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「……どうするの?まさか正面突破とは……いや、い、いけるかもね……?」

「タマもいるからな。多分いけるだろうけど、何があるか分からねえし……あまりリスキーな行動は選択したくねえ」

「……そっか」

「今回ばっかは、お前のその秘密道具の数々も日の目をみるかもな」

「夜だし、多分日の光みたいなのをみるのは私たちだと思うけどね」

「冗談吐ける余裕あんなら大丈夫だな」

ティアがリュックをひっくり返すと、いつもの爆竹、煙玉、癇癪玉が転がり出る。
そして、ティアにしては珍しく、使い捨ての魔導書も数冊出てくる。簡易ヒールの書、マナ水が利かなくなってからはこれがないと傷を癒すことができない。
それから、魔力吸収の書、おやつをはじめとする食料などなどが顔を出した。

「お前が魔導書なんて珍しい……てか、そんなのいつの間に?」

「ユウの分だよ。私は使うつもりはないよ。
ユウの魔法は殲滅用としては燃費が悪いじゃない、基本オーバーキルだから」

「心配いらねえよ!……と、言いたいところだけど、ありがたいな。初っぱなから大火力が必要になりそうだったからな。
……作戦がある」

「あると思ってた」

ティアのリュックのサイドポケットからメモ帳とペンとマジックフェアリーを取り出したユウが、ゴブリンの砦の適当な見取り図を描きつつ説明を始める。

「まず、あの砦、入り口?出口?……まぁ、どっちでもいいけど、それが一つしかないだろ?」

メモ帳に、大きくC型の外壁が描かれ、Cの丸が切れてる部分に矢印が書き入れられる。

「つまり、進入はそこからのみ……?」

「とはならないだろう?俺には風魔法があるし、もっと言うと、土魔法で足場も作れる。
それにお前なら砦を囲ってる丸太をぶっ壊すぐらいも難なくできるだろ?
入ろうと思えば、どこからでも入れるよ」

「なるほど」

「でも単純にそうすると騒ぎが大きくなって面倒だ。俺たち側としては、あまり労力をかけずにできる限り多くのゴブリンを殲滅したい」

「となると、やっぱり……あまり多くのゴブリンを相手にしないために…戦闘の中心はここ?」

ティアがユウからペンを取り上げると、ユウが書いた矢印をまるで囲った。
砦の入り口は規模の割には狭いため、出てくるゴブリンを確実に仕留めていけば囲まれたりする可能性は減る。
が──

「そうだな。しかしそれじゃ俺たちは少しも油断ができない。なんでだと思う?」

「なんで?」

「……櫓」

「そっか、櫓があるってことは、そこに弓とか魔法の遠距離攻撃を担当するゴブリンが配置される可能性が高いって事だもんね……!」

「おう、そうだ。
入り口にとどまってちんたらちんたらゴブリン狩りをしてたら、俺たちは弓や魔法の雨で狙い放題。
だから、あえて内部から攻めようと思う」

今度はユウがCの中に、いくつか櫓に相当する□を描き入れ、Cの閉じてる方から矢印を書く。

「内部って!そんなの、囲まれちゃうじゃない!
それとも何!?ユウが囮にでもなるつもり!?だめだよ!」

「ちょっ…落ち着けよ!
乱戦を避けようっつう基本方針は一緒!やるべきは相手の戦力の分断だ!」

「分断って……?」

「いいか、まとめるぞ。
乱戦を避けつつ、弓兵をしとめつつ、一匹も逃がさず、且つ内部から!」

「うん、そのために?」

「そのために、ここにタマを配置する」

Cの切れ目の入り口に、雑な獣の絵が描き入れられた。

「タマを囮に!?」

「大丈夫だ、入り口から流れ出る程度の数のゴブリンならタマでも……つか、タマは囮と言うよりも蓋だ。ゴブリンが一匹も逃げ出さないようにするためのな。
入り口に視覚的にも最も威圧感のあるタマを置いて、ゴブリンが逃げ出さないようにする。
万一逃げ出されても、タマの鼻と脚があればすぐに追いついて潰せるからな」

ユウがタマに一言「できるか?」とだけを確認をとると、タマは一つ、鼻息を噴いて、ユウの顔面を鼻先で殴る。

「ぶへっ。大丈夫そうだな」

「じゃあ……私たちは……?」

「そうだな、入り口でタマが暴れてくれれば、当然ゴブリンたちの意識はそっちに向いて、入り口付近にゴブリン達は集結するだろう?」

「うん」

「そこで裏から入ったお前が、内部で混乱しているゴブリン達をさらに攪乱するんだ」

「ふむ、それなら……ユウが使うって言ってた大火力の魔法は……」

「そう、ランスオブリリーナ。
本当は、ゴブリン達にバレねえ距離から一匹ずつこいつで焼くだけの精度があればいいんだけど……残念ながら俺はそこまで射撃に自信はねえ。
あともっと言うと火炎魔法が一番楽なんだろうけど、山火事なんてごめんだからな、火気厳禁で」

「……ランスオブリリーナで櫓を一度に全部ってこと……?
できるの?ユウ……」

「やるしかねえだろ!
……なるべくゴブリンが全部櫓に集まってから落としたい。且つ、弓もできればほとんど撃たせたくはないからな、準備が出来次第、全ての櫓を同時に一度で落とす。
お前は櫓の下敷きになったり、ランスオブリリーナそのものに当たらないように気をつけながら動いてくれよ」

不安そうな瞳が、マジックフェアリーの明かりに照らされて揺れる。
作戦は、タマが入り口を塞ぎ、ティアが攪乱と殲滅を担当し、ユウが櫓や遠距離攻撃を担当するものを破壊するという形に落ち着いた。
しかしそこで問題が出る、ユウの魔力の限界だ。
櫓を一撃で落とす破壊力のランスオブリリーナを同時に櫓と同じだけの数で放つ。ユウの魔力の放出量を知るティアからすれば、少しばかり彼の提案は無謀であった。

「……そんな顔すんなって、少なくともメテオール乱発よりかはマシさ。なるべく低燃費で櫓を落とした上でお前の魔導書もありがたく使わせてもらうよ、魔力切れに関しては心配要らん、工夫するから」

「そう……」

「作戦はここまで!あとは各自アドリブで頼むぜ!
弓兵は櫓が崩壊後最優先で殲滅……っても、ゴブリン程度なら、櫓が崩壊した時点で虫の息だと思うけど……まぁ、あれだ、妙な情けはかけるなよ。生きてるヤツがいたら全部トドメを刺せ。
そうすれば、残りは接近戦だけで済む!俺も櫓を破壊した後は殲滅に移る!
……それじゃ、健闘を祈るよ!」

ティアが頷いた。
タマも頷いた。
そして、ユウが頷いて、二人と一頭は崖を降り、遠くに聳えていたゴブリンの砦を目指した。
──人間達による、亜人種の虐殺が始まる。
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何一つ問題などはない。砦の入り口では、銀光りする獣が赤黒く染まっていた。

二人とタマが別れた後、タマは一頭で砦の入り口に身を潜めてその時を待っていた。その後、ユウがあげた煙玉の狼煙(視認できないため、正確には臭い)を合図として作戦に移る。
煙の臭いを鼻に感じ、森から飛び出たタマは、一口で見張りのゴブリンの頭をかみ砕いた。
びくびくと痙攣しながら血か脳漿かもはっきりしない体液を流す仲間を見、入り口で見張っていたもう一体のゴブリンは悲鳴とも雄叫びともとれる叫び声をあげる。しかしその叫び声は最後まで延びることもなく、一振りの前脚により身体から離れる。

「始まったか。容赦ねえな」

「タマだからね」

断末魔により途切れたゴブリンの叫び声を聞いたユウが杖を握り直す。
ティアも、剣士服のポケットに菓子や爆竹を詰め込みつつ剣を握る。
二人はすでに砦の裏へと回り込み、砦を囲う丸太の上で砦内の様子を見ていたのだ。先刻のゴブリンの叫びを皮切りに明らかに砦内がざわつき、建物から出てきたゴブリンが松明に明かりをつけつつ慌てて砦の入り口へと流れていく。剣を握る者、ツルハシや鉈、ヘルメットを装備するもの、多種多様だ。中でも二人は特に、矢筒を肩にかけたり砲撃用の火薬を手にした者の動きにより一層の注意を配る。

「…櫓に向かう奴らもそれなりにいるな! 予定通りだ、いくぞ!ティア!」

「うん!」

丸太から飛び降りたティアの背中を見送るユウの視線の先で、一分と待たずに音と光が弾けた。
花火のような火薬類の爆発と音により、入り口へと流れるゴブリンとそれを確認しに戻るゴブリンが二分化する。事は予定通り進む。

「さぁ! 一匹も逃がさないよ! 『契約』は諦めなさい! …って、人語は通じないか」

「ギャッ! ゲヒャ! ……て! てめぇはこないだ集落で生贄と一緒にいた女じゃねえか! なにしにきやがった! いや、なにしやがんだよ!?」

「あ、通じるのも居たんだっけ?」

砦の中央に到達後、ポケットの中身を惜しみなく投げ回るティアを人語が止めた。いつぞやの人語を操るゴブリンの声だ。

「なにするもなにも、あなたらを全滅させに来たのよ!」

「あぁん!? 何言ってんだ、てめぇらは俺らとは関係ねえんだろ!?」

「あなたらとはね! でも、生贄の子とは大いに関係があるの!」

「……まぁ、どうだっていいけどな。ここまでやったんだ、生きて帰れるとは思ってねえよなぁ!?」

「──っ!」

人語を話すゴブリンが口笛を吹くと、ティアを囲むようにして十を越えるゴブリンが集まる。
程なくして、ティアの右足付近に一本の矢が落ちる。警戒するティアを余所に、人語を話すゴブリンは矢が飛んできた方角へと向かってゴブリン語でなにやら大声を上げた。
怒声にも聞こえるその声にティアは困惑し、問う。

「なんて言ったの?」

「『生け捕りにしろ』っつったんだよ……てめぇも生贄と一緒に死ぬまで飼ってやるよ。ゲヒヒ」

「あんまり褒められた趣味じゃないね」

「余裕ぶっこいてられんのも今のうちだぜ? 入り口の獣、確かてめぇらのペットだったよな、たったそれだけで俺たちを全滅たぁねぇ…後悔しな」

「ふーん、後悔しな。ねぇ…」

大きく息を吐き出し、澄まし顔でポケットからチョコバーを取り出して、それをくわえるなりティアは言う。

「──お姉さんとは真逆のこと言うのね。もぐもぐ」

直後、一筋の光が夜空を駆る。直径約四メートルの魔力の槍─極太ランスオブリリーナ─は、正確に櫓の一つを貫いて、しばらく進むと一斗缶をバットで叩くような音と共に折れ曲がった。
レーザーが折れた地点では、巨大な魔法反射壁が浮かんでいた。

「ギヘャ!? なんだ!?てめぇの仲間か!?」

「なるほどねー、一気に数本じゃなくて、一本を反射壁で…」

レーザーはその後、止まることなく三度の反射を経て、全ての櫓を破壊しきった。
ユウの宣言通り、ほぼ同時に遠距離兵は力を失う。
ゴブリンたちはチョコバーを頬張る隙だらけのティアには見向きもせずに櫓を見たり入り口を見たりと慌てふためく。そうして、ティアから視線を外した者から順に、首が胴から離れる。

「───余所見するから死ぬのよ……しなくてももう遅いけどね」


───────────


湿った空気が鮮明に朝日を彩る。
夕暮れとはまた違う赤が紅い山を燃え上がらせ、その美しさに魔法使いと剣士は白い息を吐いた。
秋も本格化し、容赦なく体温を奪う明け方の世界。薄着の魔法使いは肩を抱き、次いで血濡れの獣に抱きかかる。

「はぁー、タマぁ、あったけぇ」

「もう、なんでそんな薄着で来たの? はい、温めたマナ水」

「お、サンキュ。気が利くのか利かないのかよく分からないチョイスだな」

もの言わぬボロボロの砦の入り口で、ボロボロの姿で座り込む二人と一頭は、場所こそは違えどもいつもと同じように朝を迎える。
いつも通りティアが飲み物を用意し、それをいつも通りにユウが啜る。

「結局何匹居やがったんだよ、このゴブ野郎どもはよ」

「さぁね。私は70から先は数えてないよ」

作戦は無事に成功、砦内は血と肉片で立ち入るのも気が引けるような惨状で、二人は比較的にゴブリンの亡骸の少ない入り口にて身体を休めていた。
ぼうっとした様子でティアから受け取ったパンをかじりつつ、ユウは静かにため息をはいた。

「ん?どうしたの?」

「いや、別に……。
疲れたな」

「あー、うん。疲れたねえ」

静かな朝。
昨晩の虐殺が嘘かのように世界は静まりかえり、風が木々をなでる音と、小鳥のさえずりのみが二人の耳に障る。
ユウは不完全燃焼気味ながらも燃え尽きた様子で、すっきりとしない表情を浮かべては、まずそうに熱いマナ水とパンを頬張る。
一方で、ティアはやりきった表情を浮かべては、吹っ切れたような様子でただ空を見上げる。
そこにはいつもの会話らしい会話もなく、いつも通りの朝は、いつもと違う形で刻々と過ぎてゆく。

日が白くなり、徐々に角度をつけ始めた頃、二人は山中を移動する気配に気がつく。
一瞬互いに目を合わせて警戒するも、鼻が利くタマの様子をみて、落ち着く。
心当たりがあった二人は、すぐに気配の正体
に気がつく。

「『来た』か。やっぱり待ってて良かったろ?」

「うん、ユウの言うとおり『直接来た』ね。
さて、どうしましょうか」

肩のあたりまで両手をあげ、それをひらひらと振る、一見するとふざけたような仕草をみせつつ、ティアが気配の方角へと視線を投げた。
その先にいたものは、数十人の人間たち。
そう、集落の人間たちだ。


ユウが睨んだ可能性、むしろ必然は、集落の人間はゴブリンの命令により、生贄を直接ゴブリンたちの元へと届けにくるであろうということ。
ゴブリンたちの態度と集落の立ち位置から考えても、より服従的な演出を醸すためにはうってつけな方法だ。
捧げてこその生贄。
仕方がない節があるとわかっているにしても、ユウは少しやるせない気持ちで集落の人間の到着を待つ。同時に、今回の判断には間違いがなかったと、彼は自身に心の内で言い聞かせる。

「生きるためには仕方がないこともあるよな……」

つぶやくユウに、ティアは目を合わせることもなく頷いた。
ティアは以前、ユウを助けるためにライラを殺そうとし、且つ、今回はアルマを助けるためにゴブリンたちを犠牲にした。彼女には反論や言い訳の余地はない。

草むらを蠢く蟻の様だった集落の人間たちは、草木をかき分け、ゴブリンたちが作った細い獣道を固まって進みながら、とうとう二人の前へと到着する。

「……はっ……なっ……!?」

そして、集団の先頭を歩いていた若者が惨状を確認し、声をあげて青ざめる。
同時にユウとティアも青ざめる。
互いが作る互いの状況に、互いが息を飲み、互いが思考を停止した。

集落集団側が驚き黙った理由、それは言うまでもなく、砦の状態とその入り口の二人と一頭だ。
返りか、または自身のかも分からない液体で血塗れになった旅人二人と巨大な狼。
胴だけ、または首だけのゴブリン、はらわたをぶちまけるゴブリン、砕けたゴブリン、物言わぬゴブリン。
砦の周辺は、朝日でも紅葉でもない紅で染まっている。
──殺った。
だれが見ても解りきるはずの、理解が及ばぬ状況。

一方、ユウとティアが青ざめて口を閉ざした理由、それは、集団の真ん中で掲げられた木造の御輿。
特別豪華な造りではない、金飾りもなく、むしろ何一つ飾りのないそれは、申し訳程度に器用に彫り込まれたぐにゃぐにゃの紋様が目を引く。
男が数人で担げるように棒が平行しており、その上にはとってつけたかのようなまたも木造の椅子──そこにアルマが座っていた。
かくも異様な姿があったものだろうか、二人はただただアルマの様子に釘付けになり、また、絶望する。

「……あ、あんたら……! アルマと遊んでた遭難者……!?」

「……なっ! …なんですか……? それ……アルマ……なんて事を……っ!」

驚き、声をかけた集落の男を無視し、ティアは震える指先でアルマを指す。

御輿の椅子に座らされている彼女は、ユウとティアが街で買って与えたやや高級なドレスを身にまとっている。
頭には藁で編まれた髪飾り、肌のツヤを潰すほどに顔には白粉をまぶされ、首から下げられた果物のネックレスや二の腕のあたりにはめられた木彫りの腕輪等々、無理矢理あるものをつけれるだけつけたような歪なドレスアップだ。
そしてその歪さを何よりも際だたせているものは、彼女の瞳から何本も走る涙の跡と、足を束ねる粗いロープ。ユウとティアの位置からは確認はできないが、アルマの両手は背中へと回され、その手首にもロープが巻かれている。
それだけではとどまらず、口にはがっちりと白い布を噛まされ、声をあげることすら許されぬ状態にされている。
左の頬は、化粧では誤魔化せぬほどに腫れている。

「アルマ……! お姉ちゃん……だよ……アルマ!」

「──……!」

黒い感情に押し出されるように抜けた、潰れるような呼びかけに、光を失った瞳が動いた。
その瞳にティアが映ったとき、また音もなく涙がこぼれ落ちた。
粉っぽい真っ白な水滴が転がり、彼女の頬にまた一つ、筋を作る。
腫れた頬を撫で、青紫の肌が露出し、口を縛る布に穢れの無い染みが広がる。

「そこまでやるかよ……! 俺たちが言えた口じゃねえけどよ……。
アルマが何したんだよ……!
おい!答えろよ!!」

頭に血が上ったユウが、ティアに代わって声を荒げた。
『生きるためには仕方がない』
数分前に彼が放った言葉だ。しかしそれを頭では解っていても、眼前の光景を黙って耐え凌ぐほどには彼も成熟しきってはいない。

集団は、一歩踏み出した彼を危険なものと見なして怯む。ゴブリン達の亡骸の山と血塗れの旅人、その状況が、言葉以上に力関係を物語っている。勝ち目のない化け物を見るようにして、先頭に立っていた若者はユウに向かって震える剣の切っ先を向けた。

今にも殺し合いが始まりかねない緊迫した空気だったが、さらに前に出た人物が言葉もなくしてそれを沈めた。

その意外な人物は、ユウの事を押さえるように腕を出し、また、集団と向き合った。
小さな背中から放たれるただならぬ様子に、ユウは肝を抜かれてすごすごと引き下がり、生唾を飲み込んだ。
少女は、秋の山には似合わぬ陽炎のような感情を全身から垂れ流し、くすぶる気持ちをかみ潰す様に歯茎をならす。
その様子に、ユウは素直に恐怖を覚え、また、心のどこかで安心する。

──ティアが、前に出た。



喧嘩腰のユウが大人しく下がったことから、集落集団の至る所から安堵の息が漏れる。
しかしティアもこの事象に憤りを感じていないはずもなく、心なしか彼女の鼻息も少し荒い。その様子に集落集団側も緊張の糸を張ったままにティアと向き合った。
しばし無言が保たれた後、ユウを押さえるようにあげていた腕を静かに降ろし、少女は明らかな侮蔑と呆れを含んだ視線を長老へと落とした。

アルマの乗った御輿の真ん前に立っていた長老も怯むことなく、ティアと向き合う。

「ゴブリンたちは、私たちが一人残らず殺しました」

迷いのない、清々しいほどの殺戮報告だ。当然の流れではあると予想していたにも関わらず、ティアより出された報告に集落の人間たちがざわつく。
単純に、にわかに信じがたいからだ。
しかしそんな集落集団側の様子を気にかけることもなく、彼女は淡々と続ける。

「集落も、山も、埋まっているかもしれない金も、全てあなたたちのものです。ゴブリンだっていない──
ティアはひと息の間を置き、鋭い視線をアルマへと移した。
──もう、その子の役目は終わりです。アルマを放してあげてください」

「……ッ!
……役目?終わり?なにを言っているんだ?
この子は集落の子であって、どうしようと我々の勝手だ」

長老も黙ってはいなかった。
舌打ちに続けて、とぼけたようにティアを見上げる。
『どうしようと我々の勝手だ』
そう言った長老へと向けられたティアの感情は黒い。軋むほどに歯を食いしばったティアは一歩前へ出ようとするも、今度はユウに一言なだめられて、渋々と足を戻した。
しかし、そこで黙って終わるほどに収まりも効かずに、ティアの声には徐々に色が乗っていく。
心の色が、音に変わっていく。

「集落には、アルマの居場所はありません……!
あなたたちは、その子の居場所にはなれない……いいえ、アルマにはもう、あなたたちは必要ない!」

「お……おい、ティ……」

「ごめん……ユウ」

「……」

ユウは集落集団からもティアからも視線を逸らした。視線の先には血塗れのタマ。忠告を遮られて謝られた時点でティアの意図に気づいてしまったのだ。長く共に過ごしてきた者同士にしかわからない意識と配慮が広がった。
ユウは、ティアを止める事を諦めた。
徹底的にやり合うことを暗黙で了解したのだ。
そうしてユウは無言でため息を鼻から吹き出す。彼なりの激励だ。
一方で、ティアの発言には長老も引き下がれない。いくらゴブリン全滅しようとも、山全体が集落のものになろうとも、アルマは集落の駒としては優秀すぎた。
また『今回のようなこと』が二度と起こらないとも言い切れない。さらに、アルマは集落側から半ば洗脳されており、集落の黒さを知ったのも今回が初めてである、言いくるめることなどは集落側からすれば容易であり、それだけに、集落はアルマを所有物として置いておきたいのだ。
長老は、団体のためになら個を潰す。

「……君は大きな勘違いをしている。アルマはいつだって集落を想い、集落のために頑張ってきた。
私だって長老だ、その気持ちは痛いほどにわかるんだ……アルマは、集落を救いたいと想っている、これからも集落のために生きたいと思っている。
今回だってそうだ、集落のためには致し方ないとわかればこうやって大人しくしているだろう?」

「……ふざけないで……!」

言った長老の視界にアルマは入っていない、しかし長老と向き合うティアの視界ははっきりとアルマを捉えている。
その瞳に映るアルマは怯えたように震え、似合わぬ化粧の上からでもわかるほどに青ざめている。

「これがこの子の幸せだ。そもそも、アルマが集落をはなれたとしてどうなる? 生きていけるのか?こんな小さな、集落の世界しか知らない子供が、両親もなしに……
君たちも歳をとればわかる、こうすることが、アルマにとってのこの上ない幸福なんだ」

「………」

ユウが身構えた。
無言のティアの背中越に十二分の殺気と、歯が擦れる音を感じたからだ。
それでも、今回はユウもなにも言わない。彼はティアを信じているし、なによりも、ボロボロと涙を流しながら力なく首を振るアルマを見てしまった。
たとえティアが長老の首を跳ね飛ばさんとしても、ユウにとってはそれで正解ですらあった。
彼も、彼女も、幼い。
若さ故に状況に左右されることなく、若さ故に状況を左右する。
それは決して悪いことではない、マリエッタはそう言った。

一瞬、朝日の光を反射し、宝剣の切っ先が落とされた。

「人の痛みも知らないくせに……幸せを語るなあああああ!!!」

「──っっ!!?」

メイガスエッジが抉ったものは、朝露を吸った柔らかい土だった。それでも、その一撃は大地を揺らし、彼女の大声と相成ってポポラマ山脈を揺らした。
周囲の木々から一斉に鳥が羽ばたき、集落の人間の内、数人は悲鳴を上げて逃げ出す。
長老は腰を抜かし、他の者は慌てて御輿を降ろしてアルマを解放した。
ユウですら生唾を飲み込んで、こめかみの冷や汗を感じ取る。
その周辺一帯を、単純な『恐怖』が飲み込んだ。
その中心には、朝焼けのような眩しい髪色をした少女しかいない。

「──……。
その子は、私たちが連れていく……! 文句があるならかかってくればいい!!」

「……っぐ……この……」

地べたに尻餅をついてしまい、さらに大きくなった身長差が威圧感となり、長老は黙ってティアを睨みつけるしかできない。
悔しそうな、恨めしそうな長老の目に、ユウは騒動の終わりと『勝ち』を見て、安堵のため息を肩から吐き出した。
そして、ついにアルマは自分の足で地に立ち、血塗れの剣士服に頭から飛び込んだ。

「うわぁぁあああん!おねぇえちゃぁあああん!!怖かったよおおおお!」

「……よかった、無事で……アルマ」

二人の様子を満足げに見守っていたユウとタマは目を合わせ、互いに小さく頷いた。
そして、タマはけだるそうにその巨体を起こし、めんどくさそうに荷物を咥え、集落集団の方へとのそのそと歩き始める。血塗れの巨狼にざわつき、怯える人々は、小さく悲鳴を上げて道の真ん中を大きく空けた。空けるというより、道の端っこへと逃げる、腰を抜かして動けない長老をそのまま置き去りにして。

「……ま、そういうことなんで、今回はこんな感じで丸く収めましょう。
相方がああ言ってるんで……見てもらったとおり、あいつほんと恐いから、ああなったら俺でももうどうしようもないんですよ」

「うはは」と笑いながら、タマに続いたユウが長老の前で立ち止まる。
のぞき込むように長老に顔を近づけてまた笑うと、次には周囲の人々を一瞥し、また言う。

「……それでも、賛成かな。
相方も言ってる事ですし、いいですよ、気に入らないならかかって来ても……まだ少し暴れ足りなかったところですし……!」

「……私のこと、ダシに使わないでよね……」

ユウの冗談に、道が広くなる。
そして上機嫌なユウに続いて、おなかにしがみつくアルマを抱き上げたティアが、少し不満げに通り抜ける。
人でできた山道を抜けきった後、背後から大きめな舌打ちが一頭と三人の足を止める。しかしそれは獣の遠吠えのごとく各々の耳を突き抜け、一頭と三人は振り返ることなく、広めの獣道を下っていった。

「……しかしなぁ……こんな物のために……」

しばらく山を降りたあと、ユウが思い出したかのようにポケットから塊を取り出した。
ユウの手元で弄ばれる、朝日を反射して輝くそれ。紛れもない純金だ。

「……こんな物のために?」

泣き疲れて眠るアルマを背負ったティアは、ユウの手元のそれをのぞき込んで興味深げに首を傾げる。
下顎をつきだし、つまらなそうに金塊を放り上げるユウに、言い得も知れない何かを感じたのだ。
良い予感か、嫌な予感で言えば後者だ、ティアはこんな様子のユウにいい思い出はあまりない。
最近みたこの様子で良かったことと言えば、唐突な味覚狩りくらいだ。

「……あそこまで狂えるよな」

「……ふふっ、まあね、確かに。
でもさ、きっと集落からしたら私たちの方がよっぽど狂ってたと思うよ?」

「……ははっ、まあな、確かに。
……くだらねぇ……な……!!」

ティアを左手で制しつつ、ユウは金塊を握った右手を大きく振りかぶった。
ユウの周囲に大きな魔法陣が展開され、ティアの嫌な予感が加速する。

「──っえっ!?ちょっ!!ユウ!?
なにし──………っえー……うそぉ……」

投げた。
ユウは、右手にあった金塊をティアの目の前で上空45°に向けてぶん投げた。
ティアが止めにかかるまもなく風の魔法に乗せ、大砲のごとく、投げ飛ばした。

「……うん!たぶん、十キロは飛んだ……!!
つか、今ので魔力使い果たした!!」

なにが起きたのかがわからないティアは、左手でアルマを支えつつ、右手でコーヒーカップのプリントTシャツにつかみかかる。

「ちょっ!!十キロは飛んだじゃないわよ!!危ないじゃない!!じゃないや!純金!純金だよ!?え!?なにしてるの!?ユウ!?えぇえ!?頭おかしいよ!!」

「わっ!ちょっ、なんだよ!お前だって味覚狩りの時は金なんて食えないからいらないって言ってたじゃねえかよ!!なに怒ってんだよ!?」

「それとコレとは話が別でしょう!?あの時は味覚狩りだったけど、今は……その、あれでしょ!?だめなヤツだよ!!」

「おう、すまんかった!!」

「……はぁ、もう、なにやってんだか……。
開き直らないでよ……」

「おう」

「……人に当たってなければ良いけどね」

「あれ……当たったら死ぬよな……」

その後、二人はアルマを起こし、例の衛兵に頼まれたたけのこを採り、昼下がりに街へと戻る。
そこで三人は信じられない話を耳にする。例の衛兵がいない街の門で、別の衛兵から、例の衛兵が仕事を辞めたと聞いたのだ。
話によると、例の衛兵に、突如空から降ってきた金塊が直撃したという。鎧が完全に砕けたものの奇跡的に無傷だった衛兵は、それを天界の金塊だと信じ、目撃者を保証人としてその金塊をオークションに持ち出しに行った。曰く、これほど希少な物を金持ちに売りつければ一生遊んで暮らせると、肩をならしながら街の奥へと消えていったという。
その話を聞いたユウとティアは、アルマを挟んで互いに苦い笑みを合わせた。

たけのこ未満の価値だった金塊が宿代に変わり、その金塊がたくさんあれば狂う人間もいて、かと思えば、くだらないと投げ飛ばす人間もいて、それを頼りに一生を託す者もいた。

物の価値という物は人それぞれ、ティアが掘り当てたなんの変哲もない金塊の価値変動を見て、アルマを見て、二人はそっと胸をなで下ろした。
あんなくだらないものと引き替えに、この小さな笑顔が失われることがなくて良かったと。

「うーん……当たってたね……。衛兵さんからしても大当たり……か、深いね……」

「死んでなくてよかったな……」

「………?」

首を傾げるアルマに、二人は取り繕うように話を変えた。

「うん!えー…そうだ!ユウが一人の人を幸せにした記念!……は置いといて、アルマの歓迎会するよ!!」

「お!いいじゃん!!アルマ!今日はお姉ちゃんがどんなわがままでも聞いてくれるってよ!!
オークションで金塊でも買ってもらうか!?」

「え……なんでも……!!
いいの!?おにいちゃん!おねえちゃん!!」

「「当然!」」

どんっと胸を叩く二人に、アルマは鼻息を荒くして瞳を輝かせる。
期待に満ちあふれたアルマの様子に、果てや本当に金塊が欲しいなどと言い出さないかと二人は一瞬脂汗をにじませるものの、アルマが二人に出した『はじめてのわがまま』は、思いもしないほどに安く、また、ユウにとっては首を傾げるようなものであった。

「わたし……!もう一回あの演劇がみたい!!」

「……え?!そんなんでっ…てか、前にみたやつ!?いいのか?アルマ……?
もっとこう……」

「はぁーん、なるほど……そうきたか……。
じゃあ、アルマ?今回は飲み物はナシね!それじゃ、私、チケット買ってくるよ!!」

「うん!ありがとう!おにいちゃん!おねえちゃん!」

「………?
まぁ、とりあえず着替えが先だな。せっかくだ、俺もこのTシャツ、もう一着新しいの買うよ」

ここにまた、価値観の相違が生まれた。
ユウにとっては2度目の演劇、ティアにとってはアルマとの約束、そして、アルマにとっては一生の思い出。
それがコーヒー色だったかどうかは定かではないが、アルマは今日、確かに2度目の夜明けをみた。
初めての、2度目の夜明けだった。


ポポラマ山脈が地平線より隆起するススキ野に。
王国へとは既に街三つ、歩みを進め、止めない三人にとって、それは目と鼻の先にあるとみて大約である。

踊るようにくるくると先頭を歩く銀の髪、手元に収まるの世界の縮図に視線を釘打つ黒の髪、そのフードの中で寝息をたてる毛むくじゃらのクリーム色と、それらを見つめては笑顔を見せる陽光の髪。
三つの影は、昼間の草原をこともなく裂いていく。

「朗報です、二つあります」

「なんでしょう?二つとも教えてください」

地図を右手に、ぶっきらぼうなそばかす面は左手をポケットへ。

「我々が目指していました王国になりますが、目と鼻の先にございます」

「え!?本当!?ユウ!」

弾かれたように巨大なリュックごと肩を上げ、瞳を輝かせた少女はことの真偽を問う。

「んだな、あと街二、三こ」

ユウからの返答を聞いたティアは、少し期待がはずれたようにブーたれては視線を青空へと向けた。
彼女にとっては目と鼻の先と言うには街二、三の距離は遠すぎるようだ。自分をなだめるように、ユウの左手の先へと視線を戻し、自身のポケットからあめ玉を取り出したティアはそれを口へと運ぶと、あめ玉のゴミを自身のリュックの横ポケット内の袋へと詰める。

「それで?もう一つの朗報はその左手の先?」

「おう。知りたい?」

「すごくね。教えてくれたらあめちゃんあげちゃう」

「いらね。二つめの朗報はこれだ。アルマ!こっちに来てみろよ」

「え?わたし?どうしたの、お兄ちゃん」

アルマを呼ぶなり、ユウは左手のポケットから魔法石が埋め込まれたシルバーリングを取り出して見せた。
すかさずティアはそれをユウの手元から取り上げると、興味深げにそれを太陽に透かしてみてはしげしげと見つめて問う。

「……なにこれ?」

ティアは、魔法の知識や魔法具の知識に関しては疎い。

「正解だ。お前が知ってたらおかしいぜ」

「魔法具?……のわりには全く魔力を感じないんだけども……」

が、それを必要としないだけの魔法のセンスを持ち合わせているため、ユウがどや顔でいる理由を気にする。
彼女の感覚を持ってしても、ユウから取り上げたシルバーリングからは魔力のかけらも感じ取れなかったからだ。
不思議そうなティアを不思議そうに見上げるアルマへとユウは微笑みかけると、その頭へと手を置いて嬉しそうに歯を見せた。

「アルマの『お守り』だよ」

「……お守り?これが?」

「わたしの……!お守り……!!」

二者ニ様の反応が面白かったのか、ユウはさらに小さく声を上げて笑い、そのままアルマの頭を撫でつける。
この時点でティアは、手元のそれがユウの手作りの魔法具であり、且つ、彼にとっての自信作であるであろうということを察して、アルマの左手の人差し指へとリングをはめてやる。
そして、目でユウへと説明をするように促した。

「ん?……おう。この指輪は、使用者が身の危険を感じると自動でバリアを張る魔法が込められたアクセサリーさ」

「すごい……!!」

「へぇ、私も欲しいかも!でも、なんでそんな便利なもの作れるのにさ、自分では使わないの?ユウ」

「理由は簡単、あまりにも護身用寄りすぎて実践向きじゃねえんだよ」

「どういうこ──っ!──アルマ!!」

「──え?」

ユウの説明を遮り、ティアの大声が草原へと響きわたる。
その声がアルマの耳へと届くか先か、一つの命が失われるのが先か、ユウとティアの正面、アルマの背後から向かってきていた影は一瞬で凍り付き、バラバラになる。
なにが起きたのか理解が利かないアルマはただただ目を見開き、横を抜けた二人の背中を見届けた。



「──魔物よ」

「改善が必要かもな、アルマには別の仕様のがいいかもしれない」

「──え?っうわ!?」

『魔物』というティアの言葉を聞いた瞬間、初めてアルマの左手のリングが反応を見せた。
驚いたアルマの周囲には強固な魔法壁が展開され、魔物の破片の一つもさえもその身体に触れることはなかった。
鼻息を一つと、ユウが思い出したかのように説明付け加える。

「まぁ、そういうこと。よほどの不意打ちでない限りはどんな攻撃も使用者の魔力の続く限りは弾いてくれる」

「……なるほどね、意図しなくても発動しちゃうから燃費が悪いし、避けれる攻撃に対しても防御しちゃうわけか……護身用ね」

「……すごい!ありがとう!お兄ちゃん!」

「勝手に作ったんだ、礼なんていいよ」

少し照れたユウを茶化すように、ティアはあめ玉をユウへと渡した。
いたずらな視線に舌打ちをしつつそれを受け取ると、ユウは取り繕うように慌てて話題を変える。
が、話の内容自体は至って真面目だ、その話題に、ティアは一種のデジャヴを感じ取ることとなる。

「しかし……さっきみたいなことは旅をしてたら日常茶飯事だからな……アルマもせっかくすげぇ魔力を持ってるわけだし……

「だめだよ!!」

ユウの言葉はティアの怒号によって遮られた。
そう、タマが獣祭りに出たがった時と同じだ、彼女は過去の経験とユウの思考回路の作りより、今に彼が発そうとしていた意見を言わせずに反対したのだ。
彼女は、できれば女の子に血なまぐさいことはさせたくないと思っている。

「──っ!まだなにも言ってないだろ?!」

「わかるよ!あれでしょ!?……えっと、あれ!アルマも魔物と戦えるようにとか言うんでしょ!?そんなのゴーレムにやらせておけばいいし、えっと、だめだよ!そんなことさせたら、この子が集落にいたときとなんにも変わらないじゃない!」

「……うーん、まぁ、お前の言い分もわかるけどよ……でも、いつだってああやって俺たちが守ってやれるとも限らないしさ……」

「お兄ちゃん……お姉ちゃん……?」

言い合う二人を気まずそうに見上げるアルマに気づくと、二人は慌てて顔を逸らした。
しかし、二人の様子と話から、アルマは状況の変化に気がつく。
旅行気分で、ある意味集落の勤めから逃げ出してきた上、ただただ二人の背中についておんぶにだっこになってしまっている自分を振り返る。
ティアの言うようにそれは特別悪いことではないし、そもそもティアはアルマをそういったことから遠ざけるために集落から連れ出した側面もある。が、アルマにとってはそれが甘えに他ならなかった、集落に居たときは自分の身を自分で守るどころか集落全体を守っていたのだ、彼女は他人の力になることを半ば自分の使命であると感じている節もあり、少女の『普通』である現状を『異常』だと感じていた。

二人に迷惑をかけている。
二人の足を引っ張っている。
二人の役に立てていない。

集落が彼女に植え付けた歪な価値観は、彼女の中で焦りや責任へと姿を変え、小さな胸を締め付けた。

『強くなりたい』

初めて、彼女は具体的な力を求めた。
知らぬ間に持っていた、ただ漠然としたそれをただ振り回すだけではなく、確かに自身から二人のためにそれを求める。

「……だいたい、ユウは野蛮すぎるのよ。遊び一つとっても狩りとか──

「お姉ちゃん!!」

「っわ!?……な、なに?アルマ……?急に大声出して……?」

腰に手を当て、眉尻をつり上げてユウへと向き合ったティアを、アルマが大声で止める。
滅多に大声を上げたりをしないアルマの急なそれに驚いたティアは、話をやめてたじろぐようにして、シルバーリングを眺めていたときのように、しげしげと薄金の瞳と向き合った。
そしてその瞳の奥にリリーナが見せたものと同じ『乙女の決意』を見つけ、息を呑んだ。

「わたしも強くなる!お兄ちゃんとお姉ちゃんに負けないぐらいに!わたしもお兄ちゃんとお姉ちゃんを守りたい!!」

この言葉に驚いたのはティアよりもユウの方だった。彼はただ驚き、目を丸くし、肩を丸くし、半開きにした口からは声を出すことさえ忘れ、視線をティアとアルマを往復させた。
彼は、アルマに対してついさっきまで無邪気にはしゃいでいた少女と同一人物が放つものとは信じがたい力強さを感じ、それと向き合うティアからは『女の本気』を感じ取る。

「……本気なの……?アルマ……!」

真面目くさったティアの声を聞くとユウは額に手を当ててため息をはいた。
耳には聞こえもしないはずのスイッチが入る音。あとは、やりすぎないことをただただ願うのみであった。

「……!」

アルマはそのまま力強く頷き、ユウはティアからもらったあめ玉を口へと含んで鼻から息を吹く。

その後三人は次の街へ着く。
街へ着くなりティアを先頭に、流れるように七店もの店を回る。
帰り道、三人はパンパンの紙袋を持ち、ばたばたと宿へとなだれ込む。

戦利品の数々は、アルマに二人のすべてを詰め込むための道具の数々、料理本、包丁、フライパン、裁縫セット、ハウツー本『初めての剣』、初級魔法の魔導書、簡易魔法実験セット、お勉強セット、丈夫なレイピア、ファッション雑誌、新嫁の掃除セットなどなど、本当に必要なのか不要なのかさえも判断に困るようなものの数々である。

その晩、ユウの部屋も、ティアの部屋も遅くまで灯りがついていた。
そんな二つの部屋を往復する小さな足音。
足音の持ち主はその一晩でシチューの作り方と包丁の握り方、波縫い、下級攻撃魔法、初級魔法理論、連立方程式、素早い皿洗いを覚える。

眠る前の妄想が少女の楽しみの一つでもあったが、今宵はそんな楽しみに耽る余裕もなく、ティアの童話を子守歌に深い深い夢の中へと入り込む。

ティアの部屋の机の上にある『予定表』と手書きで書かれた紙の日にちは15日先まで埋まっており、日記にはまた『鬼コーチ』の文字。
現状、15日後のアルマを知るものはない、が、15日後のアルマは今よりも間違いなく大人になっているはずだ。
隣で眠る少女の覚悟の瞳を、ティアは忘れない。

そのために、彼女も鬼にもならざるを得ない。
彼女もまた、少女の求めた強さに責任を感じていた。


「頑張る乙女の素敵な五箇条!ひとつ!」

「挑戦することをわすれません!」

「ふたつ!」

「失敗をおそれません!」

「みっつ!」

「諦めをしりません!」

「よっつ!」

「昨日の自分にまけません!」

「いつつ!」

「特訓にはこじんさがあり、過度な期待はきんもつです!
以上!引き続き、すてきな一日にご期待ください!」

「よし!いただきますは!?」

「いただきます!」

「はい、よくできました。あ、まって、私もいただきます。ほら、ユウ、なにぼーっとしてんの?」

ここはポポラマ山脈を下り、更に北へと向かった場所にある田舎町『ガーデンフェスト』
田舎でのどかで普通の街である。観光には立地的にも恵まれておらず、街の周りには危険な魔獣が出没する一帯も存在している関係上、旅人のための足休め的な存在だ。
しかし、それだけに集まる旅人は屈強であったり、情報通であったりと、旅の人にとってはこれほど面白い情報交換場も珍しい。
この周辺でしかお目にかかることのできない高危険度の魔物の依頼もこの街の依頼所限定で受けることができるため、名を上げたいハンターなどもここ、ガーデンフェストにはよく訪れる。
そんな街の片隅、小川をまたぐ立派な橋の横、小洒落た宿の食堂の朝。
電球色のランプの明かりに照らされた小振りなテーブルを三人と一匹で囲い、いつよりも少し元気な、いつも通りの一日が始まった。

「……え?なに、今の。え?……あれ?いつもやってたっけ?なに?素敵な乙女の五箇条?」

「違うよお兄ちゃん、頑張る乙女のすてきな五箇条だよ!お姉ちゃんが昨日の夜につくってくれたの!すてきでしょ?」

「ふーん……素敵……なのか?まぁいいや、いただきます。
……五つ目だけ妙に現実味帯びてなかった?」

はぐはぐとカボチャの煮物を頬張るアルマの隣に座ったユウは、正面に座るティアの髪型に嫌な記憶を掘り出される。
彼の見覚えのある白ジャージに身を包んだ素敵な乙女は、前髪のど真ん中を髪留めゴムで縛り上げ、広いと言えば広そうな、さして広くもない額を電球に光らせていた。

『鬼コーチ』

アルマの昨日の言葉と、昨夜の熱の入った勉強会と、今し方脳裏に浮かんだフレーズより、ユウは胃の奥に違和感を覚えた。
『アルマと協力して、近々ティアを捕まえることになるかもしれない』
ユウは過去の激闘を思い出し、その時逃がしてやったウワーンが元気に生きていることを願うことで眼前の現実より逃れる。

「……ユウ」

「……おう」

味噌汁椀を降ろしたティアから声がかかり、ユウは大豆を箸で摘まむ作業を中断した。

「今日のアルマはどうかしら?」

「……は?」

眉間にしわを寄せた鬼コーチよりかけられた質問は、思いの他漠然としており、向き合うユウも眉間にしわをよせた。
同時に隣で不器用な箸使いで大豆と格闘するアルマに視線を移し、ユウはすぐにティアの思惑に気づく。
不器用でも大豆に挑戦するアルマ。
失敗してこぼしても、恐れず大豆に箸を向けるアルマ。
どんなに大豆がとれなくても諦めないアルマ。
こと大豆に関しては間違いなく昨日のアルマには勝っているアルマがそこにはいた。
キーワードは成長。
ユウは決め顔を作り、眼前のティアに視線を合わせて言う。

「……やるじゃん。特訓の成果か……?」

「え?なに言ってんの?まだなにもしてないのに成果もなにもないでしょ?」

ユウはティアから視線を逸らし、味噌汁を啜る。

「私も熱くなっちゃうときっとアルマに自分のペースを押しつけちゃうと思うのよ。
特訓のペース配分について、ユウからも意見を聞こうとアルマをみてもらおうと思ったんだけど……なによそれ、『やるじゃん』って」

「あ……そう。……で?今日から特訓か……なにから始めるんだ?」

「んー、そうねー。アルマ?今日からどうしたい?戦闘勉強花嫁修業、タマとのコミュニケーション……お姉ちゃんが何だって教えて上げるわよ?」

どや顔でアルマの皿から大豆を箸で拾い、それをそのままアルマの口へとはこんでやったティアが言う。差し出されるがままに大豆に食いつくと、五回ほど咀嚼し、大豆を飲み込んだアルマはテーブルに両手をついて、星明かりのような瞳を輝かせる。

「せんとう!!私もお兄ちゃんとお姉ちゃんみたいに悪い魔物をやっつけるよ!」

「ふーん……。せんとう……だけにね!」

「……?」

ティアからの返しをよく理解できないアルマは、小難しい顔で首を傾げつつ、そっと席に着きなおした。
話を聞き、様子を見ていたユウはここぞとばかりにアルマの興味に食いつく。
アルマの魔法の才能に一目置いているユウとしては、彼女はダイヤの原石である。
いずれ生まれるであろう大魔導士の師とし、己の全てを弟子に叩き込まんと意気込み、コップの水を飲み干し、底を勢いよくテーブルへと落とした。

「よし!!それならこれからの当面の特訓は決まりだな!
アルマほどの才能がありゃあ一週間で全属性初級魔法から回復魔法、強化魔法の基礎まで教え込んでやれるぞ!」

「……わぁ!ほんとう!?お兄ちゃん!!」

「おう!それじゃ、飯食ったら街の外で俺と一緒に魔法の練習だ!ゴーレムを的にしようぜ!」

両手を合わせて笑顔を見せるアルマと、両手を広げて瞳を輝かせたのはユウだ。
一見すると話はこれで終わったように思える、が、それを面白いと思えない人物もまた一人。
コップの底が、テーブルをど突く音が食堂へと響きわたる。

「だめだよ!!」

「「!?」」

鬼コーチこと、ティアだ。

「……おい、なんだよ急に大声出してよ……なにがだめなんだよ……?」

「アルマは!私と一緒に剣の練習をするの!ユウが魔法を教えたら私とアルマのW剣技ができないじゃない!ずるいよ!」

「はあ?」

ティアはアルマの特訓が決まった段階でアルマに剣を教えると決めていたのだ。
自身が剣で苦労した経験から、非力なアルマでも扱いやすいであろう丈夫なレイピアだって前日中に彼女自身が吟味して購入も済ませていたのだ。

「そんなこと言ったって……アルマはどう考えても剣より魔法の方が得意だろう?」

「そんなこと!やってみないとわからないじゃない!それに、それならユウだって剣の方が得意なのに魔法使ってるし私だって魔法の方が得意なのに剣で戦ってるでしょ!!ずるいよ!」

「……さっきから聞いてりゃよ、とりあえずずるいよって言っとけばいいと思ってねえか?」

「そ!そんなこと思ってないよ!またそうやって話逸らして!」

瞳を泳がせる様子からも図星であったことは言うまでもない。
二人は互いににらみ合い、テーブルに手を突き、額をつき合わせた。
周囲に険悪な空気が流れ、息を呑んだアルマはやっと摘まめた大豆を箸から落としてしまった。
ここまでは黙って食事をしていた流石のタマもついに動く。互いに立ち上がり、にらみ合うユウとティアの隙を付き、ティアのメインディッシュのハムエッグをここぞとばかりに平らげた。
そして、息を呑むようにして黄身をのみこんだ。

「お前は、自分勝手なエゴのために、この貴重な貴重な天才の芽を摘むのか?
教えるのは大豆の摘み方だけにしておけよ……!」

「才能才能って!だったらユウも剣を振ればいいじゃない!努力が才能なんかよりもよっぽど大事だって、私が教えてやるわよ!この私の、努力の剣でね!表へ出なさいよ!」

「……ど、どうしようタマちゃ……あ!それお姉ちゃんのハムエッグ!!
だめだよ!……ほら!わたしのハムエッグあげるから、食べちゃだめだよ!
……あ、ちが、わたしのハムエッグをお姉ちゃんにあげれば……あ、食べちゃった……」

この程度の摩擦はユウとティアにとっては日常茶飯事ではあるが、幼いアルマにとって、兄と姉にあたるような2人の喧嘩は別の次元のことのように感じられる。ただおろおろしつつ、にらみ合う2人と自身のハムエッグがタマの胃袋に消えていくのをみていることしかできないアルマは、己の無力さとハムエッグを守りきれなかった悔しさより、頭が白くなっていく。

「お、おに、おね……やめ……」

声も出せずに、ただただハムエッグをを見ていることしかできない。


「……だったら、アルマ本人に選ばせればいいじゃねえかよ……みてろよ、アルマは絶対に剣士になんてならねぇんだよ!」

「ふん、面白いじゃない!そう長くはないけど、アルマは私の背中を見て、魔物の最期を見てきた!
憧れるのにユウと私の背中じゃ差は歴然よ!」

「「アルマ!!」」

「ひっ!?……ご、ごめ……っ!」

「魔法だ!今の世の中、魔法が使えりゃ剣はいらねえ!」

「剣だよ!魔法だって剣があれば切れちゃうよ!魚だって捌けるし、イノシシだってスライスできるよ!」

「そ、その……わたし……」

「あ!聞こえた!今魔法って!」

「言ってないよ!!適当なこと言わないで!!」

「……わたし……」


幼い少女から発せられた精一杯は、実に中途半端であり、また、実に合理的で、結果として見事に2人を黙らせる。
この騒動の後、変身し、事の状況を理解したタマがアルマに同情するのはまた別の話である。


「わたし!魔法剣士になるよ!」

少女の気遣いは、茨の道を指し示す。

───

魔法剣士──剣士と魔法使いの中間を往く中途半端で器用貧乏な職だ。しかし、真に魔法剣を扱いし者は、魔法剣士についてその中途半端を揶揄されると激昂する。
曰くは魔法剣とは剣と魔法のいいとこ取りであり、魔法使いが苦手とする接近戦にも対応でき、剣士にとっての天敵である遠距離攻撃にも、状況に応じて柔軟に対応できるという。

最大火力や精度は魔法使いに劣るものの、剣で直接攻撃しつつの魔法の発動は隙がなく素早い。且つ魔法使いが苦手とする『抗魔力』を無視し、効率よくマナを削れるというメリットがある。
もちろん、剣士に比べても攻撃の幅や範囲は段違いである。
デメリットは必然的に無理な理論で魔法を展開する事になるので、体力と集中力の消耗が激しい。そしてやはり、純粋な剣に比べると精度や速度は劣ってくる。
魔法剣士のもっとも特徴的な攻撃は魔法剣による『打つ魔法』である。
魔法を『発動』するのではなく、直接『打ち込む』事で、発動によるロスや魔力の消費を抑える事が可能だ。
が、剣撃魔法を発動するとなるとやはり無理がたたり、場合によっては純粋な魔法よりも発動に時間がかかる、その上、純粋な魔法以上に魔力を消耗する。

───

───だ、そうだが?ティア、よくわかったか?」

「難しくて中途半端ってことはよくわかったわね」

「タマちゃん……ほんとうに魔法剣士ってあったんだね……わたし、知らなかったよ……」

アルマの意外な返答より、睨みは合いは互いの反応の伺い合いとなり、その後首の傾げ合いが始まった。
2人は魔法剣などについては深く考えたことはない。よって、いかにアルマがそれを望もうとも、2人はそれについて説明することができなかった。
2人はアルマを連れ、宿を出、書店でハウツー本『なんてったってmagic night』を購入後、街の外の河原にて知識を深めて今に至る。
大きめの石の上であぐらをかいていたユウは、小難しそうな顔と共にハウツー本を閉じた。
緊張した面もちでレイピアを握ってはまた難しそうな顔をしたアルマは、意味もなくどや顔のティアと、指先で本を弄ぶユウへと視線を行き来させて息を飲む。

「……で、肝心のアルマはだ、未だ剣も魔法もヒヨッコ未満。
これは……まずいな」

「っえ!まずいの!?お兄ちゃん」

「ほら、ユウ、アルマが怖じ気づいちゃったじゃないの。
心配しなくても大丈夫だよ、アルマ!お姉ちゃんが今すぐ魔法剣を見せてあげるからね!」

「……できるのかよ……」

眉間を頂点とする富士山を浮かべたユウに向き合った、眉間を谷間とするチャレンジャー海溝を浮かべたティアは言う。
「できるかできないかじゃない。やったらできるかも……だよ」と。
落胆した様子でユウは肩を落とし、アルマは期待に肩を持ち上げた。
2人の様子を満足げに眺めたティアはアルマからレイピアを受け取ると、その切っ先を天へと掲げ、声を上げる。

「必殺魔法剣技!!無限轟雷雨!!」

「──っば!?アルマ!!」

「…?」

青ざめたのはユウだ。
剣を掲げたティアからただならぬ魔力を感じ取ったユウは慌ててアルマの頭上に多重魔法壁を張り巡らす。
直後、ティアの掲げたレイピアの先端上空に直径数メートルはあろう魔法陣が展開、その周囲には八つの小魔法陣。
巨大な魔法陣より流れ出た魔力は八つの魔法陣へと伝わり、戯れにはあまりにも過ぎる紫電の雨を降らせた。
ユウが全力で張った多重魔法壁でさえ魔雷の四発で砕け散り、無防備なアルマをかばうようにしてユウがアルマを突き飛ばす。

周囲が閃光と轟音に包まれ、やがて収まると、中心にはやりきった表情でレイピアの切っ先を仰ぐ少女。
魔法発動から収束まで、レイピアの刃が空を裂くことはなかった。
幸いけが人はない。

「──あれ?」

「………」

「………」

「………」

「………おにいちゃん、膝、すりむいちゃった」

「……待ってろ、今マナ水用意するから。それとティア、おまえはそのまま少し黙ってやがれ」

ティアが放ったのは、魔法剣でもなんでもない、ごく普通─異常な威力と発動速度を除けばだが─の魔法であった。
ユウはともかく、もしアルマがティアの放った落雷にあたっていたらただではすまなかったことは周囲の様子から容易に想像がつく。
ユウは燃えさかるティアのリュックから熱々のマナ水のボトルを取り出すと、適当な布に染み込ませてアルマの膝にあててやる。

その後、ユウはユウで魔法剣に挑戦するも、レイピアが熱くなったり冷たくなったりするのみであり、魔法剣と呼べる代物の発動には至らなかった。
取り繕うように振り回されたレイピアは直接ではないにしろ、確かにアルマを魔法剣士へと一歩近づける。
ティアですら目を丸くするほどの素早く正確な剣閃はアルマの脳裏にしっかりと焼き付き、目標となる。
もちろんティアが放った魔法も、アルマにとっては良い刺激となった。

基礎から固めなくては何事も成せない。

そう結論づけた三人は、翌日からはティアが剣を、ユウが魔法をアルマに交互に教えることに決める。

幼い子供に最も大事なものは大きな成功や小さな失敗よりも、身近な目標だ。
その晩、アルマはユウに倣って納豆の混ぜ方を変えた。
ティアに倣って日記を書くようにもした。

納豆を混ぜるユウも、日記を書くティアも、同じようにして「実りのない一日だった」と口を尖らせていたが、それらを隣で見ていたアルマはちっともそんな風には思っていない。

夜もふけて、少女はベッドに入り込むと、強くなった自分を想像し、鼻の穴を膨らませて頬を緩ませる。
すりむいた膝の痛みと共に思い出される剣閃は、湖の水面に広がる波紋よりも静かで、燃え尽きぬ流れ星の様に力強い。
その剣から放たれる魔法は、トタンを叩く夕立よりも騒がしく、山間から射す朝日よりも眩しく美しい。
もちろん、その中心にあるのは他の誰でもない、少女自身だ。

「……必殺魔法けんぎ……むげんごうらいう……!」

「……? アルマ?今、何か言った?」

「ううん、何でもないよ。わたしもお姉ちゃんたちみたいになれるかな!」

「……! そうねぇ、頑張り次第かしらね……頑張る乙女の素敵な五箇条、五つ!」

「特訓にはこじんさがあり、過度な期待はきんもつです!以上、引き続き、すてきな明日にご期待ください」

「そういうこと!明日も早いからもう寝ましょうね、お休み、アルマ」

「お休みなさい、お姉ちゃん……」

少女は眠りにつくその瞬間まで、窓から見える星空を見上げていた。
少女は身体を休めるその瞬間さえもったいなく感じていた。
少女は夢見心地で朝日を待ちわびる。



翌朝、耳元に微かに触れる風切り音でティアは目を醒ました。
数秒に一度程度の頻度で、少し気を抜けばすぐに聞こえなくなりそうなほどに静かな音だ。彼女にとっては非常に聞き慣れたありふれた音であり、また、彼女にとっても馴染みのない音。

剣を振る音。

ユウが振るにしてはブレがあり、迷いがある。なにより、その音はティアからしてもあまりにも荒削りであり、そして短く儚い。
音から想像される振り幅と力強さからみえるのはまだまだ手足の成長しきっていない、か弱き少女だ。
剣の音に気がついてからさらによく耳を澄ますと、彼女の耳にはもう一つの音が聞こえる。
またも少女の息づかいだ、剣を振る音が聞こえる瞬間微かに聞こえる。
時刻は五時四十分、ティアは、さっさと顔を洗って歯を磨き、その辺にあったカーディガンをパジャマの上に羽織って宿の裏庭へとかけだした。

裏庭へと出た彼女の瞳に映った光景は案の定。Tシャツとホットパンツから真白い四肢を伸ばす、美しい銀の髪を持つ少女。
アルマだ。
朝露に濡れた土の匂いの中、白い息を吐きながら、ただ一心不乱にレイピアを振るアルマの姿を見て、ティアは声をかけることも忘れて見入った。
その後10回ほどアルマがレイピアを振るのを見届けた後、ようやく我に返ったティアが声をかけた。

「……アルマ!?」

「あ、お姉ちゃん、おはよう!」

滴る汗を未だ薄暗い朝日に返して光らせ、笑顔を見せる。
未熟ながらも筋は悪くない。剣を振り始めた頃、よくフルスイングで得物を投げ飛ばしていたティアはそんな自身と目の前のアルマを重ねて苦い笑みをこぼす。
湿っぽい朝の空気と共に懐かしい記憶を呼び起こされたティアはすぐにでも特訓を始めたい衝動に駆られるも、アルマのお腹から聞こえた虫の鳴き声を聞いて、ようやく会話らしい言葉がのどを出た。

「い、いつから練習してたの……?」

至極自然で当然の疑問だ、時刻はようやく六時を回ったあたりで、まだまだ子供は寝てたい時間だ。

「えっ……と、それは……」

「裏庭に出てきた時間は四時半だ、それから一度も休憩も挟まずにその調子さ」

「っ!」

宿の三階から乾いたタオルが投げ落とされた。
それが手元に落ちると、ティアは声の主へと目がいく。
窓枠に座りこんで裏庭を見下ろす男は、彼女が知る中でも最も剣の扱いに長けた人間である。

「お!お兄ちゃんまで!おはよう!」

「おう、アルマ、おはよう。なかなかいい感じじゃん、初めて剣を振ったとは思えない出来だったぜ」

ユウだ。正確にアルマが剣を振り始めた時間を知っていて、現状とその台詞、もちろんティアは違和感を覚え、不快感を顔に現した。

「え……ユウ、あなたひょっとして『最初から見てただけ』なの……?」

「ああ、そうだけど?なんか問題あるか?」

悪びれる様子もない、魔法を扱う天賦の剣に思わず彼女は声を荒げた。

「っちょ!!ひどいじゃない!!ユウ!!」

「大声だすな……!他の宿泊客の迷惑になるだろ!?」

「……あ、ごめ……じゃなくて!ずっと見てたならなんで教えてあげないのよ!あなたが教えてあげればアルマだってもっともっと成長できるでしょ!?」

ティアの言い分はもっともだ。彼女が知る中で最も素晴らしい剣士でもあるアルマの兄役、ティアからしてもこれほどに羨ましく、また惜しい師はいない。
口にはせずとも、ティアははっきりと実感している、メイガスエッジならばいざ知らず、ただのレイピアの扱いに関してはユウの方が数枚上手であることを。
それはユウも自覚しているであろうことはティアの目から見ても確かであり、彼女からすると、彼はそれをアルマに教えるのをもったいぶるように映った。
しかしユウにも言い分はある。
ティアの話を眉間にしわを寄せながら黙って聞き過ごした後、頷くと、彼はそのまま窓枠から飛び降りた。
音もなく裏庭に着地をしたのち、ティアからタオルを取り上げるとそれをアルマの頭に被せて言う。

「アルマは窓から飛び降りたりすることは真似すんなよ、おまえの身体じゃ両足折れるぜ。
それから、このくそ寒い中、そんな格好で汗かいたら風邪引くぞ、ほれ、さっさとシャワー浴びて来いよ、食堂の入り口で集合だ」

「……そ、そうだね、ユウとの話はこっちで片付けておくから、アルマは身体が冷めないうちにシャワーをば……ユウ!」

ティアがドスの利いた声でユウへと向き直るとアルマは何かを察したように一つ頷いて駆け足で宿へと戻った。
視線で説明を欲するティアの要求通り、ため息を一つと共にユウも口を開いた。

「俺も最初は教えてやろうかと思ったよ。でもやめた、お前だって気づいたろ?」

自身の眉間へと向けられた人差し指をより目で凝視しつつ、ティアは答える。

「アルマが、剣の筋も悪くはないってこと……?」

「ああそうだ。剣を振り始めて一時間と少しであれだ。教えることがないと言えば嘘になるけど、あれはあれで潰すのはもったいねぇ」

「……どういうこと?」

「これも気づいてたとは思うけど、アルマが剣を振ってた回数、それからアルマの剣のモデル、見ただろ?」

ティアは黙って頷いた。
彼女の目から見ても、アルマが剣を振る回数は明らかに少なかった。それも単に少なかったわけではない、アルマは一度剣を振ると首を傾げて数秒固まってみては、また振って、首をかしげていた。
そしてその一振り一振りが微妙に違い、微妙に成長していたのだ。
そしてユウの言う剣のモデルについて

「ただ闇雲に振り回さないで、ちゃんと考えながら振ってた……あと……あれは、昨日ユウが振って見せたレイピア捌きをお手本にしてたわね……」

少々悔しそうに言うティアであったが、彼女からしても納得であった。
彼女は先日、一度もレイピアを振っていない。

「そうだ、最初は一生懸命俺の振った通りに振ろうとしてたけど、そのうち俺はアルマが持つ独特な『クセ』を見つけたんだ」

これについてもティアは頷き、黙ってユウの次の言葉を待った。
ユウの言わんとしていることに気がついたのだ。
彼の言う『クセ』とは、単に悪いもの指すわけではない、つまるところの『最適化』だ。

「アルマはちゃんと俺の剣を手本にしただけじゃなくて、その中でも自分の中でやりやすさ……もっと言うと、アルマにはアルマの剣の完成が見えてたんだよ。そこで俺の何となくの剣を無理矢理教え込んで、アルマの剣の芽を摘むことほど野暮な事はないと思ってたから黙って見てた。
結果があれだ、よくできてただろう?俺の剣でも、お前の剣でもない『アルマの剣』だ、ただ叩き込む事だけが子供の成長じゃない。お前の『剣技』と一緒さ」

「わかるけど……でも……」

ユウの言うことに、反論の余地がないほどに共感しつつも、ティアが納得しきれないのには彼女なりの『責任』があったからにほかならない。
今朝もまた、彼女はアルマの本気をみた。みてしまった以上、ティアもまた、アルマには実感のできる成長を教えてやりたいと思っている。
そのためにはやはり、知識や腕のある者が教えるのが一番だと彼女は思っていたのだ。
そして、腕や知識のある自身の責任こそが、アルマに対し、しっかり手取り足取り叩き込む事であり、答えである。

そうしてティアは本日の特訓の担当が自身であることを再認識し、眉尻を下げる。
彼女にとっての最適が、ユウの言葉によって揺らぎを見せたのだ。


その後の朝食の味をアルマは覚えていない。そして、忘れることもない。

────

「お姉ちゃん……お兄ちゃんと喧嘩しちゃったの……?」

子供なりに気を使っているということが伺える視線が刺さり、ティアは手に取ったマナ水のボトルに映り込んだ自身を見つめた。その表情はぎこちない。

「……ん?っえ、いや!んぅーん、いや、まぁ……いや……はい……」

曖昧な返答は、その隣にのぞき込むように映り込んだ表情をも曇らせた。

喧嘩というほどのことでもない、ただ原因が原因であるためにティアは頭を悩ませた。

アルマはそれ以上は何も聞かなかった、ただ、手を後ろに組んで口先を尖らせては眉を困らせるだけであった。

2人は町に出て特訓の準備をしている最中である。宿で分かれて以来、ユウとタマの動向を2人は知らない。
いつもと変わらぬ様子で歯を見せて笑ったユウの最後の表情がアルマの中の不安を煽る。子供特有の直感だ、アルマからみてもとてもユウが無理をして笑っていたようには見えなかったが、現在行動を共にしてくれていないという事実と、先程から炭酸飲料のような様子でぼーっとするティアを見て、察する。

ティアは手に持っていたマナ水を右手の買い物かごへと放ると、思い出したかのように笑いかけ、アルマの手を引く。

「いっぱいお菓子も買っちゃおうよ!ほら特訓すると疲れるでしょうし、甘いものをね……?」

アルマは、特に大きな反応を見せるわけでもなく頷いた。
そんなアルマの様子がまた、ティアを大きく悩ませる。
両手一杯の袋を抱えた少女が2人、アイテムショップから出てきたのは5分後のことである。

その後、2人は街の外れにある草原に作られた公園で特訓を開始した。
途中、剣の練習をする少女をめずらしく思ったのか、単純に下心を踊らせたのか、ティアが三人の男に絡まれるトラブルもあったものの、2人は無事だ。
男たちは壊れた武器を抱えつつ、逃げるように街へと向かっていった。
少女の旅には危険が憑き物であり、それらを祓う実力は旅の大前提である。有翼虎の群だろうと、数百年ものの魔女にだろうと、砦を持つゴブリン族にだろうとも一切の怯みを見せない少女にしてみれば、か弱き乙女を狙うような小さな輩程度、そこらの魔物よりもよっぽどかわいいものである。

逆にいえば、その程度の力も持たないのであれば残された道など捕食されるのみ。

その事実を再認識したティアは今一度アルマを連れ出してきた事に対しての責任を省みる。
『もし、今しがた男に絡まれたのが自分ではなく、アルマ1人であったら』

──いつだってそばで護ってやれるわけではない──

ティアの頭を、先日のユウの言葉が埋め尽くした。ユウの視線が、視界を埋め尽くした。
目の前のアルマから、笑顔が消えた。

すると、自然と声がでる。

「アルマ!」

「──っ!?はい!」

「悪くないわ……けど、その振りじゃあ骨まで断てない……。
握りが甘いよ……!」

いつになく真剣なティアの様子にアルマは息を呑み、また剣を振り始めた。

(……そうよ、これでいい……。アルマが無事でいれるように……1人でも……やれるように……!)

鬼となったコーチは癖のついてしまった前髪をゴムでとめなおした。額の皮膚が引き延ばされ、それは自然と少女の顔から甘さを奪う。
15分に一度、自身の行うレクチャーともにアルマに向かって飴玉とマナ水を渡した。
あえて公園の外へと出、周辺の魔物を狩ってみせた。

ティアは、自分の教え込める全てをアルマへと注いだ。

その日17頭目の魔物の亡骸を前に、2人の少女は夕凪を全身へと受ける。
ほとんど無傷のジャージ姿と、傷だらけの剣士服は夕焼けに染まった互いの顔を見合い、礼を交わす。

宿へと戻るなり、出迎えた少年の表情はサイコロのように面を変える。
驚き、怒り、心配し、しまいには額に手を当てる。
ヒール屋帰りのため、目立った傷こそはないものの、アルマのボロボロの剣士服から今日の特訓をみたのだ。
剣士服の裂け目の数々には、生々しい血の痕が見られた。

「お前……」

ユウは一つため息を挟むと、アルマを指さしつつ低い声を響かせた。呆れと安堵を含んだ声色は、ある種ティアを責めているかのように少女の耳へと収まる。
黙って口を一文字につぐんだティアを見、アルマは自分のしてきた『特訓』がまるで悪行であったかのようにすら感じていた。

その晩、ティアとアルマが風呂から上がった後、ユウは予定していた魔法講座を中止にした。
彼は自身が使える唯一の回復魔法をアルマの手にかけ、街で買ってきた一冊の絵本と震えるタマを手渡す。

「アルマ、お前とティアは違うんだ……もちろん俺ともな。憧れるのはいい、俺だって嬉しいさ、力にもなってやりてぇ。だが……今日俺がお前に教えられることはこれだけだ」

「……?」

首をかしげるアルマの頭にばすっと手を置くと、ユウは振り返り、部屋をあとにする。
アルマがユウから渡された絵本の内容は、空を飛ぶ鳥に憧れた少女が試行錯誤の末に崖から落ちて翼を手にするというものであった。

一見非情な皮肉と警告の意味を、少女は解さない。
アルマは静かに絵本を閉じると、最後にユウが消えた時の様子を思い出す。

ユウは部屋を出たとき、その足を廊下の自身の部屋の方ではなく、ティアの部屋の方へと向けていた。
それはアルマにとっては非常に気がかりであり、また不安の種となる。

「たまちゃん、お兄ちゃん……怒ってたの……?」

隣で脳天気に鼻ちょうちんを膨らますタマを抱き、アルマは部屋の灯りを落とした。



翌日、アルマはその小さな頭を何度もひねって現状を確認することとなる。
先日のティアとの特訓と、本日のユウとの特訓とを照らし合わせて、違いを探しつつ大量の魔導書を運ぶ。
探せば探すほどに、その二つには違いしかなかった。
『助手』とだけ、そっけなく雑な文字で殴り書かれた手作りの札、安全ピン。
それを朝一で洋服へと通され、アルマの一日は始まった。

これが特訓なのだろうか?
では、昨日の特訓は特訓ではなかったのだろうか?

少女は疑問に眉間を絞りつつ、机の上の山の様な魔導書の上に魔導書の山を置くと、手元の術式の意味を男より教わる。

「これが、今までアルマが集落の人に使ってた強化魔法の術式だ。どうだ?さっぱりだろう?」

「はい」

「やりなおし!堅苦しいのは苦手だ、返事は『うん、わかった』だ。約束な」

「はっ…!!…うん、わかった……?」

「よろしい。じゃ、今持ってきた魔導書は?」

「……え、うと……『属性レベル操作 初級』、『人体魔学概論』、『発動原理“治療”』、『これだけは知っておきたい!意外と知らない危険な魔法』、と……『厳選、護身用魔法』?」

「そうだな、ルビを振っておいて正解だった。優秀だぜ。
これからしばらくアルマは俺の魔法研究の助手をやってもらおうと思う。
まず、アルマには原理から魔法を覚えてもらって、その原理から簡単な攻撃魔法を扱えるようになってもらう、そこまでできるようになったら、俺と一緒にゴーレムをどうやって動かしていたのか紐解いていく!……どうせあれだろ?お前もティアと同じようにさ、感覚だけで魔法操ってたんだろ?そんなんじゃあんなんになるぜ。
ゴーレムが動く原理をうまく紙面に引っ張り出せたら、それを俺の魔法に応用できるように一緒に魔法を作るぞ!」

文章に起こせば平気で数行にも及ぶユウの流れるような忙しげな説明を聞きつつ、アルマは小難しい顔で小首を傾げたり、目を丸くしたり、笑顔を見せたりと忙しげな反応を見せる。
もちろん、アルマはその説明のほとんどを理解していない。かろうじて理解できた部分など『そんなんじゃあんなんになる』というくだりだけだ。
アルマが笑顔を見せた箇所である。

このタイミングで部屋へと茶を運んできたティアが、アルマの笑顔を見、少し渋い顔をした。
昨日の特訓では見ることのなかったアルマの様子に、ユウに対して劣等感を覚えたのだ。

部屋の入り口でプレートをもったままのティアを、アルマはあわてて迎えに行き、その手からプレートを取り上げて上に乗っていたティーカップをユウの机に二つ、部屋のソファの向かいの小テーブルへと一つ置く。
数日前よりティア自身がアルマへと仕込んでいた『できる乙女の動き』だ。
その動きにユウは小さく声を上げ、礼を述べる。
一方でティアはというと、さらに眉間にしわが寄る。
アルマには悪気がないとはわかってはいるものの、その丁寧な場所分けに、彼女は単純な『仲間外れ』を感じた。

ティアはしぶしぶとソファへと腰掛け、丁寧にミルクと砂糖まで溶かされた紅茶のカップを持ち上げつつ、それから立ち上る湯気をわざとらしく吹き流す。

そんなティアの様子に、問うべき疑問を思い出したアルマはユウへと声をかける。

「あの、お兄ちゃん、じょしゅ?って、昨日みたいに、魔物と戦ったりはしないの?」

アルマの問いに、ユウは瞼を落とし、両掌を天井へと向けた。

「いきなり実践なんてナンセンスさ。まして、昨日は大けがをしてたんだろ?身体を休める意味も込めて、今日は丸々『正しい助手』について叩き込んでやるよ」

「……楽ちん……?」

「……そっ、楽ちん!」

ユウの言葉を聞いたアルマが、小難しい表情の面をかぶるように顎先に指を持ってきたとき、ティアはあえて茶を啜る音を立てた。
ユウは、上半身だけを返して椅子の背もたれの上からいたずらな視線をティアへと送る。

『できる乙女』のティーカップが、余裕のない音を室内へと響かせる。

「私に対する挑戦ね……!!」

余裕のない小声がアルマの背筋をなで上げる。

その後のティアは、なにをするわけでもなく大人しく二人の『特訓』を眺めていた。
その視線は刺すようでもあり、撫でるようでもあり、アルマのメモのペン先を震わせる。
その様子に気がつく度にユウは威嚇的に振り向いては「シッシッ!」と手の甲で空気を押しのけていたが、しばらくしてソファから寝息が聞こえてくると舌打ちとともに膝掛けを投げ、アルマへと休憩の指示を出すのであった。

数刻後、顔の前でシャボン玉が弾けて、弾かれた様にティアは目を覚ます。

本日の『研究成果』であるシャボン玉の魔法は、一人の少女を不機嫌にし、二人の研究家を笑顔にした。
寝起きの鼓膜に響く元気な笑い声に、少女はまたも、複雑な気持ちに気分を落とす。