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「つまり…いや、説明はいらないだろ?」

「っはは……確かに……」

「皮肉か?ユウ君」

「いいえ、嫌みですよ」

「……っふふ、ったく、本当にあんたって奴は……」

そういうことだろ?つまり。
口元を抑えて笑うライラの姿に俺はまた女性と人間を感じる。
つかみ所が無い人だな…けど、根は悪い奴じゃなさそうだ。
思わずにやけちまった……。
ライラの言いたいことは、要するにだ、俺のことをぶったたく人間に強い感情を持たせることにより、俺の中の黒の魔力をそっちに引っ張り出し、集める。
次いで、一カ所に集まった黒の魔力以上の魔力でそれを打ち抜けば、黒の魔力はめでたく消滅、且つ、その黒の魔力が弱体化した俺を強力な魔力から守るクッションになってくれるってことだろ?
簡単すぎる理論だ、わかりやすい。
でも、それをやるには……

「え!?ユウ!?どういうこと!?」

「ライラさん、俺たちに興味がないんだとよ」

「……え?なにそれ……」

そういうことだ、目の前にいるライラ。
この人はさっき俺たちと会ったばっかりの赤の他人、そんな人がだ、感情が魔力に乗っかっちまうほどの思い入れなんて、俺たち相手に持ち合わせてねーよってことだろ?
……まぁ、そもそも、爆発して溢れた感情を魔法に乗せちまうなんて魔法使いとして失格だけどな。
タマジローさんもいってたように魔法ってのは精神にかかわる部分が大きいんだ、自分の感情も制御できずに、そんなイレギュラーな力が魔法に乗ったらどうなる?
失敗、暴走、はたまた不発……どころか、なにが起こるか分かったもんじゃねえ。
だから魔法使いってのはみんな多かれ少なかれ感情を必要以上に出さないための訓練をしてる、そのせいで魔法使いってのは感情が薄かったり、やけにおっとりしてたり、ぶっきらぼうに見える奴が多いんだよな……ティアも初めて会ったときは今ほどにいろいろと豊かな人間じゃなかったと俺は記憶している。
稀に感情の高ぶりを逆手にとって常にハイテンションでいることで魔法の威力をあげるようなアホもいるけど、そいつらだって実は頭の中では人並み以上に冷静さ。

「私は黒の魔力を引っ張り出すほどの感情などあんたら相手に持ち合わせてないってことだよ、ティアっち……」

そうですね。この人…ほんとに俺の心の中を読んでるかのように的確だな。

「……そっか……そうですか……」

「まあまあ、そんな顔すんな、ティアっち。
さっき会ったばかりの人間にそんなに思い入れを持てって方が無理だろう?
それに……仮に私がそれほどの感情を持っていたところで、黒の魔力破壊に至るほどの魔力を私は持ち合わせていない。そもそも不可能なんだよ。
モココも……ティアっちばっかり構ってるのは確かに悪いけど、そんな顔すんな……」

プルプル震えながら下顎にしわを寄せるモココさんに、ライラはティアのコーヒー玉から一粒の水滴をひねり出す。
そしてそれをモココさんの口元へもっていってやると、モココさんはそれに食いつく、幸せそうにもごもごしてる……
犬みたいだな、モココさん。
ここまでの話をおさらいしてみようかな。

今、俺にはあと数日で死んでしまうほどに強力な呪いがかかってる。

その呪いの力をライラは黒の魔力と呼んでいる。

それを、呪いが強まるタイミングを見計らって一括消去を狙う。

黒の魔力は、人の強い感情に引き寄せられる性質がある。

普通に解く方法がわからないから、その性質を利用し、集め、一撃の力業で壊すのが確実っぽい。

が、ライラはそこまでの感情どころか、そもそも魔力が足りてない。

よって、相対的に魔力が足りてないはずの他の人間には破壊は不可能。

俺……死ぬ……と。

聞きこぼしがないか怖いからティアからメモ帳を取り上げて確認してみることにした。

メモ帳にはおさらいに役立つ情報はおろか、文字すらまばらだった。
そこにあったのは苦しむ魔法使いを杖で殴る剣士のイラスト……
目つきの悪い魔法使いはそばかすと眉毛が印象的だ。

どや顔の剣士は、アホ毛の生えた少女だった。

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そして、隣に座るアホ毛の生えた少女と目が合った。
でも、そこにあったのはイラストのようなどや顔なんかじゃなくて、すごく申し訳なさそうに眉を困らせ、自分の無力さを責めているようにさえみえる、ただのティアだった。
数秒にも感じられたその瞬間は、実は一秒もなかったのかもしれない。
そっと目元を伏せ、すぐに表情を隠したティアは、いつになく自信のなさそうな声で俺を困らせる。

「……ごめんね……私…魔法に詳しくないから……」

やめろよな、そういうのさ……
別に責めたわけじゃない…というか、おまえはなにも悪くないんだ。
謝るのは俺の方だ。そもそも全ての事の発端は俺にあるんだ。
俺が思った、あの夜の感情は、責任でも、身勝手な自己満足でもなく、きっと罪悪感だったんだ。

最適解を探した。

どんな些細なことでもコイツに気負ってほしくない、かといって、コイツから俺自身が存在意義を奪うようなことはしたくない。
コイツが価値のない俺を欲してくれるように、俺だって、コイツといることに小汚い価値観なんて持ち出したくない。

自然と、言葉がでた。

「……前にも言ったろ、忘れたのかよ。
お互いにできることをやるんだ」

頷いてくれた。
やれる。今回もきっと何とかなる。
そう思えた。

それじゃ、そろそろ話を煮詰めていかねえとな。
コイツのためにったら重いかもしれねえ、けど、俺はまだまだ死ねない。
道を、探す。

「じゃあ、ライラさん…そろそろ状況が掴めてきたんで続きをお願いしますよ」

ライラの目が、丸みを増す。
驚いてんのか感心してるのかは知らないけど、とりあえずなめんな。

「……っく、ふふ……流石だ。ちゃんと私についてきてるね、ユウ君……くははっ…!」

ちょっといい奴かと思ったけど、撤回する、不気味だぜ。
これから死ぬ人間を目の前にして、弄ぶように嘲笑う…モココさんには悪いけど、この人、神経が何本かイッてるよ。

「……続き?」

隣のアホ毛が少し揺れた、持ち上がってきたいつものアホ面にほっとする。
めんどくせえとこから話を始めちまった上に、話し手がこのめんどくさいのが好きそうなライラだ、気になるところを忘れるのも無理はねえよな。
なんか、さっきから俺がライラの通訳みたいになってるけど……この際だ、話を円滑に進めるためにも出しゃばるよ。

「『実験』……だ。
今の話だと、単に誰かが俺を殴るってだけで話が終わってる上に、事実上解決になっていない。
ライラさんがさっきから自信たっぷりなのはきっと他の方法があるからだと考えようか。
で、ライラさんが嬉しそうな理由にあったのが、俺たちに施そうとしている解呪法、兼『実験』だ。
つまり、解呪の検証として俺たちにやらせたいことがある……ってことでしょう?ライラさん……」

固まるティア。コイツは頭がいいはずなのに、俺の説明は理解しない事が多い。
たぶん、昔っから魔法のうんちくばっかり吹き込んでたから、『俺の話=わからない話』みたいな先入観が思考をシャットダウンさせるんだろう。
ライラのもとから俺の目の前にブラックコーヒーの水滴が漂ってきた、ご褒美ってところだろうか?
正解ってことで受け取ってもいいのかな?
タマやモココさんを見習って、水滴に食いつこうとした瞬間、俺の目の前を空のティーカップが通過していき、ブラックコーヒーをかっさらっていった。
なにが起きたのかと、ティーカップの持ち主の顔を確認した。

どや顔のモココさんが、一口分のブラックコーヒーをカップから仰いでいる。
……いつのまにか全部飲んでたんだな、自分の分……
「あげませんよ」とでも言いたげな表情に苦笑いがこぼれた。
当のモココさんは、たった一口のブラックコーヒーで苦い顔をしていた……自業自得だな。

いたずらに、モココさんの眼前に巨大なブラックコーヒー玉を移動させ、転移魔法でストローを取り出し、モココさんにそれを渡しつつ、不敵な笑みを浮かべたライラが言葉を紡いでいく。

「つまりそれは……私に協力してくれるという意味で受け取ってもいいんだね?
……ユウ君……?」

「……そりゃいくらなんでも白々しいにもほどかありますよ、ライラさん……?」


嫌な予感がした。
不気味に微笑む、頭のおかしい魔法使い。

狂ってる………とも思ったけど、よくよく考えたら俺もそうだ。

こんなにも信用ならん右手を差し出されたにも関わらず、気がついたら俺はそれを握っていたわけだからな……。

─契約、成立か─

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「それじゃ、頼んだよ。ユウ君……」

「……こちらこそ……」

甘い…すっごく甘いあめ玉を明かりに透かし見つめるような、ねっとりとした視線だ。
隠しきれずに……いや、全く隠そうとせずに現れる薄い曲線を浮かべた口元……

──楽しそうだ──

気持ちはよくわかる、魔法使いの性分がうずくんだろうよ。
珍しい献体なんだろう?この段階でピンピンしてるんだもんな。
献体がピンピンとは如何なものだが……もちろん死ぬつもりもないけどな。
隣でティアが息を呑む様子が伝わってきた…そろそろお前も疑いはじめた方がいいんじゃないか?この人をさ…。
お前がお人好しなのは知ってるけど、自分の話してた童話も思い出したらどうだ、お菓子の家ってのはハイリスクハイリターンなんだろ?
この人が、いつ、いかにして包丁を研いでいるのかに目を光らせておかねえと……
……信じてるからな。俺のこと、太らせるだけ太らせてお仕舞いってのはナシでたのむ。

「どうすれば……ユウを……どうする気……?
なんですか……?」

「喰わせる」

「「「!?」」」

「……落ち着けよ、ユウ君、ティアっち、ついでにモココ……。
なにも物理的に喰わそうってわけじゃあないよ……そんなにびっくりしなくてもいい。
もっとも、君の力が足りなかったら物理的な話になりかねないけどね、ユウ君」

……なんだって?
喰わせる?……って、なにに……だよ……。
俺をか?

「たとえば……そうだな、ユウ君。
君には今、呪いがかかっている。
そこで、もし君が呪い以外の要因で命を落としたら、君にかかっている呪いはどうなると思う?」

ライラが右手をパーの形で俺に向け、親指から順に折っていく。
制限時間五秒?
……んなもんどうなるって言われたって……そんなのわかるわけが……

「はい、時間切れだ。
答えは?」

「……消える?しかないでしょう、だって、俺が死んだら呪いの依代が……」

「不正解」

「…っな!」

「君なら黒の魔力の説明から察してくれるとおもったんだけどな……。
黒の魔力そのものの存在は、はっきりいって君自身の存在とは関係のない、独立したエネルギーだ。
もしイレギュラーで呪いを無視して君が死んだ場合、君にかかった呪いは、本来得るべきだった不足分のエネルギーを求めてさまよう」

「……それって……つまり」

「お察しの通り。……か、どうかは知らないけど、乗り移るんだよ、手頃な者にね……。
さらにたとえ話だ、仮にその乗り移られた者が、欲していた量の黒の魔力を得られないほどに弱っていたら、もとい、力がなかったらどうなると思う?」

そうしたら、それをまた呪い殺した上で、また新たな力を求めてさまようんじゃないかな?

「呪い殺した上で……さまよう……?」

「半分正解。
そもそも呪い殺せない、足りなかった分を飲みきらないままに宿主から力を取り切った時、それは黒の魔力の本能のみで自立するようになるんだ。
しかもな、厄介なことに、それらはもう呪いによって死ぬことがなくなる、いわばゾンビだ。
最初の呪いで決まった分の必要量がとれない時点で呪いは止まるし、宿主からでてこれなくもなる。
呪いで死なないから、延々と黒の魔力によって動く破壊の権化となる。
感情にひかれ、力を飲み込もうとする辺り、館のアレに近い存在なのかもな。問題は、否応なしに飲み込もうとするアレとは違い、半端に残った力を振るって物理的にも飲み込もうとする点だが……。
そして果てにはそれらが新たな黒の魔力の核となり、辺りの黒の魔力を集め始める。
簡単な話、君の呪いはそれに触れ続けているだけで、その新たな核に吸収されていく。
私はな、それを作って飼っているんだよ……弱らせた魔獣を核にして……『黒の魔獣』を作り上げた」

「なるほど……そうしてできたのが核になるってことは、それらがいくら黒の魔力を集めようとももう本体…館のアレのもとに還元しようとうはしなくなるってことだな……
つまり、その場で無限に黒の魔力をため続ける、動く貯蔵庫になるってことですか」

「今度は、正解だ」

目の前にティアのコーヒー玉の一部が漂ってきた。
いらねぇ。
ならば……話はきっとこうなる。

「ふむ。
では、その実験というのは、呪いがちゃんと搾り取れるように強まった時期を狙って、俺自身がその黒の魔獣と接触すればいいってことですか」

「それも正解。そして、口で言うのは簡単だが、暴れ回る黒の魔獣にその弱った体で向き合い、生き延びること自体がほぼ不可能なのさ。
今までの人間はそこで命を落とし、黒の魔獣の一部となった……魔力的にも、物理的にもな……」

喰われた……ってことか。魔獣に。

「ここで、説明は終わる。
なっとくのいかない点、矛盾点も多々あるだろうが、所詮は未知の魔力に対する私の憶測でしかない。
大目にみてくれ。
正直な話、この方法ではそもそも呪いを取り去ることができないかもしれないんだ……しかし、今までの犠牲者の黒の魔力が、私の作った黒の魔獣の一部になっているのも紛れもない事実。
可能性を得ようと思ったら、先ほど話した希望のない力業か、こちらの方法をとるかしか考えられないんだ」

正直……か、確かに今の話、矛盾点だらけだ。
嘘だと思って割り切ってもいいぐらいに矛盾している。
今のライラの話から組み立てると、呪われたあとの体力低下に個人差があるのも不自然だし、吸収される理論ってのもはっきり言って意味不明。
新たに乗り移られた者が、必要量以上の力を持っていた場合にどうなるのかも不明瞭。
どこからみても穴だらけ。

つか、そんなもんが作れることがわかってんなら、そいつらを利用してもっと黒の魔力について調べればいい……。

理論だけじゃなくて、ライラ自身の考え方や行動にも不自然な点が多すぎる……けど……。

「……ティア、どうする?」

「……殴ってだめなら……ライラさんの言うとおりに……」

「……そっか……」


結論が出た。
罠かもしれない。
騙されてるかもしれない。

けど、ティアの様子を見ている限り、他にも案はなさそうだ。
いざというときは、かしこい妹が悪ーい魔女をかまどにほおってくれる。
俺はそんな童話を最近知った。

最終的に、丸く収まればいいんだけど……。

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小難しい話が一通り終わり、ティアが慌てて割れたティーカップを掃除し始めている。
「さ、さっきはごめんなさい!」
と、ちょっと抑えめな声量の聞き慣れた声と、カチャカチャと不器用に拾い上げられるカップの破片だけが沈黙を無視する。

「いいよ、ティアっち、私が片づけよう、あんたは客人なんだ、座ってなよ。
それと、先ほどは私のが悪かったよ。
怒るのも無理はない」

「いいえ!私が!」

「いい。モココ、座ってなさい」

「はい!」

笑いながら口元を隠し、細められたライラの猫目に薄ら寒さを感じた……
考え過ぎか?
俺が単に人間不信なのか?
ありもしない完璧を認めようとしない幼い意地か?

ライラは確かに…街の人間からは絶大な信頼を得ていそうだ、ましてや……な、ここらの宗教観念はよくわからねえけど、あのでっかい教会からみてもここの人間は信仰深いんじゃねえのか?
神を信仰する人間が、仮にも……『魔法』に通ずる人間に対してそんな……な。
必死で白い粒を拾い集めるティアと、薄っぺらいにやけ面で破片を弄ぶライラ……
なんとなく、似たもの同士の別の苦労みたいなものを、その様子に風刺的に感じる。

ひょっとしたら、俺がこの人を気に入らないのは、ティアとこの人の扱いの差に……納得が行かないのかも……。
歪んだ依怙贔屓が入ってるってのは認める。
そりゃさ、ティアは当時幼かったし…ライラみたいに奉仕活動に勤しんでたり、大きな力や大人な人間性をもってたわけじゃないさ…でも、もしかしたら場合によっちゃあティアだって、あんなふうに森の端っこで毎日独り遊びをしないでも済む道があったのかもしれないと思うと……ライラのように街中の人間から信頼され、ちやほやされて……。
…いや、それはないか。
俺なら、この人みたいにみんなから欲されるティアをきっと不憫に思うだろう。
ティアをよく知っているから思うけど、コイツは
人がいいし、愛想もいい、明るくて、元気だし、見た目だって悪くない、そうなると当然ライラの様に扱ってもらえてた可能性もあったわけだけど、ティアとライラの決定的違いは、ライラはおそらく利用する人間、ティアはきっと……利用される人間。
きっと、利用されるだけ利用され、ぼろ雑巾のようになるまで振り回され、疲れてしまうだろう。

それでも、コイツはきっと笑い続け、心で泣く。

そうなる可能性があったなら……きっと、心の底から笑っていられる今のティアのほうがずっといいはずだ。
ティア本人がどう考えているのかはしらないけど……おれは、ティアは今のティアで正解だと思う。
あわよくば
『今が幸せだ』
なんて思っててくれてりゃなおさらいい。

俺だからわかる、コイツの価値はそんな、魔法がどうとか、愛想がどうとか、なんでも上手にこなすとか、そんなところにはない。
もっと、コイツは──

『くるるるるー……』

──え……?なんだ?
なんか、控えめに響くこもった音が……。
誰かの腹が鳴った?のか?
どう聞いても空腹に対する声にならない叫びだった。
今度こそ完璧な沈黙がその場を包み、真っ赤な顔をした一人の女性が右手を遠慮なくピッと上げ、うつむきながら声を上げた。

「私です!!」


───────────


時刻はすでに昼を過ぎていた。
先ほどまでコーヒーが乗っていた食卓には質素な昼食が並び、硬そうなパンに幸せそうにがっつく女性がもぐもぐ言っている。

モココさんが限界だったようだ。

彼女の腹が時間を知らせ、空腹を主張したおかげで、不気味なティータイムは一旦幕を閉じた。

「……おいしいか?モココ……」

「はひ!おいひいでふ!!」

「そ……そうかい、でも…そのパン……そこのスープに浸けて食べるのをオススメするよ……
そのままで味があるかい?」

「も……もぐ、もぐ……」

「まぁ、時間も時間だったしな、無理もない。
ほら、ユウ君とティアっちも食べるといい、そんな顔しなくても、毒なんて盛ってないのはモココを見れば一目瞭然だろう?」

「いや……毒とかそういう訳じゃ……単にモココさんにあっけにとられてて……。
モココさん……?よかったら、私のパンも食べますか……?」

「え!?いいの!?ティアっち!!」

ティアからの頷きを待たずして、モココさんの手がティアの皿へと伸びている。
すげえな、この人……最初は控えめで温和しくて、お淑やかかと思ったんだけど…スイッチ入ると肉食系だな……小麦粉の塊食ってるけど。
ファンクラブとか創設しちゃうくらいだからアグレッシブな部分もあるのかと多少は考えたが……旦那さんのこと尻に敷くタイプなんだろうな。

「どうした?ユウ君。
モココの食べっぷりに惚れたのか?くははっ!」

「いや…そんな…」

「ごめんなさい!ホモさん!私他に好きな人いるので!もぐもぐ!」

「……はぁ。
ごめんなさい、モココさん、生憎両想いです。
想いの方向がお互いに明後日に向いてるって意味で。
そんなことよりライラさん、結局俺たちはこれからどうすればいいんですか?
その、魔獣とふれあえとか、そういう話してましたけど、いつになるとかどこでやるとか、コツとか弱点とか、もう少し具体的にお願いしますよ。
こっちもできる限りの準備を整えたい、事前にやらなきゃならないこととかはあるんですか?」

マナ水とかいっぱい持っとかんとな!
またまた剣で暴れることになりそうだし、それ以前に魔獣に呪いを吸ってもらうとなると接近戦は逃れられない。
今のこの貧弱な身体じゃな、いくらメイガスエッジを持ってるにしても体力面に不安を感じるよ。
──っ、あー、またかよ。
またそう、小馬鹿にしたように笑いやがって。もう慣れたけどな。

「っふふふ。心配しなくても君の生存率はほとんどないよ──おっと、ティアっち、怒らないでよ。
そして、あんたらがやることはないな。
あるとしたら、私から離れるんじゃない」

「……?
もぐもぐ、むぐ。
…えー…っと、なんでライラさんから離れちゃだめなんですか?」

「ごくん!私も離れません!」

「あぁ、君は離れても構わないよ、ティアっち。
あと、モココはもう少し離れろ。
問題はユウ君さ、実はこの呪い、進行状況が一目でわかるんだ」

「え!?本当ですか!?もぐもぐ!
見方!教えてください!ずるいです!私もユウの呪いの具合を知りたい!」

「あざの位置だよ」

「「「あざの……位置?」」」

そう一言いうと、ライラは自身の首もとを指さした、なんとも小憎たらしいドヤ顔だ。
わかったぞ、俺がこの人のこと気に入らない理由!
……なんとなく!気に入らん!知らん!

「あのあざ、君の身体をよじ登っているんだろう?ユウ君、ティアっち。
あのあざはな、最終的に首を絞める形で現れる。
そして、それから半日から1日で死ぬ。
その様子が確認しやすいと行動に移るタイミングも早められるから、打つ手も広がるだろう?」

なるほど……なんてか、わざと怖がらせようとしてる感がある、呪いのくせに。あざといな、あざだけに。

「あざ…だけに!!」

隣でパンを小難しい顔で見つめるアホ毛がぼそっと唱えた。
やっぱコイツは気が合うな、多分同じこと考えたんだろ。
案の定ライラとモココさんは真顔で首を傾げてる、俺もティアも少々頭がおかしいのかもしれない。

なんとなく食卓が変な雰囲気になっちまった。
誰もが言葉に困り、俺ですらティアにツッコミをいれ損ねた。すまん。

そんな雰囲気を壊そうとしたのか、ライラがちょっと嫌な提案をしてくれやがった。
この提案に俺は何故か、とうとう篭の中へと放り込まれた気分になる。

「そういうことだ。
これから呪いが強まるまでの間、あんたらに部屋を貸すから、そこでその時を待つといい」

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「だっ!だだだだ!大魔導師様!!
そっ!そそそそ!それはつまり!?」

陰鬱な俺の気分を無視してだだだだそそそそ騒ぐ栗毛ロール。

この人 イズ モココ。

なにをそんなに慌てることがあるのだろうか、単にライラが部屋を貸してくれるってだけだろ?
茶色い瞳の四方を瞬く間に白で囲って驚いている。
立ち上がって、両手で虚空を揉んでいる。
揉みながら、困った眉毛でライラを驚かせている。
不思議と笑える慌てぶりを見せながら、彼女の咽がごくりと音を響かせた。

「そ……れは……ほ、ホモさ……いや、ティアっちが……こ、ここ、この家にお泊まりナイトトゥデイ?」

えへ、えへへ、と驚いたまんまで唇の端をひくひくさせてる。
ライラの眉間にしわがよったのが見えた、当たり前のこと聞き返してるもんな、モココさん。
そりゃ数百年ものの大魔導師様だろうと混乱するよ。
話の流れにしてもさっきのライラの言葉にしても、俺とティアがライラのとこにお泊まり以外にどんな意味があるってんだよ。

「そうだよ?モココ。
それがなにか問題でも?」

そうだよ。問題でも?

「え……そうなんですか……?」

「いや、だから、そうだと……」

「そうじゃなくて!私も呪われれば!だ!だだだだ!大魔導師様のおうちでお泊まりできるんですか!?」

大真面目にライラに向かって声を荒げたモココさんは、狂ったようにパンを食べ始めた。
えー…っと、これは……あれだ。きっとこれからすぐに館探しに行けるように英気を養ってるんだな。

「……ほう……。
聞いただろ?ユウ君、ティアっち……。
これが、モココだ」

「なるほど。ティアと同じ人種か……」

「……っちょ!やめてよ!ユウ!
いくら私でもここまでぶっ飛んでない!!」

「ずるいよ!私も大魔導師様と夜な夜な枕投げしたい!」

「……ほらみろ、お前と一緒じゃねえか……」

「………」

モココさんも……ライラの家に泊まりたいらしい……。

──その後、無事に食事も終わり、呪いに関する説明も終わり、果てや夕飯も終え、一旦解散。
各々でお泊まりの準備を済ませた三人が、再びライラの家の入り口に集結した!

これから風呂に入って寝るだけだというのにやけにおしゃれな格好をし、おそらくブランドものなバッグからカメラをのぞかせる人、モココさん。

これから風呂に入って寝るだけだというのにやけにパンパンなリュックを背負い、中からお菓子をのぞかせる人、ティアっち。

これから風呂に入って寝るだけだと知っているからあえて荷物は少なめ、残りは貸し出し住宅に置いてきた賢者、俺っち。

フクロウがどっかでホーホー鳴く、星空の美しい夜、すでにライラの夜泣きダケはしくしくと女性の泣き声を響かせている。
時々『霊魂ホタル』なんかも強く光る、まさに夜の森!
両手を合わせて無邪気な笑顔を見せるモココさん
、チョコスナックバーをドヤ顔でくわえるティアが相手をしている。

「ここが大魔導師様のおうちなのね!
お呼ばれしちゃいました!私……!!」

「さっきも来たじゃないですか…もぐもぐ。
というか、モココさんがお呼ばれしたんじゃなくて、モココさんがお泊まりしたがっただけじゃない。もぐもぐ」

「お前、さっき夕飯食べたのになんで菓子くってんの」

それにしても、無事にたどり着いて良かったよ。
ライラの家、なにげに森の中にあるから、また館に出くわすような状況にならなくてよかった、本当によかった。

俺たちの声がきこえたのだろうか、家の中で人が動く気配、数秒後、ドアノブがひとりでに動いた。
勝手に動いたドアノブ、ドアが開いて、張り付いたような笑顔が出迎えてくれた。

「やぁ、ようこそ、ユウ君、ティアっち、モココ。
これから数日の間、よろしくな」

「いえ、こちらこそ」

「お邪魔します」

「夜の大魔導師様……素敵です……!」

ライラの言葉に三者三様の反応、招かれる。
タマは、すでにライラの家の中、食卓の横でもぐもぐと食後のサラミを食べていた……ペットは飼い主に似るよな。

「ありがと、モココ。
そういうの要らないから、さっさと風呂に入るといい」

「……えっ……大魔導師様……それって……今夜……!?」

モココさんの瞳が輝きを増した、胸の前に手を持ってきて、もじもじと真っ赤な顔で指遊びをしながら「今夜はちょっとあぶない」とか「アレがない、むしろ経験がない」とかぶちぶちぼやいてる。
淫乱な修道女だな。おい。

「文字通りの意味だ。別に念入りに洗ったりは要らないからな。
のぼせて倒れたりするなよ」

「はっ、はふっ、鼻血が……。
はい、わかってますよぅ、では、お風呂いただきますね!
…いただきますね…!」

「…飲むなよ?」

「はい!!」

不思議な関係だ…と思う、ライラとモココさん。
どうもライラもモココさんと接する時だけは嫌な感じが薄い。
唯一心を開いているようにみえるな……。
俺たちが特別なのか、モココさんが特別なのかはまだよくわからないけど……特に俺は警戒されすぎな気がする、ライラに。

『厄介』…か。

ライラが俺に向けたあの言葉、どんな意味があったんだろうか。
そう思ったライラは、あのとき……俺がアレに捕まったのかと確認をとる前に、いったい何て言ってたんだろうな……よく聞き取れなかったんだよな……。

─仮説を立てるか─

仮にだ、ライラが俺になにかをしようとしているとしたら…あのとき、なにかしらの呪を俺にかけた可能性がある。
それに対する俺の無意識の抵抗がライラへと不信感を作り、その不信感を感じ取ったライラが、俺にバレてないかどうかを注意深く確認する…それが、さっきからライラが俺に向けてる警戒の正体なんじゃ……。
幻術とか、精神操作関連の魔法に関してはあんまり詳しくないけど、もしかしたらもう、俺はライラの手のひらの上で踊らされているんじゃないんだろうか……?

今も、モココさんに風呂場の説明をしながら、視線はこっちに向けてるな、ライラ…。

「どうしたの?ユウ?」

──えっ──

「なんか今日のユウはちょっと変だよ?
なにをそんなに不思議そうにしてるの?さっきから」

「……え、いや……そうか?」

「うん、絶対変だよ!
調子良くないなら、今日は早めに寝なきゃ駄目だよ?
昨日寝てないの、私しってるんだからね!」

「……お、おう!そうだな……寝なきゃ、な……」

──コイツの言う通りかもしれないな。
まさか、昨晩寝てなかったことまでお見通しだとは思わなかったけど、確かに疲れてるのかも…
単に身体が弱くなった分、無意識に警戒しすぎてるだけなのかもしれない。

また一つ、ライラと目が合った。


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もう、慣れた。
夜に獲物を捜す猫目。
張り付いた薄ら笑いの肉仮面。

モココさんがルンルンと風呂場に向かったのを見送り、俺たちはさっきの食卓へと招かれて再度座らされた。

「ライラさんも食べます?
チョコレート?飴?かりんとう?かすてら?もぐもぐ」

どうせ数日後まではできることもない、割り切ったティアは相変わらず切り替えが早いな。
イスの横に置かれたリュックから、嬉しそうに菓子を漁って食卓に並べてる。
菓子はいらねえけど……糖分がほしい、これから頭を回すことになりそうだ。
ティアが取り出した『メイプリルクールキャンディー』を一粒貰う。
スースーする。
さっきの俺の仮説が正しかったとしたらだ、ライラがいつ牙を剥くかわからない……実験の話が本当ならばそれまではなにもされないだろう。
でも…嘘だったら…。

この人からしたら、街の人間からの信用を失いたくはないだろう、だから長年街の人々に信頼されている、モココさんも疑わない、この裏付けは間違いない。
かえってモココさんがわがままを言ってくれて助かった節もある。
モココさんが居る前じゃ下手なことはできないだろうしな……もっとも、この人ぐらいの力、知識、信頼があれば、いやな話モココさん一人ぐらいどうにでもできそうだけど……
逆に言うと、モココさんが席を外している時には若干注意が必要だ。

「はっはは、デザートかい?言えば用意したのにな。
生憎、私はいらないよ。
夕飯を食べ過ぎたからね、モココにつられたようだ」

この笑顔……モココさん向け。
ティアは話の転がし方がうまいからな、見せてくれるだろう。

「そうですか、もぐもぐ。
モココさん、ずいぶん食べてましたもんね!
……ライラさんが作った料理ばっかり!
……あの、気になってたことがあるんですけど…いいですか?
モココさん……可愛い人だとおもうんですけど、ライラさん、モココさんのことどう思ってるんですか?
ぬふふ……モココさん、あれはライラさんが大好きな様子ですよ?ぬふふ……」

よしいいぞ、さすがだぜ、自然だ!
アイリさんなり、ペールタウンの男の子なり、リリーナなり、恋愛お節介のティア!ここに降臨!
ライラさんがモココさんをどう思っているか、これは信用材料として重要だ!
こう見えて、俺は人間の感情の動きには敏感な方だ!モココさんのことに関しては、おそらく胡散臭いライラからでも本音に近い価値観が聞けるだろう!
そこからひとつでもライラの考えに結びつけられる鍵が見つかればいい、そこまでいかなくとも、人間性の欠片が欲しい。
──ほらな、不思議そうな様子だが、この雰囲気、オフのライラだ。
ティアが無心に聞いたのも大きい、ティアはもうライラを疑ってないからな、この質問に裏がないこともわかってるんだろう。
あとは、俺だ。俺は聞いていながら無関心なフリをする、色恋沙汰には無関心そうにみえるだろ?俺は。
今回はそれを逆手に取って……やり過ごす!
わざとらしさの無いよう、呆れた流し目をティアに送ってやり、サラミを欲しそうにしているタマにティアの持ってきたタマ用おやつを食わせてやる。

「ふっふふ…モココ、か。
そうだな………」

始まった。あくまで俺は恋愛に無関心、聞き耳を立てつつ……

「……タマ?うまいか?マヨネーズもあるぞ、つけるか?」

話の輪から外れる!
しゃがんで頭を撫でてやる。
……デカくてもこうしてると普通に可愛らしいから困る。
さて、聞かせて貰おうか?ライラさんよ。
あんたがモココさん……いや、俺たちに何かをするには邪魔になる者について、どんな認識を持っているのかを。

「──可愛い奴だよ、あいつは……」

──っ!

「毎日毎日、ああやって私に無垢な笑顔を見せる」

……これは……意外だった……
嘘では……ないよな……こんな状況だ、嘘をつく理由などない状況を完璧に整えたんだ。
もっとも、はじめから真実を話す気など無かったんなら話は別かもしれないけど、俺のアンテナが訴える、胡散臭い話をする時と、モココさんの話をするときにライラが放つ電波の違いを。

「妹にそっくりなんだ、顔じゃなくて……私のことが大好きでな、いっつもおねいちゃんおねいちゃんと後ろをつけまわって、目を輝かせて、私の料理をたらふく食べて……」

おねいちゃん……?
気になるけど…今は俺は会話の外。聞き耳を立てていることを悟られてはいけない……加われない。
この人…妹がいるんだな……。
タマの方に顔を向けてるから、ライラの様子は伺えないけど……夜泣きダケのときと似たような雰囲気の話し方……わけありか?
さっきの『昔を思い出すための導入剤』って……

「あー!たしかに!モココさん、妹みたいな方ですものね!
そっかぁ、恋愛は望めないかな?うふふ!
ライラさんの妹さんも、魔法使い…いや、魔女…かな?
魔女だったんですか?」

ティアあああ!聞きたいのはそこじゃなくておねいちゃんだ!
……まぁ、いいや、ティアに、まかせよう。
コイツの恋愛お節介なら、きっと要らん情報まで搾り取ってくれるだろうさ、期待してるぜ。

「タマー、うまいだろー?」

知らんぷり知らんぷり。

「もちろん、妹も優秀な魔女だったさ」

「だった…?」

「そう。
『だった』
だ、彼女は私に全てを託した……もう、レイラは……」

「魔女じゃ…ない?」

「まぁ、そんなところだ。
私は妹のことをしょっちゅう思い出す。
私は彼女のためにやらなくてはならないことがあってな、夜泣きダケもそのためのものさ。」

「夜泣きダケを…?
でもライラさん、さっき、毒にも薬にもならない謎キノコって……」

「ああ、そうだな、アレは役にたたない。
けど、アレにしか出来ない仕事だってある……ティアっちが、いたずらに使ったように……ね?」

「……?」

「まぁ、そんなことより、だ。
彼女は優秀な魔女だった、私なんかよりも知識があって、力もあって、才能もあって、人望も、可能性も、全てにおいて、私よりも豊富な魔女だった……私よりも、ずっと価値のある妹だった」

「はは、そんなことはありません……人の価値は、そんなところで決まりませんよ……ははは……」

ちらっと、見上げて見えた寂しそうなティアの横顔……無理な笑顔に胸が締め付けられた。
俺は……くだらなかったな、相方はこう思っててくれてたのに、俺は自身への価値をそんな見方で見た。さっき、思い改めたけどな。
そりゃそうだ、ティアは、ライラの妹さんのようにいろんなものをもってたはずだ……それでもコイツは、孤独の味を、恐怖を知っちまったんだから……な。素直にうなずける言葉じゃないよな。

「タマ……ティアは……いい奴だよな……」

一つ見上げられた瞳には、確かに肯定の色が見えた。
サウスパラダイスで苦楽を共にした仲だ、ちゃんと伝わるよ。これもティアのおかげだ。

「……ふふ、ティアっち……
いや、やめておこう。
そうだな、ティアっちの価値も、きっとそんなところにはないよな……すまんな」

……くそ、ライラのくせにいい奴……!

「でも、私はそれに気づけなかった。
妹の…そんな想いにもな……
………
………湿っぽくなっちまった、ごめんよ、ティアっち。
そろそろモココも戻ってくるかもしれない。
モココがこの空気を感じたらきっとよからぬ心配をするだろうね。
話題を変えようか……」

───結局、モココさんが戻ってきたのはそれからしばらく経ってからだった。
モココさんが戻ってきた頃にはもう、話題はライラの着ている魔導師服のブランドの話で持ちきりだった。

湿っぽさなんてこれっぽっちもなくて、モココさんも笑顔で……
でも、ライラは少し寂しそうに微笑んでいた。

俺は、ますますこの人のことがわからなくなった。

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モココさんに次いでティアも、俺も入浴を済ませた。
今日は初日ということもあって皆すぐに就寝準備に入っている。
俺はさっさと寝たふりをしてライラの油断を誘うことにした、そしてそれを実行に移すために、普段よりはずっと早く歯磨きを始める。

「しゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ………しゃこしゃこしゃこ?
……しゃ……しゅしゅしゅしゅしゅしゅ!」

首からふわふわの黄色いタオルをかけて、左手に赤くて小さいコップを持ったティアが、眉間にしわを寄せながら熱心に歯磨きをしていた。
ティアの方からミント系の香りが広がってきている。

「おーす」

「しゅかかかかか………
ごごしごしごしご………あ、ユウ!
……どうしたの?今日は早いね!
ざりざりざりざりざり!」

お菓子を食べ過ぎたから念入りなのか?
虫歯、怖いもんな。
ティアのパジャマのポケットから歯磨き粉を奪って自分の歯ブラシに赤と青と白のストライプを練りだした。

「しゃかしゃか
…ああ、そうだな、昨日寝てない分早めに……しゃかしゃか」

本当は寝ないけど。

「ふーん、そっか。
カシャカシャカシャカシャ。
念のため、ライラさんからなるべく離れないようにしなよ?
タイミングがきたらね、すぐに動けるように!
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃか!」

そうだな、おれは元よりそうする気まんまんさ。
目的はちょっと違うけど。

「お前もモココさんのことおさえとけよ?
あの人、ライラさんのこと襲いにくるかもしれねえから。
俺の横で生々しいことになったらお前のこと怨むよ」

「混ぜてもらば?
ホモでしょう?しゃかしゃか」

「さらっとおっかないこと言うな」

しかしすぐ動けるように…か。
マナ水とかたくさん用意しようかとも思ったけど、よくよく考えたら今の俺にはマナ水も効かないことを忘れてた。
そうなったとき、必要な準備らしい準備っても、手元にメイガスエッジをおいておくくらいだ。
ライラにしても、行動を起こすとしたら今夜になる可能性が高いだろうし、今日だけ念入りに様子見をしたら明日からは休養と体調管理に勤しもう。

「しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ」

「……ぐしぐしぐし……」

「こしこしこしこしこしこし!
ぞぞぞぞぞぞぞ!」

「……しゃーこしゃーこ……」

「ざざざざざざ………ざ?
……どうしたの、ユウ?
また考え事?」

隣からの声と、歯ブラシの音が止まったことにはっとした。
見れば、口端を少し白くしたティアが、目を丸くしながらやっぱり眉間にしわを寄せていた。

「……あ、いや、ぼーっとしてたよ……」

「しゃこー…もう、しっかりしてよね、そんなんじゃ本当に魔獣の餌になっちゃうよ?
もう少しライラさん……や、私のこと信用したらどうよ?」

……え……

「ライラさんなら多分なにもしないよ、考えすぎ。
というか、ユウに何かをするようなら私が容赦しないってば!
今は私より圧倒的に弱いんだからさ、もう少し頼りなよ、相棒でしょう?」

「いや……お前、俺の考え……」

「……何年一緒にいると思ってんのよ。
ユウは今日、ライラさんに会ってから明らかにおかしいし、警戒してるのも気づいてるよ。
…もうすでになにかされたのかもしれないってことも、可能性くらいは頭のすみに置いてる」

ここで急にティアの声が声量を潜めた。

「ほら、さっきはライラさんもいたから、ユウが疲れてるってことにしてこっちに引っ張ったけど……あんなに露骨に警戒してたらよくないよ!
……ライラさんにあんなに見られてたのにさ、小難しい顔して、上の空で……あんなのおかしいよ……ひそひそしゃこしゃこ」

「……お…おう……」

な、なんだよコイツ、やっぱり変だとは思ってたのか?
いや、俺の様子から変だと察したのか……?
どっちにしても……やっぱり頼りになる。
今ならもう少し詳しくコイツの意見も聞いておきたいな……どうも今の俺は色んなことがありすぎて正常な判断に欠けているのかもしれない。
俺も声を小さくして、相方に問う。

「でもさ、あの人、怪しいよな。
黒の魔力の説明にしても、それに対する対応にしても……
それにさっき、妹の話で『おねいちゃん』って……」

「知らないよ、そんなの。
……まぁ、怪しいといえば怪しいけど……
『おねいちゃん』ってのはきっと──

「てぃあああっちいいいい!」

「うひゃああい!?」

「わっ!モココさん!?」

びっくりした!
突然ティアの言葉を遮ったのは背後から現れたモココさんだ。
この人もやっぱりパジャマ姿で寝る気まんま……まんまん?じゃない!!
右手のジョッキ…酒か!?
いや!うん

酒くせえ!!

間違いなく呑んでやがる!!
なんなんだよこの人!真面目じゃないのか!?
いや、酒を飲むのが不真面目とはいわけねえけど、聖職者の人って酒とか飲まないんじゃないのか!?偏見か!?
顔は真っ赤だし、目はすわってるし、呂律も足下もおぼついてない!できあがってやがる!

「大魔導師ちゃんったられー!あたしとは寝てくれないって!えぐっ!ぐす!」

「わちょっ!モココさん!私今歯磨き──

「らめえええ!!ティアっちも飲むのおおおお!!
あたしと寂しい夜を迎えるのおおおお!!夜はこれからよー!!うわあああああん!!!
ほら!くるの!ティアっちはウィスキー飲むの!!
あなたのお菓子はおつまみなのおおおお!!!」

「あやっ!やめてっ!私歯磨き終わってな……!!
───ユウウウウウ!!!」

「………」

洗面所のドアが閉められる音だけが響いた。
廊下の奥から、ティアの悲鳴だけが遠ざかって聞こえる……

連れ去られた!!

あー!くそっ!タイミングがわりいよ!モココさん!!
今はあいつから聞いておきたい話がたくさんあったのによ!!
どうせぶっ飛んだ発想だったんだろうけど!あいつなりに『おねいちゃん』についての考えがあったんだろ!?
どんな些細なことでもいいから、今は信用出来るヤツからの意見が欲しかった!!
頭を抱える俺の元にまたもドアが開く音!
──ライラが──入ってきた!?

「ユウ君、今、こっちにモココが来なかったか?」

「あ、はい、なんか、酒飲んでたみたいで…歯磨き中のティアを攫っていきました!」

「そうか……すまんね。
私が飲ませた、あんまりにも一緒に寝ようとするからね、酔い潰して寝かせようとしたんだけど……」

澄まし顔で肩の位置まで空気を持ち上げる目の前の男……わざとらしい……っ!
こんなことでも胡散臭いと思っちまうんだから末期かもしれねえ……この人、わざと俺とティアを二人にするのを避けたんじゃ……!
しかしまぁ、どっちにしてもこうなっちまったら……

「流石に私も男だからな、モココと一緒の部屋で寝るわけにはいかない。
ということだ、ユウ君。
今夜はよろしくな…!」

……そうなるよな……!
……好都合っちゃあ、好都合か……。
結果オーライ。

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俺とティアなら、もう同じ部屋でお泊まりなんて慣れっこだった。
そりゃ、色んなところが成長したあいつを前に一晩過ごすのは、俺の男な部分がいろいろと引っかかるから精神衛生上良くないけど、少なくともあいつは気にしない。
サウスパラダイスに向かうときの船内みたいなことだって平気でやる、本来なら、今日ものんきに一緒にトランプ遊びなんてしていたかもしれない。

……今後の、この人の動きについて話しつつ……な。
目の前に立つ、女みてえな薄ら笑いを浮かべるイケメン。
ティアもあれだけ警戒していた上で『なにもしないだろう』って結論を出したんだ、変なことにはなりそうもないけど、注意は必要だよな……。

ライラから借りた寝室、モココさんがわがままを言わなければ俺とティアが共同で使っていたはずの部屋。
大きめのベッドが一つ、ライラがさっき転移魔法で引っ張ってきた小さめのベッドが一つ、部屋の入り口から右手に並んでいる。
窓に向かって、小さい机と椅子が一組あり、それ以外は光量調節が可能なスタンドライトと、その下のチェストぐらいしか目立つものもない……質素だ。
真下の部屋、一階のライラの寝室?からか?
モココさんの騒ぐ声と、ティアのギスギス声が聞こえる。

「どうだい?気に入ったか?ユウ君」

部屋の内装に負けず劣らずの質素な質問に首を縦に振る。

「ええ、とっても……
早速ですが、申し訳ない……実は俺、昨日寝付けなくて、もう眠いんですよね……。
先に寝かせていただいていいですか?」

「……わかってるよ……
ゆっくり休むといい……」

まあ、寝ないけど。
……調子狂うなぁ、すんなりだし、警戒もなし……か?
ご親切に、明かりまで消してくれちゃってさ。

「君は大きな方のベッドを使えよ。
私はこっちで充分だ」

そう言うと、ライラは窓際に近い、部屋にもともとあった方の大きなベッドを指さした。
俺は言われるがままに大きなベッドに身体を預ける。
ふかふかで、柔らかくて、心なしかいい匂いがした。

「気をつけなよ、私の家のベッドには全てに睡眠導入の魔法がかけてある……すこしでも油断するとすぐに意識が飛ぶよ…ふふ…」

──!?
なんだと!?ちょっと待て!そんなの……

……あ、やべ、本気だこれ。
身体が布団に吸収されて……

「うえ、マジすか……そんなの……」

嘘だろ……ほんとに眠くなってきた……あ、この魔法いいな……今度、魔導書店でさがしてみよ……。

……じゃない、だめだ、起きてなきゃ……寝たら……だめ……。
くそ……こんな……

「取り越し苦労だよ。
今の君にはどっちにしても出来ることはない、なるようにしかならないよ……今は、休みなよ。
お休み、ユウ君……」


この言葉を最後に、俺の意識は池の水面に小石を置くように、何の抵抗もなく闇に堕ちた。


───次に俺が目を覚ましたのはおそらく深夜、隣のベッドから人が起きあがる気配に目を覚ました──

ライラだった。
ライラは寝間着の上から魔導師服のマントだけを羽織って音もなく部屋から出ていった。
あかない薄目から、月明かりに照らされた後ろ姿を見送りはっとする。
そこで全てを思い出す。
全てもなにも、単にベッドに横になった途端に寝てしまったってことしか思い出すことも無かったけど……。
下の部屋からのモココさんの声はなくなっていた、もちろん、ティアの悲鳴も聞こえない。
寝たのかな……?

そっと耳を澄まして夜の音を聞いた、フクロウ、虫、草木──そして、足音と共に夜泣きダケのすすり泣きが遠ざかっていく──

起き上がり、窓から外をそっと覗いてみる。
そこにあったのはライラの後ろ姿、なんの役にも立たないはずの夜泣きダケの鉢植えを持ち上げ、森の奥へと姿を消していく。
慌てて窓を開け、すぐに飛び降りた、夜の湿った空気が頬を撫で、寝ぼけた頭が冴えてくる。
一瞬の耳への空気抵抗の音、直後には屋外ティースペースの端っこに着地を決めている。
……逃がすかよ、こんな夜更けになにしに行く気だ……?
さっそく何かしらのアクションを起こしやがったな…!
危うく寝過ごすとこだったっての……ったく。

起こしちゃ悪いと思いつつ、小声で呼ぶ。

「……タマ、聞こえるだろ?
頼む……!」

かなりの小声だったけど、ちゃんと聞こえたようだな。
すぐさま隣の窓からぬっと巨大な犬顔が現れた…ちょっと、ふつうにビビった……。
そういや、起こすもなにもウルウルフってそもそも夜行性だったっけ?
つか、さっき、ライラが話してた時にずっと寝てたもんな、だから起きてても平気なのかな?
不思議そうに俺の方を見つめる狼は、鼻を二、三度鳴らすとすぐさま窓から窮屈そうに出てきた。
流石、わかってるねぇ、タマは。

「そうだ、散歩だ、タマ。
ライラを……追うぞ!」

月明かりのせいだろうか、それとも……。
…一瞬、目が輝いたな、楽しみなのか?タマ。
俺が乗りやすいようにと身を伏せたタマの尻尾は左右にぶんぶん揺れていた。
……ペットは飼い主に似る……と。
コイツもまだまだ小さい女の子だもんな、昔のティアもこうだったよ。多分。

そっと、その巨体へと身体を預ける。
なんとなく、サウスパラダイスでのレースを思い出すな……がんばったよな、タマ。
あの時と一緒、あとは……言わなくても伝わるよな。

──と、思ったと同時だった……景色が、飛んだ──

唐突に流れてくる冷たい空気、浮遊感に心臓が持ち上げられる。
──もう、ライラの家が豆粒。手を伸ばせば、星に手が届くような気がした。
スタートからいきなりの大ジャンプ、音もない着地と共にトップスピード!
森の木々を縫うように、そっとバレないように、最高速の散歩が始まる。

わかってる、タマなら、うまくやる。
気づかれずにライラを追えるだろう、無駄が多いのはな、飼い主に似てるからだろ?

楽しそうなリズムを刻む足音、呼吸……レース以来、タマも何かにとり憑かれたのかもしれない。
そうだな、楽しかったな…!獣祭り!!
どこか、タマにつられて俺の鼓動も高鳴りを覚えた、気分は悪くない……。

「よし、タマ、お前に任せる!
気づかれるなよ?──おっと!」

尻を、後ろ脚の反動で突き上げられた……バカにすんなよってとこか?
……そうか、やってくれるか!
しかしライラの奴、こそこそとこんな夜更けに夜泣きダケなんてもって、何しにいったんだ?

しばらく自由にタマに散歩をさせた後だ、鼻先を少し動かしたかと思うと、タマは突然また高跳びをして、着地と同時に脚を止めた。
森の外に出た、かなり遠くにライラの赤髪がみえる。

──俺たちの眼前に広がっていた光景は、360°に星空が広がる、藍に染まった草原の丘だった──


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とても静かな丘だ。
緩やかな坂道になっていて、近いところになだらかな地平線が見える。
時折風が吹くと、月明かりに照らされた芝生が金の波を打つ。
音のない紺と、金と、黄緑。
そこだけが、世界から切り離されてしまっていて、まるで時間が止まっているかのような世界。
青臭い匂いの混じった夜の薫りを肺に入れたとき、不思議なもの悲しさがこみ上げてきて全身の力が抜けていくのを感じる。

「……いい場所だな……タマ」

三角の耳だけが動き、短い鼻息が聞こえてきた。
アイツにも見せてやりたかった、きっとタマも同じようなことを考えているだろう。

ライラが地平線の上に立ったのが見えた。
夜泣きダケの鉢植えを胸に抱えたまま、夜空を見上げる後ろ姿だけが確認できる。
周りに身を隠せるものも無かったから、足りない視力にストレスを溜めることにした。
赤い豆粒マントは迷いのない足取りで草原の真ん中へと向かっていく。
タマの頭に軽く手を置いて、下ろしてもらった。
そっと、そっと、後を追う。

タマを元の姿に戻せないのがネックだと思ったけど、よくよく考えたらタマを元に戻すのは得策じゃないよな、知能も元の仔ウルウルフ並にもどっちゃうわけだし。

身体が弱ったからといって隠密行動が下手になるわけじゃない、身体が覚えているからな。
ライラの姿の確認が厳しくなった辺りで意味もなくゴロゴロと芝生を転がって見せた。忍者みたいだろ?
遠くでライラの動きが止まったのが見えた。
意味もなく身体を伏せて、転がって、背後をとって……近づく。

200…100…50…25…15……

息を殺し、気配を溶かし、凝視する。

「──っ!」

夜泣きダケの声が聞こえてきた。

カサカサの紙にくるまれた花束を、無造作に投げ落とす音が聞こえてきた。

──ライラの声が聞こえてきた──

「……よぅ、今日も会いに来たよ。
こんばんは……
『レイラ』……。
また一つ近づいたよ。もう少し待ってろ。
いつか……必ずやってみせるからな……」

──レイラ!?
レイラって、さっきの……妹の話で……!

完全なる独り言は、間違いなく、男の足下の十字架に落とされていた。
丈夫そうな丸太が、またまた丈夫そうなロープで十字に固定されていた。
それ以外には、花束、花束、枯れた花束。
腐った食べ物に、新しい食べ物。風雨にさらされたのであろう、ボロボロの本。

十字架には、よく見えないけどキラキラ光るアクセサリーと、紫色の、破れた三角帽がくくりつけられていた。

─墓だ─

あんなの、誰がみたってわかる。
そんな質素な『消失の証』の前にあぐらをかいた男は、十字架と自分の間に夜泣きダケの鉢植えを置いて話し始める。

「枯れちまったんだよ……恥ずかしい話な、レイラを失ってから流しすぎてな……。
隠すつもりも、誤魔化すつもりもない。
正直に言うよ。
私にとって、夜泣きダケは…代わりに泣いてくれる卑怯な供え物だ」

「…………」

「……無視か?ここまで後を付けてきたくせに……連れないな。
……ユウ君……?」

「っ!……やっぱり……バレてましたか……はは……」

心臓が一度破裂した。
どうやら俺に話しかけていたようだ……というか、バレていたみたいだな。
やっぱりとは言ってみたものの、俺自身はバレてる自覚なんて全く持ってなかったからショックだ。

「……タマ、かくれんぼは俺たちの負けだってよ。
バレてた」

「悪趣味なかくれんぼだな。
そんなとこで寝っ転がってないで、こっちに来いよ。
起こして悪かったな」

ほんっとうに調子狂うぜこの人はよ……。
笑ってる……から良いものの、ちょっと早めの死を覚悟したよ……。
タマと一緒でも逃げきれる気がしねえ、お手上げだ。
もう隠れきれないし、隠れないなら隠すつもりもない。
誤魔化すつもりもない。お互い様。

「……いいえ、むしろ起こしていただいてありがとうございます。
……単刀直入に訊く……
こんな時間に、何やってたんだ…?
こんな状況だ、寝かしつけられて、こそこそとこんな外出されりゃあそりゃ怪しいと思うに決まってる!」

──また、笑った。
真っ直ぐに睨みを効かせる俺のことを、まるで猫じゃらしでじゃらすように笑って、声をあげる。
……ムカつく。

「──ははははは!
何ってあんた!……っぷは!くははっ!
みればわかるだろう?右から見ても、左からみても墓参りだろう!?
君は後ろから見ていたけど、それでも私は墓参りに見えたと思うけどなっ!くははははっ!」

──わかってるっての!やかましい!
ため息がでるぜ。

「……はいはい。
俺が悪かったですね、疑ってすみませんでしたね」

「そうだろう?そもそも私はあんたを寝かしつけたりなんてしてない、あんたが勝手に寝たんだろう?くはははは!」

「……う……この……」

「まぁ、そう怖い顔すんなよ、非礼を詫びよう。
……で?収穫は?
……ま、ないと思うけどな!」

……負けだ…やめだ!やめ!
あー!くそ!イライラするぜ!ライラだけに!!
やっぱりこの人の考えてることはわからん!!
罠!?嫌がらせ!?隠し事!?
全部諦めてやるよ!かかってやる!うけてやる!見つけないでおいてやる!!
なんなんだよもう!!好きにしやがれ!!
なんとなく心地の悪いライラの隣に、半ばヤケクソで腰を落としてやった!
タマもバレていたのがよほどショックだったのだろう、申し訳なさそうに俺の隣ででっかいお座りをしている。

「ありませんよ!ありませんでしたとも!
紛らわしいことしないでくださいよ!
こちとらよくわかんねぇ中で神経削ってんだ!あんまり刺激しないでほしいっすね!!」

「…悪かったよ。
ただまぁ、私にも都合があるんだ、許してくれ。
君にとっては収穫にならなかったかもしれんけど、私からしたら自分のとこの稲を刈り取られた気分さ。
……墓参りを見られてしまうとはね……」

「……?
それがなにか問題でも?」

「……ないよ。
単に、個人的にちょっと嫌だっただけさ」

「なら、尾行に気づいた時点で追い返せばよかった」

「……それも、ちょっとちがう。
私は、良くも悪くも
『私という生き物』
に興味を持つ者に見せたかったのかもしれない……可愛い妹の、生きた証を……」

「……」

何を言ってるのかさっぱりだ。
……わかんねぇ……わかんねーけど……どうしてだ……?
なんでこんなに虚しいんだろうか。
どうしてこんな……悲哀に満ちてるんだ?
俺とは目を合わせず、ただただ木のばってんを見つめるライラは、そっと、優しく語りかける。

「客人だ……レイラ。
今夜は、少しだけにぎやかになるぞ……」

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「……レイラって……さっきの話で……」

「そう。
やっぱり聞き逃さなかったか……いや
『やっぱり聞いていた』んだな?
うまくやってたね。脱帽だ……ふっふ!」

そんな無垢な笑顔で笑われても……。
嘘じゃなかったんだな……妹がいたって……。
いや、まだ100%じゃないけど、ここで嘘をつく理由もないだろう。
ポケットを漁ってみた、指先の感覚を頼りに一つの引っかかりを拾い上げる。

歯磨きの前にさりげなくもう一粒もらっておいた飴だ……。

ちょうどよかった。

「──っ!
……?」

「アイツ……ティアからの供え物」

「………っ、ふははっ!……そうか、ありがとな……。
……ティアっちによろしく頼むよ……」

「……ええ」

一つうなずいて、包装紙を広げる。
少し緑がかった透明なまん丸。
一度、月明かりに透かしてみてから、墓標の前に包装紙を置いてそっと乗せる。
メイプリルクールキャンディだ。
生前、レイラさんって人がこの飴が好きだったかはしらないけど、相方のセンスは悪くない。
俺は少なくともそう思っている。

「──あ、こら。タマ……食べちゃだめだ……。
……なぁ、ライラさん?」

「んー?どうした?」

メイプリルクールキャンディをなめようとしたタマを止め、ついでによく墓標を見てみた。
実はこまめに整備されている痕が見て取れる。
さっき見えたアクセサリーは、偶然にも今日の月と同じ形をしたシルバーアクセサリー。
過剰な装飾に見えるそれも、控えめな大きさのおかげで可愛らしくまとまっている。どう見ても女物。
ライラが嘘をついている可能性がまたも減り、俺はなんだか罪悪感を感じた。
だからこんなことを聞くことにしたのかもしれない……。
最低かもしれない、失礼かもしれない。
……でも、俺はどうしても知りたかったんだ……。
もしかしたら、ライラは正直かもしれない、本当にもうすぐしたら俺は死ぬのかも知れない。そうなったときの……相方の気持ちを……少しでも……。

「─どんな……気持ちになりましたか?─」

沈黙。

風が駆け抜け、夜泣きダケがくすりとすすり泣いた。

沈黙。

遠くで獣の鳴き声が響く。

沈黙。

世界の全てが…ただ黙った。

「─最低だな─」

無垢な笑顔、横顔。
……枯れたと言っていた……『涙』

もう、充分だ。

「ごめんなさい。ライラさん。」

「……いい。
どうせ君ももうすぐ死ぬ、こんな気持ちにならないで済むんだ……よかったろう?」

「ははっ……。
わかってる……クセしてさ……」

「身勝手な奴だ。君も……レイラも……ティアっちもだ……」

「釘、刺しときますよ、その時のために……」

「くっはははっ……!
きっと……もう遅いさ……」

そっと目元を伏せたライラを見て、すぐにわかった。
そっか……そういうことだったんだな……。

レイラさんは……ライラのために死んだのか。

さっきの話はそうだ。
ティアもきっと、俺のために死ぬ。
そう言いたかったんだろう……。

タマに鼻先で殴られた。

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