工房を出たユウとタマジローは、タマジローの部屋へと真っ直ぐ戻る。
その間、1人と一匹は一言も言葉を交わすことはなかった。
部屋についたユウはすぐさま机の上の魔導書の山からハードカバーの一冊を取り出し、無言のままに付箋の貼ってあったページを開く。

「・・・ユウ。」

「・・・なんだよ」

「俺は、アイリを泣かせちまったんだよな・・・」

「そうだな。」

話しかけるタマジローを見ずに、ユウはひたすら手元を動かし、ペン先と魔導書だけに視線を集中したまま黙々と作業をすすめている。

「アイリは、怒ってんのかな・・・」

「しらねーよ。そんなのアイリさんと一番一緒にいるタマジローさんが一番よくわかってるんじゃねえのか?」

「・・・そうだな。悪い。わかってて聞いたよ。」

「わかってるよ。そしてその気持ちも分からんこともない。」

「・・・お前も、ティアを泣かせたことがあるのか・・・?」

少し驚いた様子でタマジローはユウへと問う。

「・・・」

一呼吸おいてからタマジローは続ける。

「自業自得で、相手に落ち度がないのに泣かせるのがこんなに辛いなんてな・・・」

「そうだな、隠してたタマジローさんが悪いな。素直に話してもアイリさんはショックを受けてたかもしれないけど、今回みたいな状況でなければもう少しアイリさんも辛くはなかったんじゃないかと俺は思うけどね。
きっと、隠されていたことが一番ショックだったはずだよ。」

一旦ペンを置いて、魔導書を見ながらフラスコに薬品を流し込みつつユウはさらに言葉を連ねる。

「そもそも、そんな姿になったのもタマジローさんの自業自得。何一つアイリさんに落ち度はないだろ?」

「・・・」

うつむき黙るタマジローの方へと初めて視線を向けたユウは、少し明るい表情でタマジローを励ました。

「それでも黙ってタマジローさんとずっと一緒に居てくれたんだ、そんなアイリさんに感謝して、幸せにしてやれよ!今回は泣かせちまったけどやっちまったもんは仕方ねえ。一秒でも早く元の姿に戻るのが、今のタマジローさんにできる一番の恩返しだろ?」

「うわっ、こんな反応するはずじゃねえっ」などといいつつフラスコからあがる煙を払うユウをみて、タマジローは思う。

(そうか、コイツも俺とアイリみたくずっとティアと一緒に過ごしてきたんだもんな・・・)

なにか大切なことを学んだ気持ちになったタマジローは、今度こそ元の姿に戻る決意を固めた。

「ユウ!」

「・・・?」

「三行目のルーンを間違えてるんだよ。」

その日も、1人と一匹は遅くまで研究に明け暮れた。
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「・・・っ!!アイリ・・・っ!いつからそこに・・・!?」

「っ・・・いゃあ、はは、ごめんね、ティアの荷物も落としちゃったよ・・・あ、でも大丈夫、ほら、中身はさ・・・ね」

明らかに不自然に取り繕うような、意図的に話をそらしたような、現実から目をそらすようなそんな雰囲気をアイリに対してティアは感じた。

「ア・・・イリ?」

「ごめんね!タマジロー!ユウ!ほら、いまからご飯の準備するから、ね?お腹すいてたでしょ?」

「アイリ!?」

「ちょっとね、ティアとね、話し込んじゃって、でも、ほら!ちゃんと晩御飯の食材も────

「もうやめて!アイリ!」

唖然とするタマジローとユウを横目に、ボロボロと大粒の涙を流しながら笑顔で振る舞うアイリにティアは耐えきれなくなった。
二度、ユウを失いかけたティアには今のアイリの気持ちは痛すぎるほどに理解できたのだ、それ故にそのようなアイリの姿を見続けるのはティアにとっても想像を絶するほどの苦痛であった。

「え?どうしたの?ティア?・・・あぁ、そっか、今日のご飯はティアが────!?

アイリの言葉を遮り、ティアはアイリを抱きしめる。
そっと、しかし確かに、今そこに自分がいることをアイリに知らせるように、アイリを落ち着かせなだめるように。

「ごめんね、アイリ、私には、こうすることしかできないの。辛いでしょう、ごめん、ごめんね・・・でも、私にはアイリの辛さを消せないの・・・」

そっと、言い聞かせるようにアイリへと声をかけたティアは、ユウの方をみて言葉を落としていく。

「・・・ユウ、お願いだよ、タマジローさんを、元に戻して・・・!
アイリを・・・アイリを助けてあげて・・・!」

言い切るが先か、涙が頬を伝うが先か、ティアの声は悲痛でか細く、ユウにはやっと聞こえるかどうかの声であった。
しかしその声は、たしかにユウへ届いた。

「ったく。あーあ、タマジローさん。あんまり女の子を泣かせるもんじゃねえよ。」

うつむくタマジローに対し、頭をかきながらぶっきらぼうに一言吐き捨てると、ユウはタマジローの首輪を外す。

「行こうぜ、タマジローさん・・・俺が元にもどすから、ここでアイリさんとティアを泣かせた分、あとできっちり笑わせろよ。約束しろ。」

ユウは立ち上がり、ティアとアイリの方へは一切目をくれずに真っ直ぐタマジローの部屋へと足を向けた。
そして工房を出る直前に、ティアへと声をかける。

「大丈夫、やってみせるよ。だからティア、お前も泣いてなんかいねえでアイリさん励ましてやれよ。こっちは任せろ、そっちは任せた。お互いにやれることをやるんだ。」

涙を拭ったティアはアイリの頭を撫で、ユウの言葉に大きく頷く。

ユウは工房のドアを開ける、そこには退屈そうに伏せてあくびをするタマジローがいた。

「ユウ?なんだよ今更戻ってきやがって、謝りにでも来たのか?」

無言でタマジローを見下ろしたユウは、静かに首を横に振る。
その表情は哀れむようにも多少の気まずさを含んでいる様にもみえる。
そしてユウは様々な式や走り書き、幾何学的な図形や魔法陣の図がかかれたクシャクシャの紙をタマジローへとみせる。

「タマジローさん・・・これ。気づいていたのか・・・?」

それを見たタマジローは一度驚いたように立ち上がり、諦めたかのような口調で話を始めた。

「・・・何時間もかけて何をしてたのかと思えば・・・しかし流石だ、もうそこまで行き着いたか。
・・・それにしてもユウが解いても結果は同じだったとはな、信じたくはなかったけどな・・・」

「やっぱりな。隠し事ってのはこのことで違いねぇよな。タマジローさん・・・」

「期間の計算はしてみたか?」

「ああ、一応。タマジローさん・・・もう。」

ユウとタマジローが深刻な雰囲気で話を進める中、ティアとアイリも工房へと帰ってきた。

「いやぁ!遅くなっちゃったね、ティア。」

「うん、色々買い物した上に喫茶店でお茶までしちゃったからねぇ、パフェおいしかったなぁ・・・」

両頬に手を添えて笑顔で語るティアをアイリが制止する。

「しっ!ティア、タマジローとユウが工房でなんか話してる。こっそり聞いてみよう!」

「え!?まさかユウ、告白とか!?」

2人はコソコソと隠れながら1人と一匹の声が聞こえる距離まで近づいた。

「────そういうことだ。つまりもう、お前はわかってるんだろ?ユウ。」

「・・・」

「・・・俺は、今回を最後にもう『戻ってこれねえ』かもしれねぇんだ」

((えっ!!?))

「それでユウ、このことはアイリには内緒に────


バサリと、ものが落ちる音がタマジローの言葉を遮った。
音の方へとユウとタマジローが目をやると、そこには驚いた様子のティアと────荷物を落としたアイリが立っていた。

「さってと、お姉さんは魔法についてもよく調べろって言ってたし、タマジローさんの反応を見たかぎり隠し事はほぼ100%ビーストウォーリアのことだろうな。魔導書魔導書っと・・・」

部屋についたユウは、タマジローと研究途中の品の山の中からビーストウォーリアの魔導書を探していた。

「まあ、この手の魔法でアイリさんに隠し事ったら・・・何だろうな、産まれてくる子供が獣の血を受け継ぐ可能性があるとか・・・?」

パラパラと魔導書をめくりつつ怪しいページを探す。
そのときユウは最初に魔導書を読んだとき『限界を超えて~』と魔法について説明されていた箇所を思い出す。

(・・・そういえば・・・体が壊れるんだったっけ?いやでもタマジローさんは魔法に失敗してあの姿だ。体に限界がくるほどの負担はかかってないか・・・いや、まてよ・・・)

限界を超えていようがいまいが、魔法に蝕まれていては体のどこかに負担がかかっているには違いがない、体はいつでも平気そうなタマジローを思い出していると、ユウの頭に嫌な予感がよぎった。

(体は至って普通?負担はかかっていない。だがまて、不自然だろう・・・あそこまで獣に成り下がって、自我を失うことすらあるのに、どうして今タマジローさんがタマジローさんでいられる?あの姿で、何故人でいられる?)

考えるまでもなく、ユウの中で答えは出ていた。
今タマジローに最も負担がかかっているのは間違いなく『精神』であると。

(これは・・・まずい。かもしれない。)

あわてて適当な紙を数枚引っ張り、転がっていたペンを使って魔法について殴り書く。ひたすら計算する。様々な視点で予測を立てる。結びついた結果から隠し事を掘り当てる。

数時間後、ユウはグチャグチャの紙を握りしめ、タマジローのいる工房まで走り転がった。

「んふふふ、やっとついたぜー!」

額の汗をハンカチで拭いつつユウは閉められた工房のシャッターを開けた。
道に迷いつつも正確な地図と景色の記憶を参考にようやくたどり着いたようだ。

「おおおお!ユウーーー!!!やっぱりお前は頼りになるぜえ!!アイリのヤツ、ナチュラルにシャッター閉めやがるからどうしようかと思ってたんだ!帰ってきてくれてThank you!!ユウだけに!!!」

タマジローはぶんすかぶんすか尻尾を振り回し、首輪と後ろ足の三点で立ち、前足をふいふいと上下に振ってる。

「・・・・(犬だな、こりゃ)」

「首輪!首輪をはずしてくれ!」

「・・・タマジローさん・・・」

「あん?なんだよ」

ニヤニヤと不気味な笑顔でタマジローへと歩み寄ったユウはタマジローの前でしゃがみ込んだ。

「お手っ・・・!!」

「っな・・・・!?」

ユウから邪悪な右手が差し出された、流石のタマジローもこれは許せなかったようだ。

「っざけんな!」

「ふおうっ!?」

見事な頭突きがユウのみぞおちに決まり、その場にユウは倒れ込む。

「コノヤロー、人が獣だと思って調子に乗りやがって!俺はアイリにしかお手とちんちんはしねえ主義なんだよ!!」

「・・・うぐっ、お・・・お座りは・・・?」

「まぁ、お座りならきいてやらねえこともねえよ」

「クソっ・・・違いがわからねえ・・・」

「てめえが獣の気持ちを悟ろうなんざ十年早えよ」

「獣生活二年目の新参のクセによく言うぜ、百年以上生きた魔獣先輩に申し訳なくねーのか?タマジローさん。」

不満そうにタマジローの首輪を外したユウは本題へとうつる。

「・・・で?タマジローさん・・・これは依頼所のお姉さんの勘らしいけど・・・アイリさんになんか隠してねーか?」

「んあっ!?・・・なっ、なんのことやら・・・しーらんこった!」

(うっわぁ・・・なんだこの獣・・・ウソつくの下っ手!!)

ユウの突然の言葉にタマジローの取った態度はあまりにも不自然だった。
尻尾を何故か縦にゆーらゆーらと振り、その目は泳ぎ、鼻息がふんすっ、ふんすかっと変に不規則で妙な力の入ったものになっていた、おまけに前足が右へ左へとフラダンスをしている。

「それってさ、例えばビーストウォーリアのことについてだったりしね?」

「ふぁあん!!?んんんんな訳ねーだろ!?ちげーよ!」

「いや、もう重大な隠し事については否定しねーのかよ・・・それにその反応、図星か・・・」

「さささっきも言ったがてめえにゃ獣の気持ちはわからねえよ!そそそれなのになんで図星だと分かるんだ!?ふざけてっとビーストウォーリアすんぞ!?」

「はいはい・・・わりぃな、タマジローさん」

呆れ顔でタマジローにそう告げると、ユウはそっと首輪をタマジローの首へと戻した。

「あ!てめえ!!謀ったな!!?この裏切り者!首輪を外せ!・・・え?ちょ、待ってくれ!頼む!ユウ!ユウ!!
おねがいユウさんもう一匹で待つの嫌です首輪外してください!」

背後にジャラジャラと首輪の鎖が暴れる音と賑やかな獣の声を聞きながら、ユウはビーストウォーリアの秘密を暴くべく、1人タマジローの書斎へと向かった。
最後の最後『っニャオーーーーーン!!』という犬とも猫とも分別しがたい遠吠えがユウの足を一度止めた。
しかしユウは不敵な笑みを1つ浮かべ、一度は止めた足を再び動かし、そのまま書斎へと向かった。