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2人は森の縦断を一旦諦め、雑草がはげている場所にたき火を焚いて朝を待つことにした。
疲労がたまっていたのか、タマはユウとティアが足を止めたあと、すぐに眠ってしまった。
揺らめく炎と、かわいいタマの寝顔に一息つきつつ、2人は今後の予定を考える。
とはいっても、まずは森を抜けなくてはそもそもなにもできやしないのだが。

「今夜は……野宿です!
さあ!喜べティア!」

「わー…」

ばさっ!と、豪快にローブを腕ではじく魔法使い。
焦点の合っていない虚ろな視線を向ける剣士。

開き直った元気な声と、やる気のない拍手の音だけが、闇夜の森に響きわたる。
声の主は平謝りを続け、拍手の主はやる気がなさそうに、しかし手際よく夕飯の支度を進めていた。
今夜のメニューはティア特製、森のキノコのみ汁と、余分に余ったパンのみだった。
一日で踏破できそうな大きさの森だったということもあり、2人は野宿を想定したような装備はしてきていない、旅が始まって以来最初の野宿は、予想外の形で、予想外の質素さで行われた。
悪態をつきつつも、キノコ汁が出来上がる頃にはティアも鼻歌をうたいはじめるほどに機嫌が良くなっている、どんなときでも楽しむことをわすれないそんな性格が、今の彼女を作ったのだ。
ユウだって全く反省していないわけではない、キノコ汁を盛りつけるティアを横目に月や星の位置、地図なんかを入念に確認中だ。
ぶっきらぼうに見えるし、ちゃらんぽらんにもみえるが、ユウは責任感だけは人一倍強い。
だからティアもあまり本気でユウを責めたりしないし、笑っていられるのだ。
ティアは、あらゆる意味でのユウの『魔法』を人一倍信用している。

「いただきまーす!………あ、キノコ、見た目のわりにおいしいじゃない!
パンはちゃんと魔法で焼いてみたよ!
タマのサラミをね!少し分けてもらってみたの!
味しないねー、このサラミ……」

「そうか?
ちゃんとサラミっぽくはあると思うぞ?」

いつも通りの明るい声に、ユウは内心ほっとする。
ティアはこんなことで怒らないとわかってはいても、ユウはたまに自分を責めてしまうのだ。
今夜ような、こんな状況では。

「方角は?もぐもぐ」

「はぐ……
うん、おかしいな…方角がわからねえ」

「え!?わからない!?」

「おう、すまねえ。
なんか変だ、この辺一帯」

「……ふー…ん、そっか!
じゃ!真っ直ぐ歩けばいいんじゃない!?
どうせそんなに大きい森じゃないんだし!そうすれば抜けられる!」

「うはは!天才!
じゃ、そうするか、明日からは真っ直ぐ!
方向はお前に任せるよ、頼んだぜ。
お前のことだ、ありもしないお化け屋敷とかみつけそうだな、楽しみにしてるよ!」

「じゃ、今夜は予行演習!
……あのね……森にまつわる怖い話が……──


───夜が、更けていく。

2人は交代で火の番をしつつ休息をとる。
たき火のそばの大きな芋虫が、木の上で眠るユウへと大声を上げる。

「ユーウー!おきてー!交代だよ!!
私!寝てもいいかな!?」

「おう!いいぜ!……よっと!」

寝袋から顔だけでているティアに、木の上から降りてきたユウの跳ばした砂がかかった。

「わっぷ!ちょっ!ユウ!目が!痛い!?」

「あっ!わりいわりい。
………お前さ、それで番してたつもりか?
つか、よく寝ないで起きてられたな……」

目から涙をこぼしながらぐねんぐねんと転がる人面芋虫に、ユウから苦虫を噛み潰したような表情が現れる。
ちょうど2人が起きて交代しようとしていた時のこと、森が明るくなっていた。
朝ではない、雲だ。
空に、雲がかかっている。
2人が視線でそれに気づくよりも先に、耳への情報が状況を知らせてきた。


──ぱっ

─────パタタタタタタ!

擬音が森を埋め尽くしたのだ。

大きな音が鳴り始める。
音は、瞬く間に広がっていく。
最初は木の葉のせいで2人もすぐには気がつかなかったが、転がるティアの顔に大粒の水滴が落ち、2人は状況を理解する。

─雨だ─

「─雨だ!─」

「─雨だ?─」

気がついたときにはもう遅い。
森の中にいるにも関わらず、葉っぱの傘は役目を持たない。
シャワーの様な密度の滴が、滝の様な勢いでたき火を消した。
そこにあった芋虫の肌色も、飛び降りてきた黒い影も、白い小さなウルウルフも、たき火の火とともに一瞬で姿を消す。

ばったばったと、ティアが身体をよじって暴れ回る。

「ぬわああああああ!!!ユウ!雨っ!!あっぷ!
は、早く!当たらないところに逃げなきゃ!!っぷあ!?」

「落ち着け!ただの雨だ!
くそっ、地図!地図!洞窟みたいな、雨宿り雨宿り……!」

「うわあああああ!つめたっ!眠気が!わっ!あああああ!!」

「いいから早く寝袋から出ろよ、このおたんこなす!
ほれ、手伝うから!チャックどこだよ!」

「あ!寝袋に入ったままなら顔しか濡れない!!」

「うるせぇ!出ろ!」

さすがのタマもこれには驚き目を覚ます。
頭に落ちる水滴と森中から響くざわめきに右往左往している。
そんなタマを抱き上げたユウはローブでタマを包んで走り出し、ティアはユウのリュックと自分のリュックを背負って夜の森へと駆けだした。


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右へ。

左へ。

前へ。

後へ。

大雨の音にかき消されぬよう、切れた息でかすんでしまわないよう、荒々しさを持つ男女の声。
駆け抜ける湿っぽい足音。
森が終わらなかった。
2人は諦めたのだ、森からの脱出を。

発案したのはユウだった、どうせ濡れるなら、どうせ雨宿りができそうな場所に心当たりがないのなら、いっそこのまま森を抜けきってしまおうと。
2人はティアの言っていた
『ずっと真っ直ぐ走り続ける』
という方法をとってみたのだが、予期せぬ事態が起きたのだ。

森が終わらなかった。

走れど走れども、木々が、黒い緑が、拓けぬ視界が追ってくるのだ。
どうしてもたき火あとに戻ってきてしまうのだ。
不気味に感じつつも、埒があかないと思った2人はありもしない心当たりを探り、木々の中に雨除けの宿を探す。

しかし、ないものはない。
あれだけ長時間森をさまよっていたにも関わらず、それらしきものは一つもなかったのだ。
ここにきて見つかったとしたらそれはそれで不自然である。
木々を縫いつつ、雨に濡れつつ走り回った2人は一瞬の輝きに足を止める

「──あっ!」

ティアの声の直後、轟音が世界を揺らした。
落雷だ、雨が止むどころか天候が悪化した。

「うーーーん、あんまり疲れるからやりたくなかったけどな……
このままじゃどうしようもないしな──っよ!」

「お、ありがと!
疲れたら言ってね、代わるから!」

「三時間くらいは余裕だけどな」

ユウが薄い魔法障壁を頭上に展開した、作戦会議の合図だ。
2人の一メートルほど上空で雨は止まって、2人の世界の外へと流れ落ちる。
ティアはリュックから一つ、サッカーボール大の球を取り出す、その球は魔導繊維で編み込まれており赤と緑の可愛らしい見た目をしていた。

「ん?なんだその球?マジックアイテムか?」

不思議そうにその球へと視線を向けたユウに、ティアは不敵な笑みで答えた。

「そ、簡易魔動乾燥球。
女子力高いでしょ?」

そのままティアが球に魔力を込めると、球が浮き上がるほどの温風が吹き荒れ、2人の周囲を暖め、除湿する。
2人の間で風を起こしつつ浮かぶそれに小さく声を漏らしたユウ。
手早くブルーシートを用意したティアがユウに座るように促しタオルを手渡す。

「おお!さんきゅ!……見くびってたぜ」

「当然よ、このくらい」

服や髪こそ濡れていて気持ち悪いが、贅沢はいえない。
あっという間にできあがった簡単な会議場に2人は腰をおとして話を進める。
タマはユウのローブに包まれていたのをいいことに、静かに寝息をたてていた。

「で?どうするの?ユウ。
このままここで、朝まで障壁の番も交代しながら過ごす?」

「うーん、それでもいいけどな……
でもなー、今日がこんな状況だったんだ、明日に確実に森を抜け出せるとも言い切れないからなぁ、やっぱりちゃんとした拠点みたいなのは欲しいよな……
それも、今日中に見つけておきたい」

「そうよね、今日中は無理にしても、明日は丸一日拠点づくりに費やしてみる?
材料は山ほどあるからね!
……ほんと、丸坊主にしてやりたいわよね、この小憎たらしい森の材料……!」

きっ!
と、少女は木々をにらみつける。
まるで意志を持っているかのように2人の前に現れる同じ景色、それを作る木々、少女の怒りは明らかに意志を持つものに向けられるような色合いを持つ。
依然として落雷も大雨も止む気配はない。
完全に手詰まりだ。
眉間を膨らませたユウの背後がまた光る。

「っ!……おおう、またかよ……」

「なに?ユウ、雷恐いの?うひひ……」

「んなわけあるかよ…ちょっとびびっただけだっ──うおうっ!」

さらに、光った。
不自然なほどに雷は森の中に落ちている、まるで雷も意志をもって森に落ちてきているかのように。
すぐ近くに落ちる雷は毎回轟音を鳴らし、ユウの肩を跳ね上げている。
そんなユウの様子にカラカラと湿度のない笑みを見せるティア。
そして、もう一度空が光を放ったとき、その笑顔が一瞬で歪む。
不安でもはない。恐怖でも、憂いでもない。

驚きと、発見だ。

ユウの背後の空に、眉間にしわをよせる。
その様子に、また眉間が膨らむ。

「ん?なんだ?どうしたんだよ急に?」

「しっ!静かに!……あ、静かにはしなくてもいいや別に。
あっち!次に雷光るとき!みてて!ユウ!」

「あっち………?」

不思議そうな様子の指の先を、ユウも見つめて落雷を待つ。

─光る─

──ユウの顔にも驚きが現れた。

「ね!?ね!?みた!?今!見えたでしょ!?」

「……お、おう……あれは……建物……?
なんだよ、あんなの……あったっけか?
つか、なんであんなのに気がつかなかったんだ……?」

ユウが首を傾げるのも無理はなかった。
ティアが見つけたそれ─落雷のひかりを切り取る建物の影─は、明らかにほかの木々よりも高く、目立っていた。
どうかんがえても、昼の間にあれを見落とすわけがない。
突然現れたとしか説明のしようがない巨大な『館の屋根に見える影』にユウの表情は曇っていく。

「きっとたまたまだよ!でも良かったね!早速行ってみようよ!
もしかしたら人が住んでて、泊めてくれるかもよ!?」

「……ま、まてよ、ティア……いくらなんでも不自然だろ……良い予感がしないんだけど……」

「まずそうだったら入るのは止めればいいだけだよ!
それに今は贅沢いってられないよ?
ほら、行こ!」

「…まぁ、それも……そうか……
面倒なことにならなきゃいいんだけどな……」


ユウの予感は、嫌なものばかりがよく当たる。

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ブルーシートを持ち上げ、乾燥球からの風で裏についた水気を飛ばすティアの表情には、疑いや困惑の色など微塵もなかった。
突然現れた建物の影に喜び、あの場に避難すればなにかしらどうにかなるだろうと信じてやまない、また、すこし不思議な現象にわくわくしている様子すら見て取れた。

それはいい、ユウもわざわざティアのわくわくをへし折ってまで自分の不安を述べようとは思っていなかったから。

仕上げにブルーシートについた汚れを払って、パンパンのリュックにそれを丁寧にしまったティアの視線に負け、ため息とはいわない、漏れ出した鼻息をふかしたユウは、建物の方へと歩き出す。

焦る必要などない、むしろ用心するに越したことはない。

相手は獣でも、魔物でもなく、不気味な建物。
森以上になにが起こるかわからない。
タマを抱き上げ、ゆっくりと歩みを進めるユウの後ろに、乾燥球で遊ぶティアが続く。

30分も歩いた頃だろうか、時刻はすでに深夜と言っても過言では無かった。
獣や魔物の気配もない、雨音と雷だけの、不気味なほどに静まりかえる森、そしてその森の中に確かにそびえていたそれ。
息をのむ。

白と、黒の館だった。

不自然に大きく、不自然に美しいそれは、まるでそこだけ時間が止まっているかのように輝きを放っている。
いや、実際は森の、夜の闇にとけ込んでいたが、そう思わせるようななんとも言い難い、のっぺりとした雰囲気を放っている。
作り物の写真のような、無理やりそこに付け足したかのような、水彩画にあとあと無理にのせられた油絵の具のような、正体不明の浮き彫りの館。

美しさが、この上のない不気味さを放つ。

そして、2人はたどり着いたのだ。

黒の金属の門、その門以外の外周は、やはり黒の金属の柵が四角く館を囲っている。
門の内側には噴水を中心とした花壇の広場、あれだけ生い茂っていた森とは対照的に、枯れた植物が花壇を埋め尽くしていた。
2人は、門の前に立つ。
正面の壊れた噴水、その五十メートルほど先にそびえる館本体。

やはり、あまりにも不自然だ、こんなもの、昼の探索の段階で気づかないわけがない。
ユウの異常へ対する疑惑は、確信へと変わり、ティアの異常へ対するわくわくは不審へと変わる。

館の壁に絡まる蔦を指さし、そっと、ティアの声。
いつもの声。
冗談だ。
ティアなりの強がりだ、どうみても視界に映るそれはお化け屋敷のそれ。
冗談の一つでも言って、自分を落ち着かせなくては笑っていられなかった。
しかし、その表情に笑みはふくまれていない。

「ユウ……館にまつわる怖い話があるんだけど……」

「いや、いい、どうせ……」

言い掛けて、ユウはティアへの冗談を思い出す。
『ありもしないお化け屋敷とか見つけそう』

「……」

黙る。
『これから体験するかもしれねえしな』
という言葉をユウは飲み込んだ、冗談でもいえなくなったのだ。
落雷が、一瞬館を照らした。
2人を誘うように、ひび一つない窓が、2人へと光を反射する。

「と、とにかく……行ってみようか……」

「う……うん……来ちゃったしね、このまま引き返しても振り出しだしね……」

「ほ、ほら!あんな見た目だけど……人とか……住んでるかもしれないしな……きっと……たぶん……」

「人……とか……か。
その『とか』に何が含まれるのかは、私は聞かないよ……?」

「や、やめろよ、間違って出ちまっただけだよ……揚げ足取るなよ……」

門へと手をかけて、ユウが引っ張る。

金属が擦れるいやな音を辺りに響かせ、すんなりと開いた。

─鍵がかかっていない─

この事実に2人はさらに表情を歪ませる。
おどろおどろしい庭へと一歩。
不気味な花壇で囲まれた道へと一歩。
かつての名残が不気味さを加速させる、古びた噴水へと一歩。

一歩一歩、世界が変わっていくのを肌で感じつつ、2人は先に映る館を目指す。

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1メートル、また1メートルと、館が大きさを増していく。
その姿はまるで2人を飲み込もうとしているかのように、不気味で禍々しく、恐ろしい。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

ふふん、ユウ……ひょっ、ひょっとして、怖いのかしら!?
さっきから腰が引けてるじゃないのよ……ぬふ、ぬふふふ。

という声が、でない……

私もきっと腰が引けているのだろうから、ユウのことをバカにできない……

さっきから、ユウはずっと黙りっぱなしだ。
私の前でただ黙ってのろのろ進んでいる。
なんなのよ!?不気味じゃないの!!
ま、まさか、ふりむいたらのっぺらぼうだったり──

「ティア…!」

「ぬひゃい!?」

っびっくりしたぁー。
変な声出ちゃったじゃないのよもう!話しかけるなら話しかけるでそう言いなさいよ!
『これから話しかけるぞ!』って!!
失礼じゃないの!……それでもびっくりしてたと思うけど……
ユウが、急に振り返って間抜けな顔を私に合わせてくる。
なんなのよもう。
ユウの額には水滴がついている、冷や汗なのか、雨なのかはわからないけど、きっと前者だ、表情がもう『前者です!』っていってるもん!

「な、なに!?どうしたの!?」

「見ろよ……これ……」

「え…なに…どうし──!?
………え、うわ……」

振り向いて、私の視界を空けたユウが指差す先、もう館の入り口が目の前にあった。
それだけなら、それだけなんだけど──

「これは……荒らされてるよな……きっと」

「……うん、それに……これ……」

「ああ……きもちわりぃよな……なぁ、引き返さねえか?
俺、嫌な予感するんだけどよ………いや、つか、嫌だ!」

館の、入り口についた。
大きな大きな木製のドア、きっと、私が三人肩車をしてもはいれるぐらいの高さ。
材料の木は、見るからに古くて、大きなアーチ状だ。
それで、問題が、鍵……が、完全に壊されてる、まではいいんだけど……
どう見ても最近壊されたようには見えない、金属の傷跡の部分も劣化してるから……
それに、無駄がないというか……『ある目的』だけを持って壊されたような、完全に『館に侵入するためだけ』に壊されたようなあと。
だって、肝試しとかに入ろうとして壊すなら、もっと荒れててもおかしくないし……窓とかも割れてるのが普通な気がするんだけど……鍵以外は綺麗なんだよなぁ……。

「そ、そうだね。
あのさ、窓から、ちょっとだけ中の様子を確認して、不気味だったらやめよう!
こ、このまま、雨に濡れ続けるわけにもいかないでしょうし……」

「そ、そうだな……見るだけ、損ではないよな……うん」

自分でも、何を言ってるのかわからなくなってきた。
不気味だったらもなにも、すでに不気味なことこの上ないのに……
ユウが、入り口の雨よけを支える豪華な装飾の柱の間を抜けて、入り口右側の格子付きの窓の方へと歩いていく。
私も、ついていかなきゃ……なにがあるかわからないからね!

「ユウ、タマを、私に……」

「ん?お、おう、寝てるからな、落としてやったりするなよ?」

「う、うん」

ふぅ──、ほっとするなぁ、あったかいタマ。
こんなところでもタマはユウのローブにくるまってねてる。
私はユウにリュックとローブを返してユウの背中ごしに窓のなかを見てみる。
暗いな……赤い……絨毯?

「どう……ユウ……?」

「う……ん、暗くて、よく見えねえ……」

「人とかの気配は?」

「感じるか?わからん、お前も見てみろよ」

ユウからの催促、私は窓の外からどいたユウにかわって窓の中をのぞき込む。
さっきよりはよく見えるね!
……割れた、倒れた壷。
さっきみた、赤い絨毯か、やっぱり。
絨毯のしわが目立つなぁ……ほかにも、いろんなものが散乱してる……これは荒らされてるなぁ……
それに……

「なあ、ティア……」

いわんとしていることはわかる。
でも言わないで欲しい、不気味さが増すから。

「これは……なにか事件があったあとに放置されてるので間違いなさそうだよな……」

言われた。
二の腕とほっぺが粟立つ感覚を覚える。
そうだ、ユウの言うとおりだ、入り口の様子と、ここから見える中の様子。
そして、中も最近荒らされたようにはみえない。

間違いない、この館、何かが起きてる。
それに血なまぐさい何かがだ。
森の中、ひっそりとそびえ立っていて、目的を持って壊されたような入り口。
見るからにお金持ちが住んでいたような形跡、荒らされ方。
これは、中で暴れたような痕。

「……強盗……かなぁ……」

「おそらくな……」

「……」

「……」

「「………」」

「入るか?」

「!?」

なんですって……!?

「ちょっ!まって!ユウ!何言ってるの!?
こんな!明らかに『出そう』なところに!入るつもりなの!!?」

声を、荒げてしまった。
当たり前だ、私は少なくとももう切り替えた。

入る気なんて絶対にない!

こんな……どうかんがえても殺人事件があったような印象を受ける館!
なんでここまで確認しておいてその選択肢がでるの!?
気持ち悪くないの!?

「……いや。わりぃ……そんなに怒るなよ……」

「あっ、声に出てた…!?」

らしい。
でも、伝えたいことは伝わった。
というか!さっきまで

「それよりどうして!?さっき『引き返そう』って言ったのはユウだよ!?」

「そりゃ不気味だけど……最近荒らされた形跡がないってことはだ、雨宿りには好都合だろう……?
ほら、嫌な予感は……するけど、なにかが起きるような状況じゃないのも確かだ。
何も起きてなかったから、最近の形跡がみあたらないんだろう?
そんなに頻繁に何かが起きてるなら、もっと最近に荒らされた痕があるのが普通だと思うんだ」

「……う。そうだけどさ……」

悔しいけど、たしかにそうだ。
最近になにもなかったから、最近の痕がないんだ、これは揺るぎようのない事実。

「よし、どうせ入るならだ、もう少しだけ中の様子を見てみようぜ。
……完全に、『何もない』って保証が……俺も欲しいから……さ」

なんて顔でそんなことを……

どう見ても怖じ気づいてるじゃないの……

でも、そっか、何もないことを証明さえできればね……一晩過ごすのも怖くないよね……うん。

「そうだね……でも、なにかあったら、すぐに逃げるよ、これは約束してね!」

「……当たり前だろ……いくか……」

入り口まで戻ったユウが、ドアノブに手をかけた。

私は、知らない。
この館で一体なにがあったのか。


そしてこれから、この館で何が起きるのかを……


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……これは、カビのにおい……か。

ユウがドアを開けて一番。
湿っぽい、異様に冷たい空気と、特有の異臭が鼻をついた。
そして広がる、真っ暗闇。
私は、タマジローさんに借りて以来惚れ込んでさりげなく買っておいたマジックフェアリーをポケットから取り出す。
光らせてみる。
もう一つは念のためユウに渡しておく。
役に立つときが来てよかったのか、または、使わざるを得ない状況に陥ったことを嘆くべきか。

「「………!!」」


マジックフェアリーが照らし出す、まず一番に広がった光景。
──広い──
外から見る以上に広い館内、外から見る以上に赤い、大げさな絨毯。
絨毯以外は階段の手すり、ひび割れた壁、くすんだお洒落なドアノブがついた扉がいくつか……
うん……赤と……白か……な、印象は。
それにしてもこんなに大きかったかな、この建物……外から見た限りでは──っ!!

──…雷か……うふ、うふふふふ……これは、本当にユウのことをからかえるような空気じゃないわね……
ユウが、そっと歩き始めた。
音を立てぬよう、猫を驚かさぬよう……そんな足取り。
表情は緊張の一点張りだ。
なにが起こるかわからない……か。何も起きなければ……いいけどね。

「…足下、気をつけろよ。割れた花瓶やら、なんかの木材やらが散乱してやがる……
よくみりゃ……絨毯もボロボロだな。
なにが…あった……?」

「……う、うん……やっぱり……荒れてるね……
あ、ユウ、どこ向かうの?」

ユウがまず向かおうとしたのは玄関正面の豪華な階段だ。
階段は、八段ほど登った位置に丸い踊り場があり、そのさらに先にはもう八段ほどの階段、登り切ると正面に少し大きい木の扉、そして館の両端へ向かって伸びる通路がある。
右も左も、同じ作りだ、通路の先は……きっと、小部屋かな?
館の端でさらに直角にT字に折れた通路の先、T字の、入り口側に見あたるのは普通の大きさのドアが五つほど。
館の奥へと向かう方向は……階段だ。
この館は、外から見た限りでは四階建てだ。
踊り場の先を二階とすると、通路端の階段はおそらく三階、四階、そして、屋上へと続くのだろう……

床がきしむ音が、私を置いていきそうになる。
雨がうるさい上に、ユウ自身がそっと行動しているせいで音からユウの行動が把握できない。
よそ見をしているとすぐにおいていかれそうになる……

やめてよね、おいてくとか、ほんとに。

先ほどの床がきしんだ音はユウが踊り場手前の階段に片足を乗せた音だった。
私はあわててユウの後ろにつく。

「とりあえずあのちょっとでかい扉だ。
家主の部屋か、食堂かってところだろうな、たぶん……
ティア、床が抜けるかもしれねえからな、そっと歩けよ?」

「う……うん、ユウもね……気をつけてよ」

一歩

きしむ

一歩

きしむ

音のひとつひとつ、足につたわる感覚のひとつひとつが緊張をたかめていく、うん、私、緊張してる……!!

踊り場

一息

また登る

きしむ


やだな、なんか、変な汗かいてきたよ、水が飲みたい……
喉の奥がねっぱる感覚が気持ち悪い。
無言のユウが足を止め、振り返った。
その背中の先には例の扉。
ユウの言うとおり大きさからみても位置から見ても食堂なのだろうと思う。
……いきなり……なんか出ててきたりはしないよね……

また、きしむ音が館内に響いた。
動物の鳴き声のようで気味が悪い音、劣化した金属が擦れる音。
扉が─ひらかれた─

「──!!………っふぅ、やっぱり食堂かぁ……
大丈夫だ、ティア、何もない。
長テーブルと暖炉と……肖像画……か?
全く、気味わりいな……」

「ほ、ほんと?!」

ユウの背中から、そっと部屋の中をのぞいてみた。

黄ばんだ白の、テーブルクロス。
遠近法のお手本ように真っ直ぐな長テーブル、椅子。
その先には暖炉、その左右にはさらにドア。
部屋の壁の上には知らないおじさんおばさんたち、みんな、無表情だ。
両側に13人ぐらいずついそうだ。
……み、みられている気になる、やだ。

「先の部屋はきっと、あれだな。
調理室とか盛りつけ部屋かな?
……ここは、何もなさそうだ。
一つ一つ調べるわけにもいかねえし、すぐに三階にあがろうぜ……疲れたよ」

「うん……時間は……あるけどさ……こんなの神経が保たないもんね……」

私も、疲れた。
今朝から歩きっぱなし、森、雨、雷、館。
そしてこの不気味さ、肩がこるよ。
こんな感じで、三階と四階も主要な部屋だけ調べたらもう休みたい。
緊張が抜けないユウの表情、私も、緊張させられる。
いつもの、ちょっと間抜けでバカみたいな笑い顔がみたいよ……
早く……早く……──



──ティア?」

「うひゃあっ!?!?」

「うわあっ!?!?」

「ぁ、ごめん……ぼーっとしてたよ……」

「──っきなり大声だすなよなぁ…!!
ふぅ、まぁ、なんともなさそうでよかったけどな。
気分でも悪いのかと思ったよ……」

「ううん、大丈夫」

いけない。
ぼーっとしてたみたいだ。うん、びっくりした。
ごめんね、ユウ、おどかして。
確実に……疲れはたまってきたかなぁ……
ユウの優しさが少ししみたよ……疲れてるなぁ……

ユウは一つうなずいて、眠るタマの上に一本のマナ水を置いてくれた。
それから食堂を抜けた私たちは、薄暗い館の入り口を眺めつつ、右手奥へ。
そして、さらに右。

目の前には、どこまでも続きそうな闇への階段。

私とユウは、窓から時折入る雷の光に肩をすくませつつ、マジックフェアリーで照らされた階段を一つ一つ登っていく。

階段の壁にも、窓がついている。

私は、嫌な光景を目にした。

そんなに大きくないはずの森……だったはずなのに、今窓から見える外には、明かりの一つもみえやしない。
これは……みんなが寝静まってしまったせいなのか……または、この森がどこまでもどこまでも続いている裏付けなのか……

軽くめまいを感じた。
寒気と、吐き気も襲ってくる。

階段は、まだまだ続く。

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なんだろう……上に行けば行くほどに寒気と吐き気が……異臭もする。
ユウは何も感じないのかな?
ユウの足取りが少しずつ軽くなっていっている、きっと緊張が薄れてきたのかな?

この階段にも踊り場があるんだ……館の、真ん中辺りなのかな?今の位置は。
左端の。
私とユウの右手には、また何もない、赤い階段。
ただ、登っていく。
ここをあがっていくときっと館の中心に向かってる感じかと思う。


やっぱり……なにも、ないよね…きっと。
それにしてもこの館には一体なにがあったのだろう。
道も通ってないまん丸の森の中、夜になるとほかの世界の灯りも見えやしない、広い広い、赤と白、完全に廃墟だ。
廃墟になる前は、館の人たちはここでどんな時間を過ごしたのかな?
……館は、何を見てきたのかな?
私は、何も知らない。
だけど、荒廃した世界と、森の中の唯一の灯りも消えてしまったこの世界には、何もしらない私でも不思議な寂しさを感じる。

三階の床が見えてきた。
三メートルぐらいの幅しかなかった世界が暗闇の中からさらに暗闇へとひらける。
不思議な造りだなぁ……広い通路がどこまでもどこまでも続いてる、それに、通路がいろんなところで直角に枝分かれしている。

……迷路みたいだ……

「すごい……部屋の数だな……」

驚いている。
ぽかーんと口を開けたいつもの驚きの顔、その顔はマジックフェアリーで薄暗く照らされた通路むかって右へ左へといったりきたり。
通路の至る所にドアがある、やっぱりおしゃれドアノブだ!
鍵とかはかかってないのかな?
それにしても、この辺は一階二階よりも荒れてるなぁ………いろんなものが通路に落ちてる。

額縁のみになった絵。
割れたガラスの破片。
やぶれたぬいぐるみ。
……うわ……刃物まで……

ほんとに何があったのかな……落ちてるものに統一感が無くて気味悪いよ……

「どうする……?」

しーんとした暗闇に向かって、少し控えめな男の子の声。
安心するからもういっそずっとしゃべっててほしい。
だいたいなんで黙ってるのよ、いつもみたいに馬鹿話してくれればいくらか……どころかずっとましなのに………

……わかってるけどね……この館の異様な雰囲気。
謎が多すぎるものね、ユウのことだ、きっといろんなところからヒントを拾ってきて、この館で何がおきたのかを想像してるんだろうなぁ……

どんなものにでも意味と答えを求めるのがユウだ。
そんなユウのでっちあげる見解を聞くのが私の楽しみだったりもする。

「ヒントをね……見つけようか」

ちょっと、お洒落を気取って先をとってみる。
会話が成立するか心配だけど──

「そだな。
とりあえず俺は……館の主に不満をもった召使いがだな──

──大丈夫だった。
少し、笑った。
控えめだったけど笑顔が見れてよかった。
いつもこんな調子でも通じるんだから私も驚かされる……伊達に長く一緒にいないよね……

それに、やっぱりでっちあげ見解がはじまったよ……伊達に長く一緒にいないわよ。

よし、私も見解をたてないとね、ヒントヒント!
ユウと一緒にいると負けん気が起こる、こんな短い会話でも、私のもやもやをなくしてくれるのはユウだけだと思う。

「──あ、おい、まてよ」

「あ、ごめん。
とりあえず、一つずつ開けていってみようか!
いろんな部屋があるみたいだしさ!」

「……ん?お、おう。
なんか、元気になったな」

「まあね、普通でしょ?」

「……?」

とりあえず最初に通路正面、右手に見えるドアを開けてみた。
独特の、しぶいような、すっぱい木の匂いが私の鼻をつく。

机だ。
窓のない真四角の部屋、机と、その上には一枚の紙……?
左手には、朽ちた大きなピアノがひっそりと眠っている。
……音楽室?
机に向かって、その紙を手に取ってみる……
なんか、湿度の高い紙だな……それに黄ばんでるし、埃っぽい。

それから、その紙面には茶色くて下手なミミズが焼き付けられていた。

「どうだー?ティア?」

「んー……ちょっとまってね、今───

ん?
あれ?

何これ……。

……………え?

「なに黙ってんだよ、読めない文字なのか?」

嘘……これ……血!?

「おい!ティア!?」

「あ……ごめん……ユウ!この紙、字!
……血が……」

「はぁ?血?」

疑ってる!?いや!だってこれ……間違いなく……

私は間違えていない。
だって、紙をのぞき込んだユウの顔が、青白く染まっていってるのがみえたから……

「……うぁ……ほんとだ……!
なっ……なんて書いてる!?」

「……あ、ちょっと待ってね……雑だから読みにくいなぁ……」


えー、何々?

これは……『た』

「………た……」

「た?」

うーん……『す』

「───す……」

「す…」

えっ!?…『け』!?……これは……

「これ、け……」

「…なんて?」

「………」

「……おい……ティア……?」

文字は……四文字で終わっていた……。

私は、激しく後悔した。

好奇心だけで、ここへと足を踏み入れたことを。


「……なんでもない……なんでもないよ。
次の……部屋……いこ……」

「え?おい、まてっ──

「いいから!!」

「うぎっ!?」

ここでユウにまで黙られたりしたら私がもたない!
見せられない!読み切れない!
そしたらきっと……ユウも黙る……私の灯りも消えてしまう……

どうしよう!?なに!?この館!!

怖い!怖いよ!心細いよ……!!

ユウ……お願い、私を……
私に……!!

きっと、ふるえている私の右手は、ユウのフードをがっちり握っている。
きっと、ただならぬ状況だとユウも薄々感づいている……それでも……守ってほしい……

今は……今も……私はユウに頼るしかないから……


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自分でも、少し乱暴すぎたようにも思った。
けど、それだけ私はせっぱ詰まっていたのだ、だから気にせずユウの首根っこを右手で引っ張る、引っ張り出すんだ。
左腕で寝ていたタマが目を覚ますほどに、あわてて飛び降りたタマと一緒に落ちたマナ水が床にひろがるほどに、私たちは部屋から逃げ出す。
目を白黒させながらも、ユウの様子は納得の色も含んでいた、ただ、私についてきてくれた。

両手をフリーにした私は、無言で、両手を使ってドアを閉める。
ついでに日記にかける封印魔法と同じものを三重にして閉め切る、開けさせない、ユウは、黙らせないから。
怖い。
どっと、こめかみに汗を感じた、息も苦しい。
薄々感づいてはいたし、覚悟もしていたつもりだったけど、いざこう、唐突に突きつけられると嫌に冷静になる。
私はきっとみてはいけないものをみてしまったのだろう、無論、この館では何かがあったのだろう。
それにただ何かがあっただけではない、きっと想像するに理不尽で、それ以上に恐ろしく、黒い何かだ。
心配そうに私を見上げるタマの瞳が、少しだけ私を我に帰す、タマにまでつたわっているのなら、もうユウには絶対に隠しきれない。
それならもう隠さないけど、黙らないでほしい─あっさり伝えるしかない─

「……お、おい……ティア?」

「そう、そうよ、ユウ。
しっかり、聞こえるように、私の名前を呼んで、話しかけて……」

「……どうしたんだよ?よからぬものでも見たようだったけど……」

「……みた。
正直に言うわ、ユウ。
私怖い。
だからね、そうやって、私の名前を呼ぶことを、話しかけることをやめないで。
はっきり言って壊れそうよ、恐怖でおかしくなりそうなの。わかってくれるでしょ?」

……伝えた。
もちろん伝わった。

ふぅ、これでひとまずはよし。
そんな表情でも、迷いなくうなずいてくれるユウ。
緊張してるように口を一文字につむんで、一度額の汗を拭っても、それでも迷うことなく私の望みを聞き入れてくれる、少し落ち着いた。
気を利かせるわけでもなく、ただ思った通りに思うことをしてくれるユウに、私は今日何度目かの感謝をする。

「オーケイ、何をみたのか教えてくれ」

「……血文字で……『たすけて』って書いてあった……」

「──っ!!
……マジかよ……これはこれは…思った以上に…」

「……うん、思った以上に…よ」

「ティア?どうする?ティア?でるか?ティア?……ティア?」

「いや、たしかに名前呼んでとは言ったけど、それは露骨だよ。
普通に、普通におねがい。」

なんだかんだで気も利かしてくれるけどね。
こんな空気でもふざけてくれるユウにもう一度感謝しないと。
さて、質問の答えはどうしよう、帰りたい、でも……見てしまった以上は、真相が気になって仕方がない、まだまだ部屋はたくさんあるし、この上にはさらに四階もあるし…

轟音が、部屋を震わせた。

依然として雷雨は止まない様子だ。
それなら

「いや……大丈夫よ、きっと、私たちより前に入った人間のイタズラよ。
それより、今日は身体を休めないといけない。
大丈夫、なんにもない、なんにもないに決まってるわ。
……調べましょう、証明しましょう。
そしたら、私ぐっすり寝たい」

自分へと言い聞かせるように、強がってみる。
……きっとイタズラなんかじゃない、それはあの文字から何となく感じた黒いものから確実だ。
それでも私はもう疲れた、休みたい。
館が荒れてただけ、紙に、血で文字が書いてあっただけ。
たった、それだけ。

それだけのためにこの館を後にし、また雷雨に震えながら暗い森を朝までさまようなんてまっぴらよ。

「そうか……
そうだな、疲れたもんな……
そうと決まればさっさとほかの部屋も調べようぜ、そしてゆっくり休もうか」

──

────

────────

──なるべく、会話を無くさぬようにしながら、私とユウは暗い館をさまよった。

不気味なトイレやお風呂場には洗いきれていない血痕が所々に。
そのほかの、本がたくさんの部屋では刃物で切られたような本の数々。
倉庫のような、物置のような、箒や台車なんかが納められていた部屋では暴れたような、争ったような跡。
そのほかは四つほどのゲストルームだった。
私には気になることが二つほどあった。

一つ目、血痕が明らかに移動していること、時々見つかる争いの跡、そして、最初の部屋の血でかかれた
『たすけて』
これらをみれば考えなくてもすぐにわかる、そうだ

何者かが、何者かに殺されている。

それも、なぶるように、追いつめるように。
館の中で殺人的かくれんぼが行われたようだ。

これは考察だからそれでいい。
気になっただけ、それで済む。

問題はもう一つの気になったことだ。

──タマの様子がおかしい──

タマが、さっきからずっと耳をヒョコヒョコ動かしている、時折匂いを探すように鼻をすすったりもしている……
おまけに、きょろきょろしている。
明らかに、タマは『何かの存在』を感じ取っているようだ。
何度かこの事象に関してユウに確認をとったけど、ユウも首をかしげるばかり、それもそうだ、この静まりかえった館内、そして、照らされているのは私たちの周りのみ、この状況で、自分で思うのもあれだけども私たちほどの実力者が気を張りっぱなしにしているのだ、本当に何かがいたとしたらどちらも気づかない方が不自然なんだ。
だから答えは『気のせい』ということで保留として、私たちは自身の不安を気のせいに押し込めた。

ようやく、三階最後の部屋にたどり着いた。
開け放たれた部屋の様子は異様だった。

窓が割れていた

血まみれのカーテンが暴風雨にさらされてひっきりなしにはためいていて、その大きめな窓のおかげで部屋の中が一際明るかった。
曇った夜空から入る光により、マジックフェアリーなしにでも大まかな部屋の中を把握できるほどに。

豪華な、大きな大きなベッド。
朽ち果てて、変色しているにも関わらずふっかふっかで寝心地がとても良さそうだった。
ベッドの四隅から天井に向かって柱が立っていて、ベッド周りにもカーテン─館内でもっとも血痕が付着しているそれ─がかかっているが、中で誰かが暴れたように引きちぎられ、無惨にもぼろぼろに裂けていた。

クローゼットのドアは破壊され、中には破られた豪華な衣装の数々。
どれも、十代前半の少女用に見える。
衣装の対象年齢がそのように見えたのは、部屋の右端にある三面鏡付きの化粧台のせいかもしれない、その三面鏡に、小さな女の子のものと思しき血の手形がみてとれたから……

本棚の本はやはり血しぶきを浴びている。

間違いない、考えるまでもない。
少女が殺されている。
深く傷ついた身体で館を逃げ回ったのであろう命は、この部屋で燃え尽きている。
不気味さと、皮肉な寂しさが、窓から入る大雨と雷光をよりいっそう鮮明にする。

生々しい現実を残したまま、時が止まったこの部屋。
私とユウの時間も否応なしに止まってしまう。

「……」

「……」

可哀想だと……思う。
誰が、どんな人間が住んでいたのかは私たちは知らない。

でも、必死に生きようともがいた少女のあと、ここで失われた尊い命。
私たちが調べてきた部屋の数々が少女の恐怖の追体験だったのかと思わされるような…

なんてことを考えていたとき、雨音でも、落雷でも、ユウでもない音が私の耳をつついた。

『─────』

すぐさま私はタマへと視線を落とす。
間違いない、タマの耳がうごいた──!!

ユウへと視線を向けると、ぶっきらぼうな恐怖が、私の視線と重なった。
ユウも私を見てる。
すごい緊張をまとった表情だ、眉間のしわ、少しだけ開いた口、冷や汗、頬に鳥肌が見えた。
こんな様子のユウ、中々みたことはない。

『─────────────────』

「四階だ……!」

「な、なにこれ……なんの音!?」

「………
…………
……だめだ、よく聞こえねえ……!」

「ど、どうするの?
た、たしかめるの!?」

「……いや、待て……音、動いてねえか?」

ユウの表情がさらなる歪みを見せる。
音は……変わらない、けど、なんだろう、発生源が動いている……?

ちょうど、人がゆっくり歩くくらいの感じで遠ざかったり近づいたり……

前身が粟立った。

よくよく耳を澄ませるとそれは

──声──

抑揚のない、肺活動と、生命力もない、機械的な声。
それに、異様に美しい、大声でもなく、小声でもなく、裏声でもなく、女性の地声だ。

ただただ、一音を上げ続けている


あ──────────────────────
───────────────────────
───────────────────────
───────────────────────
────────────
───────
───
──


ユウの瞳が潤んだのが見えた。
私の視界が潤んだのもわかった。

──近づいてきている。


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「ゆっ……ゆゆっユユユユユユユ ユウ………?」

「しっ!………静かにしろよ……聞き間違えかもしれねえだろ……?
お、おおお、落ち着け、落ち着けよティア」

私の鼻先を押すように人差し指が突き出され、触れるか触れないかのところでぴたりと止まった。
そうだ、聞き間違えだ、聞き間違えに間違いない!
……と思い込むことにしたのもつかの間、なにやら変な音も聞こえてきた。

ぺた

ぺた

ぺた

ぺたぺた

一定なリズムを刻むそれは、なんとなく、平たいものを手のひらではたいているような音だ、それに加えてあの『声』
無惨にも、私とユウの聞き間違え理論は二秒と保たずに崩れ去ってしまった。

「あ……雨……の音……だよ……そう!そうだよ!」

諦めきれない私は崩れた理論の欠片から歪な安心感を作り出す。
そうでもしないともうだめだった、わかってる

『何か』がいる

それに、明らかに人じゃない。
しかも、生き物ですらないかもしれないけど……なんだってよかった、ハッタリが欲しかった。
とにかく自分が発狂しないためのエッセンスを……でっちあげでもなんでもいい、何もいないっていう嘘がほしかった。

その点私に比べてユウは冷静だった。
こんな考察に思考をめぐらせていることができるのもユウのおかげだ。いや、ユウのせいだ。
止まらない冷や汗、鼓膜を叩く心音。
私はユウの放った一言に、青く差し迫る感情に戸惑う。

「とにかく静かにしろ…聞き間違えじゃなさそうだ…
…俺たちの存在に気づかせるな」

これだもんね……さっきまでの頼りになるイケメンはどこ行ってしまったのか。
今のユウは、私の不安を煽るうちわでしかない。
小声にシフトする。嫌みなほどに冷静さを取り戻した私に、冷静な疑問が浮かんだから聞いておきたかったのだ。

「……ちょ、何さっきからウロウロしてるの?」

そう、こんな事態であるにもかかわらず、ユウはこそこそと部屋荒らしをしている。
なぜなのか、こういうときは身をちっちゃくして震えるのが一番良いのだと私は昔教えたはずだ。
現実を疑って、空想に幸福を得るのが唯一救われる方法だと諭したはずだ。
なのにこの人はなにをしているのか、また、私の頭は冷静さを増した。
引き出しを開ける音に肩をすくめた私、視界にはマジックフェアリーで照らされ、舞う埃。
かさかさと動く物音の一つ一つが、今の私にとっては心臓をつつく細い針、正直やめてほしい。
つつかないでほしい。

「……ちょっと……ねぇってば……」

「ティア……手伝ってくれ……」

え?何を?

「え…?手伝うって……──

「なにかあるかもしれないだろ…!
もしかしたら、過去に俺たちと同じような状況に立った人間がいるかもしれない、そいつが、メモか何かを残してるかもしれないだろ!?
そうでなくても、この物音の正体に触れる何かが……うー…ん、ない……とも、言い切れ……ない!だろ…?」

「……あ、なるほど……でも……」

最後に向かうにつれての自信のなさそうな様子に、こんな状況でもため息がでるよ。
おかげさまでばっちり平常心。こわいけどね。
思ったより、ユウは平常を保ててなかったわね……
確かに言ってることは一理あるけど、そんな状況に置かれた人間が必死にメモか何かを残したとして、ユウが探しているような引き出しやら本棚にわざわざそれをしまうようなことをするはずがない。
と、私は思う!

だから私は床やベッド周りを注意深く探す。
それも、すみの方をだ。
この状況に怯えながら何かを残そうとした人がいたとしたら、きっとびくびく隠れながら事をすすめるはずだ。
足下、壁際、棚の影、マジックフェアリーを泳がせる。
そうしてたどり着く、ベッドのわき……私は想像しえなかった掘り出し物を見つける。
ベッドの横、小さな台、その上の分厚い黒い本。

すぐさま手に取る。
……うーん、おかしい。

その本のありもしないタイトルに驚く私の顔はたいそう醜く歪んでいたことだろう。
マジックフェアリーに照らし出された訝しげなユウが突然私の視界に浮かび上がったのだからきっと間違いない。
「どうした?ティア?」じゃないわよ、まったく!

──心臓に悪いから本当にやめてほしい。
飛び出しそうになった悲鳴を歯で押し戻した私に、訝しげな声。

「……diary……?」

なんか、発音がよかった。
そうだ、ユウのつぶやいた通りだ、真っ黒な分厚いその本の表紙には、『diary』という金の彫り込みが入っていた。
……日記だ。

……でも、だれの……?

私の目を見てうなずいたユウ。
依然として鳴り止まぬ奇声と異音の恐怖により、とても不本意ではあったが、お願いされたらやるしかない。

──テキトーなページに手をかけ、開き、小声で読み上げる──

「『苺狩り』
私は今日から14歳、パパとママからの素敵なプレゼント。
私は苺の苗をもらった。

かわいらしい鉢植えだなぁ、ちゃんとお水をたくさんあげて、肥料を取り替えて、いつか、立派な苺をみてみたい。食べてみたい。
私の、かわいいかわいい苺ちゃん。」

「……日記……だな」

「……うん。これは……日記だよね」

「…後半のページは?
どこで終わってる!?」

「……うん、ちょっとまっててね!
最後のページだけ字が汚いなぁ……前のページから読んでみるよ」

「そうか、頼む」


その日常は、その本の半分ほどを埋め尽くしていた、とても、丸くて可愛らしい文字だ。
状況から察するなら、これは間違いなくこの部屋の持ち主の日記だ。
クローゼットの洋服の持ち主、日記とそれから察するに、14歳の女の子のそれだ。

そんなことを、雰囲気からも感じる日記。
最後のページの雑な字は何なのだろうか?
気になるけど、そうなるにはまずは課程が大事。

ユウに言われた通り、私は最後のページより2~3ページ前辺りから、乙女の生きた証を音読する。

「パパが、お仕事で遠くへ行くみたい。
ママもついて行くみたいだ。
私もついて行くはずだった、でも、風邪引いちゃった。
だから私は今日からお留守番だ。

明後日まではメイドのアーリアやペペットもいるから大丈夫、問題はそれから。

二日間だけ、私はひとりでお留守番。
アーリアとペペットが、パパとママのお手伝いに出てしまう。

それからはまたアーリアとペペットとお留守番。
楽しみだなあ、たくさん遊んでもらうんだ!」

「……字が…汚くなるまでは?」

「あと2ページだよ……」

「そうか……一人になってから汚くなってるってことか」

「そうだね、次、読んでく?」

「いや、いい、汚いページを頼む」

促された私は、ページを二つとばした。

そこであることに気づく。
それは、日記ではなかった……いや、厳密には日記なのかもしれない、けど、少なくとも今までとは違う。
実況だ、まさに私たちが求めていたものがそこにあった。
まぁ、ほしかったのは私たちと同じ状況に置かれた人のメモだったんだけどね。
まさか、部屋の持ち主本人の実況メモを見つける事になるとは思わなかった。
それから、もう一つ気づいたこと……その字は、雑にかかれていたわけではなかった。

─震えていた─

文字を綴るペン先が振動していたらしい。

以上の点をふまえた上で音読を進める私……その声も……震えた。

「なんだろう、館の入り口で物音がした。
この状況をちゃんと書き留めておいて、あとでパパとママにお話しないと。
一階の方だよね。

二階についた、ざわざわしてる。
知らない人たちの声が聞こえる。

誰かいる!!
知らない男の人たちが入り口を壊して入ってきてる!
怖い!助けて!
逃げなきゃ!見つからない内に部屋にもどっ」

「もど……?」

ここで、文章がとぎれている。

「……もど……らなきゃ……じゃないかな?
走り書きで、手も震えてたみたい……それに、ここで、終わってるよ……」

「なんだって!?」

「ほら……」


終わった日記をみせつけてやった。
ユウの表情が青白く染まる。
もう、疑いの余地もなくなった。
言われなくてもわかる。

「てことは……持ち主……」

言われなくてもわかる。

「うん……きっと、この『知らない男の人たち』っていうのに……」

想像もしたくない。

私は手元に日記を戻し、閉じようとして裏表紙に手をかけた。
─気がついた─
不自然だ。
閉じようとした日記の右のページ、白紙だ。
白紙なんだけど、その汚い字のページと白紙の間に、ちょろっと紙が残っている。
どう見ても、あわててページを破った跡だ。
つまり、最後のページの次のページが意図的に取り去られている。

「……何かたまってんだよ?」

「……えっ、あ……うん。
みて、ユウ、これ……破かれてない?ページが。
偶然かな……」

「……ああ?……あ、ほんとだ、一ページだけ破かれてるな……何で……──お、なんか落ちてる」

訝しげな様子を見せたユウが、突然自身の足下に視線を移した。
足に何か当たったようだ……

拾い上げられ、マジックフェアリーに照らしだされた正体……丸められた紙切れだ……
紙の質感も日記と一緒……
これは……!!

「ゆ、ゆゆっゆ、ユウ!!」

「これは……偶然だと思いたいな……
ただのゴミ切れだといいんだけど……」

苦い笑みを浮かべて、優しく、恐る恐ると丸まった紙を広げていくユウ。
目が離せない……
一通り広がりきった紙……

形が……しわくちゃの紙飛行機だった……。

嫌な予感が急加速する。

今度は、丁寧に広げられていく紙飛行機。

そしてできあがった一ページの日記。

背筋を氷がなでていくような感覚だ、表情から察するに、ユウも同じような事を考えている様子だ。
低い小声が、さっきのページ以上に雑な乙女の叫びを読み上げていく。

「誰か助けてください。
この手紙を拾ったら、すぐにペルゼフォール家の館に人を集めてください。
悪い人たちが、私を殺そうとする。
早く、できるだけ早くお願いいたします。

……って……これ……!!」

「……やっぱり……」

奇声と異音が、さらに巨大化した気がした。

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ふと、私の視線の先とユウの視線の先が一致する。

そしてそこにあったものに気づいたとき、ゆっくりと思考がまわりはじめる。
やってしまった。
どこから間違えだったのだろうか。
どうすれば正解だったのだろうか。
わからないけど、ただ今の私たちに言えることは

やってしまった

それだけだ。

体が動かない。
ユウも震えながら窓の方を凝視し続けている、私たちとしたことが……手紙に気をとられていたせいで、接近に気づけなかった。

いつからいたのか、はたまた、いつのまにそこにいたのだろうか。
この世にあってはならないそれ。

『声の主』が、割れた窓の下、窓枠にしがみついて、真白い顔を部屋の中にのぞかせていた。
その顔は、顔と呼ぶには造りが粗すぎた。
穴だ、綺麗な肌に、鼻と眉をつけ、残りはみっつのまん丸の黒い穴、両目と口は、吸い込まれそうなほどに真っ黒で、なんの表情もない丸い穴が開いている。

そのボウリング玉の指穴のようなものの一つは、依然として部屋の中に綺麗で抑揚のない声を響かせ続ける。
残りの二つは、間違いなく私たちを『視て』いた、ただの穴で、目玉もないけど、背筋への悪寒がそれを証明している。
間違いない、視ている。

『あ━━━━━━━━━━━━━━━━』

なっ………這い上がってきた!?
どうしようどうしようどうしようどうしよう──!!
少しずつ窓から這い上がってくるそれは、確かに幼い少女の面影をもっている、所々が赤黒く固まったさらさらの金髪に、血まみれのふりふりのパジャマ。
赤黒くて小さな手が床や壁に当てられる度に、ペタペタと、あの音もする。

間違いない、この部屋の……

などと考え始めたと同時に、私は手首に物凄い力を感じた。
震えていて汗でべっちょりな手が、私の手首を掴んでいた、そして『その声』に負けないぐらいの大声が部屋の中に響いた。

「ヤバイッ!!逃げるぞティア!!」

ユウだ。
ユウは床からタマを拾い上げると、そのまま自分のフードに突っ込んで走り出す、私はそんなユウの一連の動きを手首に感じて我に帰った。
そうだ!逃げなきゃ!ぼーっとしてた!!
なっ!なにあれ!
這いずっている!下半身──ない!?
いや、黒い!下半身に当たる部分が、闇に溶け込んでいてみえない!けど!
這ってくる!!追ってくる!わたしたちを!!

なんで!?私たち何かした!?

怖い!怖い怖い怖い怖い!!

人じゃない!!生きてない!!

仰々しく部屋のドアが開け放たれ、ユウが私の手首を握る力を強めた。
痛いぐらいに握っている、そのまま走るもんだから手首が折れそうだ、でも、この痛みが私に正気を保たせる。

どんっ!ってドアの音のあと、あーーーって声が追ってきて……あれ!?出口ってどっちだっけ!?
ユウ!どこに向かってるの!?

「ユウ!……はぁ!はぁ!!どっ!どこに向かってるの!?
で!出口!!」

「知らん!!と!とにかく逃げるぞ!!何だよ!なんだよあれ!!?」

「知らんって!どうし───あっ!!」

──つまづいた──

なにやってるんだろう、わたしは……
ユウが、私を呼んでいる。
声が近づいてきて、膝が痛くて……

「タマ!!!」

ユウ…今度はタマのことを呼んで……って、首が!いだっ!?
タマが……私を襟から持ち上げ──!!
──えっ!?ユウが足!掴まれて!!

「タマ!だめだよ!止まって!!ユウが!!」

一気に落ち着いた。
落ち着いた私の視線の先、奇声を上げるそれが、ユウの足首を掴んでいた。
つまづいた私を逃がすために、ユウが自ら捕まりに行ったんだ、そしてタマに魔法をかけ、私とタマだけを逃がそうとしたんだ。

タマから降りなきゃ、ユウを──はなせ!!

「おい!!ティア!何やって──あだっ!!」

ユウが転んだ!?
いや…引きずられてる!!?

やめて!連れてかないで!
気がつくと、手元にユウの手がある、すごい力で引っ張られているそれを、力一杯引っ張り返す。
はなせ、ユウが何をしたんだ!

「──っ!!ぎぎぎ!!やっ…館に勝手に入った事は謝りますから…ごめんなさい!
…はなして!!ユウを……引っ張らないでよ……!!」

奇声が止まない、力もゆるまない。
話もたぶん、通じてない。
……なによ……なんなのよ!!
私たちが何をしたっていうのよ!!昔館であったことは、私たちには関係ない!
勝手に入ったことも謝った!出ようとしてる!
幽霊かもしれない!生前理不尽な死に方をしたのかもしれない!
でも!だからって!なんなのよ!!
私たちは森で迷って雨宿りしただけだ!それに関してはさっきも謝った!!それでいて八つ当たりをされる筋合いなどない!!

怒りを覚えた。

勝手な八つ当たりで相方に害をなそうとしているのが気にくわない。

──はなせ!!

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さっきまでは怖くて、足下すらおぼつかなかった。
暗くて、変な声が響いていて、追っかけてきてて、ユウが慌てていて、頭も白くなっていた。

でも、今はそんなことどうだっていい

それがどうした

はなせ

はなせはなせはなせはなせはなせはなせ!!!!

「──っ!!うわあああああ!!!!はなせはなせはなせええええ!!!!私のユウにさわるなあああああっ!!!!」

幽霊?化け物?どうでもいい。
あのときの怖さに比べたら……一人にされる恐怖に比べたら……!!
目の前が真っ赤だ、自分で自分が怖い。
怒りと興奮で我を忘れる反面、やけに冷静な私がそれを眺める。

怒っている、焦っている。
その冷静さがふとしたときに私の足をすくませる、でも、足下で私の目を見て何かを叫ぶユウを見ればどうってことない。
こんな顔面!ハロウィンのカボチャと大差ない!!
こんな奇声!ただの壊れた玩具だ!!

「ユウが!あなたに!───何をしたってえのよっ!!!」

食いしばったまま、のどからおなかに落とすように声とともに力を入れる。
自分でも驚くほどに右手に力が入って突然力が余った、勢いで思いっきりのけぞって腰が痛い!
引き上げる……いや、あがった!?
──っ!靴だ!ユウの靴が脱げて、アレの手から逃れた!
私を見つめる二つの目はまん丸、驚いているわね……また何かを言おうとしてる……
スローモーションで再生されるユウの表情は生きている、後ろのアレはうつ伏せのままユウの靴を手にバタバタしてる。
あとは、やることは一つ!

「タマ!!!入り口に置いてある乾燥球の匂いを追って!!案内して!!」

「──おいっ!まっ!ティっ──!?」


逃げる。
これしかない!
その一点に集中できるよう、私はできる限りの事を全て同時に回す。
マジックフェアリーでタマの行くさきを照らし、右手にがっちりユウの腕を握り、左肩に私のリュック、その横ポケットからできる限りの癇癪玉と爆竹と煙玉をほおり、直後にいったんユウからさんごの杖を取り上げ、暗く軋む廊下を猛ダッシュした。
右手の先から
ぐっ!ぐげっ!がへっ!
とか、また奇声があがるけど気にしない。
今の私にできることは薄暗く照らされたタマの尻尾を追いかけるだけだ。

障害は全て左手に握った杖からの魔法で取っ払う、今の私に剣は握れないから。
今の私の右手には、剣よりも、何よりも大事な手が握られているから。
木片!陶器の破片!血の付いた布きれ!!邪魔!!

奇声が遠ざかっていく。
迷いなく右へと左へと折れるタマを追って廊下を抜け、階段を全段飛び降り、着地と同時に方向転換、二階の食堂前の踊り場、先の階段も全段飛び降り、とうとう見えた館の入り口……いや、出口。

お約束だ、こういうときは決まって
『あれ!?ドアが開かない!?』
とかが始まるのを、オカルトマニアな私は知っている。
もちろん私にはそんなところで足止めを食うような隙などはない!!
そのためのさんごの杖だ!
左手に、杖に、最大の魔力を込める。
出口まであと13歩、タマが急に向きを変えつつドアの前で足を止めた。
階段を下ってくる奇声、知らない。

出口まであと5歩、お願いアイリ、タマジローさん!私に力を!
さんごの杖を構える。
最高の武器職人のアイリが丹誠込めて作り上げ、その作り手を最も理解している賢者、タマジローさんの意匠がこもった世界一の杖!
ここへきて、その杖の持ち主の奇声がおさまった。
ユウが意識を失ったようだ。お疲れさま。

「賢技!轟槌賢打!!」

我ながら、いい技だと思った。
構えた左手を寂れた木製ドアに向かって一閃、疑いなどない、ドアは間違いなく開くと確信していたから一直線に突っ切る。
杖先の花翡翠の魔力球に一瞬重みを感じると同時に聞こえてきたのは湿った木が砕ける破裂音、鼻に触れたのは早朝の森の空気、外だ!無事に抜けきった!
すでに空は白みはじめていて、雨もあがっていた。


背後からすぐさまタマが併走してくる。
すかさず私はユウごとその背中へと飛び乗り、噴水横を駆け抜けて、枯れた花壇を踏み倒し、出口の柵をひとっ飛びで飛び越える。

そしてタマが着地をしたとき、私は違和感を感じた。
後ろ髪に感じていた引力がなくなったような、頭蓋骨を内側からなでられているような、そんな不気味で不愉快な威圧感が抜けたような気がしたのだ。

不思議に思って振り向いてみると、そこには濡れてもいない地面、雑草、木々。

この森に入ってから、一番驚くべきことが起きた…いや、むしろ最初に館を見つけた状況から考えると至極自然な不自然なのかもしれない。

振り返った私の視線の先、幽霊どころか……館そのものが姿を消していたのだ。

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