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眉をつり上げ鼻息を一つふかしたティアの視線の先にあったもの。
予想通りというべきか、予想外とでもいってしまったほうがいいのだろうか、片膝をついて魔力を張っていたライラには、ティアの魔法による傷はなかった。
見た目にこそ傷はないものの、確実にダメージが通っている。
息をあらげた男の皮膚が、服が、はがれるように、または崩れるように地に落ちる。
しかし実際に落ちたのはライラの皮膚でも服でもなく、岩石の破片だった。
鎧の魔法だ。シールドやウォールよりも直接的に身体を守るための魔法。
シールドやウォールほどの堅さはないものの、確実な防御がなせる上に発動が他の防御魔法とはダンチに早い。
シールドが破られた瞬間、ライラはアース系のアーマーを纏ったのだ。
しかもあえて魔力で生成するような回りくどい方法はとらずに足場のそれを即座にかき集めたため、不完全だったとはいえ、防御を間に合わせたようだ。

「……また嫌らしい魔法ですね……。
退いてください、次に邪魔をしたらあんな矢の雨だけじゃ済ませません!」

「……この、小娘が……っ!!」

殺意のこもった視線が向き合った。
ティアが圧倒的に優位に立っているのはみるも明らかだが、どこかライラも諦める様子はない。
それどころか、唐突なティアの魔法を防ぎ切ったところで余裕そうな雰囲気すらを見せる。

「…ちっ、まったく、驚かせやがって。
とりあえず──仕返しだ!!」

伏せたままのライラの手元に魔法陣が浮かび上がったとティアが気づいたのと同時だった。

「──タマ!?」

間に合わなかった。

悲痛なうめき声を上げつつ、タマの身体がとばされる。
封印に叩きつけられ、一つ痙攣して動きが止まった。
気を張ったティアを無視し、標的にされたのはその後ろのタマ。
突然地面が無数の棘状に変形し、タマを突き抜いたのだ。

「硬いな、犬っころ。
多少はまともにマナを持っていたようだな、貫通すると思ったんだが……」

「貫通って…!!」

青ざめて後ろを振り向いたティアの視線の先にあったのは息をあらげてのた打ち始めたタマだった。
胸や前足の辺りから丸い紅色が広がり、美しい毛をを染めていく。

──完全に殺す気だった──

初撃で槍を食らったことに気づいていないティア本人が、ようやくここへきて本当の狂気に気づく。

──ユウだけでは飽きたらず、タマまで殺そうとした──

「っ!!このおぉぉおっ!!」

「──っ!?」

完全にティアは理性を失う。
もはや怒る理由も必要ない、単純に許せない。
ここへ来てのこの状況、ライラの思う壺だとは当のティア本人は気づくはずもなく、ライラへと食いつく。
杖に一瞬で膨大な魔力を込め、まるで剣を握るが如く杖を逆さに握ると、ティアが握った先から杖が氷の刃を生成する。
数メートルはあろうかという距離を一歩で詰寄らんと、ライラへと振りかかる。
ライラはライラで、即座に魔力の杖を生成し、その杖より魔法を放つ。

駆け寄った少女を刃状の光弾が襲う。

その数、六。

一つ、二つと弾いたところでティアが杖に纏った氷刃が砕ける。

三つ、四つと、肩と足を掠め。

五つ目が顔面数センチ横を抜け。

六つ目がわき腹に浅く刺さった。

それでもひるむことなく歯を食いしばったティアはもう、魔法だろうとなんでもよかった。
一つ、振り抜いた杖を避けられるもそのままライラを押し倒さんとばかりに前進し

───その顔を殴り飛ばした。

吹き飛び、転がるライラとともにティアも脇腹部を抑えつつ転がる。

「っぐ──っくは、くははは!
あんたも硬いな!ティアっち!
あんたらに恨みはないが、私の計画を邪魔しようとしたあげくに喧嘩を売ってきたんだ!
正当防衛で死んでも文句はいうなよ!?」

「そんなの!!知ったこっちゃない!!!──かは!げっほ!!」

わずかにティアが血を吐いた。
二人は同時に起きあがり、構える。
ライラの魔力の杖が槍状へと変化し、増える。
四本の槍が宙を舞いつつ、その矛先をティアへと向けた。
血反吐を吐きつつ、いやらしくにやついたライラが話を始めた。
嘲笑うように、弄ぶように、聞く耳を持たずに怒りの色一色に染まったティアへと語る。

「知ったこっちゃない?
そうだろう、そうだよな?被害者ってのはいつだってそうだ、今の言葉!覚えておけよ!」

「……ぐ、痛……」

彼女はわき腹の痛みに耐えつつ、襲いかかってくる槍の矛先を防壁、罠魔法、杖そのもので捌きつつ、反撃に転ずる。
幼いころに多少練習した程度のおぼつかない杖術では捌ききれるはずもなく、傷が増えていく。
ティアは魔法こそは天性のものをもっていたものの、杖術は並だ。
ひいてく血の気と、のた打ちまわり、次第に呼吸が荒くなっていくタマ、扉の向こうのユウ。
心配事の数々が、ティアの手元足下を徐々に頼りのないものにしていく。
目一杯に振り抜かれた杖先は無情にも空を切り裂く。

「……私もな、かつては女だったんだ」

「──!?
…それが!なんの!!
──あっ!!」

ライラの手に握られた槍がティアの杖を弾き飛ばした。
彼女の背後上空へと抜けていく杖、無防備な少女へと、隙のない凶器が振り回される。

一歩後退、凪払われた槍先が喉元を掠めた。

上体を刺線より半歩ずらす、突き出された槍先が左腕を傷つける。

深く沈み込む、ライラの背後から抜けてきた一本が彼女の頭上を抜けて背後の地面に突き刺さる。

「男になることで、生かされたんだ」

「……聞いてない!許さない!!」

低姿勢のまま、ティアは術式をくみ、両手に魔力を込め、地面をひっぱたく、同時に放物線を描いて飛んでいくさんごの杖の先が輝きを放つ。
ティアの手のひらより杖の落下点に向けて這うようにして輝く電撃のような魔法反応が走り抜け、それを止めるようにさんごの杖が魔法反応の行く先に落ち、同時に雷撃球が数発発射された。
雷撃球はティアの頭上をスレスレで抜け、驚きに声を漏らしたライラへと全弾直撃。
ついで、今度はティアが落ちたさんごの杖より魔力を吸い上げるようにして自身の両手に魔力を戻す。

雷撃により身体の自由が奪われたライラの腹部に少女の小さな魔掌が突き刺さった。

「うっが!?……かっは……!」

一つ間を置き、仕上げる。

「ウインド=ランス!!!」



ティアの両手から風の魔力が放たれ、ライラを吹き飛ばした。
飛び、跳ね、転がり、激突。
壁際にもたれかかり、ライラがうなだれた。

「はぁ……はぁ、ユウ……まってて、今……すぐに……」

「……かふっ……はぁ、はぁ……くは、くはは!
もう、遅い……と、何度言えばわかる……」

「──この!!……いいですよ……どうせ、負け惜しみよ……。
ユウは死なない、あいつは……私の、相棒ですから……!!
……聞きましょう。計画とやらを……。
ただ、手短によ。
私がまた、あの封印を破れるくらいの魔力を練れるまで……体力が戻るまで……」

「……知ったところで……結果は変わらない。
ユウ君は死ぬ、私には……あの、黒の魔力が必要なんだ……。
そのためには、彼には死んでもらわなくては困るんだ……」

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殺意と決意の色を目に、ふるえる膝でライラが立ち上がった。

(まだやるつもりなの…!?)

焦りが彼女の眉間を露骨に歪ませた。
身構え、ライラの様子を伺いつつ杖を拾おうとじりじりと背後へと下がるティア。

(封印を破るために、こんなところで魔力を無駄にはできないのに!)

ライラをいかに傷つけようとも、最悪殺してしまおうとも、ユウの救出ができない以上は彼女にとってそれは進展ではない。
ティアが今現在やるべきことは扉の封印を破壊してユウを助けること。
少しでも確実に封印を破壊できるように、魔力は温存しておきたかったのだ。
彼女の脳裏に相棒の顔が浮かんだ。同時に、大けがを負って大量の血を流す数年前のユウの姿もフラッシュバックする。
あのときも、突き詰めれば今回も、ユウはティアのために囮役を買って出てその命を危機にさらしている。

ライラの言った
『ユウがいつでもティアを最優先している』
という言葉が彼女の胸を締め付けた。
ユウは責任感もある上に、あまり表には出さないが実は周りに独特な劣等感を持っていることもティアは知っている。
普段の彼の自信家な態度も、そんな気持ちの裏返しであることだって彼女は知っている。
なにも劣ってなどいないのに、胸を張ってもいいのに、ユウは実は誰よりも自信を持てていない。
それは自分が器用すぎるせいだと彼女は反省している。
それでもユウはいつだって見栄をはってティアを守る。
それがいきすぎると、今回のように自己犠牲に走る。

ティアが許せなかったのはライラではなかった。

そうやってまたユウに無理をさせてしまった自身を一番許せなかった。
そこまでわかっていながら、なにもわかっていなかったこと。
その存在に一言でも感謝を述べるだけで、いつだってユウは嬉しそうに悪い目つきを優しく綻ばせ、喜んでくれた。
それで充分だと伝えれば、彼はこんなにも無理はしなかったのかもしれない。
そう思えばそう思うほど、ティアは自身を憎む。
伝えられなかった大切な何かを、ユウへと伝えなくてはならない、死んでも死なせない。

──殺してでも、死なせない──

正解か、不正解か、答えなどない他者の生と死の狭間において、ティアが腹をくくった。

「お願い!!もう立たないで!!ウインドフレイム=トルネード!!」

「動きながらでも……か」

大きく振るわれたティアの左腕から赤い竜巻が作り上げられる。
空気を歪める高温のそれ─火炎の渦─は、一切の迷いもなくライラへと襲いかかる。

しかしライラも退かない。
彼にも彼なりの正義がある。

今、彼にとってユウの死は正義であり、立ちふさがり、邪魔をするティアは悪であった。
何も彼は快楽殺人者だというわけではない。
文字通り彼には必要だったのだ、目的のために、ユウの死が。
ライラの立っていた地点がティアの魔法に飲み込まれた。

手応えがなかったことはティア自身がよくわかっている。
彼が渦に飲まれる直前が彼女には見えていた、黒い影が線となり、高速で抜けていくのを。

「外れた……!?どこに──っ!?」

「さっきも言ったけど──」

「──えっ…」

「──私は人間が憎い」

ティアの背後に、ライラが現れた。


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「うあああっ!!」

しかしティアはひるまない。ひるんでなどいる場合ではない。

杖などなくても、彼女はそれなりに魔法を使えるのだ。
──むしろ、杖が手元にないことを利用すらする。

「リフレクトウォール!!!」

「──っ!」

一刻も早く、且つ魔力を無駄にせずにライラを狩らなくてはならない。
彼女はライラの逃げ場をなくしつつ、高火力の魔法で押し切ることにしたのだ。
そして手元に杖がないのを逆手に取った方法──全く異なる二種の魔法の同時発動だ──
ティア本人の魔力で魔法反射壁を張り、同時に離れた杖からはもう一つの魔法を発動させる。

ティアの背後をとったライラも、彼女の魔法に一瞬警戒したが押し通す。肉を切らせて骨を断つ。

半球状に即時展開された直径数メートルの魔法反射壁内部で杖からの魔法とライラの奇襲魔法が発動した。

腕を振ったライラから放たれた魔力の刃は、彼の腕に引かれる液体のごとく伸び、広がり、はじけた。
その軌跡は一切の迷いもなくティアの首を狩りとるものである。
一方でティアの杖から発射された魔法
『ランスオブリリーナ』
ユウがリリーナの魔法を参考に作り上げたレーザーの魔法。
彼女は何度か見たのみでその魔力の仕組みを見抜き、この土壇場でそれを成功させたのだ。

間一髪で上体を屈めたティアの髪先数センチはライラの魔法によりばっさりと切り落とされる。
その後、ライラの手元を離れた魔力は弾丸となり、振り抜いた先へと飛んでゆく、と同時に超高速で反射壁内部が光で埋まった。
ランスオブリリーナが魔法壁内を縦横無尽に反射し続けた結果だ。
真っ白く輝く極細のレーザーは、ユウのそれよりも魔力が一点に凝縮されており、無駄のないものだった。

反射して帰って来たライラの魔法がティアの右前腕を撃ち抜き、ティアの放ったレーザーはライラ頬を掠め、左肩を弾き、さらに反射を繰り返して顔横を抜け、最終的にはタマのつけた六本の十字傷の中心を焼くように直撃する。
よろめいたライラの脇を転がり抜けたティアが杖を拾って小さくうめく。
右腕をかばうようにしたまま、内心ユウに申し訳ないと思いつつ、左腕でさんごの杖を向かってライラの右方へと投げつけた。
全くもって使い物にならなくなったわけではないにしろ、右腕の傷は深い。
ティアは抜けた勢いのままブレーキをかけるように床を踏みしめ滑りつつ、流れ出す紅を鬱陶しいと言わんばかりに一振り。軽く血を払うと、右袖の肩口を噛み、左腕で袖を破りとってしまう。
一度、剣を扱うというのが信じられないほどに華奢で、雪のように白い肌が露出する。が、前腕はそれを際だたせる鮮やかな血で染まっていた。
血を含み、多少の重さを増したそれを傷口へと叩きつけて一周、二週、即座にくわえ込み、引き、応急手当てをすませる。
彼女が苦痛に歪んだ視線を持ち上げると

「私たちが……」

その眼前にはすでに鋭い氷塊が数個浮いている。

「──くっ!あぶな──!!」

ティアが察知すると同時に氷塊は砕け散る、投げた杖から氷塊よりも高速な魔法を数発放ち、自身に触れる前に破壊したのだ。
破壊しきれなかった数個は左肩と右足を掠める。
ライラの右から背後、左へと、杖がブーメランのように弧を描いてティアの元へと帰り始めると同時に、彼女は足に力を込めて踏み込む。
使えない右腕を背後へと投げ捨てるように上半身をを返し一瞬ライラに背中を向けつつ、左手で杖をキャッチし、そのまま回転力を乗せつつライラへと向けて杖を凪ぐ。

大きな衝突音が響き、互いの動きが一度止まる。
ライラが魔力でできた杖でティアからの攻撃を防いだのだ。

「──何をしたってんだ!なぜ!殺されなくてはならない!!」

「それはこっちの──セリフよ!!」

また、衝突音が響く。

「魔女に産まれたというだけで!なぜ狩られなくてはいけなかったんだ!!」

「そんなの知らないわよ!
私たちには関係ない!!」

衝突音のみが、響き続ける。

「私はやらなくてはならないのだ!人間を!すべての屑共を滅ぼさなくてはならないんだ!!
やっと見つけた!黒の魔力を持って!!」

「──つまり──痛!
……はぁ、はぁ…ユウから……黒の魔力を取り出すために殺そうとしてたっていうのね……
人を滅ぼすのも、黒の魔力を集めるのも勝手にすればいい!!
でも!ユウは死なせない!!あなたに!ユウを殺す権利はない!!」

二つの影はひたすらに動き続け、ぶつかり続ける。
まるでぶつかり続ける互いの主張を体現しているかのように。
そして、互いに傷のみを増やし続ける。

「──ぐっ!
レイラと──約束したんだ!必ず仇をとると!彼女の死を無駄にはしないと!!」

「なにがあったってのよ!?
どうして!?なんでそこまでして!
──どうして──っ!?」

動きながら、打ち続けながら、ティアの目には映った。
ライラの瞳に光った雫と、激しい、燃え切らぬ後悔の色を。

──この人は、私と同じで、ここでユウを失えば私もこうなる──


直感だった。
彼女の─ティア─の頭をよぎった直感は
『後悔』
納得のいかない最期に対するどうしようもない感情だった。

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「私は気づけなかった、レイラが己を犠牲に私を助けようとしていたことを……」

「──!」

ライラの言葉がティアの動きを鈍らせた。
気づいてしまったのだ、ライラが抱いている後悔の感情が自分の抱くそれと酷似していることを。
なおも続く打ち合いは、彼女の動きが鈍ったことによりライラが一方的に攻め立てる形へと移る。
みるにも胸を押しつぶされそうになる彼の表情にどうしていいかもわからずに、ティアは黙り込むしかできない。

「我々魔女の一族は、15回目の誕生日に選択を迫られる。
ある秘術を使い、長命となるか、性転換をするかだ……」

「………」

「女系である私たちの一族はその秘術により男性を作り上げ、子孫を残して続いてきた。
秘術は魔女の一生において一度しか使うことができない、多くの者は性転換の選択肢はとりたがらない。
まして、男性になったところで待っている未来など、同胞から子種をしぼられるだけしぼられてすぐに死ぬだけだからな…性転換の選択肢をとるものなど数百年に一人いるかいないかだ。
もちろん私も長命の秘術を己にかけた…!」

ティアの背後に二本、ライラの両隣に二本、火柱があがった。
ライラが突如身を引くと四本の火柱はうねり曲がり、ティアへと襲いかかる。

「──わっ!?」

床すれすれで凪ぐ一本、獲物を飲み込む大蛇がごとく、彼女を飲み込もうとする一本、締め上げるようにバネ状に渦巻き、逃げ道をふさぐ一本。
他の三本よりワンテンポ遅れ、とどめを刺す瞬間を待って火力を上げ続ける一本。
唐突な魔法により、成すすべなくティアは炎に飲み込まれてしまう。

「そして魔女狩りの噂が出始めて数年後、レイラも15回目の誕生日を迎えた」

ライラの炎の中から突如として巨大な氷塊が突きあがった。
ティアが己の身を巨大な氷で包んだのだ。
ライラの炎をやり過ごし、自ら氷を砕いたティアはその破片をすべてライラへと向かって真っ直ぐに飛ばし続ける。
ライラは話を続けながら、その一つ一つを難なくかわし

「しかしレイラはどちらの選択もとらなかった。
当時、誰しもがレイラの行動に首を傾げたが……」

最後の一つを壁魔法で防ぎきる。

「……はぁ……はぁ……!」

「いまにして思うと、レイラはその時から来るべき時に備えていたのだろう……!」

強く歯を食いしばったライラから、間髪入れずに魔力の波が放たれる。

「──えっ!?身体が……!!」

重力の檻だ。
ティアの周囲に魔法陣が浮かび、その魔法陣内部においてのみ、重力が増大する。
ひざまずいたティアの目の前より床が棘状に突きあがる。
彼女はあわてて身体をよじってそれをかわし、ライラへと、そして自分のすぐ近くへとウインド=スフィアを放った。
ライラへと放たれたウインド=スフィアは彼の目の前で防御壁によって防がれ、辺りの塵を巻き上げた。そして、ティアが己の近くへと放ったウインド=スフィアは破裂し、強力な突風を起こす、突風により、ティアの軽い体は重力の檻の外─ライラへ向かって─へと吹き飛んだ。重力の檻から逃れるためにわざと己の近くでウインド=スフィアを破裂させたのだ。
ついでにライラへと放たれたウインド=スフィアは目くらましだ。

「うああああ!!!」

「──っ!?」

ウインド=スフィアからの突風の勢いが乗ったティアの一撃がライラを正確に捉える。顔面にティアからの杖を受けたライラは口から数滴の血をとばしつつ、地に手足をつき、数メートルさがった。

「──っく!
それからさらに数年後だ、それは来たんだ……。
魔女の里が、魔女狩りの連中に見つかり襲われた!
私は何に変えてでもレイラを守り抜こうと決めていたんだ!!」

ここまで話を聞いたところで、ティアは話の結末を読んだ。
口端より流れ出る血に混ざり込む透明な水をライラの頬に見つけたとき、ティアは何ともいえないやりきれない気持ちを覚えたが、彼女にも譲れないものがある。
むしろ、なおさらだ。
こんなにも悲惨な『失った者の末路』を見てしまった。

「──もう、いい……」

「あっという間だった…!
私たちの、戦闘から離れて久しかった魔法では、奴らに太刀打ちできなかった!」

「もういいです!!やめて!!」

彼女の心は、虚しさでいっぱいだ。
守りきれなかった。そんな罪なき罪悪感と、その先の孤独。やり場のない憤り。
ライラの口から吐き出される後悔の数々。

どうして戦わなくてはならないのか。

ある意味、仲間だ。
ライラなら今の自分の気持ちを充分に理解できるはずなのに、なぜわかってくれないのか。

そんな考えがティアの頭を埋め尽くしていく。

「そして、里の魔女たちが散り散りに逃げ始めた時、私はレイラに手を引かれた。
長命の秘術がかかっていなかった彼女は私より早く成長していて、その手は当時の私よりも大きかったのを覚えている……。
レイラと二人で里の端の小屋に身を隠した。でも、そんなの一時的なその場しのぎしかならないことを、私もレイラもわかっていた……」

「………」

ティアは、頬に熱を感じる。
流れ落ちるのを感じる。

「『ありがとう』
それだけを言われ、私はレイラに突如殴られ気を失った。
目を覚ますと、私は保護されていたんだ。
………『魔女たちに捕らえられていた人間の男』として……」

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「ぐすっ……うぐっ……!」

「……!
……なぜ、あんたが泣く?ティアっち……?」

ライラは、不思議な光景を目の当たりにしたような気がした。
杖の頭を地に落とし、ふるえる少女はうつむき、目元を自由の利かぬ右腕で不器用にこすっている。
彼は疑問を感じる。なぜ、彼女が泣いているのだろうかと。
ティアだって、よくわかってはいなかった。
それでも、理由はきっと飛竜の件の時と一緒だ。

──胸くそが悪い──

良くも悪くも少女は幼すぎた。
互いに掲げる正義、それを貫き通すための犠牲、善、偽善。
やらなくてはならない、しかし、やりたくない。
十と数年しか生きていない少女にとって、重すぎる選択だった。

彼女にとっては、もちろんユウを救うのが最優先に決まっている。
しかしほっとけない。またライラの頬に雫をみたからだ。
失ってしまった彼と今、自分は似たような状況に立った。
かつて、タマジローとの別れを恐れていたアイリとも同じ状況にも立った。

復讐の心を力に変えて野望を成そうとする目の前の彼。

信じる心を力に変えて再会を果たしたあのときの親友。

どちらにもなりきれず、また、幼いわがままだと自覚しつつも選択をとれない自分。
どうしようもなくて、身動きがとれなくなって、押しつぶされて、涙を流すしかなかった。

過去を聞いた。理由も聞いた。わかってしまった。

少女は、ユウもライラも救いたかった。

しかし以前、そんなことは不可能だと、マリエッタに教えられた。
現に、彼女もユウも飛竜の命と引き換えに今、ここにいる。

そしてマリエッタは二人に言った。

『後悔だけはしないようになりなさい。正しく、生きなさい』

そんな単純な言葉が今の彼女を締め付け、雁字搦めにする。
どうしても、どんな選択をとっても、後悔の色が見え隠れする。

──自分は、無力だ──

ユウが抱く彼女のイメージとは真逆の思考が彼女の中に渦巻く。
ここですぐにユウもタマも救った上で、ライラも救う方法をティアは持っていない。
いや、彼女だけではない、たとえ彼女がマリエッタほどの力を持っていたとしても、それは不可能なことなのだろう。
マリエッタがユウとティアに伝えようとしたのはそういうことだ。

正義の味方なんて、全てを救うヒーローなんていない。

何かのためには、何かを。

選択によってはその正義は悪にもなる。

単純なことだ。しかし少女は認めない。
きっと救える、全ては自分の無力が招いたもの。
ありもしない罪に、自分を責め、責め続け溢れ出してしまったのだ。
背中が蒸れて気持ちが悪くなっても寝返りをうつこともできず、その不快を精一杯の泣き声に込めることしかできない赤子がごとく、顔を赤くして涙を流すしかなかった。

なまじ真面目で優しいばかりに、彼女は背負う。

彼女がもっと冷酷で残酷な人間であれば、さっさと見捨てる選択をとれたのだ。
ユウであれ、ライラであれ。

「……ずびっ……!
あなだが……泣くから………!!」

「──っ!!」

ティアからの言葉でライラも初めて気づいた。
自身も涙を流していたことに。

「……そうか……
ありがとな、ティアっち。
それでもな、私はレイラの姉だ。これからも、いつまでもだ。
過去に縛られてはいけない。わかってるよ、でも変わらない事実もある。
…悔しいんだ……!仇を……無念を晴らしてやりたい……!!
……だから……わるいな……あんたがユウ君を救いたがってる以上は……邪魔をさせてもらう!」

そう言うと、ライラはもう一度杖をかまえて笑った。

形は一目瞭然。
呪われし人の命の消失を望み待ち、それによって得られる力を集めて人類滅亡を目論む魔女。

最愛の人が運悪く呪われ、魔女に狙われてしまうが、わずかな希望のもとにそれを救おうとする少女。

どんな言葉を重ねども、この立場に変わりなどないのだ。

ライラの笑みに、ティアの迷いも行き先を決める。

──ライラがレイラの姉なら、自分はユウの相棒だ──

ぐっとこらえられた涙は行き場を失い、決意の奥に消えゆく。
見据えた先の『悪』を滅するため、少女もまた、武器をかまえる。
杖だけではない。
覚悟も一緒だ。

二つの影が動き、ぶつかろうとした瞬間──


激しい光と共に、薄暗い岩壁内部をまぶしい雷玉が埋め尽くした。

「きゃあ!!?」

「──っく!?この魔法は……!!」

その雷玉の一つが二人の間に割って入り、弾きとばす。
苦しんでいたタマが一旦苦しむことをも忘れて唖然とするほどに意外な展開、その人物。

「──はぁ!……はぁ!!
どうして!?なんで大魔導師様とティアっちが……!?
やめてくださいよ!!!」

モココ・ラインハット

茶髪の雷人が二日酔い気味で困惑を露わにする。

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汗でびっしょりと濡れ、真っ赤な頬と真っ赤な唇で息を荒くする女性は、曇っためがね越しに映る少女と男性を交互に見やる。
首から下がった桃色のタオルには、クッキーを彷彿させるような大きなワッペンが縫われており、その形は大きな『M.L』をかたどっていた。

湯気が上がり出しそうなほど体温が上がって見える彼女。
寝坊したことによほど驚き焦ったのか、身だしなみは最低限にしか整えられておらず、ある意味ありのままの姿を露出する。

「……モココ……」

「…モココ…さん?」

『あ……そういえばいたよね……』
言葉にこそでないものの、ティアからも、ライラからも、タマからですら、そんな無言の失礼が発せられている。
ぜぇぜぇ息を切らしながら二人の間に立ったモココは、心配そうに中空をもみながら眉根を寄せた。

「二人ともひどい怪我じゃない!!
なんで!?」

もんでいたものを千切り、振り払うように腕を広げて大袈裟に声をあらげる彼女に、ティアは困り果ててしまう。
細かな事情を説明するには時間がもったいない、しかし、事情を深く説明せずにライラを愛する人の前でライラを傷つけるわけにはいかない。
ティアの気が引けるのはもちろん、下手をしたら戦闘立場的にも2対1になりかねないからだ。

どうしようもない

しかし、悩んでいる時間ももったいない。
最悪、二人相手でもかまわない。
ユウを、一刻も早く。

ティアの頭が回転を始めた頃には既に言葉がモココに伝わっていた。

「時間がない!
ユウを……助けるためです……!
そのためには彼は邪魔なんです……!
立ちはだかるなら、あなただって容赦はしません、モココさん!!」

結果は単純だ、ティアはモココに喧嘩を売った。
しかし、なにも単にユウを早く助けたいがためだけに、全てをぶっ飛ばすつもりで喧嘩を売ったわけでもない。
ティアなりの交渉だ。
リリーナの時と同じである。
すでに傷ついているライラ、実力はモココより上の存在だ。そんな彼と自分は同等の力を持っていると、ある種の威嚇を持って、モココが退いてくれることに期待したのだ。
同時に、モココにライラを止めてもらえる可能性も見ていた。

ライラが傷ついていくのを黙って見ているような女性ではない。

ティアがこの数日間でモココに持ったイメージだ。
自分の力ではどうしようもないと悟った上で、愛する人が傷つくとなると、普通なら争いをやめるよう説得するはずだ。
ここでうまくモココがライラを説得し、無益な争いを切り上げ、すぐにユウの救出へと向かう。
というのがティアの描いた理想のシナリオだ

が、あくまでも理想は理想でしかなかった。

ティアはモココを読み誤っていた。
自身のこととなると、人は気がつきにくいものである。

──モココは、ティアが思っている以上に、彼女と同じ思考回路だった。

「……大魔導師様……下がって休んでてください……!
これ以上、あなたに手出しはさせませんから!!」

「「!?」」

そう、モココは愛する人を傷つけぬために、自らが傷つくことを選んだのだ。
良くも悪くも、大切な人間のためならなんでもできる狂人。
自分よりも大切な者を持つもの。

あらゆる意味で、モココはティアであった。

「……うっ…!
私はユウを助けたいだけなんです、しないで済むなら、いらない争いはしたくない……」

「ティアっちが退いてくれれば、争わなくて済むよ!」

平行線だ。

やるしかない。

2対1、場合によっては苦しむタマを守らなくてはならない状況もあり得る。
下手を踏んだら、ユウどころか、自身の命を守ることもできない。
いやな汗を額に感じたティアは、妙に冷静な感覚に危機感を覚えつつ、杖を構えて2人から視線をはなさない。

一つ、息をのんだティアが杖に魔力を集めた時、彼女は予想だにしなかった言葉を耳にする。

「さがれ、モココ……!
おまえじゃティアっちにはかなわないし、そもそもおまえは関係ない!
おまえが傷つく必要なんてないんだ……!」

「──!」

歯を食いしばったライラが放った言葉の意味。
彼は、あえてモココを助っ人から外そうとした。

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「──えっ…?」

不思議そうに固まったのはティアだ。
彼女もまた、ユウと同じ考えを持った。

──この人、よくわからない──

絶好のチャンスだったはず、ライラとティアがほぼ互角で、それなりに動けるモココ。
手負いのティアなら2人でかかればかなり優位にことを進めることができるはずだ。
にもかかわらず、ライラはモココを止めた。
自ら勝機を捨てたのだ。
もちろん、ティアと似通った思考回路を持つモココだって疑問を持った。

「なっ……!!どうしてですか!?
私だって戦えます!」

当然、黙って下がったりはしない。
ライラが傷ついている。それだけで彼女にとって戦う理由には事足りる。
ましてや自分が力となれる場面、彼女が下がるわけがない。
丸い目尻をとがらせ、鼻息を荒くしたモココを振り払うように、腕を大袈裟に振るしぐさとともにライラも声を荒げる。

「なにも知らないくせにしゃしゃり出てくるな!
お前はモココで、レイラじゃない!!」

「……えっ……な……それはどういう……」

強い否定の色を含んだ拒絶。
言葉の意味が理解不能なこと以上に、モココの頭の中は白く染まっていった。

──お前はモココで、レイラじゃない──

無意識に放たれた言葉。
ライラはモココの姿にレイラを重ねていた、自身に懐いて離れない彼女に。
そして彼の中で二つがせめぎ合い、混ざったのだ。モココと妹が別の存在であるという理性と、また妹を失いたくないというモココとレイラを同一視した上での無意識の焦り。
結果として彼はモココにレイラと同じ道を歩ませまいと、彼女を止めたのだ。
客観的にみたライラはとても冷静には見えなかった。
困ったような、焦ったような、この数日間でティアが見たことのない、いや、ずっと彼を見てきたモココですら見たことのない顔。

怒りではなく、悲しみや懇願の色が濃い。

そして、それ以上に、モココはこんなライラを見たことがなかった。
モココにとって、ライラはいつでも優しくて、微笑んでいて、怒らなくて、話もお願いもに聞いてくれて、助けてくれた。
──まさに、優しい兄のような存在だった。
そんな存在に唐突に拒絶された。
味わったことのない絶望感に、モココはタオルで顔を擦る。

「──もう、これ以上私のために……」

彼の口内でこだまさせるように発せられた小さな独り言は、ティアにも、モココにも届かない。

「──どうしてあんたらは、私のために身を削るんだ……レイラ……」

誰の耳にも届かない。

しかし、気持ちはティアも同じだった。
ここでモココが傷つく理由はない、彼女はあくまでも部外者。
ティアだってできることなら刃を交えたくはなかった。

「──モココさん、ライラさんの言うとおりにして……!
あなたが傷ついても、だれも喜ばないです!」

ましてや、ティアはモココを気に入り始めていた。
毎晩酒におぼれ、愚痴らしい愚痴を徹底していながらも、ライラに対する気持ちだけは素面でも酩酊状態でもまっすぐで曇りがないモココ。
うれしそうにむひむひとライラについて語るモココと一緒にいることに、ティアは少なからず心地よさを覚えていたのだ。

──仲間──

アイリともリリーナとも、そして、自分とも重なる部分がモココにはあるとティアは感じていた。
とても他人とは思えなかったのだ。それぞれが、形は違えど大切な者をもっていたから。

しかし少女の声は届かなかった。

「──!!
……モココ式魔法術!
『ビリビリビリヤード』!!!」

「──モココ!!」

一瞬、眉尻を落として迷いを顔に出したモココであったが、彼女は退かなかった。
ティアの声も、ライラの声さえも聞こえないフリをして、彼女は首から下げたロザリオに魔力を込める。
彼女の胸元にスイカ大の雷玉が現れた。
現在岩壁内に漂っているものと同じ大きさのものだ。

「──ティアっち、ごめんね……!
あなたにも、きっと理由があるんだと思う。けれど、私は……私にも、理由がある……!!」

「……モココさん……」

「弾けよ!」

モココの胸元より、ティアとは明後日の方向へと雷玉が放たれた。

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モココより放たれた雷玉は、他の雷玉へと向かって一直線に飛んでゆく。

「──えっ?!なに!?」

ティアは慌てて雷玉の行く先を確認する。
そして状況に気づき、防御壁を展開しようとしたときにはもう遅い。

「うわぁ!?いたい!!」

防御壁の発動より早く、雷玉が彼女の身体を捕らえていた。
モココから放たれた雷玉は、他の雷玉に当たると同時にまた明後日の方向へと向かって飛んでいった、当たられた雷玉もまた同じである。
弾かれたものから、弾かれたものへ、岩壁内にあった十数発の雷玉が連鎖的に動き、弾き合い、予想外の角度からティアを襲ったのだ。
それもただ弾かれただけではなかった、まるで意志を持つかのように曲がったり、止まったり、当たるものと当たられるもので不規則な動きをしていたのだ。
どれもこれもが最終的にはティアに向かって動く、高速の雷玉。

「このっ!!」

「──なっ!?」

しかし、直撃したのは最初の一つのみ。
一つ大きな声とともに、ティアが左腕一つで床へと杖尻を突き落とすと、彼女の周囲に石の棘が突出し、迫るモココの魔法をかき消す。
彼女のなんてこともないアース=リジェクト一発で、モココの唯一にして最大の切り札がかき消されたのだ。
そもそもの魔力、マナの含有量がティアとモココでは圧倒的な差があったのだ。
そう、ライラの魔法ならば、流れ弾が直撃した程度でティアの右腕の自由が奪われるほどの威力があったが、モココの魔法は直撃したところで文字通り『いたい』で済むものでしかなかったのだ。

モココの魔法は未だに解除されず、より広い範囲でティアの周囲には雷玉が浮いていた。
そして彼女がそれを見逃すはずもなく、その全てをかき消さんとさらに杖に魔力を送り続ける。

「アース=リジェクト=フロア!!」

ティアの杖先より、水面に投げられた小石が広げる波紋のようにアース=リジェクトが広がってゆく。

「──モココ!」

「──えっ……!?」

ティアの魔法が床一面を埋め尽くしかねない勢いで広がり続け、それがタマの手前で止まった時、モココの姿は魔法範囲外にあった。
代わりにそこにあったのはライラの姿。
彼は慌てて彼女の元へと転移魔法で移動し、その手で彼女を魔法範囲外へとはね飛ばしたのだ。
半端な防御壁では彼女を守りきれないと踏んだ、ライラなりの苦肉の策だったのだろう。
彼自身も咄嗟にその身に鎧魔法を纏っていたものの、もちろん無傷とはいかない。

ティアの魔法は、彼に突き刺さるとまではいかずとも、彼に片膝を突かせるには十分な威力だった。
一つむせ込むと、ライラは床へと膝から崩れ落ちる。

「……ぐ、だから、お前ではかなわないと言っただろう…バカたれ……」

「──だ!大魔導師様!?
どうして私なんかのために──!?」

「…邪魔だ……早く、帰れ……」

「──!?」

モココの中で、何かが崩れ去った。
完全な足手まとい、邪魔者、役立たず。
大好きな人を守るどころか、守られ、深い傷を増やしてしまった。

悔しさが、音もなく、彼女の目から溢れ出す。

「……うっ……」

それを目の当たりにしてしまったティアはひどいやりにくさを覚えた。
なにもできない自分に対する悔しさ。
サウスパラダイスでティアも同じ涙の味を知った。
そしてそれ以上に見てしまった。
ライラも、モココをどれほど大切に思っているのかを。

「どうして……私はただ……!!」

彼女の口からこぼれたのは、力のない疑問だった。
またも雷玉がその場を埋める。
モココにはそれしかできなかったのだ、魔法はもちろんのこと、状況下に迫られる行動選択もだ。
少しでも役に立ちたい、できることをやるしかない。
半ばヤケクソにも近い行動選択だが、それは彼女がどこまでもティアに近いことを証明していた。

「私はただ……!!」

「いけない!」

駆ける。
光る。
振り抜く。

モココがロザリオにまた魔力を溜め始めた時、彼女のみぞおちにさんごの杖が埋まる。
どうしても退かない彼女を気絶させるために、一気に距離を詰めたティアが勢いのままに杖を振ったのだ。
カエルの鳴き声のような、息の詰まった女性の声と共に、雷玉が姿を消した。


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──終わった──

と、ティアが思ったのもつかの間だった。

一瞬姿を消した雷玉が再生する。

「──なっ!?」

「私は……!!」

放たれ、またも直撃。
が、ティアには大したダメージはない。
一方モココは、ぐらつき、意識が飛びそうになり、呼吸もままならない。
それでもモココは魔法の発動を止めない。
モココの目からは既に光は失われている。
みぞおちへの重い一撃のみですでに半分意識を失っていたのだ。

「もっと……大……様……に」

「やめろ!!モココ!!!」

「まさか……!」

またも、モココは魔力を溜め始めたのだ。
もはや意識などない。
泡の混じった唾液と、血の気が引いていく顔色。
色のない瞳からは、理由がはっきりしない涙が落ち続ける。

「モココさん!……もう……!!」

もう一度。
モココのみぞおちへティアの杖先が入る。

しかし、またもモココは踏みとどまった。

「──なっ!?……モココさん……!?」

「あなたも……同じでしょう……ティアっち……?」

ティアの表情が歪む。あまりの執念に怖じ気付いたのだ。
モココの瞳に光が戻り始めた。
歯を食いしばり、みっともなく鼻水をすすり、それでも愚直に魔力を溜め続ける。

ティアが一歩下がる。

モココが、一歩前へ出る。

「愛する人のためなら……自分の身体なんて……!」

また、ティアが下がる。
まっすぐに彼女へと向けられる力強い瞳に、ティアの足が震え始める。
これ以上はモココを痛めつけることはできない。ティアはこれまでの経験から感じたのだ。
そもそも、ユウやティアの攻撃は魔物の命だって平気で奪える威力だ、気を失わせるためとはいえ、ほぼ一般人であるモココに対して何度も当てて、彼女の身体が保つわけがない。
しかし、気絶もしてくれない。
おそらく、次にまた同じようにモココにダメージを与えたら彼女の内蔵が破裂する。
そこまで読めるほどに、ティアは本気で彼女を殴っていたのだ。

──本気で死ぬ気だ──

彼女から感じる負の覚悟。

なぜ、モココが死ななくてはならないのか。

ライラも退けと命令をし、まして彼女は部外者であり、死ぬ必要はない。
よって、殺すわけにはいかない。しかし、やはり退かない。

ティアは武器を取り上げられた気分だった。
武器を持たず、抵抗を許されぬ彼女は、モココの成すその動きを見守ることしかできなかった。
そんな状況が彼女に恐怖を感じさせる。

「そんなの……間違ってる…!」

「間違ってなんか……ない……!
大魔導師様のためなら……私は……喜んで……。
あなたも、ホモさんのためなら……」

「……!」

ティアは大きな勘違いをしていたことに気づいた。
モココを部外者だと思っていたのは彼女とライラだけであり、モココ自身はライラのために初めから身を削る覚悟で共にいたのだと。
そして言われて気づく。自身も、ユウのために命をなげうつ覚悟を持っていたことに。

だからといって、モココを殺してもいいのだろうか。
自身がモココの立場であれば、殺されても悔いはないだろう。
しかし、ここでモココの命を奪ったとして、自身は後悔しないのだろうか。
またも、彼女には重すぎる選択だ。

自分の命と、他人の命を天秤にかける。

また、他人の命と、他人の命で天秤にかける

彼女はまた身動きがとれなかった。

しかし、モココを殺さなくては、ライラを殺さなくては、ユウだって死ぬ。

抵抗しなければ、もちろんそれでもユウは死ぬし、自分も死にかねない。

命の奪い合いにおいて、無責任な善意や迷いは枷になる。
以前、マリエッタはそんなことを言っていた。

思い悩み、彼女が気がついたとき──

──その左手の杖には魔力がこもっていた。

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彼女にとって、最早無抵抗に近いモココに杖を振り下ろすなど容易いことだった。
あくまでも、身体的な意味であってだが。
精神的にはこれほどまでに重い杖はない。

彼女は今、罪無き者の命を奪おうとしている。

愛する者の為の犠牲。

綺麗事だ、言い訳でしかない。

それでもティアにとってユウはなによりも大切だった。
後悔するかもしれない、けれど、ここでなにもしない方がよっぽど後悔する。

あわよくば、ここでモココが気を失ってくれれば。
思い直して退いてくれれば。

彼女はそんなことを神に祈らんとする勢いで願う。
どう考えてもモココは意地で死のうとしているからだ。
はっきり言って死ぬ意味がない、それでも立ちふさがるし、無視してライラを仕留めに行っても無理矢理自身を盾にするだろうと思うとやはりどうしようもない。
仮にライラを先に仕留めることができても、仇討ちだといい、死ぬまで立ちふさがるだろう。
ある意味モココは、ここで死ぬことによりライラの中に生きた証を残そうとしている。
そして現実は無情だ、彼女は気を失うどころか、ふるえる両手でロザリオに魔力を溜めている。
誰もティアを責めることはできない。
もっと言うと、誰もモココも責めることもできない。

互いの掲げる正義が異なっていた。
全てを救えるヒーローなど存在しない。

結論はその二つだけだ。

「……ごめんなさい、大魔導師様……。
モココは、足手まといで邪魔かもしれないけど、嘘でもいいから、あなたのために生き、死にたかった。
役に、立ちたかったんです……」

「っく……この……バカが……!」

迷いに迷った杖が掲げられ、今まさに振り下ろされようとしたとき──

「──えっ……!?」

「かはっ!?……大……魔…様……?」

──ティアは信じられない光景を目の当たりにした。

まっすぐ、勢いよく、青白く輝く刃がモココの胸から飛び出した。
それは杖を掲げたティアの喉元寸前で止まり、彼女も状況を理解する。
モココの胸をライラの槍が貫いていた。
モココの背後に移動したライラによって刺された魔力の槍は、彼女が膝をつくと同時に光の粒子となって姿を消した。

「え……モ、モココさん……?」

「大魔導師…様?
どう……して……?」

光を失っていく瞳を包み込むように瞼がゆっくりと閉じられ、最期の疑問の言葉を口に、ティアの身体にもたれ掛かるように一度倒れ、そのままずり落ちるように床へと寝込んだモココはそのまま動かなくなった。
ティアは、倒れたモココを黙って見つめる他なく、言葉を失った。
動揺が表れた瞳は細かく揺れ動いている、音の発し方を忘れた唇はかすかに震えていた。

「モココさん…?
モココさん!!」

二呼吸ほど間を置いた後、目が覚めたかのようにモココへと呼びかける。
そして、この場で何度目になろうか

ティアは、またも冷静さを欠いた。

その様子を冷静に遠巻きに見ていた男が1人、口を開いた。
脳天気な疑問系は、タマの耳をビクビクと弾く。

「……はぁ?なんだあれ?
なんでライラさんがモココさんに睡眠魔法なんて……?
しかし槍の形とはまた派手な……
てか、え?
なに?なんでティアもライラさんもあんなに傷ついてんだよ!?」

そしてタマが、モココの登場以上に驚き苦しむのを忘れる。
タマの隣にあった扉が開いていて、中から1人の男が姿を現していた。

「……なっ!?え!?タマ!?お前まで!?
なんだよ!どうしたんだよその傷!?」

黒いローブは所々が裂けていて、その奥に見え隠れするかすり傷の数々より血を流す男。
その悪い目つきはよくよく見慣れたせいか、タマに妙な安心感をもたらす。

「ちょっと待ってろ!今すぐマナ水を……って、あれ?ティアのリュックはどこいったんだ?
あんなでっかいもんがどうして無くなってんだよ!?
……なんだよ、なにがどうなってるんだ……?」

きょろきょろと辺りを見渡す男の右手にしっかりと握られた、見覚えのある宝剣。
それは何者かの血によって所々が赤黒く染まっていた。
そばかす面の剣士はあわててティアのリュックを探しつつ、タマの様子に焦りつつ、意味が不明なティアとライラとモココの様子に眉根を寄せる。

「遅くなって悪かったな、思ったより手こずったよ……。
近づいても攻撃されても身体に変化はあんまり感じなかったからそのまま倒しちまったけど……ひょっとして騙された?」

口元からメイプリルクールの香りを漂わせる男。

──ユウ・ラングレル──

あろう事か、彼はその類い希なる剣の腕を持って黒の魔獣を征してきたのだ。

半ばすがるようにぼやいていたティアの
『メイガスエッジを持ったアリエスアイレス2の剣士が魔獣になんて』
という言葉は、少なからず的を射ていたようだ。


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