寝ても怒られないからだ。
私は寝るのが好きだ、お歳暮のハムの詰め合わせぐらい好きだ。
だから、お歳暮のハムの詰め合わせには少し届かないぐらいには夜が好きだ。

わりと無趣味な私は睡眠欲がそこそこ強い。
コカ・コーラのカフェインぐらいには強い。
だから今日もし、コカ・コーラを飲んでしまったとしても、私は眠りたい。

無趣味な私も小説は書きたい。
小学校の時の、運動会後の作文ぐらいには書きたい。
だから、私は運動会の作文を書く。

『運動会』

ぱん!って音がして、ぼくはびっくりしました。
運動会がはじまると、先生がてっぽうをうちます。
先生は空に向かっててっぽうをうつから、ぼくは空を見ます。
すごく晴れてて、青かったです。
てっぽうの玉はおちてこなかったです。
ときょうそうでは、三いでした。
「がんばったね!」ってお母さんがほめてくれました、うれしかったです。
おおだまころがしでは、転んでしまってあぶなかったです。
ひざをすりむいて、ほけんの先生にばんそうこうをはってもらいました。いたかったです。
なぜかというと、ほけんの先生は消毒えきを使ったからです。
いたいっていっても、先生は「だいじょうぶ」っていって、ガーゼに消毒えきをつけて、ぼくのひざをふいていました。
ぼくのいちばんの思いでは、おべんとうの時間です。
お母さんが作ってくれたおにぎりを、お父さんと、おじいちゃんと、おばあちゃんと、いもうとと食べました。
しゃけがはいってておいしかったです。
また来年も、運動会がたのしみです。
こんどは、ぼくは、ときょうそうでいちばんになりたいです。

──────

抜けるような秋の青空に向かって、軽快な破裂音がこだました。
辺りに広がる火薬のにおいに、なんとも形容しがたい妙なカタルシスを覚える。
運動会だ。私の通う小学校では、年に一度、秋になると運動会を開催する。
百メートル走用のコースを五列ほど並べるだけで、その三分の一ほどが埋まってしまうような狭いグラウンドだが、運動会の日にはそんな狭いグラウンドがさらに狭くなる。
つめかけた親御さんたちと、普段は校内で勉学に勤しむ子供たちがみな一堂に会するのだから、狭くなってしまうのは仕方のないことなのだろう。
テンプレートな開会式と、この日のために練習を積んできた鼓笛隊の演奏。
期待と不安と楽しみが混ざり合い、ある種の歪ささえも感じさせる砂の舞台だ。しかし、不思議と嫌な気はしない。
第一競技は徒競走。
これほどまでに露骨に児童の身体能力の差を浮き彫りにする競技はないだろう。みな子供の身であり、複雑な運動技能は持ち合わせていないが、走る、跳ぶ、などの単純な運動技能は誰しもが持ち合わせており、特にこの走るという動作は全ての運動の基礎となる。
つまり、この徒競走という競技の結果を見るだけで、生徒たちは運動会における活躍の目星を客観的につけられてしまうのだ。
結果、私の順位は三位。まあまあだろう、これならば私は特別過大評価を受けることも過小評価を受けることもないだろう。

『社会の縮図』

私は徒競走という競技に対し、そんな評価を下した。
まだまだ運動会は始まったばかりではある。
が、徒競走の結果の時点で一喜一憂している周りの同級生に、私はどことなく運動会の終わりを見た。
私は現在四年生。後、二回。
枯れ葉のにおいに混ざり、冬の空気が鼻の奥をついた。
漏れ出した溜め息は、透き通る綿あめのごとく私の視界をぼかすだけだった。

──────

私は運動会が大嫌いだった。
私は文化祭も大嫌いだった。
私は修学旅行も大嫌いだった。
もちろん勉強も大嫌い。
友達も、正直あまり好きではなかった。
先生なんてみんないなければいいと思ってた。
酢豚のパイナップルぐらいにはいなければいいと思ってた。
だから、私の好きな酢豚にはパイナップルは入っていなかった。

夜は好きだ。
布団に入れば運動もしなくていいし、勉強もしなくていいし、夢に入れば一人の世界だし、酢豚味のパイナップルだってないから。

私が本格的に人間が好きじゃないと感じ始めたのは高校の頃。
中学のとき、少しばかり人間関係に問題があった私は、人とつきあうことに臆病になっていた。それが高校で爆発した。

趣味で散歩を始めたのも高校の頃か、中学の終わり頃。
散歩をしているときが一番幸せだった。

「学生時代の一番の思いでは?」と聞かれると、真っ先に浮かぶのはお気に入りの散歩路の夕焼けだ。
その思い出にはもちろん私以外の登場人物はいない。
学校でも、教室でも、アイツらの顔でもなく、私は何の変哲もない国道に浮かぶ夕日が一番好きだった。



画像自体はいつのものかははっきりしないけど、こんな感じ。
もっと開けた路があって、そっちの方がお気に入りではあったけど、あいにくそっちの画像は残っていなかった。

思えば私は不思議な奴だった。
修学旅行は親にだだをこねてまで行きたがらなかったり、友達の誘いを断ってまで一人で歩いて帰りたがり、球技大会やなんかで熱くなったり黄色くなったりしてるリア充みたいにはなりたくないと思って、体育館に応援に行くのも嫌がった。
文化祭なんてひどい。自ら進んで店番を買ってでて、教室の隅をその日の私の居場所にした。
文化祭で浮かれ気分の校舎内から私の居場所が奪われる気がして怖かったからだ。

「本当にいいの?文化祭なのにまわらないの?」

と、心配そうに聞いてくれた世話やきちゃんには悪いけど、わりとそういうのすら鬱陶しかった。

そして今、本当に一人になった。


なるべくしてなった。



人って結構わがままなんだなって思った。
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コメント
この記事、好きです。
共鳴します。胸に沁みます。とても好きです。
高校の文化祭のとき、ひとり、部室に隠れて漫画を一気読みしていたことを、懐かしく思い出しました…。
2015/03/01(Sun) 20:28 | URL  | 雪村月路 #-[ 編集]
Re: タイトルなし
お仲間一人、発見ですね(笑)

こんばんは、月路さん。今夜もよくおいでくださいました!
ノアのはこぶね300なかなかあがらなくてごめんなさい(´`:)

月路さんも文化祭の雰囲気苦手組の方だったのですね!
……あのうかれっぷり、とけ込みにくいですよね(;¬_¬)

文化祭もそうでしたが、特に球技大会!
ウチの学校では丸々二日間、競技時間以外はフリーになるイベントだったのですけど、自分のクラスの競技には応援に行かないと非国民並みの扱いを受ける……なんというか、それこそ日本の悪習が凝縮されたようなイベントだった気がします(´-`)

一人で散歩しながら帰っていた生活に後悔はないし、むしろもっとあの夕日を目に入れておけば良かったと後悔しているあたり、自分は客観的に見ても本当に変わり者だったなと思います。
そして月路さんも変わり者ですね!ww

大事にしましょうね、自信を持って良かったと思える思い出(´▽`)ノ

ありがとうございました!
2015/03/01(Sun) 20:59 | URL  | 柚希 ひろ #-[ 編集]
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