どうしたらティアを傷つけないか、どうしたら、ティアを悲しませないか。

そんな打算的なことばかりを考えている内に、俺は懐かしい昔話に相槌をうつことすらおろそかになっていたらしい。
ティアから、鼻をすする音も、話し声も聞こえなくなった。
代わりに聞こえてきたのはつまり気味の、音の高い寝息。鼻が詰まるほど涙をこらえていたのか……流していたのか……俺に背を向けて窓際を向いていたティアの顔は確認しなかった。できなかった。
俺が黙ったら、死んだと勘違いして血相変えて起こしにくるかとも思ったけど、さすがに疲れてたみたいだ、そうなる前に寝ちまったようだな。
……疲れていないわけがないよな。
何日間もの間、ずっと緊張しっぱなしで、今日になって突然ライラさんは暴れるし、結局俺の呪いは解けなくて街中かけまわることにはなるし……。
こいつには本当の最期の最期まで世話になっちまった。

──ありがとう。言えなかったな…。

でも、書き置きで礼なんてナンセンスだ。

思い立って、ティアが起きない内に俺は部屋を出た。
部屋を出る際、寝言が俺の名前を呼んだので一瞬踏みとどまったけど、結局俺は姿を消すことにした。
書き置きは、部屋の隅に立てかけてあったさんごの杖に
『返しに来い』
とだけ貼り付けた。
……我ながら最高に無責任だ。結局俺はティアに対して責任を持てなかったんだな。
でも、俺はこの街でティアの本心を聞けた。
ティアは、俺の勝手な旅に振り回されてただけだったけど、確かに『楽しい』と思っていてくれてたんだ。
俺がいなくなったら、その気持ちがどう動くかはわからない、けど、俺がいなくても、ティアには旅を続けてほしい。
本当に無責任だ…けど、それが、俺なりのティアへの責任。
俺の勝手につき合ってもらって、それでも楽しいと思えてもらった、それを忘れないで、旅の価値を純粋に見てほしいと思ったんだ。

俺だけが世界の全てじゃない。

ティアだって、この短い旅の間でも充分にそう思えてたはずだ。

俺は死ぬ。ひょっとしたら…もしかしたら、死なないかもしれない。
どちらにしても、書き置きに別れの言葉は残さない、俺との別れを旅の終わりにしてほしくないからだ。
そして、旅を続けて、さんごの杖をもって世界中をまわってほしい。
最後に、旅が終わった後で『最高の旅だった』と言えたとき、あいつの手元に俺のわがままが残っててくれたら何となくうれしい。
女々しいけどな。

灯りの消えた、暗い貸し出し住宅の廊下を物音を立てずに抜けた。

リビングの端で、銀色に光るものを見つけた。
それは耳先だけを動かし、ただただ藍色のガラス窓を眺めていた。
その後ろ姿に現れる迷いの無さに、なんだか自分が無性に情けなく感じられる。

「──よぅ、タマ。やっぱり起きてたか」

声をかけてやると、やる気のなさそうに、尻尾だけが起きあがった。振り向かない。
あんまり聞いてくれる気もなさそうだけど、タマにも言いたいことがたくさんある。
正直タマと過ごした期間は短かったけど、俺はティアの次にこいつを信頼している。
これからは、タマがティアの正真正銘の相棒だ。先輩が後輩へと授けるモノは重くて大事なんだぞ。

「これからティアのこと、よろしく頼むよ。
時々あいつよりもお前の方がしっかりしてるからな……。
お前にも世話になった。恩返しらしい恩返し、できなくてすまんかったよ。
それどころかちゃんと元の姿に戻してやれなくて悪かった。デカくて強いけど、それじゃ不便だよな、すぐ腹減るし……。
それと、あと……──っ!

俺の言葉を遮って、タマの尻尾が大きく右から左へと振れた。

『わかったから、ティアが起きない内にさっさといけ』

……か。
まだまだ仔ウルウルフのくせに……わかってるじゃん。

「……お前で良かったよ……タマ。
安心した!もう心残りはねえよ。
……でもさ、鳴き声……一回くらい聞かせてくれてもよかったんじゃねえのか?」

俺の言葉に、タマはつまらなそうに鼻息をもらした。
タマは、案外黙ってる方がわかりやすいのかもな。

「──そうだな。お前が鳴くまで一緒に旅をできなかった俺が悪いか……。
野暮ったかったな」

話は終わりだ。
タマの元へと歩み寄って、一発だけ、剛毛の背中に張り手をくれてやった。
鼻先で殴られた。

外へ出た俺を待っていたのは、虫の鳴き声と、建物の間を風が抜ける音。
時間は確認しなかったけど、もう街の中には人っ子一人いない。

後は、死に場所を選ぶだけだ。


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