• 04<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • >06


「……再契約……?
って言ったよな……今……」

うん、言った。
あれは人語に似た響きのゴブリン語だったりはしないでしょうね、まさか。

「再契約ってことは、前になにか契約をしてたってことかな?
……アルマちゃん?」

それはそうだ。私は当然のようにアルマちゃんの方を見ながら問いかけてみた。
私とユウから熱視線を受けるも、アルマちゃんは小難しい眉毛で唇を尖らせて虚空を仰いでいる。
心当たりがないらしい……。

そうなれば、あとは黙ってゴブリンたちと集落とのやり取りを見守るのみだ。
集落の男の人たちの一人が鉄仮面をそっと……ってあれ!長老じゃないの!
あの人いい歳してゴブリンと戦ってたわけ!?
いや、いい歳っていっても、私は長老の歳知らないけどさ……。
鉄仮面を降ろした長老が、集落の人たちの中から一歩前へ出、ゴブリン達と向き合って、あごひげを撫でながら人語型隊長ゴブリン(仮)に言った。

「……内容は……?」

長老の声は、悟っていた。
声だけじゃない、ここから見える後ろ姿からですらも感じられる仕草や様子からしても、そこに見えたのは理解と覚悟。
長老は、きっと内容を知っていながら聞いてるみたいね……確認……か。

「前回と同じさ!
この集落で一番……」

歪んだ笑みを浮かべた隊長ゴブは、長老からの問いに対してさも当然だとでも言いたげに下顎を持ち上げつつ、集落の人々を左から右へと視線で撫でる。
そして最後、通り抜けた視線が少し戻り、私とユウの間、アルマちゃんで止まったところで続ける。

「……フェイクは受け付けねぇからな。
まさかあれだけ俺たちとやり合ってながら隠そうなんて思ってねえっすよねぇ…───長老さんよ?」

その声に一瞬、長老の肩が強ばったように見えた。
それから長老は額に手を当て、落胆した様子を見せた。
集落の人たちは、ゴブリンの言う『契約』という言葉に反応して以来、ただただ、静かにざわめいている。
ここまで長老の舌打ちが聞こえる、ずいぶん大きな舌打ちをしたみたいね……。
みんな、なにをさっきからそんなに……不気味……。

「……三日後。それまでに結論を出す。
もし、お前等がいいというのならば『次善策』を我々の方からも──

「おっと!次善策!?本気かよ長老さん!
わりぃけど、あっしらはそんなのに乗せられる気はねえでっせ!?
いいか!契約の内容は前回と一緒!それ以外は認めねえ!!
契約が結ばれたら俺たちはここを縄張り内に置いておくことを許そうってんだよ!」

「……この……貴様等は……!!」

「勘違いしねえで欲しいねぇ、あんたらは生かされてんだよ。俺たちゴブリンに。
そんな立場なんだ、俺らに交渉を持ちかけようなんざ、ちょっとボケが過ぎるんじゃないすかねぇ?
……決まりだ!三日後!またこうして出向いてやる!
三日後、契約の締結がされたら実行は五日後!こっちにも準備ってもんが必要だ!詳しくは契約締結後にゆっくり話そうぜぇ!
話すっても、てめぇらに文句は言わせねえぜ!?
それじゃ、いい返事を待ってますぜ?長老さん?
ヒッヒハ!」

ひとしきり、なんだか感じの良くないことを吐いていくと、ゴブリンたちはまたゲヒャゲヒャいって、ぞろぞろと集落を出て行った。
……え……なに、この空気は……?
契約の内容はよくわからないけど、契約さえ結べば集落の安全が約束されるって話だったんでしょう……?
それのなにがこんなに重苦しいわけ?
集落の人たちの様子がおかしい。長老はいまだ、ゴブリン達の背中を眺めているし、その後ろでは若い男の人達がなんだか怒ったり悔しがったりしてる……。

「……ねぇ、ユウ……?」

思わずユウを見ちゃったのはきっと、ユウの反応が欲しかったというか……安心したかったからなのかもしれない。
今集落にあふれる雰囲気がちょっと、それぐらいにアレだし…

「……ふーん。
みんなの様子見る限りじゃ、相当集落側に損な契約らしいな……。
ともあれ、とりあえずゴブリンは追い払えた……?
いや、勝手に帰っただけか……」

意外とユウの方はあっさりしている。
思惑通り、私はちょっと安心できたよ!

「……この辺の問題は集落とゴブリン族との問題だろ?
俺たちが心配するこったねえよ。
だからとりあえずその残念顔やめろよ、せっかくアルマに会いに来たんだからさ」

……もっともだ!
そう、ユウのこういうところ!
相棒で良かったと思えるところ!

「──そうね!ごめん……。
こんにちは!アルマちゃんは怪我は……なさそうね。
ごめんね、ゴーレムいっぱい壊しちゃって」

「いえ、それは……」

少し困った感じが残ってはいたものの、アルマちゃんはもじもじしながらうれしそうにしてくれた。
よしよし、お姉ちゃんが可愛がってあげよう!

──その後、私たちは再度長老宅へ招かれて、再度お話出来る機会を得ることとなった。
小難しい長老の話はユウに任せるとして……っていっても、ユウも集落の問題には深く首を突っ込む気はなさそうだし、真面目に話は聞かないかもね!

うれしそうなアルマちゃんに手を引かれるままに、私と、タマを抱き上げたユウは長老宅へと向かう。
テンション上がっちゃったのかな?ナチュラルに握られた左手に感じた重みに、少し耳が熱くなる。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー 小説へ
続きが気になる

スポンサーサイト



またも私たちは長老宅の例の部屋の例の食卓に集まって話している。
アルマちゃんは前回と同じようにパタパタとお茶の用意。
でも、ユウは前回とは違って聞き入る体勢ではなさそう……何か言いたげな仕草と視線で長老と向き合っている。
アルマちゃんが四人分のお茶を用意し終えたところで、そっと私の隣のへと座った。
そう、座った。私の隣に──長老を差し置いてだ。

「おい、なにどや顔してんだよ……」

「え?なに?どや顔?私が?まさかぁ!」

はい。してました。ごめんなさい。
にこにこしながら、恥ずかしそうに私を見上げたアルマちゃんに私が頷いたところで、長老が話をはじめた。

「今回は、共にゴブリン達と戦ってくれてありがとう。
君たちは強いな」

「……どうも」

「……ありがとうございます……私はなにもしてませんけど……」

「ふむ……それはいいのだが、なぜまた集落へ…?」

……ま、まぁ……そうなりますよね。

「……それは……ティア。頼む」

そしてユウはずるい。
実は私と同じぐらいにアルマちゃんと遊びたいくせに私に言わせるなんて!
女々しいったらありゃしない!
私は男らしく素直に言うよ!女だけど!

「アルマちゃんと遊ぶために来ました!」

「……と、いうことです。
実は深い意味はないんですよ」

「……そうか。
それなら問題はないんだ」

『それなら問題はない』?
なにかつっかかる言い方だなぁ。
長老は一口湯飲みから緑茶をすすると、一息とともに表情から緊張を逃がす。
ユウは……今回の一通りの疑問についてなにか触れる気はあるのかな?
アルマちゃんの両親のこと。
アルマちゃんが集落から出してもらえない本当の理由。
そして、『契約』について。あたりでね。
隣のユウはどちらかというと小難しい顔をしている。
疑問と言うより、不安げだね。

「……まぁ、あなた方が見たとおりだ。
ああして我々はほぼ毎日、ゴブリンたちと戦闘を行っている」

「ふむ……。
ゴブリンたちが……集落を生かしているって言ってましたが……あれはどういう……?
アルマの活躍と併せてみるに、集落の勢力がゴブリン達に劣ってる様には見えませんでしたが……」

ユウが疑問を口にした。
言われてみればそうだ。あのゴブリンたち、アルマちゃんの魔法がかかった集落の人達にばちばち圧されてたくせに、よくあんなことが言えたもんね。

「あれはゴブリン達の中でもごく一部だ。
奴らの住処には、もっともっとたくさんの、さらに、もっともっと力を持ったゴブリンもいる。
我々の集落が落とされないのは……おそらく我々が金を探していることを知っているからだろう……。
もしかしたら、我々が大量の金を発見したところで潰すつもりなのかもしれないな」

「……なるほど……奴らも金が……。
そして、横取りするかもしれないと……。
──?待ってください、じゃあ……」

「どうしてわざわざ集落を襲うのか……ってことかな?そうでしょう?ユウ。
どうしてですか?長老」

私の割り込みに一つ頷いたユウを見、長老がさらに続ける。

「……監視。だろう。
我々もゴブリンの行動原理を逐一理解しているわけではないが、最も自然なのはそれだ。
我々が異常に力を持ちすぎないか、怪しい兵器などを作ったりしていないか……などまぁ、色々あるだろう……。
現にゴブリン達は今回も──……」

「……今回も?」

不自然なところで長老の声が切れた。
ユウから聞かれるも、長老眉間にしわをよせ、話しの続きを止めた。
……これは……

「契約に関係してるとか……でしょうか?」

私からの質問には、黙って頭を落とした。
契約の内容については聞かないでおこうか。さっきユウと首を突っ込まないって決めたし、長老の様子からしてもきっと素直には話してくれなさそうだ。

「とにかく、我々がアルマを集落から出したがらない理由もわかっただろう。
こう毎日のようにゴブリン達に襲われているとなると、アルマの様な存在は大きいのだ」

アルマちゃんがでれない理由は予想通り。
疑問は一つ解決した。そして、問題も!
私とユウは頷き、顔を合わせた。
ユウの目に力がある、つまり、私と考えてることは一緒かな?

「ということは、俺たちはこれから五日間は集落の外でアルマと遊んであげても問題ないってことですよね!
ゴブリン達との契約の関係で、最低でも三日はゴブリン達はここを襲わないし、仮に契約が通るのだとすれば、もう襲われない。
そうでしょう?長老」

さすが。一緒だ。
ユウの明るい声と、白い歯を見せた笑顔に、アルマちゃんが驚いて大きく息を吸った音が聞こえた。
サプライズ成功!……なんか、予定とは大きく変わっちゃったけどね!
それに……

「もしどうしても心配なら、私かユウか、タマの内誰か一人が集落に残ります!
言い切りましょう!私たちの内一人あたりでも、アルマちゃんの魔法で強化された集落の人達全員より強いですよ!!」

「──!
お嬢さん、確かにあなたがアルマのゴーレムを一撃で破壊したのは見たけどな、そういうのは──

「実際やってみなくちゃわからない。
ですか?長老。
やりましょうか?……俺たちはアルマと遊んでやりたいだけだ。もし俺たちの内の誰か一人で、集落の人全員を黙らせることが出来ればアルマの外出許可を出してくれるって言うなら……遠慮はしませんよ」

ふん、言うじゃない。ユウのくせに。
まぁ、有翼虎の件からしても、海賊達の件からしても、動く鎧の件からしても、私たちは割と対集団戦へは心得がある!
踏んできた場数が違うからね、並みの旅の人とは!
まして、集落の人達の戦い方は見るからに素人、はっきり言って余裕ね。
めずらしくユウもどや顔だ。
不安そうなアルマちゃんにはすこし申し訳ないかな?……大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。
長老だってわざわざ本当にそんなことする気はないだろうし、仮にする事になっても大して大事にはならないよ。
ユウも私も対人の手加減ぐらいできる。八年もほぼ毎日対人戦をしてきてたわけだし……。
………タマは………まぁ、うん。
長老だって、あえて私たちの中からタマを選んだりはしないでしょう……。
うつむき、長老が唸り込んで数秒──アルマちゃんの、歴史が動く!──

「……わかった。
これから数日、アルマを頼んだ。
どうか、その子を楽しませてやってくれ。私からも頼む」

「「はい!ありがとうございます!」」

やった──!
やってやった!アルマちゃんと数日遊んでいい権利を私たちは勝ち取った!!
満足げに立ち上がったユウをみる限り、やっぱりユウは集落やその周辺の問題に関しては深く触れるつもりはないみたいだ。
よし!まだまだお昼ね!
五日間なんて意外と短い、早速アルマちゃんの家に荷物を置いて、これからの予定を立てないとね!

きょとんとした様子で私たちを見上げるアルマちゃんは、湯飲みに口を付けたまま、まん丸の瞳を大きくしたまま、とりあえず動かない。
状況が読めてないみたいだね……まぁ、無理もないか。
ちょっと、サプライズにしても急すぎたかな?

「いこ!アルマちゃん!
私と、ユウとタマと遊びにいくよ!!」

──元気な返事と共に、私たちは揃って長老の部屋の出口を抜けていく。
最後、一番後ろにいたユウは、思い出したかのように長老の部屋のドアから顔だけを突っ込んで言った。

「おっと──長老、一つ言いたいことがありました。
アルマの魔法、やたら無闇に集落の人にかけない方がいい。
あれは正規の掛け算的な強化魔法とちがって、もっと単純な足し算な強化魔法。
アルマがもっと成長して力を持ったとき、魔法をかけられた人間の身体が耐えきれなくなって、集落側が自滅しますよ」

廊下からドアの奥へとなにやら難しいことを言ってる。
戻ってきたユウの顔は、やっぱりどや顔だった。

「……なんの話したの?」

「……ん?
あぁ、あれだよ。
アルマの強化魔法は俺たちにとってはあんまり意味が無いって言ったんだ」

「……?」

「50に50を足すのと5000に50を足すんじゃ、その意味が大きく違うってことさ」

「なによそれ、皮肉ったの?」

「……別に。事実さ」

ぶっきらぼうに返されたその言葉には、文字通り嘘は込められていなかった。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー 小説へ
続きが気になる




すぐさまアルマちゃんの家へとお邪魔させてもらった私たちはそれはもうすぐさま遊びに行く準備をする。

私もユウも互いに背を向け合って居間のすみにリュックの尻をついて。しゃがんで荷物をひたすらに整理する。
遊びといったら持ち物は、お菓子にマットにお弁当、お財布爆竹ブーメラン……は折れてるからタマと遊べるフリスビー、ボールに地図にまたお菓子──

「釣り!」

──背中越しにウワーンみたいな声が響いた。
あのウワーン、全くわかってない、女の子を遊びに連れて行くのに釣りですって?!

「演劇!」

振り向かずに返してやった。
アルマちゃんも演劇が見てみたいと言っていたから鉄板はこれだ。

「演劇最終日!買い物!」

「お洋服!?」

「武器!!」

「なんでよ!お洋服!!」

「その後武器!!」

「だからなんでよ!?」

「魔物狩り!!」

「物騒!」

「じゃあ貸し出し研究室!」

「なんでよ!?」

「面白いのがある!」

「それむしろ私がみたい!いい!?アルマちゃん!」

「え!?……あ…はい!」

「その後貸し出し厨房!!」

「それむしろ俺が食いたい!」

「まだなにも言ってない!」

いつも通りのやりとりだ、私とユウにとってはこんなことは日常茶飯事だけど、アルマちゃんは飛び交う私たちの単語にあわててしまって視線をいったりきたりさせている。
確実に遊べる期間は三日、うまくいけば私たちがここを去るまではアルマちゃんと遊べる。
でも逆に言うと、時間は私たちがここを去るまでしかない。
どうせなら後悔しないように、出来る限り沢山楽しませてあげたい。さっきから出てくる案は色々アレだけど、きっと気持ちはユウも一緒だと思う。

てんやわんやではあったものの、予定立てと外出準備は迅速に進んで、私たちは街へと降りると少し遅めの昼食をとった。
この段階ではまだまだ緊張気味でぎこちなかったアルマちゃんだったけど、ご飯の後に映画を見て、買い物──ほとんどお洋服ばっかりだったけど──をして、宿を取って着替えて、貸し出し研究室でユウの魔法をみる頃にはすっかり元気に楽しんでくれて
いた。
街の外の高原でタマとも遊んで、くたくたになって貸し出し厨房で夕飯をとって、その日も私はアルマちゃんと一緒にお風呂に入って、また寝る前にお話をした。
二日目は、ユウの提案に沿って街の娯楽施設で遊び回った。その後はとりあえずちゃんとアルマちゃんの家へと帰ることにした。三日目にはゴブリン達との契約の話があるからだ。
そのことについて訊ねようと、私たちは日が落ち掛けた頃に集落へと戻って長老宅へと伺った。
長老宅にはたくさん人が集まっていて、なにか妙に重い雰囲気で迎えられた。
その鉛色の雰囲気から、契約の話を無かったことにしてしまうのかと思って私とユウは長老に話を聞いたところ、どうやら契約はちゃんと結ぶことにしたらしい。
長老の話によると、契約の話は勝手に集落の方で進めるから、私たちは三日目もアルマちゃんを連れて街へと降りてて良いそうだ。
でも、四日目は、実際の契約の五日目に備えてアルマちゃんにも手伝って欲しい準備があるそうで、四日目の夕方にはアルマちゃんを長老宅へと帰すということで話はまとまり、私たちはアルマちゃんの家へと戻った。

その日の晩、すっかり私たちと遊び慣れちゃったアルマちゃんは、私がお風呂に入ろうとするとさも当然の様にお風呂場までついてくるぐらいに私に懐いていた。
なんだかちょっといけないことをした気分になったけど……私はぜんっぜんかまわない。
なんてことを考えていたら、またユウにどや顔を注意された。


──そうして迎えた三日目の朝、待ちに待った演劇の日……街だけに!!
実は私も演劇は楽しみにしていた、演劇そのものじゃないけどね。
アルマちゃんは初めて会ったときから私に『演劇を見てみたい』と言っていた。つまり今日、私たちはかねてからのアルマちゃんのささやかな夢を叶えてあげられることになるのだ。
嬉しそうなアルマちゃんを想像するだけで、私は朝食のごはんを三杯いけた。
食べ過ぎだって、ユウにまた注意された。

面倒ごとは極力避けたかったため、私たちは集落にゴブリンが現れる前にポポラマ山脈を下山する事にした。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー 小説へ
続きが気になる




すっかり慣れてしまった下山道、ススキの高原、街のゲート。
並んで、話して、時折かき分けながら、私たちはプロの足取りで踏破する。
途中でさりげなくゲートの衛兵さん用のタケノコも拾っていくぐらいだといえば、私たちがこの道のりにどれだけ慣れたのかを察してもらえるだろう。
最早何度目の到着になることか、ここ、ポポラマ山脈の麓の街『カフェテラス』はなにかとコーヒー関連の物を全面に押し出す。
今だってそうだ、周りの建物の多くはさりげなくコーヒーカラーが多かったり、喫茶店の看板はこぞってコーヒーカップの形をしている。
ひどいところだと、お肉やさんの看板なのにコミカルな豚がコーヒーを啜ってるものなんかもある。

でも、コーヒー関連とはいっても、なぜかコーヒーそのものではない。あくまでも『コーヒー味のもの』であったり『コーヒー色の物』などなど、コーヒーの皮を被ったただの街だ。
私たちのワクワクドキドキビンゴナイトの景品もコーヒー味シリーズだった。

……なぜ、この街はそこまでコーヒーを推すのだろうか。
なぜ、その謎のコーヒー推しが名産にまで登り詰めているのか……それは──

「──ユウ?どうしてだと思う?答えるがいいわ!!」

「どうしてって……なぁ、アルマ……知ってるか?」

「いいえ、わからないです」

コーヒーブラウンな私の剣士服をまじまじと眺めつつ、二人の魔法使いは首を傾げた。
フードの中の仔ウルウルフはうるうるしてる。
ふむ、アルマちゃんもわからないか……ユウにしてもそうか、無理はないよね。

「そっかぁ、わからないかぁ。
実はね、この街がやたらとコーヒーを推しているのはある物語がきっかけなの」

「物語……?」

「物語……!」

うんうん、けったいな渋柿顔のユウは置いといて、アルマちゃん、いい喰いつきね!
この街のコーヒー推しの元になった伝説、実は演劇や童話にもなってたりしていて、私はそれらを既に知っている。
まさか旅の途中で偶然にも元ネタになった街に来ることになるとは夢にも思わなかったけど。

「そ!物語!ききたい!?」

「いや、べつ──

「はい!ききたい!!」

「はい、そうねー。『アルマちゃんは』いい子ね、私の話に関心を持ってくれてありがとうね、『アルマちゃんは』…ね?」

『いや、別に。興味ねえし』
と言おうとした魔法使いのことなど私はしらない。
あの気の抜けた様なアホ面から吐き出されるであったろう言葉はそうであったに違いない。
まったく、魔法の勉強ばっかりしてさ!たまには童話や演劇の勉強もしなさい!
早速私がその物語について……と、言いたいところだけど……

「でも、このお話はお預け!」

「え!なんでですか!?
ティアさん意地悪しないでください!」

「そうだぞティアさん。
意地悪するなよ」

「全く、私がアルマちゃんに意地悪なんてするわけないでしょう?
ユウは知らないけど」

「……おう」

ここいらでネタばらし。
私はポケットから今日の演劇の前売り券三人分を取り出し、それを一枚ずつ、ユウとアルマちゃんに手渡す。
ちょうど劇場も見えてきた。

「……『コーヒー色の夜明け』?」

物珍しげに両手で前売り券を掲げるアルマちゃんの隣でユウが声をあげた。
そう、私が今回用意した演劇は……

「はい!今回これから私たちがみる演劇こそが、この街のコーヒー推しの元になった物語になります!!」

「「おぉ……!!」」

よし!次はユウの食いつきも良かったね!
今回これを見てもらおうと思ったのは、この物語が私の好きな物語であったのと同時に、どうしてもこの物語をアルマちゃんに見せてあげたかったからだ。
内容は、とある女の子が家政婦の見習いとして親戚の若いお兄さんとお姉さんの営む小さなコーヒー喫茶でお世話になることになるところからはじまる。
女の子は最初、おどおどしてて、びくびくしてて、お兄さんにもお姉さんにも遠慮をしっぱなし、仕事のお手伝いも失敗ばかり。
それでも優しく接してくれるお兄さんとお姉さんに気が引けてしまう女の子は、さらにお兄さんとお姉さんから距離をとっちゃうんだよね。
そんな女の子に心を開いてもらおうとお兄さんとお姉さんはあれよこれよと手を打つ。楽しいこと、厳しいこと、不思議なことなどなど、女の子のために色々と用意する。
そんなお兄さんとお姉さんの気持ちが通じて女の子は二人に心を開くんだけど、あろうことか、今度は今までの遠慮が災いして女の子は素直に二人に甘えられない!

そこで女の子は二人と距離を縮めるためになにかを用意しようと四苦八苦する。

そして生まれるのがコーヒー味の○○シリーズ!
女の子はコーヒー味の○○シリーズをいっぱい用意して、お兄さんとお姉さんに笑ってもらって距離を縮めようと頑張る!健気!
そうして女の子が二人にコーヒー味の○○シリーズをお披露目しようとしたまさにその当日、お兄さんとお姉さんに詐欺の疑いがかかって、恐い恐い国王様に二人は捕まっちゃうんだったよね。

それで、女の子は国王様になんとかして二人を許してもらおうと、自分が出来ることを精一杯する。
それで国王様から『わたしが食べたことがない食べ物を用意できたら許してやろう』って言われて……そう、見事に国王様をやっつけるんだよね、コーヒー味の食べ物の数々で。

そうして降参して大笑いした国王様は、女の子の住む街の名前を『カフェテラス』と名付けたって話!

笑いあり、涙あり、コーヒーありの、どたばた喫茶コメディだ。

それで、この物語の最大の見せ場はそうだ、ラストだ、最後の最後!!
がらんとしたコーヒー喫茶で、お兄さんとお姉さんの帰りを迎えた女の子ははじめて二人に素直に甘えるんだよね!
『おかえりなさい!お兄ちゃん!お姉ちゃん!』
って!

そう……『お兄ちゃん!お姉ちゃん!』って……!!
そう……この演劇が終わる頃、きっとアルマちゃんは私とユウのことをお──

「──おい、ティア、いつまで入口で固まってんだよ、ほかの人の邪魔になるからさっさと入ろうぜ?」

「ティアさん、大丈夫ですか?顔赤いです、熱っぽいんですか……?」

不思議そうな二つの視線で私はふと我に帰った。
劇場の入り口のポスターに気をとられていたみたいだ……。

「……ごめん……私は大丈夫だから気にしないで」

楽しげな笑顔で劇場の中へと消えていったアルマちゃんに続いて、私とユウも劇場に入ることにした。



「すっごい…!」

私はもう、この声だけで泣きそうになった。
アルマちゃん……劇場も初めてだったのね……。そんなに規模の大きい劇場じゃないけど、どことなく奥ゆかしさを感じさせる良い劇場内だ。
初めての劇場としてはきっとちょうどいい規模だと思う。
前を歩く小さな背中から、大きな感動の声が上がっている。
小さな乙女のかわいい夢が、たしかに一つ叶った瞬間だった!
きゃあああと、かわいらしい笑顔でユウの手をつかんでぶんぶんするアルマちゃんを見れただけで私はもうおなかいっぱいだ。
でも、ユウ……ずるい。私もぶんぶんしたい。

それほど混んでいない劇場内には赤い座席がずらりと並んでいた。
私達は、アルマちゃんを挟む形で真ん中の列、前から三番目の席に座る。
いい席だ、アルマちゃんは背が低いからね!……私があまり言えたことじゃないけど……まぁ、とにかく、あんまり前に座りすぎるとアルマちゃんはずっと舞台を見上げることになりかねないから、少し舞台からは遠い方がいいと思う。首が痛くなっちゃったら大変だ。
開演の時間が迫ってきたけど、あまり人は集まらなかった。たぶん、名作には名作なんだけど、名作なだけにもうみんなお腹一杯なんでしょう。
かく言う私も童話や演劇そのものを何度か見た。同じ演劇や童話を何度も見るのは少数派なんでしょう。
きっと、この街のこの劇場では、今回のお話をたくさん公演してるんだと思う。
でも、ユウやアルマちゃんにとっては間違いなく初めての物語だからね、空いているのはかえって都合がいいわ。
薄暗くなった劇場内でも、隣に座るお星様の様な瞳がきらっきらと輝いているのがよくわかる。胸元に手を当てて、一心に舞台を見つめるアルマちゃんを見ていると、なんだか昔の自分を思いだして笑いがこみ上げてくる。
私も、お父さんからみたらこんな感じだったのかな?

──ついに、舞台が始まる。

やっぱり名作は何回見ても名作だった。
笑ったし、わくわくしたし、嬉しかったり悲しかったり……あのときのまんまに私の心は動かされた。
隣の女の子は、心の動きがそのまんま身体の動きにでている、それを見て、とうとう私は小さな笑い声をあげてしまった。成功だ。

さて、物語も終盤にさしかかって、ここ一番の見せ場となる。
コーヒー味の食べ物の数々、こわいこわい国王様の笑顔、街が『カフェテラス』と名付けられ、お兄さんとお姉さんが釈放された。
──来る!!
あと……十数分で、主役の女の子が言う!!『お兄ちゃん、お姉ちゃん』って……!!
アルマちゃんも大人しく見ている……そう、私を……じっと……
……え?私を?舞台じゃなくて!?なぜ?
ここで、なぜか無意味に緊張する私を、緊張の色で見つめる視線に気がついた。
隣に座ってたアルマちゃんが、緊張の糸を張っていた私を、緊張した視線で見上げていた。
不安そーうにもじもじと、眉毛を困らせて私を見上げているのが、この薄暗さでもはっきりわかるぐらい緊張している……むしろ、緊迫している……?
……これは異変だ。
気の利くお姉ちゃんな私はすかさず小声でアルマちゃんに声をかけてあげた。

「……どうしたの?」

私からの問いに、アルマちゃんは今にも泣きそうな様子で眉間にしわを寄せ、潤んだ瞳で私を見上げた。
プルプルと震えるその愛らしい視線に、私はピンときて、ビビッ!とくる!
──これは──!!

「あの……」

「うん?」

「……ティ……

「大丈夫、ゆっくりでいいよ」

「……お……」

「……お!?」

──姉ちゃん!?!?
来た!この流れは……──!
だよね!?今!アルマちゃん、お姉ちゃんって呼ぼうとしてるよね!私のこと!!
小さな口元から、確かに漏れたoの音!私は聞き逃さない!
うそ!?これ!大成功!?
うん!いい!本当は舞台で『お姉ちゃん』発言がでるのはも少し先だけど、いい!フライングアルマちゃんもいいよ!
さぁ!はやく……呼ぶの!私を……私を……!

「あの……お……」

「……お!
……頑張れ!!」

「えっ!?そんな!?」

「大丈夫大丈夫!……さぁ、いってごらん?
……お!」

「……お……」

「お?」

ぎゅっと目をつむって、背けてしまったアルマちゃんのお顔は真っ赤だ。
なにも恥ずかしいことはないよ、アルマちゃんが望むなら、私があなたのお……お姉ちゃんに……!なる!!

そうして、震える膝を両手でぎっちり押さえつつ、苦痛さえ含んだ震える声で、アルマちゃんはその言葉を放った。

「………おしっこ」

「……え?」

「……あ、あの!……おトイレ……!」

──舞台では、すでにクライマックスへ向けて、女の子役が歌を歌っている。
この歌が終われば……そうね、お兄ちゃんとお姉ちゃんが帰ってきて……そうね。
……こういう日も……あるよね。

「──うん、行こっか、トイレ。
ごめんね、気づいてあげれなくて……」

「……漏れちゃう……!」

「っ!……!
……こ、こっち……!こっちだよ、アルマちゃん……!
大丈夫、大丈夫だよ、おね……ティアさんも……ついて行くからね……」

……なんだか、自信がなくなった。
その自信の喪失が、私が私自身をお姉ちゃんと呼ばせなかったんだ……きっと。
……じしん……だけに!

『ごめんなさい、すみません』と小声で他のお客さんに謝りつつ、アルマちゃんを劇場の外へと連れ出すとき、私は多分……ふたまわりほど大人になったと思う……。




トイレには何とか間に合った、上からも下からもの大洪水は免れ、私もご本人様も一安心。併せて二安心。
ガスが抜けた様な柔らかい表情で、ハンカチで手を拭いつつのご帰還……アルマちゃん……お疲れさま……ははは……。

「大丈夫?全部でた?」

「もっ…!ティアさん!意地悪だめです!」

「あぁ、ごめんごめん……それじゃ、戻ろうか……」

多分…いや確実に、お兄ちゃんお姉ちゃんのシーンはもう流れちゃったね。
……トイレだけに。

「……!」

「……?」

私からの提案を聞いたアルマちゃんは、すぐには首を縦に振らなかった。
代わりに『むぎっ!』と眉間にしわを寄せて口を一文字、私の服の裾を握っている。

「どうしたの?続き観たく……

言いかけて、気づいた。
アルマちゃんだって続きが観たくないわけではない、むしろ観たくないわけがない。でも観たくないのだろう。
この子、見た目通り完璧主義なようだ……そのパッツリな前髪は伊達じゃないってわけね…!
物語の一部でも抜けた状態でラストまでは見てしまいたくないって……ところかな?どうせなら最初から最後まで、感動の流れを切らずに観たいのでしょう。
でも、この子は遠慮してそれを私に伝えられないでいる……も~う…いいのに、言えばいいじゃない!もう一回最初から観たいって!
私が取った分の鑑賞券を無駄にしたら申し訳ないと思ってるんでしょう?でも中途半端な穴が空いた演劇を初めての演劇にしたくないから、戻りたくない気持ちとぶつかって……うーん、なんて声かけてあげればいいんだろう。

「そんなに気に入ってくれたのかな?」

「……!……」

私からの言葉をどう受け取ったのか……どう感じたのか……ウルッ!って、アルマちゃんの目尻が水気を帯びる。
そして、吊り人形の糸が切れてしまったかのようにかくかく頷いた。
私たちからしたら、今回アルマちゃんを劇場に連れてきたのは大成功だったけど、アルマちゃん的には初めての演劇鑑賞は大失敗に終わってしまったようだ。
その月明かりの頭に手を置いて、静かに撫でてあげた。ユウもたまに私にこうしてくれるけど…これ結構落ち着くよね?

「……少し、外でお話ししよっか……。
うん、ユウなら大丈夫……きっと私たちがいないことをいいことに号泣して、それ隠すためにしばらく出てこないだろうから」

「……っ!っ!っ!」

うつむいたままだったけど、確かに三回も頷いてくれた。
ちょうど劇場の向かいの広場には申し訳程度の噴水と、それを囲むようにベンチがいくつか。とりあえずその内の一つにアルマちゃんを座らせ、私も隣に座った。

「……」

「…っ…っ……」

……さて、どうしたものか……。座ってみたはいいものの、見事なまでの無言……隣からは小さな嗚咽しか聞こえない。


「……またね、一緒に観に来ようよ!」

わかってる、気休めにもならないことぐらい。でも、なにか声をかけてあげないと……。

「……っ!でもっ、ユウざも……ティアさんだって……ずっとここにいてくれないじゃないですか!!……ずびっ…!」

「あー……うん……」

逆効果だった……。
そうだね……この機会を逃しちゃったらアルマちゃんは集落にまた磔にされちゃうんだろうし……仮にゴブリン達との契約がうまくいったとしても……集落の外に出れるようになろうとも、どっちにしてもアルマちゃんはきっともう、こんな気持ちで演劇なんか見れやしない……。

……集落は……アルマちゃんの居場所じゃない……というか、集落にはアルマちゃんの居場所がないんだ。

そりゃ、集落の人達はアルマちゃんを大切にしてる……いや、アルマちゃんの魔力を……だ。
それはきっとアルマちゃん自身も理解していて……だからアルマちゃんはこんなにしっかりしているんだろう。……単純に甘えられないんだろう、この小さな身体で集落を守らなきゃいけなかったアルマちゃんはきっと、わがままや甘えを許してもらえなかったんだろう……。
私がアルマちゃんぐらいの頃はユウと遊んでばっかりで、お父さんに甘えっきりだったし……。
なにが違ったんだろう……私もさ、魔法がちょっと使えるばっかりに嫌な思いも沢山したよ?
でも……こんなに悲惨な思いはしていない。

本当はアルマちゃんだって誰かに思いっきり甘えたいはずなのに……なんでこの子だけは我慢しなきゃいけないんだろう……。

私もユウも旅を続けるだろうし、この子を旅に連れて行くことも出来ないけど……だからさ……

「じゃあ、次は何して遊ぼうか?」

「……え……?」

「そう、私たちはずっとここにはいないんだよ?
それならさ…一緒にいる間だけでもさ、もっと、もっと!演劇より楽しいこととか!モンブランケーキよりも美味しいこととか!わがままとか!!」

「……っ?……っ??」

あー……もう、いい。
アイリの時と一緒!私は……自分に素直でありたい!

「『アルマ』!!」

「はいっ!?」

「私のこと!『おねえちゃん』って呼びなさい!」


───それからのことはあんまり覚えてない。多分私も頭がパツパツだったんだと思う。
思い出したかの様に私はアルマにアイリの話をして……アルマがポニーテールを知らないって言うから、アルマをポニーテールにしてあげて……アルマがポニーテールを気に入っちゃって……。

それからそれから、もっとしばらくすると、劇場からユウが出てきて、なぜかユウはコーヒーカップの絵が入ったTシャツを買ったことを興奮気味に自慢してきてて……。

とにかくよく覚えてないけど……アルマからの第一声を聞いたとき、ガラにもなく顔を赤くして取り繕うかの様にどや顔をしていたユウを、私は忘れることはないだろう。

同時に、どや顔のままに放った言葉もだ。

『お兄ちゃん!?……お!おう!…いいぞ!もっと呼べ!!』

ってね。
どうかと思った……けど、とりあえず写真を撮っておいた。
今日の日記は写真付きだ。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

三人期待の三日目も無事に終え、ゴブリン達との契約前日の四日目を迎える。
ティアの矯正により、ユウのことをお兄ちゃん、ティアのことをお姉ちゃんと呼ぶようになったアルマは二人との距離を一気に詰めた。
遠慮の薄くなったアルマにさらに心を緩めたユウとティアは、四日目は特別な遊びを用意するような事もせず、集落から少し離れた湖で朝から釣りに興じることにして、アルマを連れて山脈の奥へと入る。

アルマとは一度分かれてしまうことになるが、どうせゴブリン達の契約が済んだ後はまた遊べる。という事をしっかりわかっている二人は、今宵の宿をアルマと共にできないことを特別嘆くことも気に病む事もせずに、ゴブリン達との契約後の遊びを話題の種に、透き通る水面を眺めていた。

特に事件が起こることもなく時は過ぎ去り、三人は湖が夕焼けに染まるまで何もすることなく、ぼうっと過ごした。

「──ふぁー……っねむ。なぁ、そろそろ帰ろうぜ。もうすぐ日も沈みそうだしな」

何もしなかったがために、かえって疲れを実感することもある。底なしの体力で駆け抜けた三日は、確実に疲れとしてもユウの体に残っている。
気だるそうに体を伸ばしつつ、欠伸を漏らしたユウが釣りの終了を宣言した。
その言葉にはっとしたティアは、釣り竿を握ったまま涎を垂らすアルマの肩を揺さぶり、起こした。

「アルマ?……アルマ!」

「ふっへ?」

「帰るってよ。疲れちゃったのかな?」

「ふ……?
うん、帰る……」

「あらあらあら」

「帰る」っと言ったっきり、また電池が切れたかの様に目を閉じたアルマに笑いかけ、二人は手早く釣り用品や折りたたみ椅子を片づけ、ゴミを袋にまとめて目をあわす。
もの言いたげなティアからの視線を感じたユウが聞いた。

「ん?なんだよ」

「うん、ちょっと、ここ数日で身体がなまりすぎちゃったかも……少し剣を振ってから帰る。
ユウはアルマを連れて先に戻って」

「んー?いいのか?アルマにお別れしなくて」

「お別れも何も、明後日にはまた会えるでしょ?」

「言われてみればそっか。
でも、アルマに準備の手伝いなんてな、なにやらせるんだか……」

「さぁねー。もし疲れるようならまた明後日も釣りでいいんじゃない?」

どや顔で剣を抜くと、ティアはそれを釣り竿に見立てたような動きで振ってイタズラに笑いかけた。
それに返すようにユウも顔を緩め、頷くと、顔だけがでるようにタマを山菜取りの籠に詰め込み、それを腕にかけつつアルマを背負った。そして、薄暗くなった山脈の奥、集落の方面へと消えてゆく。

「……うっし!やるよ!素振り!!」

ティアは一人、薄暗い湖の畔に残って剣を振るう。

湖畔に風切り音が響いて数刻、日はすっかりと沈みきり、なまった身体の奥から腹の虫に急かされたティアは、一人満足して集落へと戻ることにした。
夜の山脈内ということもあり、普段以上に警戒の糸を張りつつ集落へと戻ったティアの耳に、ある話し声が聞こえる。オフのティアなら聞き逃してしまうような声量ではあったものの、しっかりと緊張の糸を張り詰めた彼女にとってその物音──話し声──は、聞き流すにはあまりにも大きすぎた。
そして彼女が聞き流さなかったもうひとつの理由、その話し声の内容は、明らかに『アルマ』の音を含んでいたのだ。
彼女は若干の罪悪感を押し殺し、息を殺して、話し声のする民家へと寄る。そして、こっそり聞く。
──聞こえた話のすべてに、彼女はとうとう我慢が利かなくなり、その家のドアを騒々しく叩き鳴らした。


ティアがユウの待つアルマの家へと戻ると、その居間の食卓には、コーヒーカップの描かれたTシャツをきて、ほかほかのカレーを頬張るユウの姿があった。
そこにアルマの姿は──ない。

「おう?ティア!お疲れさん!みろよー、これ、アルマが作ったカレーなんだぜ!!うまいから早く食えよ!」

聞いていない。彼女はカレーなど、ユウの話などを気にしていられる精神状態ではなかった。
ティアの視線は、笑顔で言うユウへ、カレーへ、台所へ、ソファへと滑り、彼女の顔を青く染める。

「ユウ……アルマは……?」

「えっ?アルマはって……言ったじゃん、今晩は長老のとこだっ──

「いないの!?ここに!?
どうして!?どうしてアルマをそばから離したのよ!!?」

「──うぉっ?!ちょっ!なんだよ!」

鬼気迫る表情で肩につかみかかるティアに驚かされ、ユウの落としたカレーの乗ったスプーンが床へと落ちる音が室内に響く。
いつになく歯がゆそうな後悔の表情で皿のカレーを睨むティアの姿に、ユウはたじろぐことしかできずに息をのんだ。彼女が慌てる理由を聞くことすらできず、ユウは落ちたスプーンをそっと持ち上げる。
すると、ティアは一旦落ち着きを取り戻したかのように鼻からため息を吹き出して、ユウの肩から手を離した。

「いくよ、ユウ……長老の家に!!
アルマを連れてこの集落をでるのよ!!早く!」

「なんだと!?」

平静を取り戻したかのようにみえた彼女から放たれた言葉は、ユウの平静を乱すには充分な内容であった。
これにはさすがに黙っていられず、カレーの隣にあった空のコップにスプーンを投げ込んだユウが声を荒げる。

「何言ってんだよ!?正気か!?いや正気じゃねえよ!
帰り道に腹空かせて幻覚作用のあるキノコでも食ったのかよ!」

「正気もなにもないよ!私は大まじめに話してるのよ!!」

「そんなふざけた真面目があるかよ!?
……あのさ、アルマがかわいいのはわかるけどよ、お前少しやられすぎだ。頭冷やせよ。
一体何をどうすりゃさっきまでのお前が今のお前になるんだよ?」

「やられてなんかない!!『契約』なんてふざけたことは私がさせないって言ってるのよ!!
ユウ!とにかく今は私の──

「わかったわかった!カレー食いながらでも聞けるだろ?
で?どんなキノコを食ったって?赤いヤツ?青いヤツ?それ全部幻覚作用あるヤツだよ、お前が食ったってキノコも幻覚さ、そんなキノコは存在していなかったの。はい解決。
すぐお前の分のカレーも温めるから代わりにお前は頭を───っっっ!?!?

食卓のカレー皿が跳ねた、スプーン入りのコップが倒れ落ち、床で割れた。
空気が揺れ、食卓が揺れ、家が揺れ、ユウも跳ね上がった。
彼女にはあまりにも似つかわしくない行為が時間を止め、ユウを黙らせた。
食卓にあったのは白くて小さなこぶし。それは跳ねたカレー皿の隣に勢いよく振り下ろされていて、音を聞き、こぶしを見つめ、顔を見上げ、またティアのこぶしを見つめるまで、彼ですら何が起こったのかが理解できなかった。

──ティアが、握りこぶしを目一杯の力で食卓に叩きつけたのだ。

「……お願いよ……ユウ………!!!
私の話を聞いて……!!」

苦しみすらをも感じさせる焦燥の声に、ユウは一つ舌打ちをして立ち上がり、隣の椅子の背にかけてあったローブを持ち上げた。



眉尻をつりあげ、下顎をつきだし、ローブの袖に腕を通した魔法使いは言う。

「……っ!……お前は…ほんとに……。
とりあえず食え!!
要はこれから動くってんだろ!?『腹減ってました』で足引っ張って見ろ!ぶっ飛ばすぞ!」

「……ユウ……!」

「お前が理由もなく駄々こねたりする事なんてそうそうねえからな……聞くよ。
ただしだ、今のお前はどう見ても冷静じゃねえ!
落ち着いてから話せよ!それに──

「アルマがせっかくつくってくれたんだもんね…!」

──そう、それだ。俺はとりあえずカレー温めてから準備にかかる!食いながら簡単に吐け」

びっ!とひとつティアを指さし、台所へと向かったユウがカレーを温め始めて、ティアは食卓について一息つく。
室内にこもっていたスパイスの香りがより一層濃さを増し、ティアの判断力を戻していく。同時に空腹感もかき立てる。
数分ほどでその匂いの元は彼女の目の前にコトリと置かれ、向かいについたユウも冷めたカレーをかき込む作業に戻った。

「それで?何で急にそんなに慌てたんだ?
契約がふざけてるってとこまでは聞いた。それからキノコはそもそも存在してねぇ。いいな?
もぐもぐ」

「あぁ…ごめんね、わかってる。
もぐ……おいしい……!!あ、人参が星の形になってる!」

「おい…わかったから食いながら話せよ…」

「そうだ…!
……それがね……──

ティアが聞いた話──契約の内容──は『集落で最も力を持つ者を生贄としてゴブリン側へと差し出す』というあまりにも非人道的なものであった。
ここまでを民家の外で聞いたティアは、真っ先に『アルマ』と『契約』の点を線で結んでしまい、耐えきれずに突撃してしまったのだ。
血相を変えて怒鳴り込んできたティアにたじろいでしまった民家の人間は、無言の殺気に半ば脅される形で彼女へと全てを話した。
民家の人間が言うには、実は以前にも契約は結ばれたものの、その契約は集落側によって破棄されたという。ティアは前回の契約についてさらに詳しく聞き、愕然とした。
以前の契約によって生贄に出された集落の人間が『アルマの母親』だったのだという。さらにおぞましいことに、アルマの母親を生贄としたことを長老をはじめとする集落の人間はアルマとアルマの父親には黙っていたという。はじめは神隠しだとか、事故だとかで嘘を押し通そうとしたものの、ふとしたことで嘘がアルマの父親に見破られ、真実を知り、激昂したアルマの父親は仇をとりに単身でゴブリン達の巣へと攻め込んだ。
結果は惨殺。アルマの父親はゴブリン達に手も足も出ずに殺され、後日、契約の解除を言い渡しに来たゴブリン達によって遺体は集落へと『返された』という。例により、集落の人間はこの一連の出来事をアルマには隠し通して今に至るようだ。

──……ってのが、私の聞いた『契約』について……だよ」

ユウの手が止まっていた。
手だけではない、豆鉄砲を食らった鳩のような、または金魚鉢を泳ぐ魚のような表情のまま、ユウはゆっくりと息をのんだ。
ただ静かにスプーンの先を見つめたユウは、ただ静かに事実の確認をティアへ。

「じゃあお前……その話が本当なら……次の……生贄って……!!」

神妙な面もちで、少女は頷いた。
長く共にいるからわかる。嘘をついていないティアの様子に、ユウは歯を食いしばる。
長く共にいるからわかる。ユウの現実逃避を潰すための言葉をティアは落とす。

「確認したよ。
明日、アルマはゴブリン達に……いや……『集落の人間に』殺される……!」




「……っ!
………なるほどな……」

ティアからの言葉を聞くも、一度驚いたように目を丸くしたのみで、ユウは取り乱さない。
諦めとも呆れともとれなくもない複雑な納得を身体で表現して見せ、ティアのカレー皿の隣にあったコップを持ち上げると中身を一気に飲み干し、大きく息をはいて見せる。
少し大きな音を立てて、コップの底が食卓へと落とされた。

「……エグいな。これを計画していた……とまではいかなくとも、長老だっていつかはこうなることが予測できていたろうに。それでどうして俺たちにあんなことをな……」

「あんなこと……?」

「アルマを楽しませてやってくれ……ってさ」

「罪悪感とか……罪滅ぼしじゃなくって?もぐもぐ」

きょとんとした様子でティアから発せられた答えを聞くと、ユウの表情は渋みを増す。
ティアに対してそんな態度をとっても仕方がない、と、本人はわかっているために感情を表面に出さぬように押し殺す。
しかし彼の中で消化しきれない気持ちの悪さからか、その後に吐かれた彼の言葉と様子は普段以上に棘を含んだ様相を呈していた。

「っくだらねぇ…」

つぶやき、頭の後ろで手を組み、椅子ごと上体を反らしたユウの足が当たって食卓が音を立てて揺れた。
彼の中では長老の言動がどうしても腑に落ちない様子だ。
不快を押し込むように眉間にしわを寄せて目を閉じたユウは、見えぬ視界に天井を据えたままでぶっきらぼうに話をまとめた。

「とりあえず状況は理解したよ。
このままじゃアルマが使われるだけ使い倒されたあげく捨てられるんだな。
それが許せねえから連れ出そうってことだな?」

「……うん」

「結論から言うとな、俺もお前の案には賛成だ。
ふざけやがって、ここの奴らはアルマの命をなんだと思ってやがんだか…!
けど……ティアよう……」

「……?
なによ」

ちらりと片目だけをあけ、仰向けの角度から見下ろすユウの視線。
もの言いたげなその様子に、ティアも少しばかり苛立ちを覚えて棘のある口調で返す。
まっすぐな口調とまっすぐな視線に負け、ユウは開けた片目を再度閉じるも、そのまま言葉を紡いだ。

「お姉さんに言われたこと、それから、俺たちがこの集落に対して打ち出した結論、忘れてねえよな……?」

「……っ!
それは……わかってる……けど!」

「そうだ、ここで俺たちが集落とゴブリン達との関係に首を突っ込むことが意味すること……これが新たな災いの種になりかねねえって事だな。
俺たちは正義の味方でもなけりゃあ全てを守れるヒーローでもねぇ。何かを犠牲に持ってこないと守れないものだってある」

「……何がいいたいの……?」

無論、聞いたティアもユウの言いたいことはよくわかっている。
が、ティアが聞きたいところはユウの話ではなく、ユウの意志についてだ。彼が言わんとしている事の意味は、焦りのあまり頭が固くなってしまったティアからすると、アルマを救おうとする事を良しとしていないかのように聞こえる。
『賛成だ』とは言いつつも、是が非でそれを良しとしないユウの様子にハッキリ言ってしまえばティアは多少の失望を感じていた。

「集落からも、ゴブリンどもからも怨まれる覚悟はあるのかって聞いてんだ。
お前にとって、アルマはそこまでしてでも救いたい子なのかってことだよ」

静かなユウの声、それを聞いたティアの表情に、明らかな困惑が現れる。

「ユウ……あなた、本気でそんなこと聞いてるの……?」

「冗談でこんな喧嘩売り紛いの事をするかよ。
長老の立場からしても、アルマの命一つで集落丸々一つが守れるとしたらそうすんのは自然だ。
集落の人たちの様子からしても、今回の選択はやむを得ずにってところだろう。
気に入らねえけど、今回の集落の判断は正しいだろう?」

「……っ!」

困惑は激しい怒りへと変わり、ティアが机に両手をついて立ち上がった。ティアの背後で椅子が倒れ、再度大きな物音がたつ。

「ユウ!!見損なったわよ!!
ユウなら…!私の知ってるあなたなら──!!」

言い掛けたところでティアの言葉が遮られた。
ユウが話を始めたわけでも、ユウも大きな音を立てたわけでもない。ただ、静かに彼は微笑んでいたのだ。
多分な余裕を含んだその微笑みは、安心とも、取り越し苦労を自身で労っているようにも見受けられて、ティアはしてやられたことに気がつき、恥ずかしそうに椅子を起こした。

「──そうね、私の知ってるユウは……そういうヤツだったね……」

「……へっ、バカ野郎。
ここで俺に説得されかけたらどうしてやろうかと思ったぜ。これでわかったよ、お前に迷いはないんだな、安心した」

「ほんとうに面倒くさい」

「カマかけて悪かったよ。
お前が俺の知ってるティアで良かったぜ」

ティアの肺から重苦しい空気が抜けきった。
ティアの決意の固さを測るために、ユウはわざわざ彼女の最も嫌う『感情論抜きの正論』で嫌味な揺さぶりをかけたのだ。
もちろんユウ自身はアルマを助ける事が悪いことなどとは微塵も感じていない、それどころか、ユウは場合によってはアルマのために集落もゴブリン達も敵に回しても構わないと感じていた。
彼からすれば、赤の他人と変わらぬ集落の人間達やゴブリンたちなんかよりも、数日とはいえ実の妹のように可愛がったアルマの方がよっぽど大事であった。変に周りに気を配らないドライな面も持つ分、ユウはある意味ティアよりよっぽどブレない。ブレないが故に、相棒が相手であろうとも平気でこういった揺さぶりをかける。

「……そうだな、感情で状況を左右させるのも、決して悪い事じゃねえんだよ。
もう一回お姉さんに言われた事よく思い出せ」

「……ぐ」

「とりあえず落ち着こうぜ。
その話の通りで事が動くのなら、逆に言うと明日まではアルマの命は保証されてる。
何も今日の今からそんなに慌てて動かなくても、確実な時間が丸々一晩あるってことさ。だからよ、今はさっさとそのカレー食っちまえ」

「うん……もぐもぐ」

──それから数時間後、時刻は日付が変わる半刻ほど前。
二つの人影と、巨大な一頭の狼の影が音もなく集落を抜け出した。
月明かりに照らされた頼りないシルエットは、迷うことなく山脈内の森林を突き抜け、黒い落ち葉を舞わせる。

影が通った後には、横たわる獰猛な獣や魔物の骸を覆うように、黒い落ち葉が浮遊を終えていく。



「それにしても──……いや、なんでもない……」

視界を遮る枝を剣で落としつつ、少女が話を始めた。
鬱屈した表情で言葉を濁す彼女は、夜中の森林内では全く隠れる気も見せない太陽光のような髪を銀光りさせつつ駆け、跳び、身体を広げたムササビの如く、風圧でスカートをで膨らませる。
が、巨大なリュックのせいで、スカートが得る空気抵抗はなんの役にも立たない。

「どうした?夜にしちゃあ魔物に骨がなさすぎるってか?」

闇に溶け込む黒の魔法使いは、少女に併走する巨狼に飛び乗りつつその言葉に反応を示す。

暗く、右も左もろくに分からないような木々の迷路を迷うことなく彼らは一直線に向かう。
目標は巨狼の鼻のみぞ知る方角にある一角。
まだ見ぬ目的地へと抱く『とある不安』が、あどけなさの残る少女の顔に険しさを焼く。

「……ゴブリン達からしたら、私たちは今回、ただの虐殺者よね……?」

「──……」

少女の言葉を耳にした魔法使いは、黴びた果物を見たような顔で不快を表した。深いため息を夜風に流し、ポケットからメイプリルクールのキャンディを取り出して少女へと投げつつ、次には不快を声にする。

「なんだよ、まだそんなことを言いやがって……今更亜人種を殺すのがイヤになったのか?」

「……それも多少はあるけど、それよりもさ、私が思うのは……。
も……もご。メイプリルクール味か……」

「思うのは?」

「いいの?勝手に亜人種相手にこんな……私たち、亜人協会からマークされるんじゃないの……?
捉えようによってはこれは大量殺人に相当する行為でもあるんだし……」

「馬鹿だな……こんなのただの山賊狩りだ。
協会を通したような正規の集団がこんな非人道的な『契約』なんて持ち出すか?
むしろ協会から謝礼をもらいたいぐらいだよ」

「でも……私のわがままでユウやタマにまで迷惑は……」

「はぁ……?
お前よ、的外れもいい加減にしろよな?
もう一発メイプリルクールキャンディ食らいてえのか?」

二人の間合いに一頭の魔物が入る。──と同時に魔物は凍り付き、切れぬ轟剣により破片となる。
舌打ちをしつつ、ローブに付着した破片を払った魔法使いは両手を肩の高さまで持ち上げて澄まし顔で言う。

「──っと、今のはそこそこ大物だったな!
要はこう。今俺たちは一頭の魔物を葬った。今の相手が魔物だろうと亜人種だろうと、人間だろうと!やらなきゃやられる、それだけだ。やらなきゃ、アルマが死ぬんだよ。
まぁ、今俺たちがしているような自殺行為に対する防衛を正当化しようとまでは俺も思わないけど……間違ってるとも思えないな。
それと、迷惑とかなんとか思うのは俺たちに失礼じゃねえのか?そんな言い方、まるで俺とタマが嫌々アルマを助けようとしてるみてえじゃねえかよ」

「……」

「……第一、何が『殺人』だよ……魔物の命と人間の命、そんなに違うもんか……?
そりゃ体裁上は、お前が言うように協会なんかもあったりするから意識はしなきゃいけないんだろうけど、根本は魔物狩りと一緒だろうに」

「……昔のユウなら……そんなこと言わなかった……」

ユウの発した渇いた笑い声がティアの耳に障った。
しかしティアの言うとおりだ、魔物に対してはドライなユウでも、彼女が知る限りでは、彼は魔物と人間の命を同一視するような発言をこうも軽く発するような人間ではなかった。
だが、ユウはもう自分の命が、人の命だけが特別なものなどとは思ってはいなかった。

「……どうしても納得がいかないなら、力を失った上で夜の森で魔物に追いかけ回されてみろよ、価値観なんてあっという間に変わるぜ…」

つい先日、ユウは強烈な体験から経験値を得ている。
呪いで死にかけ、一人で死のうにも空気を読まない魔物に殺されかけ、朝までかけてそれらを返り討ちにして、結果自分がいかにちっぽけかを悟ったのだ。

「……だからって……!」

「よく覚えておけ。俺もお前も、魔物達から見たらただの餌。
ゴブリン達からみたら無個性な人間。
関係ねぇんだよ。奴らはきっと俺たちを襲ったり殺したりする事にいちいち疑問なんて感じてねぇ。
お前は少し優しすぎるんだよ。特に、人にさ」

「………」

「それは悪い事じゃねえし、俺はお前のそういうところだって尊敬してる」

「……ユウ……」

「……だから、わかってるからさ、あんまり失望させてくれんなよ。
お前にとって本当に大事なもんはなんだ?
お前の『大事』は、そんな簡単に『それ以外』と天秤にかけられるものなのか?」

「……ごめん」

「まて、そこでお前が謝るのはおかしい。
……とにかく、ウジウジ悩むな。お前がどうしてアルマを助けたいのか考えろ」

「………」

「………」

「………………」

「………──このっ!」

うつむいたまま、口を閉ざしたティアの頭頂部めがけ、ユウはもう一粒のメイプリルクールキャンディを思いっきり投げつけた。
一粒のメイプリルクールは、ぱつっという音とともにティアの頭で破裂し、緑の破片が舞う。

「──いてっ!?」

「お姉ちゃんなんだろ!!
アルマが唯一本気で頼れるヤツはお前だけなんだぞ!?
余所見すんな!まっすぐ見てやれ!助けてやれよ!!
そんなことも脊髄でできねえなら、軽々しく姉ちゃんヅラなんてするんじゃねえ!!!」

「──っ!!」

一つ、崖を飛び越える。
脚を止めたタマが、眼下に広がる場所へと視線を落とした。そして、鼻息を噴いて首を振る。

ゴブリン達の拠点。
砦のように巨大な丸太で囲まれた一帯の内部には、アルマ達の集落の三倍ほどの数の家がたっている。
入り口は一つ。丸太の囲いの切れ目で、長槍を握ったゴブリンが二体立っている。
所々に篝火が立てられ、その一帯だけが不自然に光って浮いていた。

──ユウとティアがアルマを救うために打ち出した作戦は『ゴブリン達の全滅』──

集落の人間に気づかれず、且つ、集落からアルマの存在価値を無くす方法だ。
下手にアルマを連れ出せば、後日に集落は全滅しかねない。それどころか集落の人間までユウとティアが全滅させなくてはならない方向に話が動きかねないため、一旦二人はアルマを諦めたのだ。

ゴブリン達からすれば、今回の二人と一頭の作戦は人間側による一方的なテロ行為である。失敗すれば己の命はもちろん、集落やアルマの命も保証されない。
その上、一匹でもゴブリンに逃げられでもして、協会に報告されてしまえばそれこそ亜人協会から睨まれる。
状況からしても、ユウの言うとおり、ゴブリン達は『山賊の類』である確率が高いものの、それだけでは協会が動かない理由にはなりきらない。

よって、許される成功条件は『一晩中に一匹のゴブリンも残さず、逃がすこともなく全て虐殺』と、常識のハードルを平気で越えている。
格下とはいえ、相手のホームでの数の暴力。
油断や迷いはユウ、ティア、タマであっても命取りである。
今回ユウがあえてティアに厳しい態度をとったのも、彼にとっては珍しいほどのお節介行為だ。

「……これがね……意外とデケェな。
集落との対比でとると、ゴブリンどもの数は……100~200ってところか……?」

タマから降りつつ、拠点を見下ろしたユウが苦い顔をする。

「なにがあるかもよく分からねえけど……あれ……あの黒いの、大砲……じゃね?
それから櫓もいくつかあるじゃん。本当に大丈夫か?これ。集落に毛が生えた程度かと思ってたけど、下手したらちょっとした戦争になるぜ?」

額に浮かんだ汗を拭ったユウの隣で、飴が砕ける音が響いた。
「ばりぼり、ぺろぺろぺろぺろ」と、力強く顎を動かしているティアの手は、既に剣を握っている。
鼻息を荒くして瞳に火を宿した相棒。それをみたユウは一つ鼻で笑って口を閉ざす。
彼は、野暮ったいことを嫌う。

「……ユウ……ありがとう!
帰ったら『三人』と一頭で残ったカレーを食べるよ!」

「……タマにはカレー食わせんなよ」

剣を握ったまま、背負っていたパンパンのリュックをその場に降ろしたティアは、ユウへと静かに目配せをし、頷き、その時に備える。