「すっごい…!」

私はもう、この声だけで泣きそうになった。
アルマちゃん……劇場も初めてだったのね……。そんなに規模の大きい劇場じゃないけど、どことなく奥ゆかしさを感じさせる良い劇場内だ。
初めての劇場としてはきっとちょうどいい規模だと思う。
前を歩く小さな背中から、大きな感動の声が上がっている。
小さな乙女のかわいい夢が、たしかに一つ叶った瞬間だった!
きゃあああと、かわいらしい笑顔でユウの手をつかんでぶんぶんするアルマちゃんを見れただけで私はもうおなかいっぱいだ。
でも、ユウ……ずるい。私もぶんぶんしたい。

それほど混んでいない劇場内には赤い座席がずらりと並んでいた。
私達は、アルマちゃんを挟む形で真ん中の列、前から三番目の席に座る。
いい席だ、アルマちゃんは背が低いからね!……私があまり言えたことじゃないけど……まぁ、とにかく、あんまり前に座りすぎるとアルマちゃんはずっと舞台を見上げることになりかねないから、少し舞台からは遠い方がいいと思う。首が痛くなっちゃったら大変だ。
開演の時間が迫ってきたけど、あまり人は集まらなかった。たぶん、名作には名作なんだけど、名作なだけにもうみんなお腹一杯なんでしょう。
かく言う私も童話や演劇そのものを何度か見た。同じ演劇や童話を何度も見るのは少数派なんでしょう。
きっと、この街のこの劇場では、今回のお話をたくさん公演してるんだと思う。
でも、ユウやアルマちゃんにとっては間違いなく初めての物語だからね、空いているのはかえって都合がいいわ。
薄暗くなった劇場内でも、隣に座るお星様の様な瞳がきらっきらと輝いているのがよくわかる。胸元に手を当てて、一心に舞台を見つめるアルマちゃんを見ていると、なんだか昔の自分を思いだして笑いがこみ上げてくる。
私も、お父さんからみたらこんな感じだったのかな?

──ついに、舞台が始まる。

やっぱり名作は何回見ても名作だった。
笑ったし、わくわくしたし、嬉しかったり悲しかったり……あのときのまんまに私の心は動かされた。
隣の女の子は、心の動きがそのまんま身体の動きにでている、それを見て、とうとう私は小さな笑い声をあげてしまった。成功だ。

さて、物語も終盤にさしかかって、ここ一番の見せ場となる。
コーヒー味の食べ物の数々、こわいこわい国王様の笑顔、街が『カフェテラス』と名付けられ、お兄さんとお姉さんが釈放された。
──来る!!
あと……十数分で、主役の女の子が言う!!『お兄ちゃん、お姉ちゃん』って……!!
アルマちゃんも大人しく見ている……そう、私を……じっと……
……え?私を?舞台じゃなくて!?なぜ?
ここで、なぜか無意味に緊張する私を、緊張の色で見つめる視線に気がついた。
隣に座ってたアルマちゃんが、緊張の糸を張っていた私を、緊張した視線で見上げていた。
不安そーうにもじもじと、眉毛を困らせて私を見上げているのが、この薄暗さでもはっきりわかるぐらい緊張している……むしろ、緊迫している……?
……これは異変だ。
気の利くお姉ちゃんな私はすかさず小声でアルマちゃんに声をかけてあげた。

「……どうしたの?」

私からの問いに、アルマちゃんは今にも泣きそうな様子で眉間にしわを寄せ、潤んだ瞳で私を見上げた。
プルプルと震えるその愛らしい視線に、私はピンときて、ビビッ!とくる!
──これは──!!

「あの……」

「うん?」

「……ティ……

「大丈夫、ゆっくりでいいよ」

「……お……」

「……お!?」

──姉ちゃん!?!?
来た!この流れは……──!
だよね!?今!アルマちゃん、お姉ちゃんって呼ぼうとしてるよね!私のこと!!
小さな口元から、確かに漏れたoの音!私は聞き逃さない!
うそ!?これ!大成功!?
うん!いい!本当は舞台で『お姉ちゃん』発言がでるのはも少し先だけど、いい!フライングアルマちゃんもいいよ!
さぁ!はやく……呼ぶの!私を……私を……!

「あの……お……」

「……お!
……頑張れ!!」

「えっ!?そんな!?」

「大丈夫大丈夫!……さぁ、いってごらん?
……お!」

「……お……」

「お?」

ぎゅっと目をつむって、背けてしまったアルマちゃんのお顔は真っ赤だ。
なにも恥ずかしいことはないよ、アルマちゃんが望むなら、私があなたのお……お姉ちゃんに……!なる!!

そうして、震える膝を両手でぎっちり押さえつつ、苦痛さえ含んだ震える声で、アルマちゃんはその言葉を放った。

「………おしっこ」

「……え?」

「……あ、あの!……おトイレ……!」

──舞台では、すでにクライマックスへ向けて、女の子役が歌を歌っている。
この歌が終われば……そうね、お兄ちゃんとお姉ちゃんが帰ってきて……そうね。
……こういう日も……あるよね。

「──うん、行こっか、トイレ。
ごめんね、気づいてあげれなくて……」

「……漏れちゃう……!」

「っ!……!
……こ、こっち……!こっちだよ、アルマちゃん……!
大丈夫、大丈夫だよ、おね……ティアさんも……ついて行くからね……」

……なんだか、自信がなくなった。
その自信の喪失が、私が私自身をお姉ちゃんと呼ばせなかったんだ……きっと。
……じしん……だけに!

『ごめんなさい、すみません』と小声で他のお客さんに謝りつつ、アルマちゃんを劇場の外へと連れ出すとき、私は多分……ふたまわりほど大人になったと思う……。

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