだろう、この小さな身体で集落を守らなきゃいけなかったアルマちゃんはきっと、わがままや甘えを許してもらえなかったんだろう……。
私がアルマちゃんぐらいの頃はユウと遊んでばっかりで、お父さんに甘えっきりだったし……。
なにが違ったんだろう……私もさ、魔法がちょっと使えるばっかりに嫌な思いも沢山したよ?
でも……こんなに悲惨な思いはしていない。

本当はアルマちゃんだって誰かに思いっきり甘えたいはずなのに……なんでこの子だけは我慢しなきゃいけないんだろう……。

私もユウも旅を続けるだろうし、この子を旅に連れて行くことも出来ないけど……だからさ……

「じゃあ、次は何して遊ぼうか?」

「……え……?」

「そう、私たちはずっとここにはいないんだよ?
それならさ…一緒にいる間だけでもさ、もっと、もっと!演劇より楽しいこととか!モンブランケーキよりも美味しいこととか!わがままとか!!」

「……っ?……っ??」

あー……もう、いい。
アイリの時と一緒!私は……自分に素直でありたい!

「『アルマ』!!」

「はいっ!?」

「私のこと!『おねえちゃん』って呼びなさい!」


───それからのことはあんまり覚えてない。多分私も頭がパツパツだったんだと思う。
思い出したかの様に私はアルマにアイリの話をして……アルマがポニーテールを知らないって言うから、アルマをポニーテールにしてあげて……アルマがポニーテールを気に入っちゃって……。

それからそれから、もっとしばらくすると、劇場からユウが出てきて、なぜかユウはコーヒーカップの絵が入ったTシャツを買ったことを興奮気味に自慢してきてて……。

とにかくよく覚えてないけど……アルマからの第一声を聞いたとき、ガラにもなく顔を赤くして取り繕うかの様にどや顔をしていたユウを、私は忘れることはないだろう。

同時に、どや顔のままに放った言葉もだ。

『お兄ちゃん!?……お!おう!…いいぞ!もっと呼べ!!』

ってね。
どうかと思った……けど、とりあえず写真を撮っておいた。
今日の日記は写真付きだ。
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