昔の物語だ。

ナルキッソスとかいう男が、泉に映る自身の姿に惚れて動けなくなり死んだらしい。

間抜けだ。俺はそう思ってた。
でも、奴はそれだけ自分のことが好きになれたってことだろ?幸せ者だよ。
俺は元来自分があまり好きになれない。なにもかもが中途半端で、誇れるものなど使いもしない天性の剣技と、あとはあいつの相方であれたことぐらいだ。

俺にはナルシスト成分が足りない。
いざ、死ぬとなると人は冷静だ。俺は足りないものを得るために、タマと別れた後に森へと足を踏み入れた。
そう、泉を探し求めて。
夜の森は素敵な雰囲気でいっぱいだった。
光るキノコや燃える木の実、人魂……には素直にびびったけど、アリエスアイレス付近では見れないものがたくさんあって、俺の死への覚悟がすこし揺らいだ。
これらを使って、もっと魔法の研究がしてみたかったと思った。

街中や、その付近で死んだらやはり俺の死体は発見され、その姿がティアに見られてしまう可能性が高い。
そこで俺は考えてみた、最期に、足りない成分を確保しつつ死体を隠しつつ、美しく死ねる方法を。

死ぬならみんなナルキッソス作戦

俺は死ぬ直前まで泉で自分の顔を眺めて見ることにしたんだ。
そして死んだら自然と俺の身体は泉に落ちて、死体の隠蔽にもなる。
そうして俺はナルシストとしてこの世に生きたことを幸福だと感じつつ死ぬことができる。
完璧だった。
完璧な、はずだったんだ。
今にして思えば、俺は少し混乱していたのかもしれない。
疲れて判断力が鈍っていたのかもしれない。

どうかしていたんだ、自身が弱っているにも関わらず、剣はおろか、杖すら持たずに夜の森に足を踏み入れるなんて。

こうして魔物に追いかけ回されるまでは自分は綺麗に死ねると信じて疑っていなかった。

「ぜぇ!ぜぇ!ふざけんなよおおお!!!」

いや、わかってる、ふざけてたのは俺の方だった。

頭の上を鋭い爪が掠めていく。今、俺は死に近づいていた。
当たり前だ。死ぬとか死なないとか、そんなのは超俺個人の考えで、世界にとってはそんなの関係ない。

通称『山羊の角』と呼ばれる魔物達だ。
悪魔の様な黒い身体と翼を持ち、腕には剣を構えてるのかと錯覚させるほどに鋭く大きな白い爪。
頭には山羊の頭蓋骨みたいな骨格が発達していて、5~15匹程度で群を成して人間を襲う魔物だ。

こいつらにとっては、俺は夜中に丸腰でのこのこと森へと踏み込んできた自殺志願者でしかなく、餌だ。
俺がタマとの友情を分かち合ってきたことや、ティアに対する申し訳なさを残しつつ出てきたこと、ちょっとナルキッソスに憧れていることなんて微塵も関係ない。

俺は今、単に狩られる1動物でしかなく、ここまで俺が来た経緯やドラマなどはこいつらの舌に乗っかる調味料にすらなりはしない。

死ぬ覚悟は……きっと出来ていた。
でも、俺だって生き物だし、ましてや今は生きている。
黙って食われるほど甘くはない!
そりゃ食われりゃ死体の隠蔽くらいにはなるかもしれないけど、俺は自分の肉の味なんか知らないからな、もし思った以上に不味くて、こいつ等に残されたらたまったもんじゃねえ。
食いかけのユウ君の死体なんてもうそれ、ティアのトラウマ通り越してホラーだ。

てなわけでナルキッソスと成るまでにこんなところでおちおち死ねない俺は、始めは投石や木の枝で応戦してみたりもした。
石は当たらねえし、硬い木の枝を振り回しても10本ちょっとでやっと一匹を落とせたぐらいにして話にならなくて、俺は逃げ出した。
計算上でも硬い木の枝が百本近く必要そうだったからだ。
ちなみに燃える木の実も投げようとさわってみたけど、ちょっと火傷した。

火事場の馬鹿力って言うのか?
弱体化しているとは思えないほどに俺は森を駆け回れている。
メイガスエッジでもあれば、こんな奴ら十秒で片づいていただろう。
メイガスエッジはティア用に作られている分使いにくいけど、俺はあの翡翠晶特有の重ったるさが好きだ。遠心力が違う。

──なんて現実逃避してる場合じゃねえんだよなぁ……。
こいつら夜目が利く上に飛ぶし、多いしで全然逃げきれる気がしない。
いっそ街まで逃げて助けを呼ぼうかと思うけど……な、その途中で呪いで死ぬかもしれない。
あと、なにより格好わりい。
ナルシストにはそんな失態はゆるされない。

「っは……ぜぇ!
タマ……タマァァァアアア!!!」

……やるだけタダだろ?

泉を探して、クソ山羊どもをまこうとして、俺は数時間にわたって逃げ続けた。

そして、これほどまでに俺は自身の方向音痴を恨んだことは無かった。
足元から雑草の感触が消えて、気がつくと地面が砂利っぽくなっていて、俺は周囲の状況に気づかされる。
目の前には巨大な岩壁が切り立っていて、左右は逃げようとするとかえって捕まりそうなほどに木々がぎっしり。振り向いた正面には山羊どもが集まっていた。

詰みだ。

最期の最期まで、うまくいかねえ人生だったと、いい加減に笑いすらこみ上げてきた。


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