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『互いの思う理想の特訓』がおおよそ出そろった。
アルマを可愛く思うが故に厳しさを見せるティアと、アルマを可愛く思うが故にあえて自由に泳がせるユウの特訓とで日に日に温度差が増していく。
特訓が始まって一週間も経つと、アルマ自身もその温度差に慣れていって良くも悪くも状況は二人の思い通りになっていく。あくまでもアルマから見ての、ではあるが。

この一週間の間にアルマは大きな成長を見せた。戦闘面や魔法の知識に関してはもちろん、彼女自身が使うと決めた『魔法剣』に関しても基礎らしきものは出来上がり、振るった剣先からわずかにスパークが漏れるまでに至る。
そしてそれ以上に、彼女は生活面での意識の向上を見せた。こればっかりは完全にティアの教育とアルマ本人の努力の賜物である。アルマは特訓時間と朝の自習時間の他の時間のすべてをティアの用意した『出来る乙女のプログラム』の履修に費やす。
炊事洗濯、裁縫読書、ユウを練習台に花嫁修業じみたことも行い、ぐいぐいと女子としての力も磨いていった。

「ごちそうさん」

ユウが言うと同時に、アルマは口に入れていたフォークをあせあせと皿に置き、ユウの平らげた食器へと手を伸ばした。
アルマの口元の動きはもぐもぐもぐもぐと早さを増し、早々に口の中の物を飲み込むと、立ち上がってユウの皿を洗い場へと下げる。
途中、アルマの口の動きが一瞬とまってその瞳が大きく潤んだのを見逃さなかったユウは、食べかけの食器のみが残された向かいの席を眺めて眉間に皺を作る。そして、自分のコップに残っていた水を飲み干してマナ水を注ぐと、それをアルマの席へと置く。

「アルマ、別に焦らなくてもいいんだよ。食べ終わってから下げてもいいからね」

アルマの後ろ姿をパンをちぎりながら眺めたティアは、少し困ったような様子で、且つ控えめな声で言う。
そんなティアの声に対して大きくハキハキとした返事が返り、アルマは自分の席へと戻って食事の続きを再開する。

「今、口の中どっか噛んだだろ、アルマ。悪かったな、そのコップにマナ水入れといたから飲んでおけよ」

「えっ、あぁ、ありがとうお兄ちゃん!何でわかったの?」

「……なんでもなにも、一瞬あんなに『むぎっ!』としたらそりゃな……」

両手でコップを持ち上げたアルマとその隣でパンを口に運ぶティアを交互に見やると、ユウはその日の特訓の担当を思い出して予定を話す。
担当はユウで、内容は引き続き魔法研究の助手だ。

いつもの朝食だ。ティアに教わり、アルマがすべてを用意した美味なる食事。わずか一週間でアルマもずいぶん料理の腕を上げ、楽しいはずの食事。
しかし、ユウは心のどこかで少し居心地の悪さを覚える。そしてそれを感じているのはユウだけではない、より顕著に感じているのはティアの方だ。

アルマは二人の予想以上に真面目で優秀であった。もちろん真面目に特訓に励んでくれていることに互いに不満は持ってはいないものの、二人にはどこかアルマが無理をしているような、張り切りすぎている様子を感じ取る。
ユウに関してはただ魔法研究の助手をやらせているだけで、知識こそは教え込んでいても負荷をかけてはいないと自覚しつつも、それだけにユウから見たティアの厳しさは不安を感じさせる段階にまできている。
それを感じているのはティアも同じであったが、如何せん、アルマが真面目な上にティアはあまりにも不器用であった。アルマが真面目に特訓をこなせばこなすほどにティアはアルマに厳しく当たってしまう。それでもアルマはティアの用意する厳しさを難なく乗り越えてしまうため、ティアの特訓はある種の負のスパイラルへと片足を入れていた。

そろそろアルマが音を上げてもなんら不思議はない。そう思うとユウはその日の特訓を中止にして、丸一日アルマに自由時間を与えてやりたくも思う。
しかしそうしたところでアルマは自身に負荷をかけ始めるのは目に見えていたため、迂闊にそんな案を持ち出すこともできずにその日もユウはなるべくアルマに負荷をかけぬように特訓を進める。
特訓中は初日と同じように、研究を進めるユウとアルマの後ろ姿をティアが眺める形となった。
とはいえ、不思議とそこには初日のような刺すような視線もなければ、二人を逆撫でするような異質な雰囲気はなかった。ただ、たびたびアルマが笑顔をみせて笑い声をあげる度に、乙女のティーカップが静かな音を響かせるのみであった。

そこに、ティアの笑い声はない。

その日の晩、ティアとアルマは二人で大浴場へと入浴へと向かった。
二人で裸になり、二人で並んだ鏡に向かって並んで座り、同じく並んだシャワーの栓をひねる。
視界を遮る湯気が互いの表情を隠し、鳴り響く水音が世界に無音のフィルターをかけた。
特に意識したわけでもなく、無言が場を包む。不器用に髪の毛を撫でるアルマを隣の鏡越しに見つめると、ティアは自身の向かいの鏡へと視線を戻し、寂しそうなその姿に視線を伏せる。

「アルマ……」

「はい!」

「……あ、いや、シャンプーじゃなくてね……」

「あ、ごめんなさい、さっきお姉ちゃんは頭洗ってたもんね」

「……謝らないでよ」

「……?」

ティアの声がうまく聞き取れなかったアルマは、小難しい顔で一つ首を傾げると自分の頭の上で泡をこねくり回す作業へと戻る。
またも、無言が場を包みそうになる。

「あ、あのね、アルマ」

「なあに?お姉ちゃん?」

「……私が頭洗ってあげよっか?」

「え……!わたし、ちゃんと洗えてないかなぁ……」

「えっ、いや……うーん、そんなことは……ないけど……」

「大丈夫だよ!出来る乙女になるもん、頭だって自分でピカピカに……!」

「……そう、ね。応援してるよ、アルマ」

ティアは、最初に集落でアルマに会ったときのことを思い出す。
狭い浴槽に二人で浸かり、歌を歌い、笑って、お湯を掛け合ってふざけあって、身体を洗い合ったアルマはそこにはいなかった。
特訓とはいえ厳しく当たりすぎたのだろうか。などとまでティアは感じる。

「……喜ばしいこと……これでいいって……」

続いた「決めたのに」という声には力も声量もなく、その声は発したティア自身の耳にすら届かなかった。
彼女は自身でさえもアルマにどうしてほしいのかがわからなくなっていた。そうして正解の輪郭を掴むことすらできずに自身の行ってきた特訓についても自信を持てなくなる。
先に発した「応援している」という言葉に込められた意味なき疎外感に胸を締め付けられ、左太ももを洗う手が止まる。

「……お姉ちゃん?」

「──っ!」

「疲れちゃったの?それなら、わたしが身体洗うよ!」

不安げに見上げられた薄金の瞳に映った頼りなさげな『お姉ちゃん』に気がつき、ティアはがしがしと左手を動かした。

「……だ、大丈夫だよ!お姉ちゃんだもん!自分であらえるよ!」

「……そっか……」

二人以外に誰もいなかった大浴場は、ただ静かに湯気を上げて二人の身体だけを暖めた。

─────

部屋のドアを叩くノックの音が研究に勤しむ魔法使いの手を止めた。
魔導書をめくろうとしたままで止まった手には確信が込められている。

「まぁ、無理もないよな……」

小さな独り言にも、部屋の外にいるのはアルマであるという確信が乗せられている。
ティアは少しアルマに対して厳しくしすぎた。部屋の外にある一人の人間の気配に、アルマがとうとうギブアップを宣言しにきた。と、初めはユウもそう思った。
が、ドアの向こうから聞こえてくる弱気な声は、立ち上がろうと机に突かれた右手の動きも止めた。

「……ユウ、少し……いいかな、お風呂は、済んだ?」

「……お……おう、少し前に入ってきたよ……まぁ、入れよ」

ティアだ。
わずかニ択のユウの予想は見事にはずれ、予想外の展開に肩透かしを受けた魔法使いは、どもりながらも部屋へと入るように声の主へと促す。
パジャマに身を包み、首からタオルをかけた少女がゆっくりと開け放たれたドアの向こうに姿を現した。
そのいつになく弱気な様子に、ユウは口をあけたまんまで椅子の上から上半身を向ける。
うつむき加減の姿勢で口を一文字に閉じた少女は、いつものように部屋の隅の席へと着く。昼の研究中に使用していた空のティーカップが置きっぱなしの机に伏し目の視線を落とし、鼻から長いため息を吹き出す。
その様子に目も当てられなくなったユウは、研究の続きをする振りをしてそのまま席に着きなおして読む気もそがれた魔導書のページを指先で弄ぶ。

その場に沈黙が流れた。

十秒、十五秒、三十秒。

次第に鼻水を啜る音が背後から聞こえ始め、その音に耐えきれなくなったユウが、ティアが席に着いてから初めて声を発する。

「……おつかれさん」

「……うっ……ぐす……!」

その一言で、鼻水を啜る音は嗚咽へと変わる。
ユウは、他人へと厳しく接しなくてはならない辛さを一応知っているつもりではある。

「アルマが……私の前で笑わなくなった……!!」

嗚咽混じりの悲痛な叫び声だ。

「……ああ、そうだな……」

「ずるいよ!……私だって、私だって、本当は楽しくアルマと特訓したい!」

「……わかってるよ、当たり前だろ……」

「うわあああん」と、机に顔を伏せて大泣きをし始めたティアの声を聞いたユウの眉尻は下がってゆくばかりだ。
彼が彼女の泣き声を苦手としているのはもちろん、彼が思っていたアルマへの気遣いが彼女を追いつめていたのだと思うと心苦しかったのだ。
また一人で背負わせてしまった。と、ユウは後悔の念に苛まれる。

「私が、厳しくしすぎたから……!きっと、きっとアルマは私が嫌いになっちゃったんだよ!
私!お姉ちゃんだから!しっかりしなきゃって!だから!」

「……おう、頑張りすぎたんだな……ちゃんと見てたよ……」

「声をかけても!『はい!』って!『ごめんなさい』って!!……ずっと、私がアルマに無理させてたから!」

「……そうだな、最近固いよな、アルマ……」

「アルマはもう!私なんていなければいいと思ってるよ!厳しくてつまらないお姉ちゃんに見せる笑顔なんてもう──」

「いい加減にしろ!」

「──っ!」

パン!と、魔導書が閉じられ、ユウが椅子を返してティアへと向き合った。

「お前がいない方がいいだなんてアルマが思ってるだって?
お前はアルマの目標なんだろ!?お姉ちゃんだろ!?
厳しく接しようと楽しく特訓しようと、結果としてふてくされんのもお前の勝手だがよ!それでも!言っていいことと悪いことがあるだろ!
お前に認めてもらおうと頑張ってるアルマのことも考えてやれよ!そんなこといったらお前があいつの努力を否定することになるんだぞ!」

「……なによ!ユウはいいわよね!テキトーにアルマのこと甘やかしてさ!それで笑ってればいいんだもん!
努力とか!厳しさとか!そんなこと考えてもいないくせに知ったようなこと言わないでよ!!」

「ああ知らねぇよ。俺はお前やアルマみたいに努力家でもなけりゃあ器用でもないしな!だけどな、俺はそれでも、自分に価値がないとか、いない方がいいだなんて考え方は大っ嫌いなんだよ!
そりゃ俺だって自信をなくすことはあるよ!呪われて魔法が使えなくなった時だってそうだった!
それでも……必要とされてるんだよ……いなくなるなんて、そんな簡単に言っていいことじゃねえんだよ……!」

「──っ!!………でも、じゃあ……どうすればいいのさ……!
私もうやだよ……笑わないアルマと一緒にいるのが……嫌われるのが……怖いんだよ……!
お互いの気持ちをわかることもできないのに……必要とされてるなんて……また笑い合えるかなんて……っ!!」

不機嫌そうな、しかし、すこし困ったような力強さのない舌打ちとともに、ユウはまた机の方へと向き直ると、後頭部で手を組んで、天井へと視線を向けてため息を吹く。
ティアは、ただ両手で顔をおおって震えるのみであった。
またしばしの沈黙を挟むと、ユウが一つ、案を出す。

「俺だけじゃないんだろうな……きっと……。
わかった、明日のお前とアルマの特訓は中止だ。ついでに俺の方でも特訓はナシだ、一日俺がアルマを預かる」

うんともすんとも反応を示さないティアの方へと再度向き直ると、続ける。

「俺とアルマ、二人っきりで少し話す。まじめな話だ、お前はついてくるなよ、絶対だぞ?いいか……フリじゃねえかんな?絶対尾行とかして盗み聞きとかするんじゃねえぞ!!」

「……ユウ……それって……」

「絶対ついてくんなよ!!」

ようやくぐしゃぐしゃの顔を上げたティアの鼻先へ向けて、これでもかというほどに力強く人差し指をのばすと、ユウはさらに念をおした。
びっしょりと濡れた睫に挟まれた真ん丸の瞳にユウは少しだけ安心し、同時に自分の愚かさに少し自己嫌悪感を覚える。

翌日の成果はアルマ次第、とはいえ、ティアへの安心材料を用意するために半ば『アルマをハメる』ような行為を行うことに対しては少しどころか多大な自己嫌悪に苛まれる。

「……バカだよな……ほんとにさ」

誰に向けられたものかも定まらない嘲笑が、静かな部屋に木霊した。
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