もう、十年近くも前のことだ。
父さんと母さんが喧嘩をして、離婚した。

二人とも、あの時にはすでに互いが互いに不満を持っていたのかもしれない、でも火をつけてしまったのは間違いなく俺が原因だ。

こんなはずじゃなかった。つい、出来心だったんだ。
当時14歳でいたずら盛りだった俺には、それが途方もなく面白いことであり、最高の笑いだと思ってた。
まさか、あんなことになるなんて。


その日、俺は学校で先生に怒られてむしゃくしゃしていた。
でも、いつものように帰ってすぐに親や妹に八つ当たりするのは、なんか、かっこわるいと思ってたんだ。
そこで俺は、いつもと違う方法でストレスを発散することにした。

笑おう

そう思って、学校帰りに寄り道をするという校則違反をした。
笑うためにはなにかネタが必要だと思った、だから、とりあえずスーパーへと向かった。
当時は本当に幼かったな、なにせ、笑おうと決めたら途端に世界が笑いで埋まったんだから。
スーパーの幟、パチンコ店の看板、道路脇の標識、なにを見ても、どんなものでも、見てるだけで笑いがこみ上げてきていた。

すべてが面白くて、なにもかもが面白かったけど、そのなかでもひときわ輝いて面白い物がスーパーにはあった。

ちくわ

見た瞬間に吹き出した。
もちろん、今となってはそれのなにが面白かったのかはわからない。
でも、なぜか当時はそのちくわが面白くて面白くてしかたがなかった。
輪っかなのもなんか笑えたし、袋に緑色で力強く印刷されてる『ちくわ』の文字も破壊力が抜群だったし、値札の\98も異様に面白かった。

俺は迷わずちくわを一本レジへと持って行って、走って帰宅をした。


家に帰ってもちくわに対する情熱は留まるところを知らず、俺はもう、頭のてっぺんに噴水が付いたかのように面白さがほとばしっていた。
ちくわさえあれば、すべてが面白くなるとさえおもっていた。
ちくわを使ってすべてを面白くしようと思った。
その時手元にあったちくわで妹も、父さんも母さんも笑わせようと思った。

面白いことといえば、やっぱり悪戯だ。
いろんなパターンいたずらにちくわをプラスして考えた。
考えた末、家のどこかにさりげなくちくわを置いておくことにした、もう、置いてあるだけで完成品だと思っていたから。
オレンジジュースに浮かぶちくわ、引き戸を開けると上からちくわ、あかべこの頭にちくわ、写真たての枠にちくわ。
タバコの箱の中にちくわ。

いろいろ考えて、家中を歩き回って、一つの結論に至る。

ドアノブがちくわ。

完璧だった。
あれは、あれだけは今思い出しても洒落ている。
俺の実家の部屋のドアは、L字型の取っ手が付いたタイプのドアだ。
あのガチャガチャする部分をちくわの穴に通し、さりげなくドアノブをちくわ化しておくといういたずらだった。

すぐに俺はドアノブにちくわを刺した。

小一時間腹を抱えた。

とにかく一人で笑って、笑い疲れて、しまいには飽きた。
たぶん、あの時はもう頭がいかれてたんだろうな。
ちくわドアノブに飽きた俺は、そのいたずらを二段構えにすることにした。
ちくわをドアノブに指す前に、ドアノブに水で戻したにゅるにゅるのこんぶを巻いておく、そして上からちくわ。

『なんだこれ!?』

って、ちくわを外すと

つるん!とこんぶが出てくる寸法だ。

小一時間腹を抱えた。

それすらも飽きた俺は、ちくわこんぶに対する家族の反応にわくわくしながら部屋へと戻った。
そしてベッドに寝転がるなり、すぐに眠ってしまったんだ。

次に目が覚めた時、辺りは暗くなっていた。
時刻はもうすでに九時を回っていて、おかしいとおもった。
母さんが、夕飯の時に起こしにこなかったからだ。

気になった俺はリビングへと向かって耳をそばだてた。
リビングから聞こえてきたのは父さんの怒号、妹の泣き声、キムタクのちょっ待てよだ。

不安になってこっそり引き戸の隙間からのぞき込むと、そこには茹で蛸の様に顔を真っ赤にした父さんが、右手にちくわを握って妹を怒鳴りつける様子が見えた。
母さんは「もういいじゃないのよー」とか言いながら、父さんと妹に背を向け、ソファへと腰掛けてドラマを見ていた。

ぷるぷるとふるえる父さんの右手と連動して、ちくわもぷるぷるとふるえていて、それがすごく面白くて、笑いをこらえるのに必死だった。

「ゆうり!!食い物で遊ぶとはなにごとだ!!」

この一言が耳に入り、俺は状況を理解した。
どうも父さんはちくわドアノブに対して激怒していて、妹は濡れ衣を着せられているらしい。
妹は父さんを怖がっているため、父さんが怒り始めるとなにも言えずに泣くだけだ。
だから、妹は自分の無実を証明できないらしい。

俺は、妹が怒られてくれてるならそれでいいと思って黙って様子を見ていた。

「なぜこんなことをした!!
ドアノブにちくわを刺しておくなんて!常識では考えられんぞ!!」

「……ずっ、ぐすっ」

「このちくわ一本を作るのにどれだけの人が汗を流したと思っている!!
このちくわが一本あれば、飢えをしのげる人間だっている!
お前はそのすべてをドアノブに収束させたんだぞ!!!わかっているのか!!」

「…ふぁあああん……くひっ」

「もーう、うるさい。
キムタクがしゃべってるんだから怒鳴らないでよぉ」

おおかた、こんなやりとりだったと記憶している。
よくよく思い返すと、父さんの説教はなんか面白い。
そんな説教が30分ほど過ぎたときだ。
とうとう妹が抵抗を見せた。

「……わたしじゃあぁあ!ないいいぁあああん!!!」

濡れ衣だと、妹は精一杯主張したんだ。
でも、もう父さんは聞く耳を持とうとしていなかった。
次の瞬間、俺たち家族の歴史が動いた。

妹の必死の弁明に父さんも堪忍袋の緒が切れたらしく、なにかとてつもない怒りの音を発しながら右手をぎゅりっ!てした。
ぷりゅっ、て、俺が詰めておいたこんぶが顔を出した。
父さんは、ちくわの中にこんぶが入っていたことに気づいていなかったらしく、そんなちくわを握ったままで妹の顔面を殴った。
ドラマもクライマックスを迎えていて、母さんが台拭きを目元にあてた瞬間

「うわわぁあああ───ぷべぷ!?」

父さんのちくわが妹の顔面をはじき

「ん!?」

振り抜かれた父さんの右手から、何かが飛んでいく。
それは、毒々しいほどに緑色で、毒々しいほどにヌルヌルしていて、毒々しいほどにぷりぷりとしたこんぶ。

まっすぐと白い首へと向かうこんぶに、俺と、父さんと、妹の視線が集まった。
そしてそれは、そっと、台拭きで鼻をかむ母さんの首へ

ぺちょ

「んほぉう!?」

そのまま、その背中を伝って衣服の中へと滑り落ちる。

「いゃぁああはぁああん!!!」

とても四十代半ばとは信じがたい、艶やかな悲鳴がリビングを飾った。

「ひっ!やはっ!あああ!!!」

あわてて尻でジャンプをした母さんは、ぶるぶるとふるえる両手で背中の辺りをわきゅわきゅして立ち上がり、ソファの向かいのテーブルに脛を打ち転倒。
後にわかったことだが、このとき母さんは足首を捻挫した上に、額に三針もの傷を負った。

倒れた母さんを俺と妹と父さんはただただ黙って見てるほかなく、その後の母さんの動きを待つことしかできなかった。


後はもう語るまでもない、次の瞬間、母さんは狂ったように暴れ始め、止めに入った父さんとバシバシ喧嘩を始め、また床に落ちたこんぶを踏んですっころんで部屋を荒らし、逆ギレし、数日後、無事に離婚が成立した。

もし、俺がちくわを買わなければ。
いや、そこまでいかなくとも、こんぶをちくわとセットにしなければこんなことにはならなかったのかもしれない。

最近になって父さんに聞いた話だが、母さんに引き取られた妹は、近くのコンビニでバイトをしているらしい。
そしてなんでも、妹がシフトに入った時はおでんのちくわとこんぶは絶対に売り切れているんだとか。


これももちろん創作。
現実とは関係ありません(;¬_¬)
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