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わかってるよ、俺のためにティアを死なせたりなんてしない、もちろん、逆だってそうだ。
俺たちは相棒だからな…お互いのために生きるんだ。
守るとか、守られるとか、強いとか、弱いとか……どうだっていい。
信頼しているくせに迷惑の一つもかけられない関係なんて寂しいだろ?

恥ずかしいとか、みっともないとか、気が引けるとか、大事なことは、そんなことじゃない。
迷惑をかけてもいい、恥ずかしいところをみせてもいい、生きてさえいれば、そんなことはきっと笑い話に出来る。

人はしばしば『死』を美化して語る、そのくせ『生』へのありがたみや美しさを忘れるだけにとどまらず、時にはそれを醜いものだとあざ笑う。

そうじゃないだろ?
失った者に残された結果を、末路を、今ここに見た。
死んじまったらそこまでなんだ、どんなに綺麗に死んでも、だれにも迷惑をかけなかったにしても、格好良くても……死んだら……ありがとうだって言えない、恩を返すこともできない。
やることは決まってた。

生き残る。
醜くても、恥ずかしくても、頼り切りでも。
そばにいる。
なにもできなくても、なにもしてもらえなくても、そこに人の価値がある。
居るだけで、支えになる。
支え合って、生きていく。

本当の意味での最期に、ちゃんと笑っていられるように。

俺には言葉が見つからなかった。
今、目の前にいる人──ライラさん──は教えてくれた、己のあやまちを。
この人とレイラさんがどういう形で引き裂かれたのかは俺にはわからない、けど、さっきからみせるライラさんの偽りのない憂い、優しさ、そしてここに現れている後悔……この人は、自分を責めている。
たとえライラさんが悪かったわけじゃないにしても、この人にとっては、レイラさんにそんな選択をとらせてしまったこと自体が罪だったのだろう。

「……ありがとうございます」

「──っ!
……ああ……わるかったね……」

やっとのことで咽を通った言葉は、単純な感謝だった。


──深くは訊かなかった。
ただ、レイラさんの墓を目の前に憂いた。

ライラさんは、どんな気持ちでここにくるのだろうか。
レイラさんは、どんな気持ちでここに眠っているのだろうか。

わからない、でも、言い切れるのは──

──最低。
それだけだろうな、ライラさんの言葉を借りると。

無言で墓を後にし、無言で森を歩き、ライラさんの家に戻ってきた俺たちを迎えた者──

「あ!ユウ!……それに、ライラさん!?
もう!なによ!トイレに起きたらタマが跳んでったのが見えたから何かと思えば……もう!心配したんだよ!?
こんな時間になにやってたのさ!!」

──屋外ティースペースでピーチクパーチク騒ぎ立てるティアだ。

こんなやかましいわめき声も、死んだら聞けない。

「……しょ、しょんべんだよ!男同士の連れしょんは遠いんだよ!
…それより、ありがとな、ティア。
──…って……ライラさんが言ってた!さっき!
俺は言ってねえ!」

「…っ!…ふっは!くははっ!
そうだな、ありがとな、ティアっち!はっははは!」

「……え!?な、なんの話!?
私なにも……」

「……まったく、恥ずかしがりやがって。
ユウ君からは存在に、私からは供え物にだよ。
私もモココに礼が必要かもな……。
君はもっと素直になれよ、ユウ君。くははっ!」

「うるせ」

月明かりに照らされた困惑の間抜け面は、きっと俺がおもっているよりもずっと大切で、ずっと貴重なものなんだ。
奪っちゃいけない。
…前を向かないとな…。

タマに、鼻先で背中を押された。

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▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

ユウとライラによる、レイラの墓参りから5日間が過ぎた。
その5日間の間にユウの身体のあざは順調に彼の身体を這い上がった。
わき腹、胸、肩、交互に、少しずつ。
その間、ライラが変わった動きを見せることもなく、ユウの警戒心も無くなりつつある。

そんな平和な日々が作った今日、とうとう赤黒い手形はユウの首を絞める形で現れたのだ。
洗面所の鏡の前、とぼけた表情で歯ブラシを動かす彼は、人生最後になるかもしれない歯磨きを念入りに進める。
隣で彼以上に歯ブラシを動かす少女と共に。

「………しゃかしゃかしゃかしゃか」

「…しゅこここここ!ざざざざざざ!……ぞぞ、ぞ?
ぞり……ズゴゴゴゴゴゴ……」

かれこれ二分近く会話がない。
しかしそのとぼけた顔と小難しい顔は、会話以上にお互いの内面を映しあっている。
ユウが口をすすぎはじめて歯磨きを終えようとしたころ。
ここにきて、ようやく少女が言葉を発する。

「…かっかっかっかっか!
…ユウ、体の調子はどう……?」

珍しいことに、ティアにとっては非常に遠慮がちな角度から会話は始められた。

「ぼちぼち」

「……そう。
しゃしゃしゃ!すりすりすりすりすり。
……マナ水……いる?」

「いや、効かないからいいよ」

「……そっか……ぐしぐし」

そして、終わる。

二人は未だ、ユウがもうすぐ死ぬなどというぶっ飛んだ話を信じることなど出来ていなかった。
微妙な疑いと、気合いの入れ方がいまいちわからない現状に、少年と少女は何とも言い換え難い居心地の悪さを覚える。

二人そろって逃げるように洗面所を後にしてたどり着いた食卓。
二人がライラの家に世話になり始めて以来、もっとも豪華な料理達が朝日を浴びていた。
ライラなりの気遣いか、または気まぐれか、明らかに気合いの入った朝食に二人は小さく声を漏らした。

「……来たな。ユウ君、ティアっち。
さぁ、食べなよ、味とボリュームは保証しよう」

「ぅ……わぁ……!
サウスパラダイスのバイキングを思い出すね!ユウ!」

「そうだな……いかにも高級そうな……おぉ…」

一旦はあざのことも忘れ─られるほどに緊張感が欠けている─て、二人はいそいそと席に着いてお互いに顔を合わせて微笑む。
そして、そこにあった『いつも』に足りない者が。
気づき、納得をした二人は話題の種を得て、ここぞとばかりに本番当日特有のギクシャク感をぬぐい去っていく。

「……昨日も飲んでたよね…モココさんは……」

「……二日酔いだろうな……5日酔い?
毎晩ライラさんが一緒に寝てくれないから、毎晩自棄酒だもんな、あの人。
お前大丈夫なのか?絡まれたり飲まされたりしてないか?」

「そこは……ね。
反省してる……」

お酒を勧めるポーズをしつつ軽く舌先を下唇に乗せるティア。
彼女は世渡り上手なのかもしれない。
モココが酒の飲み方を知らないのを利用し、ちゃっかりしっかり毎晩潰して寝かしつけている。

「えぐいな」

ユウの苦笑の裏にある嘲笑。
寝坊だ。
モココが飲みすぎで起きてきていなかった、聖職者にあるまじき失態だ。

「モココの枕元に書き置きを置いてくる。
出かけるぞ。
……準備は、食べたらすぐにすませるといい」

カップに入ったコンソメスープが二人の前に並べられ、ハンカチで手元を拭ったライラが薄ら寒い笑みを浮かべた。
そして、ティアとモココの寝室へと向かっていった。

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その後も結局モココが起きてくることもなく、早々に食事を済ませた三人は、ライラの飼う『黒の魔獣』の元へと足を運ぶことにした。

「タマ!ユウの背後を守ってあげてね!
前方はライラさん、隣は私!
今のユウじゃ獣に合った瞬間に八つ裂きになるからね!見敵瞬殺でおねがい!
必殺じゃ間に合わないからね、きっと今のユウなら獣の鳴き声を聞いただけで爆散する。
見敵瞬殺だよ?」

「なにさりげなくさらに弱体化させてるんだよ……メイガスエッジさえあれば少なくともそこらの獣には負けねえって……つか、八つ裂きはまだしも、どこの世界に鳴き声聞いただけで爆散する人間がいるんだよ……。
人類はマンドラゴラにでも囲まれてるのか?」

「いくらマンドラゴラでも……爆散させる威力はないと思う……」

「………」


家を出る。
二人の脳天気な漫才を耳に、ライラは聞いているのか聞いていないのかわからないような微笑を浮かべ、森の奥へと進んでいく。
忌み嫌われた力によって作られた強力な魔獣、ましてや、人を襲い、喰らい、また力に変えていく凶悪な魔獣。
そんなものを町の中や近くで飼うわけがない、ライラの足取りが、踏みしめる一歩一歩が、魔獣の力に説得力を持たせていく。
すぐにそのことに気づき納得をしたユウは、無表情のままに鞘からメイガスエッジを引き抜いて、木漏れ日に透かす。感触を確かめるように、剣に力を蓄えるように。
翠に染まった太陽は、彼に適度な緊張と過度な不安を与えた。
自分が握る、最後の剣になるかもしれない宝剣、相棒の世界一の剣。
命を預けるには充分すぎる代物だと思う一方で、訪れるやもしれない最後に、頼らざるを得なかったのが結局努力などではなく才能であったことに、ユウは多少のわびしさを感じる。

「そんなに心配しなくたってどうせ勝てないよ。
仮に勝ったところで助かる保証もない、もっと肩の力を抜いて安らかにするといい」

「……たしかに、緊張しすぎるのもよくないよ、ユウ……」

この数日間で、ティアもライラのどぎつい冗談を流せるようになった。
誰がなんと言おうと相棒を信じる。ハナから答えが出ている彼女が、ライラのからかいなど魚の小骨に過ぎないと割り切った結果だ。
もっとも、魚の小骨はよくかみ砕かなくてはならないし、引っかかるし、時々刺さる。
ティアは真面目で素直な分、繊細だ。のみ込み方こそ覚えども、やはりそれは彼女の眉間を歪める程度には不快であった。
かといってそんな不満を口に出すほど子供でもなく、一周してネタにしてしまって乗っかるほどに大人でもなく、どうしようもない小難しい少女は話題を変えることで一歩大人へと近づこうとする。

「ところで……ライラさんはどこへ向かっているのですか?
地図上だと……あ、ごめん、ユウ、地図とって」

一度足を止めたティアの背中、相変わらずパンパンのリュックのてっぺんで丸まる紙切れを無言のままに剣を収めたユウがはぎ取った。
そのまま地図を彼女に渡すことなく、ユウは地図
開いて視線を落とした。

「草原の丘……岩場……か?」

「だ、そうですライラさん、どうなんでしょう?
もぐもぐ」

ポケットから取り出した木の実に食らいつきつつ、ティアがユウから地図を取り返す。
ティアの視線の向かうところはユウが落としたすぐそば、グレーの色がついた箇所。
レイラの墓のある草原を超え、川を超え、岩場があり、山になり、ずっと先に集落の絵が描かれている。
距離としては、昼下がりには到着しそうな距離だ。
というと近場に思うかもしれないが、現在の時刻から考えるとなかなかの距離がある。
これだけの距離がある場所だ、街の人間はなかなか訪れないだろうし、旅の人が通るにも、少し面倒な場所。
岩場であることも味方し、つまるところ、人のいない場所だ。

ユウとティアの前を歩く身体は、顔と視線だけを振り返らせて、非常に柔和で女性的な笑顔を浮かべる。

「『飼うには』…ちょうどいい場所だと思うだろ?


こんな人気の無いところが
『ちょうどいい』
と言うのだ。
二人の反応は当然

「「………」」

困ったような、雑な笑顔を突き合わせるものとなった。

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道中、再三に渡り獣や魔物に襲われた一行であったが、どれもこれもが三人とタマの敵では無かった。
もっとも、ティアは慌てすぎでとてもではないが戦力には数えられる状態にはなかったが。
呆れるユウと、にやにやと笑いつづけるライラであったが、誰よりも先に敵の接近に気づいていたのが彼女であったことも紛れもない事実である。
ティアは、ユウの危機とあらば手を抜かない。

彼方に岩場が見えてきたころ。
身体が弱っても全く錆びつく様子を見せぬユウの剣に、ようやくティアも彼の周りを魔法壁で囲う程度には落ち着いていた。
相変わらずユウを守ることに精一杯になりすぎて攻撃参加には至らないのはご愛嬌、最終的にはまさかのアース=ウォールで魔物を弾き飛ばす荒技をやって見せた。

「……ふぅ、それなりの魔物が結構いますね……私がいなかったら今頃ユウはハンバーグだった……」

「そうだな、いろんなところから急に現れる壁魔法で危うくミンチだったぜ……。
ったく、防御魔法で魔物をぶっ飛ばすなんて……盾で殴ったり鎧で突進するタイプだろ、お前」

「マナさえ安定していれば盾はともかく、鎧など重りでしかないけどね。
さぁ、ユウ君、ティアっち、あそこに白い一帯が見えるだろう?
……目的地だ」

「「……遠い」」

ライラの指さす彼方はおろか、周りのまばらな木々とくらべてみてもそこそこの幅のありそうな手前の川でさえ三人の地点からみると髪の毛ほどのだった。
ようやく半分といったところだろうか。
ここで、ティアの頭に疑問があがる。

「そういえばライラさん?
モココさんへの書き置きはなんと……?
彼女のことです、ライラさんと私たちが自分を起こさずに遠くへ出たら
『ずるいよ!私も大魔導師様とデンジャラスなピクニックをしたい!』
とか言い出してあてもなくあの危険地帯を走り回るのでは……?」

三人とタマだったから平気だったものの、ここらに生息する魔物や獣もそれなりに屈強であった。
ご機嫌な様子のタマがその事実を客観的にも証明している。
不安そうなティアに、ライラは驚きの一言を放つ。

「ああ、モココか。あいつなら大丈夫。
ああ見えて、彼女は一つだけ強力な雷魔法を使えるからな」

「はい!?」

「頭も良くないし、魔法の理論もちんぷんかんなモココだけど、たった一種類のその魔法だけで彼女は街一番の雷魔法の使い手さ。私を除くと、だけど。
一応目的地だけは教えてある」

「……え……
モココさん、あの人、闘えたんですか!?
あんなん……っていったらあれですけど、私てっきり……」

「仮にも神を信仰する人間だ……魔法ぐらいな。
まぁ、普通ならヒーラーを志す者が多いんだけど、あいつは……モココだし……」

「……そうですね、モココさんですし」

「お前、それ失礼じゃないか?
でも……まえまえから疑問に思ってたんですけど……神を信仰しているからこそ…魔法とかって御法度じゃないんですか……?
それこそ、教会側が数百年前に『魔女狩り』なんて……
──っ!?」

ライラが唐突にユウの言葉を遮った。
言葉でも、ジェスチャーでもない、それは、殺気だ。
一瞬、ほんの一瞬であったが、ライラの眉間にしわが寄り、歯を食いしばり、明らかな『怒気』が漏れた。
ユウの気のせいではない、ティアですら、反射的にライラに杖を向けていたほどであるのだから。

─ふっと、瞬時に怒気と殺気は姿を隠し、冷や汗を額に浮かべた二人はタマの鼻先で我に帰された。
異様な不自然さであったが、今まで通りの笑顔を浮かべたライラが言葉を落とす。

「あー、悪かった、二人とも。
昔の教会には少し嫌な思い出があってな……驚かせてしまったかい?
……ユウ君の言うとおり、『魔』は教会の敵だ。
でもな、実質魔術も神術も大差はない……にも関わらず、魔術は過去に迫害された歴史があるよな……都合の良い話だ、教会側が魔術を使おうとも彼らが『神術だ』と言ってしまえばそれは悪から正義になる。
まぁ、今となっては魔術も神術も一緒くたにされて迫害も差別もないからね、信仰心が強い者は魔法を志すきっかけにする者も多いって意味さ。
全く『良い時代』になったもんだよな……ふふ……」

ライラの顔に浮かんだ微笑みには多分な皮肉が含まれていた。

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河を超えた。

それまで、三人は無言を保っていた。

『魔女狩り』
その昔、魔法や魔術の研究、行使をした者を理不尽に虐殺した社会現象だ。
実際に魔女ではない者も、疑いをかけられた段階で死刑と同義であった。

詳しい魔女狩りの経緯については、魔法に通ずる者達の間では一般常識に当たる。
したがって、魔法の常識を身につけているユウも魔女狩りについては知っている。
文字にするにも残酷で、卑劣で、理不尽な内容ばかりだ。
過去に起こった不当な魔女裁判が原因で、大国と魔法使いの集団とで戦争も起こった。
これらの戦争が各地で起こったため、魔女狩りが行われていた時代は世界の人口の3分の1が減ったとも言われている。
数百年前の段階では、魔法の存在自体は既に常識ではあったものの、用途が魔物の召還や、破壊と殺戮に偏っており、現在のような『電気』と同じような、いわゆる『便利現象』ではなかった。
元が、魔王やその側近の術を人間が真似たものであったが故だ。
魔王に対抗するために研究がすすめられたそれが、皮肉なことに人間同士での争いの火種となる。

魔法に関して理解や知識の無い上級層が、いつしか魔法によって立場が脅かされると危惧した結果、魔術の根絶を謀って執り行われたのが魔女狩りなのだ。

先ほどのライラの反応をみたとき、彼もまた魔女狩りの被害者なのだろうと、ユウはすぐに気がついた。
だからこそ、ユウはそれ以上には語らなかった。
ティアもユウの雰囲気から察した結果、無言が保たれていたのだ。
まだまだ目的地までは距離がある、無言に気まずくなってきたころ、三人の中では比較的意外な人物が口を開いた。

「私の故郷はな、魔女の里なんだ…」

「「──っ!」」

ライラが、突然話を始めた。
ユウもティアも、驚いて丸い目を合わせる。
本人が一番触れたくはないだろう話を、よりにもよって、このタイミングで自ら話しはじめたのだから。
案外この人は空気が読めないのかもしれない、そんな考えすらも、二人の頭をよぎった。

「……魔女の……里?」

しかし、せっかくだからと、ユウも話を聞くことにした。

「──あぁ、そうだ。
聞いてくれるか?ユウ君、ティアっち」

無言でうなずく二人を一瞥し、ライラはまた前を向いて、独り言のように話を続けた。

「ユウ君、あんたは知ってるだろう?
魔法の元祖が魔族の術で、魔女狩りの原因になったのも、コピー元が魔族であったという事実だということを」

「…え、えぇ。
確か、人間が魔族に対抗するために研究したのに、お偉いさんたちが、魔法使いは魔王の手先だとか、なんかデタラメをながしたのが魔女狩りの始まりだったんでしたか…。
狩られる魔法使いたちも、ただただ黙って虐殺されるわけにもいかず、魔法で抵抗した結果、世界を揺るがす大事件になったんでしたよね……」

「……そうだ。さすがだな、よくわかってるじゃないか……」

「……魔法の黒い過去として、常識ですよ」

「…だがな、魔女の里はな、そんな世間の常識とは関係のない領域でひっそりとまわっていた」

「……?」

無言で小難しい顔をするユウに、めずらしそうに驚くティア。
ティアは知っている、魔法に関しては、ユウの知識が凄まじい事を。
毎度毎度自分の知らない魔法の世界を、悪い目つきをきらきらさせながら語るユウが、魔法の話で首を傾げているのが意外だったのだ。
ひとつ、自嘲気味に笑ったライラが話を続ける。

「魔女狩りで狩られていた『魔法使い』はな、普通の人間が魔法を身につけた、いわゆるあんたらみたいな者達を指すんだ。
そいつらの魔法の元になったのはやっぱり魔族の魔法が元だ」

「……どういうことですか?」

「私が、普通の人間じゃないってことさ」

「──!?」

「モココの事だ、たぶん話していただろう?
私は生まれながらの魔法使い。
千年以上は軽く生きるだろうし、魔力の本流がそもそも魔族の術のコピーじゃないんだよ。
私たち魔女の一族は、魔王なんかが現れるよりもずっとずっと昔から魔法を使って、研究して、物事に役立てていた。
昔の人間は私たちを『神の一族』としてもてはやして、今で言う魔法のことを『奇跡』や『超能力』と呼んでいたな」

「……」

「だがな、そんな力だ。
あんたらが察しているように、私たちの力が戦争や政治に利用されるようになった。
もちろん、協力しないものは殺されたりすることもあった。
いくら特別な力を持っていようとも、剣で斬られたり、槍で刺されたりしたら私たちだって死ぬからな。言ってしまえば魔女狩りの走りだ」

「…そんな…」

悲しそうに眉根を寄せるティアに、ライラは優しく笑いかけてさらに続ける。

「だから、私たちは身を隠した。
最後に人間に利用されていた同志は戦争で討ち取られたと聞いたな。
私たちは、人間に見つからない場所に里を作り、魔女たちだけでゆっくりと暮らしたのさ。
それが、魔女の里だ」

「なるほど……」

「でも…あんたはもうわかってるだろ?ユウ君?
そうだ、魔女の里は、魔女狩りの時に人間に見つかり、滅ぼされた」

「……やはり、そうでしたか」

俯き、声を小さくしたユウの気持ちを察したのか、またもライラは優しい声で話し続ける。

「……気にするな、あんたはなにも悪くないだろ?
しかし……ひどい……ものだったな……。
私たち魔女は女系の一族だ……里が襲われたとき、なにが起こったのかは想像するに容易だろう。
ティアっち。あんたも女なら許せないだろう?
そういうことが起きたし、やはりみんな、みんな……殺された……」

「なんてことを……」

「だからな、私はやはり教会を恨んでいる……いや、人間なあんたらを前に言うのもおかしな話だが……私は人間を恨んでいる……」

「「………」」

「悪く思うなよ……たくさん、たくさん失ったんだ。
理不尽に、惨たらしく、悲惨にだ。
………湿っぽくなって悪かった、ほら、もうすぐ目的地だぞ。
ユウ君、そんな顔をしていないで、そろそろ気を引き締めた方がいい」

「……うす…!」

三人の足下から草が減り、砂利が増え始めている。
見上げるほどの大岩、歩きにくい、小石の道。
広い広い、白と青。

岩場地帯にたどり着く。

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見渡す限りの無機質に息を飲んだ二人、ライラが指を指した先にあったのは、異様な大きさの一枚岩だ。
二人とタマはライラについてその一枚岩のもとへとたどり着く。
切り立つ崖のごとく、圧倒しつつ青空に食いかかる白壁。
首が痛くなるほどに見上げ、感嘆の声を漏らす。
大きさだけならライラの街の教会にもひけを取らない高さ、幅、奥行き。
ユウとティアは意味もなく目を細め、眉間にしわを寄せながらぽつぽつと自由な感想を捨てていく。

でかい、無駄だ、岩おばけ、上で犯人が追いつめられる、素手で登り切ったら100万F、ずるいよ私も上からやっほーしたい、ふざけんな、タマ4跳び分etc.
とにかく自由にぶん投げてゆく。

そんな二人を余所に、ライラはブツブツと理解不能な呪文をつぶやき始める。
狂った、怖い、人語じゃねえ、ひそひそと、自由な感想箱にされてもめげずにライラは呪文を続けた。
徐々に、ライラの声に引きずり出されるように岩壁の肌に、紫の光を放つ古代文字が浮かび上がる。
ミミズみたい、すげえ、なんかやらしい、あれはきっと数字、いやいやあれは魔法式、いやいやと、二人は自由をやめない。
一通り呪文の詠唱が済んだ後、ライラが岩肌に手のひらをそっと置いた──

──と同時に、二人は肩を跳ね上げることとなる。

盛大な打岩音、飛び散る白い破片に右腕で顔を覆うティア、それを庇うように一歩前へ出たユウ。
なんと、ライラが手を置いた箇所から突然岩壁が崩れ落ち、岩のトンネルが現れた。
中は、以前ユウとティアがタマジローとともに出向いた遺跡と同様、不思議な炎によって明るさが保たれていた。

「「………」」

「ん?どうしたんだい?」

ぶんぶんと、首を左右に振る二人にそっと微笑みかけ、ライラが歩みを進めた。
トンネルの奥は行き止まりで、質素な木製扉だけが置かれている、なんの抵抗もなく普通に扉を開けて奥へと進んだライラに続いて二人も扉をくぐる。

「「──!?」」

「どうだい?広いだろう?しかしここはまだこの岩の中の空洞の入り口に過ぎない」

一枚岩が、卵の殻でしかなかった。
言葉を失うユウとティア、二人の前方180°に広がるスペース、妖精の村なら500は容易に収まってしまいそうなほどの広さの空間に、二人は見回すことしかできない。
すたすたと奥へと消えていくライラを見失わぬ様、あわててついて行った先、またも大きな壁が立ちはだかる。
そこで二人を待っていたもの。

大きさこそ普通ではあるものの、装飾過剰な扉が一つ、闇に浮いていた。

どこを見ても岩、岩、岩でしかない一枚岩の内部ので、その場違いな金と白の輝かしい装飾が得も言いしれぬ不気味さを醸し出していた。

「ついたよ。この扉の奥で、私は黒の魔獣を飼っている」

「……ついたよって……こんなにあっさり……」

「はっはっは、ユウ君、あんた、私が飼っているって説明をしたにも関わらず、魔獣に会うのに大冒険でもするつもりだったのかい?
それとも、ちょっとばかし演出が足りなかったかな?」

空洞に笑い声を響かせ、涼しい顔で冗談をかますライラとは対照的に、ユウはというと、手の甲で頬の汗を拭っている。
脂汗か、冷や汗か、光る滴を垂れ流し、歯を食いしばる。

「……ユウ……?」

ティアが心配そうなのもそのはず、明らかにユウの様子がおかしい。
はやる気持ちを抑えるような、無理矢理閉じこめる様な、理性が暴走を抑えるかの様にユウの息があがっている。

「その証拠に、感じるだろう?
一つになろうとする、黒の本能を」

「……黒の、本能?……いや、まってください、冗談じゃない……。
……意識が……こんな……状態で、勝てるのか……?」

「安心しなよ、仮に理性が飛んでもあんたは本能で動き続けるだろうよ。
その邪魔な理性が飛んだらあんたは立派なバーサーカーだよ、文字通り、魔獣との力比べさ」

「そんな!……理性をなくしたら戦うなんてとてもじゃないけど……!
ユウ?!大丈夫なの!?すごい汗の量だよ!?」

「……バーサーカーって……はぁ……う、な、治るんじゃなかったんですか……?
近づくだけで……!
そんなの……聞いてな……うぐっ……」

とうとう、片膝が床につきたつ。

「ユウ!?
ら!ライラさん!!こんなんじゃ、とてもじゃないけど……!!」

「言ったはずだよ、甘くはないと。
ましてや、保証もないとね……あくまでも確率が0ではないだけだとね。
……でも、わかってるだろう?
そうだ、それが正解なんだ……」

「……う……くそ……やっぱり……あんたは……!
ちくしょう……!
……治ったら……はぁ、はぁ!
土下座!させてやるっ……!!」

「そうだな…後は、やることは事は一つだ……
さぁ、ユウ君、死んでしまえ!!」

「──あっ!ユウ!?待っ──!!!」

右腕から魔力を解放したライラにひかれて扉が開け放たれた。
暴走し始めたのか、それとも理性が保てる内に片をつけようと踏んだのか、ノータイムでメイガスエッジを引き抜き、それを構えたユウが闇へと消えた。

最後の言葉を伝える間もなく、ティアの前から姿を消した。

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ティアがその後ろ姿を追うことさえ叶わず、声をかけることすら許されず、扉は無情にも大きな音を響かせた。
音は、それしかない。

「……そ、そんな……ユウ……」

二人が出会って八年。
いままでも、大なり小なり数え切れないほどの『ユウとの別れ』を彼女は超えてきた。
そしてこの時、ティアは今までのどんな別れ方よりも淡白な背中を見送った。
いつもの手合わせが終わってからの『さよなら』
どちらかの家で遊んで、夕方帰り際の『さよなら』
あの夜、泣きながら反対をした『さよなら』
街で二手に分かれたり、ホテルで部屋に戻るときの『さよなら』
いままでの大事なさよなら、どんな他愛もないさよならも、もっともっと、色があって、味があって、表情があって、感情のこもったさよならだった。
しかし、今回は違った。
かけられる言葉も、かける言葉もなく、会釈もアイコンタクトもない。ティアは単に唐突に突き飛ばされた気分だった。
そして、次にまた会える保証は──ない。

絶望しか残っていなかった。
呆然と立ち尽くし、小さな肩を震わせた少女の足下に一つ、二つと染みが広がる。

「こんな……これで……終わりなの……?
もう……あえない……の?
……ユウ……」

少女がうつむき、染みを確認する、視線に手のひらを入れると、みるみるうちに手のひらが濡れていく。
あまりにも唐突で理不尽な『さよなら』だった。
彼女は分かっている、自分が、自分だけは、ユウを信じていなくてはならないことを。
そうしていないと、自分を保てなくなっていることを。
しかし、喉につっかえた小骨がとれない。

─死、別れ、最後─

それだけが、頭を埋め尽くす。

「そんなわけない……ユウは、帰ってくる!
メイガスエッジを持った、アリエスアイレス2の剣士が……魔獣になんて……魔獣になんて……!」

虚ろな視線で自分の手に落ちる悲しみを眺め、呟くティア。
しかし、言うだけだ。
皮肉な事に、彼女自身の濡れた瞳から溢れるそれが、なによりの諦めの証だった。
やはり、扉の奥からは物音のひとつもしない。

「あきらめろよ、ティアっち…。
乙女に呪われた時点でもう手遅れだ、そもそも、彼は死んでいたんだよ」

静寂を破る心ない言葉の刃が、崩れ始める少女の心を抉る。
あまりの理不尽と冷酷さに、ふつふつと、ティアの腹底が熱を帯びる。
掌の滴を握りつぶす。

─怒り─

単なる八つ当たりでしかないことは本人も分かっていた、しかし、おさまらない。

「──!!」

「──っ!?」

いつでも挑発的で、ここへきていまだに微笑を浮かべるライラの胸元にティアが掴みかかった。

「っ!……なんのつもりだい?
ティアっち、苦しいから離してくれよ」

「デタラメ言わないで!!ユウは死んでない!!!死なない!!
あなたに!!あなたにユウの何が分かるっていうのよ!!!
何も!何も知らないくせに!!軽々しくユウが死ぬとか言わないでよ!!!」

スカートの端を遠慮がちにタマに引っ張られ、我に返ったティアは、ライラの胸元から手を離した。
それでも収まらぬ怒りを全身から放ちつつライラをにらみつける。

「説明してください!!どういうことですか!?
ここに来てユウがおかしくなった!あんなふうになるなんて説明してなかったじゃないですか!!
私たちのこと!騙したの!?」

「……騙した……?
何をいってるんだ?ティアっち。
私は最初から正直に、ずっと、正しい結果を伝えていたじゃないか……
『彼は、必ず死ぬ』とね。
信じなかったのはあんたらの勝手で、私はそれっぽい案を提案してやっただけじゃないか」

「ふざけないで!!!私が聞きたいのはそんなことじゃない!!!
あなたは!!最初からユウを助ける気なんてなかったんじゃないのかって聞いてるのよ!!!」

「助ける気はあったさ、けど、正攻法は不可能だったからこうしたわけで、あんたも同意しただろう?」

「……っぐ!!」

ティアはなにも言い返せない、ライラの言うとおりだったからだ。
彼女は、己の無知を恨むしかなかった。
ほんとの本当にどうしようもないときはティアは諦めが早い。というより、すぐに次善策を出せる。

『この人はダメだ』

すぐさま頭を切り替えたティアは、ライラに一つ提案を持ちかける。

「もう……いい。
あなたに助けられないのは当然。
ユウは……私が助ける!!
タマ!!」

ティアの指さす先と、その声に反応したタマは、扉に向かって轟槌犬牙を放つ。
扉を破壊し、ユウの救出に向かうことにしたのだ。

が、しかし──

「──っ!?
タマ!?」

──タマが扉の封印に弾かれた。
扉にぶつかった途端に、扉が光り、黒い電撃の様な光がタマの身体を傷つけた。
とばされ、受け身をとったタマは二つ首を振ってから再度突っ込んでみせるが結果は同じ。
特殊な結界に護られた扉は傷一つどころか、タマが触れることすら叶わない。
何度も何度もぶつかり、傷つき、首を振る。
タマも必死だ、ティアの言うことには間違いがないこと知っているから。
ティアがライラからの支援をあきらめたとき、ティアもタマも、目的は一致した。

─ユウを救い出す─

これが、今のティアとタマにとっての最優先事項となった。

「はっはっは!なにをやってる?ティアっち!
そんな物理的な力で、私の魔力が破れるとでも思っているのかい?
いいさ、努力をするといい、中の魔獣の、黒の魔力が強まった頃合いを見計らって結界をといてやるよ。
相方の骨ぐらいは拾わせてやる!」

「タマ!下がって!!私もやる!!」

黙って見ている場合ではないと、焦りを覚えたティアはユウから預かっているさんごの杖にありったけの魔力を込める。
花翡翠の魔力球がマジックフェアリーの何倍もの輝きを放ち、収まる。
一つ間をおいて、空間が揺れ始めた。

「──っな!?なんだ!?この魔力──っ!?」

「ユウ…まってて!いま!すぐに──」

ライラに背を向け、ティアは杖を構えて扉へと駆けだす。
明らかな動揺を見せたライラに、タマが気を配り──気づく。

あわててタマはティアにタックルを入れて射程外へと弾き飛ばそうとするも間に合わず、悲痛な少女の叫びが岩壁内にこだました。

ティアの背中には、魔力でできた槍が突き刺さっていた。


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「っああああっ!!?」

突然の衝撃を背中に感じ、押され浮く感覚を覚えたティアはわけもわからず悲鳴を上げる。
さすがのライラも突然のティアの行動はもちろん、その規格外の魔力に驚かされ、冷静さを欠いていたようだ。
彼のその焦りと驚きが、判断を鈍らせ、ティアの命を刈り取り損ねる結果となる。

「──っな!?」

爆音、爆光、爆煙、響きわたる悲鳴と耳をつんざく炸裂音、目にも五月蠅いド派手なリアクション。
ライラの顔に硬いものが当たり、その女性じみた美しい顔を歪める。あめ玉の破片だ。
続けて煙の中からガラス瓶の破片、マナ水の水滴、はまぐりの浜、様々なものが辺りに飛び散る。
あまりの出来事にライラの頭は疑問符で埋まる、そう

──ティアが突然爆散したのだ──

もちろんライラ本人は魔法に爆発の術式を加えたりはしていないし、ましてや普通の人間が槍の魔法を受けたところで爆発などしない。
ライラは知らない。ティアのリュックの中身を。
ライラは慌てるあまりに忘れていた。ティアが、パンパンのリュックを背負っていた事を。
駆けだすティアに後ろから慌てて魔法を投げたのだ、魔法がティアより先にリュックに当たるのは当然。

そして、ティアのリュックは危険品だ、爆竹、爆薬癇癪玉、煙玉、菓子、女子の嗜み、男子への気遣い、暇つぶし、ロマンetc.
何でもかんでもパンパンに詰まっている。
その中身に魔法が触れたとき、高密度で詰まった品々の数々が強固な盾となり、爆発がクッションとなり、飛散するティアの楽しみが混乱となった。
当のティア本人も混乱している。
「ぬわあああああっ!?」と、声を上げながらリュックの爆発に弾かれた彼女は顔面から扉の結界に突っ込み、弾かれ、床にひれ伏している。
そしてライラからそんなティアの状況も確認しきれていない。

──ライラに隙ができた。

冷静なのは全てを見、知っているタマ。
その混乱と隙に乗じ、飼い主─仲間─二人に害を与えられた仕返しを容赦なくぶつける。

「──っあ…」

ライラが気づいた時には既に遅い。
茶色の煙幕から顔を出した、銀光りするクリーム色、巨狼。
ライラの腹部に三本の爪痕が走り、十字に爪痕は倍になり、重く、鋭い頭突きがさらに突き刺さる。

「っっっ!?……ぐふっ……!!」

普段、情に無関心に見えるタマにとっても、やはりユウとティアは特別だったようだ。
血しぶきをあげつつ吹き飛ぶライラに対し、その場に音もなく着地を見せたタマは、ティアと扉を護るようにして立ち、巨大な身体をさらに巨大に見せるように張り立つ。
美しい剛毛を逆立て、明らかな怒りと敵意をもって、珍しいほどのうなり声を上げながら、真白く鋭い牙を食いしばった。

「……っつつ……え?
……タマ……?」

「っつあ…っ!
くは……この……犬っころめが……がふ……!!」

剣士服についた埃を払いつつ、幸い大した怪我もなかったティアが起きあがる。
辺りに散らばる彼女の愛用品の数々と、普段は見ることのないほどの怒りを露わにするタマに、ティアは状況確認を済ませた。
ひれ伏すライラと、そこに向けられるタマの敵意。

─明らかに邪魔をされた─

またティアの頭は疑問で埋まる。
なぜ、ライラはそこまでしてユウの死にこだわるのだろうか。
なぜ、邪魔をしてまで彼の救出をさせまいとしたのか。
彼女には心当たりがなかった、どう考えてもユウに非はないし、ユウが死んだからといってライラが得をするとも考えにくい。
しかし、間違いなくライラはユウを殺そうとしている、直接ではなく、間接的にだ。
わからないことがあったら、恥ずかしがらずに人に聞く。
重要な事だけは彼女は忘れない。

「どうして…?
ライラさん、おかしいですよ!何であなたがユウを死なせようとするのですか!?
なんでそこまでしてユウを死んだことにしたがるのですか!?
……ちゃんとした理由があったところで許せるわけはないけど!納得がいきません!!」

素直な混乱が吐き出される。
当然だ、ユウが殺されなくてはいけない理由がないのだ。
二人はたまたま道に迷い、たまたま館に足を踏み入れ、たまたまユウが呪われ、たまたまライラに出会い、たまたまライラが黒の魔力に詳しかったから協力を仰いだ。それだけだ、そこに個人的な感情の介入がないのはもちろん、ライラだって研究目的で手を貸しているのだから、必ずしもユウが死ぬことがプラスになるとは言い難い。

しかしライラは黒の魔力の暴走という、ユウの生存に関する重要なエッセンスを隠していたどころか、危険を感じて救出に出たティアを殺そうとまでしたのだ。

行動以上に理不尽と不可解が見え隠れする。

説明を求めたティアの耳に入ってきたのは、やはり彼女を小馬鹿にしたような笑い声。
これにはさすがのティアも怒りや困惑以上に不安を覚える。
『狂っている』
彼女はただ、血を流しつつ笑い続けるライラに対してそれだけを感じ取った。

──っくふふ、ふはははははっ!!私が?おかしいだって?!ティアっち!!
くははははっ!
そうか、そうだよな!おかしいだろう!?
突然!理由もなく!他人の命を奪おうとするんだ!有り得ない話だろう!?
くっはははは!!!」

「…っぐ!な!なにがそんなにおかしいの!?
なんで……なんで……わかってるくせに、笑うの!?
やめてくださいよ!!」

「そうだ、そうだろう?!許せないだろう!?納得がいかないだろう!?
だったらわかるはずだ!!あんただって今すぐにでも私を殺したいだろう!?滅ぼしたいだろう!?憎いだろう!?
私はおかしくなんかない!あんたと一緒じゃないか!
敵討ちの一つを目論んで何が悪いと言うんだ!!
答えろ!ティアっち!」

「……敵……討ち?」

ライラのダメージは見た目以上に大きかった。
不意打ちで、ましてや強化されたタマの連撃をモロに受けたのだ。
もちろん彼自身もそれを自覚しているし、彼は魔導士だ、この状況を打開する強力な魔法を使うための魔力を溜めるのと、マナによる体力の回復のために時間稼ぎがしたかった。

そこへ来ての、ティアの困惑。

ライラにとっては都合のいい休憩時間だ、あわよくばここで時間を奪うことでユウの死も待てる上、うまく行けばティアを言いくるめる事だってできるかもしれない。
そこまで考えたライラは、ティアを相手に語ることにした。
過去を、恨みを、目的を。


──彼女を殺すのは、それからでも充分だと思ったからだ

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「……妹だ……」

「───!?
妹って!?まさか!……この前話してもらった……!?」

「──そうだ。
レイラは死んだ……殺されたんだ……!」

「……な……え?
……ころ……された……?」

──すっと、仮面をかぶるように、左手を顔に当てつつ立ち上がったライラの表情には、先ほどのような笑みや笑いは含まれていなかった。
突然炎が消えるように、煮えたぎる熱湯に氷の破片を落とすように、自然と姿を消す。

真顔だ。

言葉に表すならばそれのみで充分だが、ティアは真顔以上の何かをその表情にみる。
明らかな怒り、諦め、悲しみ、絶望、あらゆる負の感情をうまく表せず、混ぜ合わせることができなくなった結果、仕方なくその表情をかぶったように見えた。

先ほどから理解に苦しむほどの異常が絶えないライラに対し、ティアは恐怖心すらをも覚える。

──まともじゃない。

ライラの落ち着きと自身の混乱との解決への鍵探しに、ティアは黙り、男の言葉を待つ。
ふらふらと揺れつつ、笑いをこらえるような、怒りにふるえるような、時々嗚咽の混ざるような声で、しかし、落ち着き響きよく通る声で、彼は話を始めた。

「ユウ君には話した。
夜泣きダケは、彼女への供え物だ。
涙を枯らした私の代わりに、負の感情を声にしてくれるもの」

「………」

「少し、昔話も交えてユウ君の死を待つことにしよう」

「……ユウは……死にません……!」

ティアも、多少は落ち着きを取り戻した。
なにはどうあれ、ユウの救出に向かうにはティア自身が動かなくてはならない。タマの魔力のこもらぬ攻撃では扉の封印は破れないと見たからだ。
さらに、扉の封印破壊をするのに絶好の機会をティアは失ってしまっている。
最大のチャンスであった先ほどの破壊をライラに邪魔され、意図は見破られている。
ライラ本人が手負いとはいえ、このにらみ合いからの状況では彼が破壊を簡単に見逃してはくれないだろうと彼女は悟る。
タマに時間稼ぎをしてもらおうにも敵は未知数、ひょっとしたらタマですら歯が立たずに沈むかもしれない、そう思うとティアは迂闊に2対1のこの状況を崩したくはなかった。

そして、動けない。
案の定、にらみ合いからではライラに隙などなかった。
むしろ、一瞬でも隙を見せたらすぐにまた何かが飛んできそうな雰囲気すらを彼女は覚える。
先ほどは偶然にもリュックに守られたが、次は後がない、下手なミスはできない。

互いに動かぬままに、ライラの語りが始まってしまう。

扉の奥のユウを信じ、ティアは現在の状況を打破することに全力を注ぐことにする。

「私は、レイラを救うことができなかったんだ」

「救えなかった……?」

「私はレイラに命を救われたんだ」

「……ですから、それがユウの死と一体なんの──

「まぁ、まてよ。
これからそれも踏まえて教えてやるよ。
もちろん……じっくり……時間をか──っ!!?

ライラの横顔を、炎の矢が掠めていった。
間一髪で避けられたその矢は彼の髪先を焼き、高速で岩壁奥の行き止まりまで抜けきり、当たり、巨大な爆音と爆発光を放つ。
ティアが、怒りの表情でライラを睨みつつ歯を食いしばった。魔法を放ったのだ、自分に隙ができるのを覚悟で、高速詠唱で、且つ発動の早い低級魔法を。
着弾点では一部の岩壁が崩れ、外からの陽光が差し込んできた。
魔法の常識的に考えても、普通の低級魔法ではあれほどの速度と射程と威力は出ない。
ライラの真顔が渋みを帯びる。

「──っ!
………前々から思ってたけど、あんたの魔力──

「御託はいいからさっさとして!
あなたがなんだろうと、呪いがどうだろうと、ユウのことは私が死なせない!!
まだ関係のない話を続けようというのなら、動きながら勝手に喋っていればいい」

火がついた。
一度切り替えるとティアは早い。

──埒が明かない──

直感でそう感じ取ったティアは、問答無用でライラを黙らせることにした。
ユウを殺そうとする理由など、ユウを救った後で聞けばいい。
最悪、そんなのを知らずとも、ユウさえ助かればどうでもいい。
判断とともに、そんな彼女の焦りもこの行動には含まれていたのであろうか。

彼女が握り直したさんごの杖。
真っ直ぐ、ライラへと向けられた花翡翠の魔力球。

──七色の光が現れる。

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「フルカラー=アロー……」

魔力を溜め始めたティアに、ライラが一瞬青ざめる。
悟ったタマはあわててティアの背後にバックステップ。

──逃がさない──
そんな声が聞こえて来そうな魔力のうねり。実際逃げ場がなかった、まだ詠唱段階であるにも関わらず、その魔力がいかに広範囲で高威力に及ぶかが目にも浮かぶ。
逃げようにも、今更転移魔法の魔法など発動が間に合わない。さらに手負いの状態では避けきれないとライラをあきらめさせるのにも充分な魔力。
みるみる魔力が膨れ上がり、ティアの背後に無数の魔法陣が浮かび上がる。
この間──二秒。

(異常だ…!)

結局ライラが思考できたものはそれのみであった。
『普通の詠唱じゃない』
彼は恐怖すら覚える。
それは魔法やティアへの恐怖なんかではなく、もっと直接的な『死』の恐怖。
これほどの魔力のこもった魔法陣を、これだけの数で用意しようとすれば一流の魔法使いでも最低十秒はかかる。それにそれはあくまでも仮定であって、現在ティアの背後に浮いている魔法陣の魔力はそれ以上の底知れない何かを彼に感じさせる。

──歩く魔導兵器──

そんな冗談みたいな表現も冗談にならない少女。
あわてた彼にできたことは、反射が成した半端な詠唱の全方位防御壁のみ

「スクランブル!!!」

「───っ!!!」

ライラを中心に半球半透明の緑の魔力が広がると同時にそれは放たれた。
ティアの背後の魔法陣から、様々な方向へ向けて魔法の矢の花が開く。
まるで孔雀が飾り羽を広げるように一瞬で彼女の背後を埋め尽くす。
それからはもう滅茶苦茶だ、流星群とも、衛生とも、花火とも、放射状とも、真っ直ぐな線とも、放物線とも、関数曲線とも表現できる、幾重にも折り重なり、交ざり、炸裂し、破壊する数多の矢。矢。魔法の矢。

燃えさかる炎の矢。
凍らせる氷の矢。
貫く雷の矢。
触れるものを焼く、酸の矢。
抉り、切り裂く、風の矢。
砕き、砕け、打つ、石の矢。
動きを奪う、重力の矢。
音速で駆ける、振動の矢。
血を吸って成長する木の矢。
自由に流れる水の矢。
純粋な破壊の魔力の矢。

ライラの視界が埋め尽くされた、前方はもちろん、右も左も、上も。
その目に映るのは、己の魔法壁にひびを入れていく矢の数々。

「っぐ!おああああ!!」

破られては張り直し、破られる前に重ね、次々と魔法壁が作り替えられる。
流石に先ほどティアがドアの封印を破壊しようとしたときほどの魔力には遠く及ばないが、それでもライラの魔法壁を破壊する程度には充分すぎる破壊力を持つ。
そして──魔法壁の修復が追いつかなくなった。

轟音に悲鳴とも叫びとも取れる声が埋まり、さらに轟音だけが広がる。

どれほどの時間が経っただろうか。ひょっとしたら一瞬の出来事だったのかもしれない。
ひょっとしたら、数十秒にも及んだかもしれない。
あまりのサプライズアタックにタマも黙って土煙を眺めるしかできない。
傍観者ですら理解できなかったのだ。

それでも、ただひとつ確実なことは

「──っ!!
……はぁ、はぁ……よくも……!」

──ライラは生きている──

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