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「なんてことを……!!早く!マナ水を!!」

全く身動きがないモココにティアは完全に目を回してしまっている。
しゃがみ込んでモココの傷の具合をみようとしたのだろう、杖をほおって完全に無防備な姿を晒しつつオロオロする。
しかしさわっていいものか悩んでいるのか、もしくは『確認してしまう』のを恐れたのか、その手は空気をなで回すばかりでなんの糸口もつかまない。
『やばそうならマナ水をぶっかけておけ』を信条とする彼女にとって、マナ水がリュックと共に爆発してしまった事実は大きい。

ライラはわざわざ睡眠の魔法を『槍』の形にした上でモココの身体を貫通させた。
倒れたモココが動かなければ死んだ、もしくは瀕死だと考えるのが普通。
ましてや、ティアだ。魔法には詳しくない、それが睡眠魔法だとは見抜けない。
しかも彼女の思考回路が
『大爆発=死』
そんな彼女にとってはもちろん『武器が身体を貫通』もなんとなしに『死』だ。
冷静でいる方が不自然である。

物言わぬモココを精一杯の冷たい目で見下ろす赤毛の男は、右手に魔力を込め、その手のひらをティアへと向けた。
一方ティアは、男の指の間より見え隠れする冷たい瞳を、燃えるような熱い瞳で睨む。

「モココさんが…モココさんに一体何の非があったってのよ!!」

「……邪魔な上に、鬱陶しかったんだよ……」

「ふざけないで!!!」

魔力のこもった右手を打ち払う生身の左手。
勢いよく立ち上がり、勢いよく声を上げる。
彼女は納得がいくわけがなかった、先刻は己の身体に大けがを負ってまでモココを庇ったにも関わらず、ここへきての殺害。
モココがなにをしたわけでもない、むしろ、ライラのためにのみ動き、事情も知らないくせに真っ先に味方をしていた。
にもかかわらず、ここへきての殺害。
理解が及ばぬ殺害。
ティアの頭に、はらわたに、魔力に、ふつふつとこみ上げるものがある

──怒り──

あまりにも理不尽だった、あまりにも身勝手だった。
モココの、真っ白で真っ直ぐな愛はどこへ行ってしまったのか。
妹にそっくりで可愛いというあの言葉は嘘だったのか。
ライラにとって彼女の命は、邪魔だと、鬱陶しかったと、そんな一方的で無責任な嫌悪感によってのみで簡単に壊せる程度のものだったのか。

──彼女の心を、気持ちを、全てを弄んだのか──

ティアの中にある、人並みの正義感と愛情、仲間意識、優しさ、平等意識、依怙贔屓、虚無感、様々なものが混ざる

混ざる

混ざる

混ざり合い、混ざり、混ざった後に残ったものはどす黒い何か──

「どうせ、初めから殺すつもりだったんだ。
死ぬのが少し早まっただけだろう?」

──音とともに、彼女の中で色が切れた。

白だけが残る。

「あんたを……殺す……!!!」

もちろん、そんな2人のやりとりはユウから見たら滑稽極まりない。
彼は少し離れたところで様子を眺めつつ、顎先を指でなでつつ、ついでに時折タマの顎下もやさしく撫でつつ、思考を巡らせていた。
『まったりしている場合ではない』と、痛む身体に鞭打ち、鼻先でユウの顔面を殴るタマに爽やかに笑いかけ、男は状況解析を進めつつ、見守る。

「はっはっはっ、いてえよ、タマ。やんちゃだなあ、まったく。傷口開くから大人しくしとけっての。
で、なにがあったんだ?
モココさんが酔って暴れたから寝かしつけたとか?うはは!
でもさ……なんか、さっきからどう見てもティアの奴の様子がおかしく見えるんだけど……気のせい……だよな?」

動かぬ2人に首を傾げていたユウの耳になにか、叫びのような声が届いたとき──彼は状況解析を止めた。

「──いやっ!なっ!?ちょっ!なんだ!?なにやってんだよあいつは!?
タマ!やばい!やばいぞあれ!
あいつ!なんか知らねえけど

キレてる

ぞ!?」

ユウがみる間に、みるみるうちにライラがボロボロになっていく。
さすがのユウですら青ざめるほどの魔法の乱打、連打、殴打。
光ったと思うと焼き、動いたと思ったら飛ぶ、追う、落とす。潰す。
サンドバッグなんて生やさしいものではない、前から、後ろから、上から下から左右から。
このままではライラの肉片すら残りそうにない、そんな薄ら寒さを覚えるような魔力の雨にユウは思う

──あいつは、魔法使い失格だ──

と。

教科書通りの『悪い例』の魔法使いがそこにはいた。
怒りに任せ魔力を爆発させ、暴走させ、破壊する。
異常にテンションの張った魔力を才能という無意識の反則のみで操る超人間兵器。
常識では考えられない魔法の扱い方だ、理論も魔法学もへったくれもなかった。
ユウのような一般の魔法使いからみれば、現在ティアが使っている魔法は危険で強力で邪道で不可解。

漢方薬にケーキを溶かしてできあがったプリンがご飯とよく合うパンが柔らかくておいしい。
そんな感じだ。

このままではまず間違いなくティアはライラを殺すだろう。
──相方に人殺しなんてさせたくない。
ユウの中での人並みの正義感と優しさが無茶な行動選択をさせる。
彼は無茶苦茶をするティアの魔法に当てられたのかもしれない。

「おい!タマ!『投げろ』!!
タイミングは任せるから!!頼む!!」

大まじめな顔で冗談みたいな名案を投げ込んでくるユウにタマも頭をやられる。
最早そこに理性、判断などというものは存在していなかった。
吹き飛ぶライラに向かって、杖を構えたティアが風魔法で加速しつつ魔力を溜めた時、タマがユウの端っこをくわえた。

「いまだ!やれええええ!!!」

『タイミングは任せる』
と言ったにも関わらず、勝手に混乱して命令をしたユウに、タマも混乱し、慌てた。

結果、タマがユウを『投げた』コースにズレが出た。
作戦は互いにわかっていた。
暴れるティアに向かって、タマがユウを投げる。ぶつかる。止まる。
そんな作戦だった。

しかし

ズレた。


「タっ…このっ…バッカヤロォォオオ!!!」

ユウも投げられた瞬間にそのことに気づき、タマへと罵声を投げつつ小さくなっていく。

『やってしまった』

タマが思って見つめた先の、予想を外れた予想通り。

ユウの身体は一直線にライラへと向かって行く。

「─モココ…ごめんな…」

彼の眼前に迫るライラのつぶやきが、彼の耳に届いた。
そして、向かったユウがその言葉の意味を考える暇もなく、衝突し、入れ替わった。

──少女の鼻腔をくすぐった、メイプリルクールの香り。

目の前の赤毛が弾け飛び、代わりに割り込んできた黒いもの。

止まらぬ杖先が、その黒いものを全力で殴打する。


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殴った杖先の感触に、ティアは違和感を覚える。
杖先がどっとめり込む感触を覚えた後、手元に伝わる感触が突然硬くなった。
まるで分厚いガラスのような強い抵抗。そして一瞬の硬さを越えた途端にはじきか返されるような圧迫感、振り抜いた後に残ったのは、嘘みたいに軽い感触だ。

骨が砕けるような、肉が裂けるような、何とも言い得ない『破壊の音』を一瞬響かせ、黒いものは飛んでいく。
「がっ!?」「まはっ!」「えあっ!!」「たまぁあぁあ…」と、壊れた音声装置のようなぶつ切りの男の声を響かせる物体が、ユウと同じ容姿をしていることにティアが気づいた時にはすでに手遅れ。

三度に渡る盛大なバウンドを経て、それは地に伏せていた。

「……なっ!……あれはっ!……ゆ!ユウ……?」

小さな声を漏らしつつ震える相棒の姿をした何者か。
ティアの中で疑念が柔らかい風船の様になんの抵抗もなく膨らむ。
タイミングが悪すぎたのだ。
ユウがライラに激突して入れ替わった瞬間は、ティアからすれば杖を振る瞬間であり、見方によってはユウらしきものがライラをかばった様にも見えた。
まして、彼女の中ではユウが現れる可能性など微塵も無かった。一人では脱出不可能なユウを救う、そのための救出作戦だったのだから。
さらに、弱体化したはずのユウが彼女の全力の殴打を命を落とさずやり過ごした時点でその状況は彼女にとって不自然極まりない。
それらの無理のある条件より、彼女の疑惑は確信へと移る。
彼女は頭も悪くはないため、ここへ来て突然現れたユウを本物のユウだと信じ込むほどの未熟な隙はない。
そこはもちろんユウも買っている彼女の長所だ。

─抜けてこそはいるものの、こいつは致命的なバカはやらない─

多分な依怙贔屓がこもっている点も否めない、しかし人一倍慎重で責任感のあるユウが彼女に大事な場面を任せきるのはこういう頭があるからでもある。
だから今回彼女が出した答えも、ユウにとっては正解だ。

「……ちがう……あれは……ユウじゃない……!!」

が、単純な二者択一の答えとしては、限りなく間違いである。

弾かれ、転がり、驚きの表情のままに動きを止めたライラへと、ティアは鋭い睨みを流す。
明らかな怒りと、それを通り越した侮蔑と哀れみの視線だ。

「あなたは……どこまで……!
ユウの姿をした身代わりを用意するなんて……!!」

もちろん勘違いだ。
彼女の八メートル先で唸るユウは紛れもない本物である。

「いや…あれは…

「ユウの姿なら!私が戦えないとでも思ったんですか!?」

「……くっ!どういうことだ!?
なぜ……ユウ君が……」

「見くびらないでよ…あなたは知らない。本物のユウの剣技を……。
姿だけを真似たところで!」

「……う、ぐふ……ティア……ちが……俺は……

「あいつの剣技まではまねできない!!
消えなさい!偽物!!」

「うわっぷ!?お!ティ……やめっ──!!」

岩壁内の床をなで下ろす魔力の風。
その中心に立つ小柄な少女の周囲に、異質な輝きを放つ魔法陣が浮かぶ。

──殺される!!ティアに!?──

肌に触れた魔力の波に、ユウは死を覚悟する。
痛む体を気遣っている余裕などもなく、ユウは即座に起きあがり、両手に握った剣一本でその強大な魔力へと立ち向かう腹を決める。

反則じみた短さの詠唱を経て、彼女の右手、九時の位置に現れた魔法陣は、彼女の頭上を越えて三時の位置へと向かう。
トランプの山から扇を作るように流れ、増え、輝きを増してゆく。

「本物のユウなら……こんな魔法の一つや二つ!剣一本で…!!
──氷魔、冷獣の宴!!」

「っの!──バカヤロォォオオオッ!!!」

この日、ティアはその頭の良さと、抜かりの無さ故に致命的なバカをやらかした。
十二にまでその数を増やした魔法陣のそれぞれから狼の顎を模した氷塊が放たれ、その全てが一斉にユウへと襲いかかる。

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しかし、ティアはどこまで行ってもティアだった。

万が一を恐れたティアは無意識に『力の調整』していたのだ。
そう、それこそまさに『本物のユウなら難なく剣一本で叩き落とせる程度』に魔法の数を絞っていた。
そして弱体化後も、一度ティアは彼のことをボコボコにしていた。
その甲斐あって、彼の動きがどの程度鈍っていたかなどの重要な情報も彼女は把握している。
結果、出てきたのが、彼が彼自身を証明するのにベストなパフォーマンスを見せることが出来る、絶妙なラインの魔法だ。

「──おっ?!……そうかい─」

もちろんユウもそのことに気がついた。

─証明して見せろ─

彼女の魔法が、彼に言葉以上の声を伝える。長く一緒に居た者同士、これも一種のパフォーマンスだ。

「なん……という……!!」

「ゆっ……ユウ!……!?」

『結果』は最良。
満足げなため息を一つ吹き落としながら崩れるように腰を落とした少年は、ティアの魔法の全てを無傷で落としていた。
その剣の速度、威力、正確さ、どれをとっても不足なし。
そこにいた額の冷や汗を拭う少年は、間違いなく『アリエスアイレス2の剣士』だった。
表情とは裏腹、不満を含んだ明るい声で言う。

「手ぇぬいてんじゃねえよ!
俺ならあと六つは余裕だったっての……文句無しだろ?
本物だよ」

その『いつもの声』にも不足はない。
駆け寄る少女の足取りは軽い。

「……ユウ!!
よかっ……ぶぇっ!……よかっだ……!!」

「キレたり泣いたり忙しい……つか、なんで急にキレたりしてたんだよ…?」

「──!!
ユウ!!ライラさんが……モココさんを……!!」

「寝かしつけた。だろ?
それがなんなんだよ?びっくりさせやがって…」

「──え?」

忙しい少女はユウの言葉に仕事を増やした。
ティアは、動かぬモココの元へと再度駆け出し、彼女の頭を膝へと乗せ、細い手首へと指をあてる。
─要らない確認であった。脈の動きがティアの指先へと伝わるより速く、その耳へと届く中途半端ないびき。
少し注意すれば、見ただけでわかることだった。

やはりモココは眠っていただけだった。

「モ…モゴ……ずびっ…!!」


彼女の元から「ぶびええええん!!!」が聞こえる頃には既にユウは頭を切り替えている。
彼に残された仕事は、あとは傷口を押さえて横たわる男に話を聞くだけだ。

「……なるほど……その剣で…魔獣を……?」

「そうです。この剣で、魔獣を」

無駄に剣を掲げつつ、暗闇の中でも輝きを失わぬ刃を自慢げに肩へと落とした少年は、それに負けないほどの白い歯を光らせつつ笑ってみせる。
そして、ライラの元へと歩み寄り、問い詰める。

「変化なし!!……どういうことですか!?
戦ってる間!意識ばかりが削り取られるだけで全然魔法は使えそうになかった!
あの方法で呪いを解くなんて、ほんとは最初から出来ないんじゃないんですか!?ライラさん!!」

ユウの言葉を聞いたライラは、あきらめたようにひとつ、短く笑い声をあげ、ことの全てを正直に話していく。
呪いについては、生存者がいないから本当に知らなかったこと。
間違いなく確実なのは『正攻法』のみであることしかわかっていないこと。
黒の魔力を集め、人間を皆殺しにしようとしていたこと。
そのために、最初からユウを殺すつもりだったということ。
それを助けにいこうとしたティアも殺そうとしたこと。
モココが出しゃばり、ティアと敵対し、自分のために死ぬ気まんまんだったため、彼女だけは死なせまいと、モココを殺したフリをしてティアの意識を自身に向けたこと。
ボコボコにされ、死を覚悟したとき、突然ユウが現れたこと。

「ふーん、やっぱりね!胡散臭えと思ってたよ!」

「しかしあんたは私に従った」

「……ぐっ!……それは……」

「君に会った段階でな、バレない程度に判断力を奪う魔法をかけさせてもらってたからな。
私には逆らえないような気になっていたんだろう?」

「……ふざけやがって……」

話が一通り終わったところで、ユウとライラ、お互いに一つずつ疑問がわいた。

「あんた……なぜ、正気を保っていられたんだ?」

まず、ライラが疑問に思ったことを質問にする。
ライラは知っている、黒の魔獣を相手にする上でもっとも厄介なものは、暴走する破壊の意識であることを。
呪われた本人の弱体化はもちろんであるが、その人間の意識が破壊の意識に飲まれることで、戦い方が雑になることが大体の死因。
己の傷などはかえりみず、ただひたすらに魔獣に向かう結果となり、最終的には魔獣の力の前に命を落とすのだ。

「……ええ、そうですね。確かにあのままじゃヤバかったな。
痛みは感じてこなくなるし、おまけに疲労感までなくなってくる。
魔獣の攻撃を避けることもどうでも良くなってきて、結果的にいらない傷が増えちまった。
メイガスエッジの守りのルーンがなければ死んでたかもしれませんね。
で、どうやって正気を保ったかってーと…」

べっ!
と、ユウはライラへと向かって舌を出した。
その先に乗っている、ぬらぬらと光る小さな小さな緑の玉。
爽やかな香りが辺りに広がり、それがさらにライラの眉根を歪ませる。

「……なんだ?それは……」

「メイプリルクールキャンディー。
たまたまポケットに入ってたんすよ、ティアからもらったのが」

「……なんだって?それが一体何の……」

「……前にタマジローさんが教えてくれたんだ。
意識が乗っ取られそうなときは、より人間らしいものを食えってさ。
メイプリルクールキャンディーなんてさ、人間らしいことこの上ないだろ?
すーすーするし、頭もすっきりです!」

もちろん、タマジローの話は嘘である。
カレーが食べたいが故についた嘘。
ユウは、彼の演技だけが嘘だと思いこんでおり、彼が咄嗟に出したとんでも精神理論そのものは未だに本当だと信じ込んでいたのだ。
ある意味、信じる気持ちが大事な場面だったため、そんな話もまるっきり全てが嘘だったとも言い切れない状況ではあるが。
ライラからしたらそんなことはあり得ない話である、そのタマジローという人物が目の前の少年に嘘を吐いていたことも容易に想像がついた。
故に、滑稽だ。

「くっ……くふっ……くはっははははは!!
いいな、それもいいだろう……くははははは!!」

「なにがそんなにおかしいんですか……調子狂うぜ」

「おかしいさ!あんたは慎重で疑り深いくせに、ティアっちよりよっぽど騙されやすい様だな!!」

「……魔法のせいですよ……。
うるせぇ」

ふと、笑い声が切れ、一つ、息を吹いたライラは満足げに薄い笑みを浮かべてユウへと向き直る。

「……私の負けだ、完全にな。
憎たらしくて仕方がないだろう?腹が立つだろう?
さあ、その剣でさっさと殺せ……。
まぁ、私を殺したところであんたもその呪いですぐに死ぬがな…くふっ!ははは…!」

「いや……いいよ。
あの世でまであんたの顔はみたかねーよ。
安らかに寝かせろ」

「……失礼な奴だな……」

肩の位置まで空気を持ち上げ、長いため息を一つ吐き出したユウも、疑問を質問へと変え、投げる。
彼の様子から見えるのは、最早話題作りでも、死ぬまでの暇つぶしでもなく、単純な好奇心である。
ユウの立場から察するに、ライラの行動に一つだけどうしても納得がいかない点があったのだ。

「死ぬ前に、一つだけ質問を」

「……なんだ……?」

「……どうして、自分がボコボコにされてまでモココさんのことを生かそうとした?
人間は最初から皆殺しにするつもりだったのでしょう?
だったらここで無理にモココさんを生かす必要も無かったろうに……」

ユウからすれば、当然の疑問である。
しかし、それはライラにとってはユウ以上に疑問であった。行動を起こした本人であったにも関わらずだ。

困ったような、悩んだような様子でユウから目を逸らしたライラは、言葉を探すように辺りを見回し、わめき散らすティアの膝で寝息をたてるモココへと視線を落ち着かせる。

そして、無理矢理言葉を発するように、不機嫌そうに眉尻を持ち上げ、ぽつぽつと語り始めた。

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「それは……」

いつになく複雑な表情だ。彼の表情を見て、ユウは思う。
今のライラの様子から察するに、彼の中にある答えは自分たちが飛竜を助けようとしたときの答え──気まぐれ──なんかとは明らかに違うと。
なんだか、無理に語らせるのは野暮だという気分になったユウは一つ彼へと笑いかけると、思ってもいない答えを与える。

「……気まぐれでしょう?」

赤毛の男の表情の曇りが晴れる。
いつも通りの薄ら笑いの仮面を被って、自嘲気味に鼻で一つ笑うと、安心した様子で彼は平常運転を続ける。
そして直感でユウは悟る、ライラもすでに、自分と同じように答えを出していることを。

「……気まぐれだ」

「うはは……嘘つきですね。長生きしませんよ?」

「いいや、私は長く生きすぎた……」

「じゃあ…あと、百年弱!最低でもそのくらいは生きてそれから死ね!」

「あんたも嘘つきだな」

また一つ、ユウは笑い声をあげると、感情の波に流され、おぼれ、目から鼻から水をまき散らす相棒の元へと駆け寄った。
すでにモココは目を覚ましており、自分に膝枕をしつつ、大量の涙を流すティアに混乱した様子で泣いている。
何故か、泣いている。
もらい泣きだ。

「うぇっ!……モコさん!!モコ!ぶびえええ……!!」

「うっ!やめて!ティアっち!そんなに泣がれだら……わたひも……うえええ……」

「2人して何やってんだよ……」

あきれた様子で声をかけたユウを確認して、モココは初めて状況を飲み込んだ。
そう、自分は死んだんだと。
自分はライラに突然殺され、ティアもその後、殺され、ユウは結局魔獣に殺されここにいる。
ここは、死後の世界だということを。

が、それはあくまでも彼女の勘違いであり、もちろんそんなことはあり得ない。

「……ホモさっ!?……うぐっ!
ごめ!なさい!ティアっち……!!私!大魔導師様が好きだったがら!でも!だからってあなたまで死んじゃうなんて……ひっ!……うわああああん!!!」

「もういいよめんどくせえ!ほら!ティア!行くぞ!
時間がねえ!ライラさんの話だと、俺の呪いはまだ解けてない可能性が高い!」

「え……?行くって……ずび…ユウ……?」

「死にたくねえ!呪いを解くんだ!どんな些細なことでもいい!街を回って聞き込むぞ!」

「そ!そうだ!ぐす!こんなことしてる…場合じゃ……ユ……びええええ!!!」

ユウはティアとの会話を諦める。
ユウは自分の知らないところで色んなことが起きすぎていたことを彼女の様子から察し、また、今の彼女は怒ったり泣いたり焦ったり安心したりと心の疲労もさぞ大きいであろうことを懸念した。
代わりに冷静そうなタマに話題を振り、彼女に落ち着かせる時間を取る。

「タマ!そろそろ動けるか!?わりいけど、急ぎで俺とティアを街のヒール屋へ!
おまえの傷とティアの傷が心配だ、治してから廻るぞ!」

いつもほどのスピードは無かったものの、タマはちゃんと動けている。
ほっと胸をなで下ろしたユウは、タマの背中に乗り、ティアの左手を引いて自分の後ろに乗せた。

「え……タマちゃんまで……!?」

「大丈夫です、モココさん含め、みんな生きてる!
……ライラさんには、あんたが必要だ。あの人がもう暴れたりしないように、モココさんの方でしっかり見張っててくれよな!
じゃあ!またな!二度と会うことはないだろうけど!!」

ボロボロでも問題なく起きあがったモココにもユウは胸をなで下ろし、最低限の別れと状況説明をしてその場から逃げるようにタマを駆る。
その場に残されたモココは、ユウの言葉の意味を理解できている様子もなく、ただただ立ち尽くしていた。
それでもきっとわかる日が来るし、根底はちゃんと伝わってると信じ、振り向くことなくライラの方へと向かう。

最後の最後、ユウは横たわるライラの隣を抜けたとき──
──優しくも、申し訳なさそうにも笑いかけるライラをみた。
それは確かに嘘がない感謝も多分に含んでいて、ユウはなんだかもどかしい気持ちを覚える。

「俺はやっぱりあんたは苦手だよ……」

吐き捨てられた独り言は、モココにもライラにも届かなかった。
唯一タマの耳だけがぴくりと反応し、面白そうに鼻息が一つ漏れ出す。

2人の人間を乗せた巨狼の影が、すこしうれしそうに岩壁の外へと抜け出した。

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後は、2人のやることは決まっている。
最早一刻の猶予も許されてはいなかった。
ヒール屋に着いても最低限の手当しかせず、ヒール屋に集まっていた人々にも呪いについて聞く。
酒場へと走って聞く。
依頼所へと転がり込んで聞き続ける。
洋服屋、菓子屋、肉屋に八百屋、魚屋、魔法薬店、魔法具屋、酒屋、武器屋、防具屋ラブハートブレイドショップ。
教会にも出向き、果てや大通りで人混みに向かって叫ぶように聞く。
燃え尽きる寸前のろうそく達は、最後の希望の灯火が消えてしまわぬよう、ひたすらにその身を溶かし続けた。

空の明かりが消え去り、街に人工の明かりが灯る。

人々は各々の自宅へと足を運び始め、明らかに人通りも減ってゆく。

「──もうやめろ。ティア」

「──っ!?」

ユウがティアを制止した。

「…どうして…?」

「……」

ティアからの問いかけに、ユウは黙って首を横に振る。
理由は彼女の声だ。
ユウのすぐ隣を歩いているティアの声が、よく耳を傾けないと聞こえなくなっていた。
彼女の声は、すでに潰れていた。

自分のためにこうも身体を張り続けるティアに、ユウは申し訳なさでいっぱいだったのだ。
聞いたこともないほどに耳に障る彼女の声にユウの胸が耐えきれなくなった。

かすれた叫びが耳に入るたび、引き裂かれるような気分だったのだ。
またも涙の溜まった視線に当てられ、ユウは仕方がなくなり、彼女へと嘘をつく。

「諦める訳じゃない。
魔法の知識は俺の専売特許。聞くより、試す方が早い。
戻ろう……」

「……うん」

(あんたも嘘つき……か。
ごめんな。ティア……)

うつむき、困ったような表情でかすれた返事を落とす相棒に、ユウの視界もぼやけて滲む。
もう、ユウは諦めてしまっていた。
ユウだけではない、ただ認めたくないだけで、本当はティアだって無理だと思っていた。
魔法は万能だけど、全能ではない。


それからは無言だった。
ただ、ユウが歩き、ただ、ティアが寄り添い、ただ、タマが後からついていた。
夕飯に歓喜する子供の声や、路地裏でタバコを吸う行商人達の声。
酒場からの怒声、依頼所からの笑い声、風の抜ける音、足音。
全てが、無音だった。

程なくして、2人は借りていた貸し出し住宅へと戻ってきた。
放置された食材の数々は、数日前の朝と変わりはない。
それだけではない、椅子も、食器も、雑巾も、全てが動くことなく時を止めていた。

無言でユウが中へと進み、無言のティアが後へと続き、最後にタマが取っ手に尻尾をを引っかけて扉を閉めた。

バタン

という無機質な音が、無音を壊し、時間を動かした。

「──?」

突如、ユウが背中に重みと温度を感じたとき──

「──っ!」

──少女の中の諦めが、力のない泣き声へと形を変えて暗闇の中に溢れ出した。

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子供みたいに泣きじゃくってたティアをなだめてからしばらく経つ。

部屋に戻ってくるなりいきなり泣き出すんだから流石に困ったよ。俺はこいつの泣き顔泣き声、苦手だ。
今はやっと落ち着いて普通に話してくれてる様子だけど、時々思い出したかのようにぐっと顔のあちこちに力を入れて目元に涙を溜めたりする。
──ほら、また。
こらえるようにむぎむぎとチャーハンを口に突っ込んでは、また思い出したかのように笑顔を作って見せる。

「ごめん……ちょっとしょっぱかったかもね……もぐ……」

「いんや、今までのチャーハンで一番の出来」

さっき、俺は最期のわがままをティアへと伝えた。
チャーハンが食べたい
ただそれだけ、それだけだったけど、そのわがままを言ったとき、驚いて、泣きやんで、やっと笑ってくれた。

泣き始めてすぐのこいつは、本当に見てるこっちがつらかった。
「なにもできなかった、なにもできなかった」って自分を責めるようにして傷ついた右腕を抱いて震えていた。
そんなことはない。
こいつは今日、人類滅亡の危機を救ったヒーローだ。
今日もしティアがライラさんを止めなかったら、俺は魔獣を倒していたところで結局あの人に殺されて、黒の魔力の肥やしにされ、いずれあの人の計画は実行に移されてたと思う。
モココさんはそうなったときにどう動いてたかもわからんしな、今回は…いや、今回もこいつが駆け回ってくれたおかげですべてが丸く収まった。

大切な者を守ろうとする少女が、わるーい魔女をやっつける話。そういえばこいつから聞いたっけか。
すこし前までは、本当にちょっと頼りないの妹みたいなやつだと思ってたけど、旅に出てから俺はこいつを見直した。
すごいところにたくさん気づかされた。
昔からすごい奴だとも思ってたけど、そんなんじゃなくて、なんだ。もっと、俺の持ってないものを持ってる感じがした。
知ってたけどな。再認識だ。

こいつは頑張った。頑張りすぎてくれた。
なにもできなかったなんて俺は思っちゃいない。
仕方がなかったんだ、呪いなんて致死率100パーな不治の病にかかった、これは事故だ、お前が自身を責めたりする必要なんてない……っていってやりたい……けど、言ったらまた絶対に泣くから黙ってる。

今は、最期は、どうせなら泣き顔よりも笑顔がいい。

「……今までで、一番頑張って作ったから……!」

「……ありがとな」

ほんとに……こいつは……。

「ユウ……?
これから……どうするの?」

まるで口内炎を気にしているような渋い面だ。
タマみてえな目ん玉しやがって、少しはタマを見習いやがれ、タマなんてさっきから泣きそうな様子も見せずにサラミ食ってるぞ!
……タマは……どう思ってるのかな。理解できてる……よな、俺が、死ぬって……。

しかしどうするんだって言われてもなぁ……死ぬのを待つだけだ。なんて言えない。
たとえそれが脊髄から発せられた嘘だったとしても、俺はこいつに絶望を与えたくなかった。

「呪い……の、研究?かな……?
やれるだけやる」

そうしてまた、脊髄から嘘をついた。
また、涙をこらえている。
それから口元をもごもごさせて、チャーハンをのみこんで、なんか言おうとしてる。
……内心諦めてるの、バレてるのかな。

わかりやすいよな、言いにくいこと言いたいときのティアだ。
ティアは困るとすぐに真面目な顔をする。

俺は結局言葉をみつけることもできず、真面目な顔をするティアからの言葉のみをただ待つことにした。

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十と数秒ほど、何も乗っていないスプーン黙って見つめていたティア。
やっとのことで出てきた声は、まだすこしかすれていたけど、ちゃんと聞こえた。

「……一緒にいて……いい……?」

ティアの口から出された言葉は、俺ののどを詰まらせた。

「やめろよ……」

俺まで泣きそうになるようなことを言う。

「研究…邪魔しないから……最後くらい……」

やめろよ。

「……」

黙ってうなずいてやるぐらいしか俺にはできなかった。
俺が今、どんな顔をしていたのかはわからないけど、タマが興味深そうにこっちを見ていたのはみえたからきっと珍しい顔をしていたんだろう。
動けない、少しでも動いたら、こぼれる。

悔しい、悔しさでいっぱいだ。
俺はまたティアに無理を強いてる。
こいつはこんなに大きく、しっかり成長してるのに俺はいつまでたってもこんなんだ。

その後は黙ってチャーハンを完食した。

食後のティアはなるべく会話を途切れさせないようにずっと話しかけてくれた。
うっとうしいくらいに、食器を洗いながら、トイレに入っても、風呂に入ってても。
トイレからでも、風呂からでも。
いつもと変わらない馬鹿話ばっかり。

よく考えると、こうしてゆっくり馬鹿話をするのもひさしぶりだった。
館を見つけた時以来じゃないだろうか……?

かすれた明るい声がまた俺の心を押しつぶす。

結論から言うと、俺はできればティアと一緒にいたくなかったからだ。

そうだろ?俺はいつ死ぬかわからないんだ。
俺の死に様は、こいつの中に一生の傷として残るに違いない。見せたくなかったんだ。
それなら、死ぬ前にそっと姿を消して、俺が『いなくなってしまった』ってことにして、諦めてほしかった。
旅に出ると言った夜、こいつがどれだけ泣いたのかを知ってるし、その後も死ぬほど泣いたであろうことも容易に想像がつく。
そんなティアが、俺の死体なんて見たら……想像するだけでも死にそうだ。

こんな日に限ってティアはなかなか寝付かない。

やることが尽き、結局研究にも手を出さなかった。その時間すらもったいなくて、俺は黙ってこいつの声に耳を傾けてたからだ。

俺は床の上に掛け布団を敷いて、ティアはベッドの上で横になってる。
ベッドの上からは昔話が聞こえてきた。

森で見つけた大トカゲから泣きながら逃げ回ったことや、ティアからのなぞなぞを解くのに、頭の固い俺は二日かかったこと、初めて雪合戦をしたときの話、ティアをはめようと俺が掘っておいた落とし穴に、手合わせ中に俺が落ちたこと。

本当にどうでもよくて、馬鹿馬鹿しい話ばっかりだったけど、その話の一つ一つが馬鹿馬鹿しければ馬鹿馬鹿しいほどに、俺はこいつと時間を共有していたことを思い知らされる。

話の合間合間に鼻をすする音が聞こえてきて、耐えきれなくなってくる。

いっそ寝かしつけてやろうかと俺は昼に見たライラさんの睡眠魔法を思い出してみた。

いっそ抱いてやってみたら安心するんじゃないのだろうかと、身体を起こしかけもした。

でも、どんな方法を探っても、どんな頭を巡らせても、俺にはティアを泣きやませる術を出すことができなかった。

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どうしたらティアを傷つけないか、どうしたら、ティアを悲しませないか。

そんな打算的なことばかりを考えている内に、俺は懐かしい昔話に相槌をうつことすらおろそかになっていたらしい。
ティアから、鼻をすする音も、話し声も聞こえなくなった。
代わりに聞こえてきたのはつまり気味の、音の高い寝息。鼻が詰まるほど涙をこらえていたのか……流していたのか……俺に背を向けて窓際を向いていたティアの顔は確認しなかった。できなかった。
俺が黙ったら、死んだと勘違いして血相変えて起こしにくるかとも思ったけど、さすがに疲れてたみたいだ、そうなる前に寝ちまったようだな。
……疲れていないわけがないよな。
何日間もの間、ずっと緊張しっぱなしで、今日になって突然ライラさんは暴れるし、結局俺の呪いは解けなくて街中かけまわることにはなるし……。
こいつには本当の最期の最期まで世話になっちまった。

──ありがとう。言えなかったな…。

でも、書き置きで礼なんてナンセンスだ。

思い立って、ティアが起きない内に俺は部屋を出た。
部屋を出る際、寝言が俺の名前を呼んだので一瞬踏みとどまったけど、結局俺は姿を消すことにした。
書き置きは、部屋の隅に立てかけてあったさんごの杖に
『返しに来い』
とだけ貼り付けた。
……我ながら最高に無責任だ。結局俺はティアに対して責任を持てなかったんだな。
でも、俺はこの街でティアの本心を聞けた。
ティアは、俺の勝手な旅に振り回されてただけだったけど、確かに『楽しい』と思っていてくれてたんだ。
俺がいなくなったら、その気持ちがどう動くかはわからない、けど、俺がいなくても、ティアには旅を続けてほしい。
本当に無責任だ…けど、それが、俺なりのティアへの責任。
俺の勝手につき合ってもらって、それでも楽しいと思えてもらった、それを忘れないで、旅の価値を純粋に見てほしいと思ったんだ。

俺だけが世界の全てじゃない。

ティアだって、この短い旅の間でも充分にそう思えてたはずだ。

俺は死ぬ。ひょっとしたら…もしかしたら、死なないかもしれない。
どちらにしても、書き置きに別れの言葉は残さない、俺との別れを旅の終わりにしてほしくないからだ。
そして、旅を続けて、さんごの杖をもって世界中をまわってほしい。
最後に、旅が終わった後で『最高の旅だった』と言えたとき、あいつの手元に俺のわがままが残っててくれたら何となくうれしい。
女々しいけどな。

灯りの消えた、暗い貸し出し住宅の廊下を物音を立てずに抜けた。

リビングの端で、銀色に光るものを見つけた。
それは耳先だけを動かし、ただただ藍色のガラス窓を眺めていた。
その後ろ姿に現れる迷いの無さに、なんだか自分が無性に情けなく感じられる。

「──よぅ、タマ。やっぱり起きてたか」

声をかけてやると、やる気のなさそうに、尻尾だけが起きあがった。振り向かない。
あんまり聞いてくれる気もなさそうだけど、タマにも言いたいことがたくさんある。
正直タマと過ごした期間は短かったけど、俺はティアの次にこいつを信頼している。
これからは、タマがティアの正真正銘の相棒だ。先輩が後輩へと授けるモノは重くて大事なんだぞ。

「これからティアのこと、よろしく頼むよ。
時々あいつよりもお前の方がしっかりしてるからな……。
お前にも世話になった。恩返しらしい恩返し、できなくてすまんかったよ。
それどころかちゃんと元の姿に戻してやれなくて悪かった。デカくて強いけど、それじゃ不便だよな、すぐ腹減るし……。
それと、あと……──っ!

俺の言葉を遮って、タマの尻尾が大きく右から左へと振れた。

『わかったから、ティアが起きない内にさっさといけ』

……か。
まだまだ仔ウルウルフのくせに……わかってるじゃん。

「……お前で良かったよ……タマ。
安心した!もう心残りはねえよ。
……でもさ、鳴き声……一回くらい聞かせてくれてもよかったんじゃねえのか?」

俺の言葉に、タマはつまらなそうに鼻息をもらした。
タマは、案外黙ってる方がわかりやすいのかもな。

「──そうだな。お前が鳴くまで一緒に旅をできなかった俺が悪いか……。
野暮ったかったな」

話は終わりだ。
タマの元へと歩み寄って、一発だけ、剛毛の背中に張り手をくれてやった。
鼻先で殴られた。

外へ出た俺を待っていたのは、虫の鳴き声と、建物の間を風が抜ける音。
時間は確認しなかったけど、もう街の中には人っ子一人いない。

後は、死に場所を選ぶだけだ。


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昔の物語だ。

ナルキッソスとかいう男が、泉に映る自身の姿に惚れて動けなくなり死んだらしい。

間抜けだ。俺はそう思ってた。
でも、奴はそれだけ自分のことが好きになれたってことだろ?幸せ者だよ。
俺は元来自分があまり好きになれない。なにもかもが中途半端で、誇れるものなど使いもしない天性の剣技と、あとはあいつの相方であれたことぐらいだ。

俺にはナルシスト成分が足りない。
いざ、死ぬとなると人は冷静だ。俺は足りないものを得るために、タマと別れた後に森へと足を踏み入れた。
そう、泉を探し求めて。
夜の森は素敵な雰囲気でいっぱいだった。
光るキノコや燃える木の実、人魂……には素直にびびったけど、アリエスアイレス付近では見れないものがたくさんあって、俺の死への覚悟がすこし揺らいだ。
これらを使って、もっと魔法の研究がしてみたかったと思った。

街中や、その付近で死んだらやはり俺の死体は発見され、その姿がティアに見られてしまう可能性が高い。
そこで俺は考えてみた、最期に、足りない成分を確保しつつ死体を隠しつつ、美しく死ねる方法を。

死ぬならみんなナルキッソス作戦

俺は死ぬ直前まで泉で自分の顔を眺めて見ることにしたんだ。
そして死んだら自然と俺の身体は泉に落ちて、死体の隠蔽にもなる。
そうして俺はナルシストとしてこの世に生きたことを幸福だと感じつつ死ぬことができる。
完璧だった。
完璧な、はずだったんだ。
今にして思えば、俺は少し混乱していたのかもしれない。
疲れて判断力が鈍っていたのかもしれない。

どうかしていたんだ、自身が弱っているにも関わらず、剣はおろか、杖すら持たずに夜の森に足を踏み入れるなんて。

こうして魔物に追いかけ回されるまでは自分は綺麗に死ねると信じて疑っていなかった。

「ぜぇ!ぜぇ!ふざけんなよおおお!!!」

いや、わかってる、ふざけてたのは俺の方だった。

頭の上を鋭い爪が掠めていく。今、俺は死に近づいていた。
当たり前だ。死ぬとか死なないとか、そんなのは超俺個人の考えで、世界にとってはそんなの関係ない。

通称『山羊の角』と呼ばれる魔物達だ。
悪魔の様な黒い身体と翼を持ち、腕には剣を構えてるのかと錯覚させるほどに鋭く大きな白い爪。
頭には山羊の頭蓋骨みたいな骨格が発達していて、5~15匹程度で群を成して人間を襲う魔物だ。

こいつらにとっては、俺は夜中に丸腰でのこのこと森へと踏み込んできた自殺志願者でしかなく、餌だ。
俺がタマとの友情を分かち合ってきたことや、ティアに対する申し訳なさを残しつつ出てきたこと、ちょっとナルキッソスに憧れていることなんて微塵も関係ない。

俺は今、単に狩られる1動物でしかなく、ここまで俺が来た経緯やドラマなどはこいつらの舌に乗っかる調味料にすらなりはしない。

死ぬ覚悟は……きっと出来ていた。
でも、俺だって生き物だし、ましてや今は生きている。
黙って食われるほど甘くはない!
そりゃ食われりゃ死体の隠蔽くらいにはなるかもしれないけど、俺は自分の肉の味なんか知らないからな、もし思った以上に不味くて、こいつ等に残されたらたまったもんじゃねえ。
食いかけのユウ君の死体なんてもうそれ、ティアのトラウマ通り越してホラーだ。

てなわけでナルキッソスと成るまでにこんなところでおちおち死ねない俺は、始めは投石や木の枝で応戦してみたりもした。
石は当たらねえし、硬い木の枝を振り回しても10本ちょっとでやっと一匹を落とせたぐらいにして話にならなくて、俺は逃げ出した。
計算上でも硬い木の枝が百本近く必要そうだったからだ。
ちなみに燃える木の実も投げようとさわってみたけど、ちょっと火傷した。

火事場の馬鹿力って言うのか?
弱体化しているとは思えないほどに俺は森を駆け回れている。
メイガスエッジでもあれば、こんな奴ら十秒で片づいていただろう。
メイガスエッジはティア用に作られている分使いにくいけど、俺はあの翡翠晶特有の重ったるさが好きだ。遠心力が違う。

──なんて現実逃避してる場合じゃねえんだよなぁ……。
こいつら夜目が利く上に飛ぶし、多いしで全然逃げきれる気がしない。
いっそ街まで逃げて助けを呼ぼうかと思うけど……な、その途中で呪いで死ぬかもしれない。
あと、なにより格好わりい。
ナルシストにはそんな失態はゆるされない。

「っは……ぜぇ!
タマ……タマァァァアアア!!!」

……やるだけタダだろ?

泉を探して、クソ山羊どもをまこうとして、俺は数時間にわたって逃げ続けた。

そして、これほどまでに俺は自身の方向音痴を恨んだことは無かった。
足元から雑草の感触が消えて、気がつくと地面が砂利っぽくなっていて、俺は周囲の状況に気づかされる。
目の前には巨大な岩壁が切り立っていて、左右は逃げようとするとかえって捕まりそうなほどに木々がぎっしり。振り向いた正面には山羊どもが集まっていた。

詰みだ。

最期の最期まで、うまくいかねえ人生だったと、いい加減に笑いすらこみ上げてきた。


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いや、逆だな。
これはむしろボーナスステージだ。
前向きな俺は嫌いじゃない。

どうせ最期なんだ、本当に死んじまうまで好きに暴れてもいいってわけだろ?
八つ当たりをさせてもらうぜ、山羊ども。
ただの一般人ならここで『あひぃいいいやああ!』って食われちまうんだろうけど、生憎俺は魔物慣れしてんだよ!
死ぬ間際にいつまでもいつまでも追いかけ回された人間の恨みは食い物関連の次に怖えってことを教えてやる!!

──一匹でも多く、道連れだ……!!

状況確認、足下には大小さまざまな石が転がっている。
背後は岩壁……使えるものは全部使う!

手頃で丸い石を二つ拾って握る、そこで耐えきれなくなって一匹が突っ込んできた。

相変わらず動きは単調、爪を振るか突進してくるかだけだ。
簡単だ。

「おらぁ!!」

きたねえ悲鳴が上がった。
カウンターで顔面に石をめり込ませてやった。
こいつらは普段から空を飛ぶことに特化している魔物だ、一度落としてしまえばリカバリーに時間がかかる。
手元の二つを威嚇程度にほかの奴らにぶん投げておいて、次は両手で持つのにちょうどいい、漬け物石サイズを持ち上げた。
それを、足下でのたうち回る一匹の頭へと思いっきり落とす。
赤黒いしぶきがあがり、それは次第に動かなくなる。
殺った。
ほかの連中もキレてるのかビビってるのか、なんとも魔物らしい鳴き声を上げながらこちらを威嚇している。
うるせえ、耳障りだ。立ち振る舞い一つで威圧するタマを見習いやがれよな。

「……一匹目だ……てめぇら全員覚悟しやがれよ……!」

たぶん、言葉は通じていない。
残る獲物はあと11匹、思ったより多い。
全員ぶっ飛ばしてやる!


───こいつらは馬鹿だけど、流石に俺が思ってるほど馬鹿ではなかったらしい。
始め、一匹だけで突っ込んだのが返り討ちにあったのをみて、次以降は二~三匹ずつ突っ込んでくるようになった。

流石に二匹以上でこられると、さっきみたいにうまくはいかない。
一匹の攻撃に気をくばりつつ、もう一匹にカウンター、威力は足りねえし、次々と四方八方から責められて、俺はなすすべもなくボコボコにされている。
もちろん、やめろって言ってもみたけど聞いてくれない。言うだけタダだろ?


違和感を覚える。
一般人とかわらないくらいまで弱っていたはずの俺が、魔物にボコボコにされるまで攻撃を受けても立っていられる、痛みもあまり感じない。

死なない。

初めてこいつらの爪が俺の首筋をとらえた時には本当にもう死んだと思った。
真っ赤な雨が降り、意識が遠のくところまでは想像できた…けど、実際には痛いで済んだ。
首筋を撫でると、確かに血はでていたけど、それだけだ。
明らかに丈夫さが戻っていた。
それからはもう雑だ。ひっちゃかめっちゃかでただ殴る蹴る。
命を左右するやりとりが、途端に子供の喧嘩以下だ。

小憎たらしい金切り声を上げつつ、人様のことをボコボコにしてくる魔物野郎達の内一匹に蹴りをくれてやりつつ俺は考えた。

なぜ、俺は生きているのだろう。

とだ。
もちろんここへきての哲学的な話ではない、もっと直接的で、事実にあった違和感に対する疑問。
こいつらから数時間くらい逃げれたことや、今現在ボコボコにされてても立っていられる時点でおかしいけど、それは、あれだ、人間やればできるってことにして、置いておく。
そんなことよりも、俺にはもっと死ぬべき瞬間があった。

そうだ、タマに投げられ、ティアに思いっきり殴られた時だ、あればかりは根性や偶然で説明がつかない。
あんなのどう考えても即死級だ。打ち所が悪ければ呪われる以前の俺でも死にかねない威力の一撃だった。
けど、俺はそれをモロに食らっても死ななかったし現にこうして生きている。

なんとなしに嫌な嬉しさがこみ上げてくる。

偶然にしちゃあ出来すぎているからだ。
ライラさんは言った。正攻法なら何とかなると。

ライラさんの言った正攻法は、感情のこもった一撃で黒の魔力を破壊するって話だった。
そこに感情が足りないと黒の魔力が集まりきらず、クッションになりきらなくて死ぬ。
魔力が足りなくても、黒の魔力の破壊にはいたらない。

俺は、ティアの一撃を思い出してみた。

あいつめっちゃおこってた。

しかも、ガキの頃から天才天才呼ばれてきたティアが、あのさんごの杖を使って思い切り振り抜いたんだ。


どう考えても、俺が死ななかった理由は一つ。


偶然にも呪いの破壊は成功していた


これに尽きる。

ということは、あれだ。
さんざん死ぬ死ぬ詐欺をこいた結果、ティアに苦しい思いをさせて、タマとかっこいい感じで別れてきて、蓋をあけりゃあ治ってました。ということだ。
不意に、やり場のない恥ずかしさと憤りを感じた。
山羊どもの声はうるせえし、大して痛くもねえぺしぺしが俺のストレスのボルテージを上げていく。

不意に、キレた。

故に、キレた。

「っざっ!けんなよおおおお!!!」

怒りに一瞬我を忘れた俺は、次の瞬間、視界に映っていた光景で我に帰った。

山羊どもが燃えていたんだ

木の実とか、人魂とかの火ではない、明らかに俺の身体から炎の渦が発せられていた。

魔法だ。

魔法に詳しい俺がそう思うのだから間違いない、確かに俺の身体から魔法が発せられていた。
俺も魔法使いとしてはまだまだだと思ったよ。

キイキイ悲鳴を上げながらあわてて逃げ去るお化け山羊どもの背中が小憎たらしい。わるいけど、ここは人間らしく八つ当たりをさせてもらうことにする。
暴れたくなった、枕に顔を埋めて足をバタバタさせたくなるような気持ちの延長だ。

「……逃がすかよ……!」

久々の自分の魔力を全身に感じつつ、俺は加速のための風の魔力を身に纏い、闇に溶けてく魔物の群を追う。

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