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ユウが魔法学的な経験と知識に考察を深める一方、ランスは日常的な記憶に現在の出来事を照らし合わせていた。

「……あれは……うーん、でも……」

「さっきからどうしたのよ?ランス!変よ?
なにがそんなにつっかかるの?」

「心当たりが……あった。
ただ、確信がな……」

ランスが不気味だ、ユウとリリーナは顔を見合わせて苦いにらめっこを始めた。
ユウが視線で問う、リリーナは肩のところまで両手で空気を持ち上げて首を振る。
『さぁ…?』
といったところだろう、ユウだけではなく、リリーナにとっても考え込むランスは珍しかったようだ。
黙り込むランスに、出口のない沈黙がその場を包んだが

「「「!?」」」

突然沸き上がった会場の歓声が三人を沈黙から引きずり出す。
怯えた様子で周りを見回すリリーナ、声を上げたユウ、指を指したランス。
──とうとうタマが攻撃を喰らってしまっていた。

「っ!やべえぞ、このままじゃさっきの獣と同じだ!
くそ!どうなってんだよ?!あの獣の身体は…!」

「ユウ、あれ…本当に魔法じゃないのか?
俺には……あれは魔法にしかみえねえよ……」

二人がリリーナをはさんで怪訝な表情をぶつけ合う。

「あー?そうか?
俺はああいう獣がいても……というかああいう獣がいたってことにしないと説明ができねえよ。
というか、つまりあれか?
お前はアイツらが八百長をしてるって言いたいのか?」

「…まぁ、そうだな。
あとは、確かな証拠さえ見つかれば……」

「八百長か……面白いな。
大丈夫さ。
アイツなら、たぶんそれでもぶっとばす!
それに証拠っていってもなぁ……お前、魔法わかんねーじゃん」

「うん。だから困ってんだよ、なんとかしやがれ、ユウ」

「無茶いうなよ……」

「ちょっと!ランス!ユウ!今はわからないことについて話すよりティアとあの子を応援しないと!!


震える早口。
ランスの上着を握りつつ、内股で肩を抱いたリリーナ、明らかな恐怖がその瞳に戻っていた。
タマへと攻撃が入ったことにより、観客達が徐々に暴力的になっていたのだ。

出る杭は打たれる。
杭を打つのは誰だろうか、そして、杭はなぜ打たれるのだろうか。
それは、獣は持たぬ人間の汚い感情、嫉妬、妬み。
汚い感情をもった人間が他をけ落とす残虐な生存本能で敵─未知─を攻撃する行為。
新参のタマが暴れたいだけ暴れたのだ、この汚い感情が渦巻く闘技場内でタマの味方をする者などユウ達以外にいるはずもない。
そんな悪意の塊のような、それでいて獣のような人間たちにリリーナのトラウマがうずく。


「っ!タマ!退いて!!
ここで無理しても回復されちゃう!
一気に攻め落とせるところ以外は様子見に回って!!」

ティアからも必死の感情が見え始めた。
さすがの彼女もこの状況に最善手が見当たらないのだ。
あわててタマに指示を叫びつつ、汗をタオルで拭いつつ思考をフル稼働させる。
タマは丈夫さだって他の獣たちとは比べものにならない、が、もちろん無敵ではない、その状況の行く末にちらつく敗北、冷や汗が止まらない。

(長期戦は不利……これは間違いない。
けど!短期決戦の決め手が見あたらない……
……喉……!窒息させて気を失わさせればあるいは……!
やってみるしか……!!)

どんなものでもいい、とにかく、手を打つ。
タマの体力にも限界がある、とにかく足が止まったら終わりだ、そうなる前に打開策を打ち出さなくてはならないのだ。
目まぐるしく動き回る一頭の獣と二本の腕のような前足。
自身を落ち着かせるように、彼女は水を一口喉へと流し、ボトルを握ったままの指先を二本腕の首へと突き出す。

「タマ!首よ!!絞めなさい!気絶させるよ!!」

タマの耳が小さく動いた。
ひらりとかわした獣の前足を踏み台にして首もとへと食らいつく。
が、タマの何倍もある巨体だ、首を噛まれたところで、暴れれば逃げ切れてしまう。
獣はその巨体を倒して転がるように暴れ、タマがその巨体の下敷きになったり地面に身体を打ち付けられたりしてしまい、せっかく首をとってもむしろタマの方がダメージを受けてしまう。
慌ててティアはタマへの指示を取り消した。
タマはよろつく後ろ足に力を込めて一時獣の首もとからバックステップで離脱するも着地点でまたも重い攻撃を受けてしまう。

「タマ……!!?」

悲痛な少女の叫びに、会場が盛り上がる、ヤジが飛ぶ、罵声すら上がる。
しかしそんなことを気にしている場合ではない、タマの動きがみるみるうちに鈍っていく。

(……だめ!だめだ!ごり押しでたたみかけるしか……!
最初みたいに、叩き潰すしか!
そうじゃなきゃ…タマがもたない!!

隙ができないなら───

───作る!)

ティアは、そう考える。

「返映犬!!」

犬技を使う、振り出された獣の左腕をタマの頭突きが弾き返す。
獣の上半身がぐるりと半周の半分ほどねじれるほどに左腕を飛ばす。
獣はそれでもなお、そのねじれを利用したフックの軌道で右腕をタマへと向けるが
これも後ろ足で蹴りはじく。
両腕をはじかれた獣がよろめき、一歩後ずさる。
──逃がさない──
獣の腹部ががら空きだ、もちろん一撃で終わらせるはずもなく

「切影轟槌犬!!」

腹部に数撃の切影、背後に抜けて背中にも同様に打ち込む。
正面に戻り、獣の頭上、高く飛翔する。

「轟槌犬牙!!!」

押しつぶす。
しかし終わらせない、猫背で踏ん張る獣の前に着地をしたタマに、さらにティアの指示が出る。

「砲犬撃!!」

文字通り、ぶっとばす。

獣の巨体が浮き、飛び、客席の障壁へと激突する。
会場がほんの一瞬静まる。


そしてその時──

「──っあ…!!!」

──ずるりと落ちるその巨体に、ティアは明らかに獣のものではない魔力を見た。

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が、しかし一瞬でその魔力はまた隠れる。
だが、魔法に関ての生半可な誤魔化しなどティアに対しては違和感を助長させるものでしかなく、確信へと変わる。

──確かに、何者かが獣を回復させている──

おそらく術者の技量があまりの傷の大きさに、増え方に、体力の低下に追いつかなかったのだろう、回復に専念するあまり、術を隠し切れていなかったのだろう。
起きあがった獣、癒えきらない大傷。
未だ、足下はおぼつかない。

──回復が……追いついていない!!でも──

ティアは判断する。
このままではどう転んでも勝ち目はない。と。
安全な場所で回復魔法をかけることに専念できる人間がいる、まして、傷の治り方、速度、判断、どれをとっても浮かぶ術者像は回復術のプロ。
そんな者が魔力を惜しまず治癒に当てている、悔しいが、どんなに頑張ってもタマの体力が尽きるのが先だ。
震える拳、怒り。

──八百長だ。

歯を食いしばる。

皮肉な事に、そのことに会場の中で唯一ティアだけが明確に気づいてしまったのだ、その事実に。
なんとかして、これを誰かに伝えなくてはならない。
勝てないなりにも手を打ちたい。
決勝トーナメントまではすでに無条件で出れる、だから、ここでタオルを投げ込んでしまえばおわりだ、しかし許せなかった、汚い相手に負けを認めたくない。
それにタオルを投げ込んだところで、
『八百長だった』
と後で伝えたところで、誰がティアとタマを信じてくれようか、ユウ達は信じてくれるかもしれない、しかし、それでは結果は覆らない、タマの──敗北。
いままでもきっと相手の獣はそうしてチャンプとして君臨してきたに違いない。
会場から得る不当な『信頼』が相手の獣にはあるのだ。
そしてここでギブアップという選択肢を選んで決勝トーナメントに進んだとしてもどうせまたこの状況は繰り返される。

だから、選択肢は一つ──

──ここで証明してみせるしかない!

「タマ!惜しんじゃだめよ!回復も気にしない!!
なにがなんでも『ぶっとばし』なさい!!」

タマが一瞬ティアの声に耳を傾け──

──攻撃が始まった。

タマの体力も限界が近い、先ほどの連撃の負担も軽くはなかったはずだ。
しかしここでまた振り出しにもどしてしまえば証明は難しくなる、倒せなくてもいい、ただ、誰かにこの八百長の事実に気づいてもらえればいい。

ひたすら──撃つ。

もうティアの目からみれば明らかだった、回復が、術の隠蔽が雑だった。
目の前で、ましてや天才のそれをもって対峙しているのだ。
ティアは、苛立ちを感じる。

──っ!なんで──どうして誰も指摘しないの!?
あんなに……あんなに露骨に回復魔法がかかってるじゃない!──

少女は、自身の才能にすら裏切られた。
ティアからみれば明らかなその隠蔽も、周囲の誰もが気づけない、審判はおろか、ユウですら。
彼女からしたら『雑』に見えるそれも、遠くから試合を見る『凡人』達の目をあざむくのには充分すぎたのだ。

タマが、傷ついていく。

必死で、ただティアだけを信じて身体に鞭を打ち続ける。

ティアの視界が一気にぼやける。
歯を食いしばってこらえる。
悔しさでいっぱいになる。
涙が、頬を伝う。


──とうとう──我慢が限界を超えた──

タマのために、ただ、タマのためを想い、無駄だとはわかっていつつも、少女は声を荒げた。

「し……審判さん!!八百長です!!
あの獣!明らかに回復魔法を受けています!!どうして…!?
……どうしてなにも言わないんですか!!?」

───言ってしまった。
結果は、見えているのに。

「──…ティア……?」

その声は、ユウの耳にすら届いたのだ、そう、彼女の声で──

──会場が静まりかえったのだから。

二頭の獣のぶつかる音と息づかいのみが会場内に響く。
そして、いくつかの呼吸が間を置いた時──

──審判がティアに向かって注意をした。

「──っな……!?」

一気に、会場が揺れた。
罵声、罵倒、笑い声。
正しい少女を擁護する声など、一つもない、ただ、攻撃する、排除しようとする、潰しにかかる、嘲笑する。

そこに、味方などはいないと再認識させられる。
少女は絶望し、うつむき、震えるその手でタオルを握る。

「……ユウ……?」

ランスが、ユウの方へと視線を移した。
遠慮とも、確認ともとれるような自信のなさそうな声。
少し大きめの舌打ちが響き、ランスの疑惑を確信へと変える。

「──ランス!お前の言うとおりだった!
ティアが…アイツがあんなちいせえ負け惜しみを言う訳ねえ!!
アイツの目を、誤魔化せるわけがねえ!!
誰かがどこかで回復魔法をかけてやがる!!
……くそ!一体誰が……!
やべえ…打つ手がねえ!」

ランスの顔つきが変わる。
疑いではない。
一瞬恐ろしいほどの怒気が浮かんだのだ。
しかしそれはすぐにおさまり、ただ、冷静に、冷たく、静かな青を放っている。

「……そうか。
……わりぃ、ユウ、リリーナ。腹が痛くなった。
トイレに行ってくる……」

「……え……ランス……?」

はっとしたようにきょろきょろするリリーナの頭に一度手を置き、ランスは席を立ってどこかへと消えてしまった。

「ちょっと!?ランス!?……え!?」

ユウと、リリーナだけが残された。
隣の安心感が一つなくなりリリーナがふるえる。
いままでで、もっとも汚い感情を放ち続ける観客、味方などいない。
獣の群と一緒の檻に放り込まれた気分だった。
恐怖でガチガチと歯をならしながら震えるリリーナ、涙で視界がどんどん沈む。
ランスもいなくなってしまった。
逃げ出したくて仕方がなかった。
恐くて、わめき散らしたかった。
いっそ、壊れてしまいたかった。

すべてから逃げ、すべてから目をそらそうと耳を塞いでぎっちり目を閉じようとしたリリーナの瞳に、一頭の獣が映る。

会場のすべてが敵になったティア、勝ち目がないこともわかっているはず、それでも、ただ、まっすぐに、疑いもせずに身体をぶつけ続けるタマ。
主人のために、ティアのためにその命を燃やす美しく、気高き姿。

リリーナは、タマの気持ちが手に取るようにわかった。

自分のせいで、ティアが笑われている。
自分が弱いから、ティアの力になれない。

負けたくない、ティアのために。


一切の疑いも黒い感情もティアへと持たず、ただ、人のために頑張れる、ティアの名誉ために命だって張れる。

──リリーナの心が動いた──


着実にダメージを与え続け、力の限りティアのために身体を張るも、とうとうタマは獣の腕に捕まってしまった。

「──っタマ!!?」

地面に押さえつけられ、骨が軋む音が聞こえてきそうなほどに体重をかけられ、肺から息が漏れ、苦しそうにもがく。

悲鳴の様なティアの声。

会場から響き続ける人の姿をした獣達の声。

ギブアップを促す、ユウの声。


ティアは、ガッチリと歯を食いしばってタオルを振りかぶる。
悔しそうな瞳。
そこから流れ落ちる涙の色に、リリーナが立ち上がる──

「タマああああああ!!!!!」

自然と、想いが声になった。
初めてリリーナがタマの名前を叫んだ。
ティアも、会場の獣達も、ユウもその動きを止めた。
リリーナから、波のように会場が静まる。

涙と汗と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした彼女は、会場内でもっとも汚い顔で、もっとも美しい声を上げた。

「頑張れええええええええええ!!!!!」

最後のほうは、かすれていた。
息だって続いていなかった。
変な空気の音を出しながら、むせた。


みっともなく、かっこわるく、普段のリリーナからは想像もつかないぐらいに品がない。
それでも少女は吠え続ける、静まりかえった会場内には苦しそうなリリーナの叫びだけがこだまする。

「……ぅっ!リリーナ……!!」

口元を押さえたティアは、袖でごしごしと涙をこすってタオルを引っ込めた。
歯を食いしばって、

「タマ!!お願い!!リリーナが……っえぐ!
応援してくれてるよ!!」

それだけを、伝える。


ティアと、リリーナの声に

──タマが、息を吹き返した──

リリーナの、ただ真っ直ぐでなんの汚い色も含まない声援。
ティアの、コーチからのお願い。

もがき、暴れ、はねのける。

ただ、立ち向かう。

──その時、奇跡が起こる──

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また、会場が騒がしさを取り戻す。
押しつぶす、かき消す、やはり誰も味方などいない。

力の入らない身体に力を込める、立ち上がっただけでもやっとだった。
それでも、一人の少女の叫びと、一人の少女の涙がタマに力を与える。
今のタマにこれほどまでに力を与えるものは他にない。
タマだってわかっている、彼女─リリーナ─の行為にどれほどの勇気が必要かということを、あの震える大声に、どれほどの想いがつまっているのかということぐらい。

初めて会ったときに蹴り飛ばされたことだって忘れない。
それ以降いがみ合ったのだって忘れない。
助けてあげたのに怖がられたのだって忘れない。
タマは、リリーナなんか大嫌いだった。

それでもタマは忘れない、今、首に感じる優しさを、それをくれたときのリリーナの笑顔を。

だから、倒れない。
逃げない。
傷つこうと、視界がぼやけようと、足が震えようと、彼女の声がまだ聞こえるのだ、彼女が、叫んでいるのだ。

負けられない、ここで死んでしまってもいいとさえ思った。
タマは命を落とすことなんかよりも彼女の想いを無碍にしてしまう方がよっぽど怖かった。

命を燃やす一撃

もう、痛みもない。
朦朧とする意識の中、リリーナの声に混じってユウの声も聞こえた。
そして確かにその声は言った

「やれええええええ!!!傷が!!!回復がとまったぞおおおおお!!!!!
いっけえええええええ!タマあああああああ!!!」

聞いたことのない大声を上げるユウ。
タマも、ティアも少し驚いた。
しかし会場の客はそんなことに気を向けない、だれもティアの言葉など信じていなかったから。
しかし、ティアとリリーナはそれに気づき続けて声を荒げる、そう

効いている。

それだけじゃない、一つ、二つ、また、増えていく。

確かに

獣の回復がとまったのだ。

理由はわからない、術者の魔力が尽きたのか、またはそれ以外で術者の身に何かが起きたのか。

しかし今現在、そんなことはどうでもよかった、そこにあるのは最後のチャンス。
持てる全ての力を持って

─正々堂々!ぶっとばす!─

あてる、えぐる、食らいつく

力こそなかった、それでも、負けない想いは誰よりも強かった。
三人の声に背中を押される。

ひとりひとりの声が、力になる。

相手の獣がまたもよろける、やはり回復はない。
その時が──

──訪れた。

周りの大声をかき消す大声、リリーナ、ユウ、ティアの声、それがだけが、沈みゆくタマの意識をハッキリと目覚めさせる

「タマああああっ!!!」

「──轟槌っ!!!」

「──犬牙ああああっ!!!!」


吹き飛ぶ、血が飛び散る、会場が揺れる。
そして──静まる──

静かな会場、照りつける日差しに当てられ、一頭の獣が震える足で息を荒げる。
審判の声が響いた。


「──っっっはっ!はふっ!!!」

ぶびぇぇぇえええん!!!と、リリーナが首からかけていたタオルに顔を埋めた。

「っかっ!!」

っしゃぁぁぁあああ!!!と、ユウは立ち上がり拳を握り込む。

「勝ったあああああああ!!!」

ぬわぁぁぁあああん!!!と、美しい髪をした少女が泣きながらウルウルフのもとへと駆け寄った。

会場は未だ困惑と驚きの声で動きを止めていた。

──────

その後の試合は棄権。

タマの初めての獣祭りの結果は決勝トーナメント一回戦敗退に終わった。
とても開催側のヒール処置のみでどうこうなる程度の傷ではなかったのだ。

時刻はすでに夕刻、遠くの山に輝く柿が埋まっていく。
すぐさまタマをヒール屋へと連れて行こうと、ユウとティアとリリーナはよろつくタマをささえつつ会場から出てくる。
ユウとティアの手はもちろんの事、リリーナの綺麗で小さな手も、間違いなくタマを支えていた。
その手に恐怖はない、時折タマの身体を撫でてやっている。
それどころかタマに顔をなめられても笑ったりするぐらいだ、すでに一人と一頭の間のわだかまりはとけきっていた。
ユウとティアはそんなリリーナとタマを暖かい表情で見守りつつ会話を続ける。

「ふう、ユウ?タマ、歩かせたら可哀想だよ、小さくしてあげて運んであげれないの?」

「だめだ、万一の事がある。
魔法を解いても傷はそのままだからな、小さいタマが耐えきれないかもしれないだろ?」

「……そっか、ごめんね、タマ?
もう少し我慢してね?」

「タマ、コーチがもう一頑張りだとよ。
いけるか?」

小さくうなずいたタマはまたリリーナとじゃれ始める。

「………ふ、ふふっ!それにさ──

「……?
それに?なに?」

少しだけユウは笑って見せ、そんなユウにティアは首を傾げてみせる。
そっとタマの頭をなでつつ、ティアに一度目配せをしたユウはその視線を隣の声へと滑らせた。

「うっふふっ!きゃあああ!ちょっ!やめなさいよ!あなたさっきからなめすぎよ!!あはははは!」

──な?」と、ユウの視線はティアへと戻される。

「そっか、そうだね、もう少し、タマは賢いままの方がいいね!」

その方が、タマもきっと嬉しいに違いがないから。
二人は顔をあわせて笑った。

「あなたたち!なに笑ってるの!早くタマをヒール屋に連れてかないと!」

「っぷ!はは!リリーナ!お前タマのよだれで顔テッカテカだぞ!?うはははは!!」

「むがっ!?うふ、うふふふ…きゃあああああ!!ほんとだよリリーナ!顔ふきなよ!!」

「うっ!うるさい!どうせふいてもすぐ戻っちゃうからいいの!!全く………ひゃあ!ほらーもう笑われちゃったんだからなめちゃだめよ!あははは!!」

暗くなり始める帰り道、ゆっくり、一歩一歩会場を離れてヒール屋へと向かう三人とタマの歩みを、一人の男の声が止める。

「待てよ!みんなしてちょっとつめてえんじゃねえのか!?」

「「「!!?」」」

聞き覚えのある声、リリーナからしたら覚えがあるなんてものではない。
振り返った三人の前にいた少年、名を
『ランス・ベルハルト』
という。
タマの試合中に突然姿をくらませたランスが突然また現れたのだ。

まず声を上げたのはテカテカのリリーナ、その声には困惑、怒り、安心、喜び、様々なものが含まれていたが、言の葉の上では怒りがもっとも強調されていた。

「ら!ランス!?
全く!!なにしてたのよ!!心配したんだからね!?
あ!あー!それよりね!ランス!この子、タマがね!勝ったのよ!!チャンプに!あの!回復する獣に!!」

「っ!?ほんとか!?リリーナ!………そっか」

「「……?」」

リリーナの嬉しそうな声に納得したような反応を見せたランス。
そんなランスにユウとティアは眉をひそめて小首を傾げる。
妙に嬉しそうに見えるが、それ以上に達成感に満ちている不思議なランスの様子に二人とリリーナは次の言葉を待つ。
しかし、言葉よりも先に出てきたのは一人の人間。
三人は目を丸くしておかしな声を上げる。

ランスが突然右腕を持ち上げると、その右腕に引っ張られながらぼろぼろの、傷だらけの人間が出てきたのだ。
薄暗くて三人はランスが一人の人間を引きずってきていたことに気づかなかったらしい。

「えっ!?ちょっと!?ランス!!?なに!?え!?その人だれ!!?」

あわてふためきリリーナはその人間の元へと駆け寄る、しゃがんで顔を確認するもリリーナはやはり首を傾げた。

「……え?……ランス?ホントに誰?この人。」

不安そうにそのボロボロな人間を指さすリリーナを無視してランスはユウとティアへとどや顔で声を上げる。

「『ひどい怪我だけヒールコース』
どうりで見覚えがあったわけだぜ!!ユウ、しっかりしてくれよな!?」

「……っ!……っっ!!」

「え?ユウ?どうし……って、あああああ!!!この人!!!」

二度驚いたユウの様子に驚いたティアもボロボロの人間の顔にもう一度驚く。
リリーナが知るはずもない、そう、リリーナを除く三人はその人間を見知っている。

─リリーナがティアにボコボコにされたときに世話になったヒール屋だ─

そこに横たわっていた男は、以前死にかけたリリーナの治癒を担当した男。
ランスは得意げに続ける。

「どっかでみたと思ってたんだよな、あの回復。
まさかと思って会場かけまわってみりゃあよ、どっかで見たような顔したおっさんがダラダラ汗かきながら魔導書っぽいの開いてたんだぜ?試合見ながらよ!
八百長の犯人はコイツさ!すぐに会場の外に引っ張り出してボコボコにしてやったんだ!

……おら!おっさん!!さっさとタマを治しやがれ!!
…出来ねえとは言わせねえぞ?てめえ、きたねえ真似しやがって……!!」

「……っぐ!……す!すまない!す!すぐに治そう………
く……くそ……!!」

「あぁ!?なんか言ったか!?この野郎!!」

「……ちっ……」

顔色を変えたランスにヒール屋の顔色も変わる。
少し間を置いて、ティアの表情に灯りが灯る。

「……そっか、それで途中から回復が……!!
ありがとう!ランス!」

ティアがランスにむかって礼を言うとランスはくねくねと頭をかきながら顔を赤らめた。
そんなランスの尻にリリーナのつま先が押し込まれ、ヒール処置が必要な者が一人増える。

「……はは!!………うははっ!!やるじゃねえかランス!!
俺でも気づかなかったぜ!?
悔しいけど、今回のMVPはくれてやるよ!」

「あだっ!!?やっ……やめろ……ユウ……尻、蹴るんじゃね……っあ!」

尻をおさえてうずくまるランスの尻にユウのつま先も押し込まれ、夜のサウスパラダイスに幸せな笑い声が響いた。


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サウスパラダイスは夜も明るい、屋台とそれに群がる人々が煙と喧噪をひろげて笑い、はじける。
しかしここがサウスパラダイスであろうとどうだろうと関係ない、そもそも夜は始まったばかり、騒ぎ盛りの年頃の少年少女はどうしているのだろうか。
とある貸し出し厨房の奥、貸し出し食堂の一室、若者達の沈黙が流れる。

部屋の中は、思いの他質素だ。入り口から正面に四人掛けの木のテーブルと椅子、それらが質素なドアと向き合う質素な窓に向かって橋の様においてある。
そのテーブルの上には大きな丸い皿が四つほど、それらに囲まれたもっともっと大きなケーキが一皿。周りにカラフルなチューブや瓶。
四つの皿には山のように盛られた四種類のチャーハンが黄金色に輝きを放つ、チャーハンの具材も各皿ごとに赤かったり緑だったり白だったりで非常に食欲をそそる色合いと香りを放っていた。
一方でケーキはというと、あまりにも精巧に美しくつくられており、見る者に食べることを躊躇させる。
シンプルでありながらも所々に見られる作り手のこだわり、見事な造形からくる食すことへの背徳感、そしてその背徳感こそが、このケーキにとっての最高の甘味料となる。
が、味はない。
代わりと言わんばかりにケーキの周りにチョコレートソースのチューブやチョコチップ、各種ジャム、などなど、甘い物が並んでいた。

緊張の面もちを浮かべた少女が一口のチャーハンにそっと息を吹きかけれんげから口へと運ぶ。

───!?
も……もきゅ、もきゅ……ご、ごくり……!!」

どや顔で少女に鼻息を吹きかけたのは窓の外の夕闇を無視した暁の髪色。
その鼻息はわずかな間をおいた後に鼻笑いへと姿を変え、あわててチャーハンを貪り始めた少女に天井の人型のシミのような威圧感のある声をかける。

「私のチャーハンはどうかしら……?
……この……メス豚……!!」

ゲスティアが、夜の食堂に降臨した。
ユウとランスは黙ってチャーハンにがっつき続けるリリーナを黙って見つめる。

「はっ!はふっ!ふがっ!まふっ!───ごくん!
な……何これ!え!……はっ!はふっ!
すっ……!すっごく美味しい!もきゅもきゅもきゅもきゅ!!」

とても素直な感想だった。
余りにも予想外すぎたリリーナの返しと美味しそうにがっつくその姿にゲスティアはすぐにその身を潜めてしまう。
なによ!毎回これだけ素直なら、本当に私も惚れかねないぐらい可愛いじゃない!
ティアも素直にそう思う。

「……そ!……そう!……
よ、よかったじゃないの!メス豚!!」

「うん!もきゅもきゅもきゅもきゅ……はふはふ!」

時折お遊びで見せる二人の
『見下し憎み合うライバルごっこ』
今回はリリーナに軍配が上がったようだ。

「……ふう……ふふ!
だめよリリーナ!私のこと置いてかないでよ全く……一人でメス豚メス豚言わされる側の気持ちも考えてよね?あははっ!
さ、ユウとランスも食べて食べて!今日も私の自信作なんだから!!
タマはプレミアムドッグフードね!これ一食1200Fもするんだよ!?
お店にあったやつで一番高かったんだよ!!」

「うはは!これ新作か!?ティア!!」

「ティ……ティアさんの……手料理………ごくり……」

──静かに、騒がしい祝勝会が始まった──

お洒落なコース料理でもない、綺麗な身なりで上品に食すわけでもない、お冷やがなくなったら勝手に注ぎ足してくれる人がいるわけでもない。

それでも、四人でタマの勝利を祝うのが、わかり合える仲間達でくだらない話を笑いながら話すのが、別れを惜しみつつも、最後の最後の時間まではしゃぐのが、今の彼らにとってはこの上なく最高の贅沢であった。

幼稚な話でバカみたいに笑ったり、大人な話で意味もなく静かに息をのんだり。

気がつくとチャーハンはなくなり、全員でリリーナの作ったケーキを取り分ける作業に入っていた。
一番大きく切り分けたケーキを笑顔でタマの前へと持って行って頭を撫でているリリーナを横目に、ユウが思い出したかのように口を開く。

──あ、そうだ、ランス?」

「……ん?なんだ?ユウ」

「ずっと気になってたんだけどさ、最初に会った時結局教えてくれなかった
『仲間を集める理由』
なんだけど、さすがにもう教えてくれてもいいんじゃないのか?
そっちから誘った上で俺達を蹴ったのに、話してくれないのは少し冷たいんじゃないか?」


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ランスの顔色に変化が現れた。
質問を投げたユウを小馬鹿にするような、哀れむような、どこか見下したような表情をつくり、鼻で一つ笑う。
そんなこともわからないのかと、かえってききかえしてやりたいと思っているようなイヤな顔だ。
ユウの顔にも曇りが現れる。

「……」

「…な、なんだよ、俺、変なこと聞いたかよ…」

「…………」

「何か言いたげだな……言ってみろよ……」

「………………」

「……」

「……あ、わりぃ。今の間は別に深い意味はねえよ。
ティアさんみたいなどや顔してみたかっただけだ!ははっ!!」

ランスの頭頂部に花翡翠の魔力球が落とされた。

「ふざけんなよこのランス野郎」

苦笑いを浮かべたユウ。
ユウは部屋の入り口に立てかけてあったさんごの杖を魔力でランスの頭まですっ飛ばしたのだ。
頭を押さえて痛そうな苦笑いをユウへと向けたランスは、平謝りを数回投げ捨てて楽しそうに笑った。
はじめから隠すつもりなどなかったのだろう、躊躇なく、自信がありそうな顔を一度見せ

一呼吸おき、声を出す。

「……そんなのさ……

『その方が楽しいから』に決まってるだろ……?」

「……ランス……」

いい笑顔だった、より少年に戻ったようなその表情、明るい。
そして
それが全てだ!
とでも言いたげに続いたどや顔をしつつ前髪を指ではじいている。
ティアが「おー!」と拍手をし、リリーナは満足げに鼻息を一つ吹いた。
それは、間違いなくランスの残した名言だったのだ、部屋の空気が一瞬で明るくなった。

一瞬、意外そうな驚きの顔をみせたユウが、一つ、ほっと微笑んだ。
悟った表情だ。
聞いた瞬間にユウは気づいたのだ、ランスの心内に見え隠れするそれに。
そしてユウは人差し指をたてて

「なるほど……それが、お前の答えか、ランス野郎……!!」

ランスの顔面を指差した、と同時に花翡翠の魔力球が、ランスの顔面を捉える。
今度こそランスはリリーナの座っていないイスごとぶっ飛び、床を転がる。
ティアが茶を吹き出し、リリーナは驚いたあまり右手に力が入った。
はふはふと嬉しそうにクリームをなめていたタマが、リリーナの手により一瞬でケーキに埋まる。
部屋の空気が再度一変する。

「っっっちょっ!!ユ!!ユウ!!?
な、なんてことするのよ…っ!?
ランス良いこと言ったじゃないの!!私感動したよ!?
みんないっしょなら楽しいって!え!?なんで!?

……って!──きゃあああああ!?リリーナ!?ねぇ!?なにしてるの!?タマ!!!タマが死んじゃうよ!!
やめてあげてよ!早く!尻尾バタバタしてるよ!?」

「えっ……いやああああああ!?タマあああああ!?!?
ごめ!ちがっ!私!いやああああああ!?」

女性陣がパニックを起こす中、一人冷静な呆れ顔を浮かべたユウはさんごの杖を拾いつつ、ガタッと自分の席へと戻りふんぞり返る。
そして少しだけ楽しそうな色を混ぜつつ、タマの顔ふき用のタオルをリリーナと手渡して声を上げた。
タマは怒った様子でがふがふとケーキにがっついている。

「──ったく!見え見えだよ。
嘘つくんじゃねえっての……うはは!」

歯を見せて笑ったユウに

「──半分は本音だっての、実際お前やティアさんとはもっと一緒にいたかったってのによ。
でもまあ、一緒にいるにはお前ら二人は強すぎた、それじゃあ俺たちも強くなれねえ、だから今回は悪かったな。
一緒に旅をできないのは俺たちが弱いからだ。
つか、なんでバレた?」

ランスも笑いかける。

ケーキを頬張る合間にタオルに八つ当たりをするタマを無視し、ティアとリリーナは豆鉄砲を食らった鳩の様な顔で二人を見ていた。
ティアもリリーナも、本当にランスの目的はそれだと思っていたようだ。
そんなティアとリリーナに一つ笑ってみせたユウは床にへばりつくランスの元へと歩いて行き、頭をコスコスと杖先で叩き、促す。

「ほら、空気はずいぶんあったまったろ?
お前も立派なジョーカーさ。それはわかったからさっさとしやがれ」

苦い顔で舌打ちをしつつランスは起きあがった、悔しそうだ。
が、やっと機会を得たとでも言いたげな動作。
ランスは部屋の入り口、ドアの前に立って腰に手を当てて窓の外の夜、すなわち部屋の中の全員にも向けて叫んだ。
その言葉に、落ち着いて茶を啜ろうとしていたユウとティアが噴水と化し、怒るタマをなだめようとしていたリリーナの右手に力が入る。
タマが、またケーキに埋まった。

たびたび部屋を騒がせる困ったランスの言動、そしてたった今放たれた叫びは、その日一番の困りの種だった。

「──俺は……『魔王』をぶっ飛ばす!!──」


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はふはふ!んがぬ!がんふ!!

という咀嚼音のみが部屋に響き続ける。
怒ったタマがガフガフとケーキにがっついているのだ、そして、それ以外には声、音さえも──ない。
しばしの間をおき沈黙を破ったのは比較的意外な人物、その人物の大声にユウの思考がティアを疑う。

「……っはぁ!?え……ええええ!!?
ちょっっっっっっ!!!ランス!?なっ!?何言い出しちゃってるわけ!?
私!そんな話今初めて聞いたんだけど!?」

「「…!!」」

「…お、おい、ちょっとまてよ、リリーナも初めて聞いただと?!
……ランスが…おかしくなった……?
……おい!ティア?チャーハンに何入れたんだ?
アホだったランスがバカになったぞ!?」

「え!?私なにも入れてない!
でもほんと!ランスがバカになったよ!リリーナ!!」

「っち!違うわよ!ティア!バカでアホになったのよ!こんなにもランスがどうしようもないなんて思わなかった……!!
ランス、お願いよ、何言い出しちゃってるの?
戻ってきてよ!魔王をやっつけるなんて、5歳児でも言わないわよ……?
冗談にしてもダダ滑りよ!そんなんで誰が笑うとおもったの?!」

「……なんか、ボロクソだな、俺は……」


当然の結果である。

そもそもランスには前提条件がなっていないのだ。
魔王を倒せるのは勇者だけである、神に祝福されたものが持つ、神々によって鍛えられた伝説の剣でなくては魔王は倒せないのだ。
こればっかりはもう、努力や根性でどうこうなる話ではない、ランスが言う『魔王を倒す』など、例えるなら『入試で不合格だった人間が、三年後の卒業式で卒業生代表文を読み上げる』と言っているようなものだ、冗談やギャグにしてもあまりにも寒すぎる。

「…で、でもよ……ほら、勇者を見つけて仲間にすりゃあ……な?」

反論をするかのように、しかし力のない声が、またも部屋を凍らせる。

「……だ!だめよ!だめ!私!そんなこというランスは嫌いなんだからね?!
自殺よ!自殺!!そもそも、倒せるかどうかという話でもないわよ!
仮に勇者さまを仲間にしたところでだよ!?
そもそもの私達が!ただの!旅の人の私たちが!魔王にどうやって傷をつけるの!?
側近だって上位の悪魔や魔物を指一本で焼き払う様な力をもってるって、昔おばあちゃんが言ってたもん!無理よ!むーり!!絶対にだめよ!!!」

ズダン!と、床を踏みしめたリリーナは拳に力を込めて力説する。
その音と振動に驚いたタマは一度跳ね上がった後に大人しくケーキを咀嚼しつつ一歩退いてリリーナを見上げてウルウル震える。
『な、なんだよ、急に……』
といった様子だ。

また、沈黙が流れる。

しかし、どうもランスの瞳には曇りは無かった。
大まじめだ、彼は、本当に自分が魔王を倒すと信じて疑っていない。
そんなオーラがひしひしと伝わり、それはユウの腹をくすぐった。

「……っぷ……」

「……ん?ユウ……?」

笑っている……いや、これから笑う。

ティアはすぐにその様子からそう察した、が、理由はわからない。
きょとんとしたのはリリーナとランス本人だ。

案の定聞こえた声は

「うぎゃあああああっはははは!!お前バカ!!ほんとバカ!!
聞いたかよティア!!ぶはっ!!コイツ!あんなチンケな虎っころにすらビビってたクセに魔王って……うっはははは!!!身の程わきまえろよお前!うはははははは!」

大笑いだった。

「あ!?ユウ!てめ!なんだと!!?」

わかっていた、ランスだって、笑われることぐらい。
だから、初対面の頃は言えなかった、恥ずかしかったのだ。
もちろん彼も本気で魔王を倒そうとは思っている、しかしそれが何を意味するのかだってわかっているのだ、さすがにランスだってそこまで馬鹿ではない。
だから、仲良くなってから、信頼できるようになってから伝えようと思った、そして、信頼しているから隠さず伝えてみたのだ。
本当はランスだって自信がなかったのだ、本当は、ユウやティアに背中を押してほしかったのだ。
女々しいかもしれないけど、彼は誰かに認めてほしかった、夢を、目標を。

しかし、笑われた。
よりにもよって、ユウにだ
それにド正論でバカにされた。

沈む気持ちと怒りがこみ上げる、笑っていいことと、笑ってはいけないことがあるのだ。

しかしユウは、爆笑した、ただ、笑った。

胸ぐらに、手がかかる。

「っちょ!ランス!?やめなよ!!
なにもそこまですることないじゃない!!」

「っ!ユウ!!?ほら!謝って!
今のはユウが悪いよ!
確かに……最初は驚いたけど、ランスだって本気なのは見ればわかったことでしょう!?」


女性陣が止めに入るもその声は虚しくランスの耳を突き抜け、ユウの顔面にランスの拳がめり込む。

「「──!?」」

リリーナは泣き始め、ティアは腕を捲ってリリーナをかばうように一歩前へとでた。

─殴り合いが始まった─

が、そんな大層なことにもならない。
ユウはそれでも笑っていた、単純に嬉しかったのだ、男として、自分をライバルとして認めてくれたランスが、自分が思っていたよりもずっと大きかったことに。

別にわざとけしかけたわけではない、ユウはなにも考えていなかった。

重ねて言う、ただ、嬉しかったのだ。

よろめいたユウの腹にランスの膝。
が、あまりダメージはない。
ユウはランスが思っている以上にずっと丈夫でずっと強いのだ。
ユウはランスの膝などものともせずそのままタックルで壁へと押しつけ、腹へと一発のブロー、膝から落ちたランスの横っ面へと待ってましたと言わんばかりの蹴り一発、ぶっとばす。

壁に叩きつけられたランスは息をあらげてよろつき、立ち上がろうとするも起きあがれない、あっという間に勝負はついたのだ。
元アリエスアイレス1の喧嘩小僧、ここに威厳を取り戻す。

「……ぐすっ」

「……ごくり……」

緊張した面もちでその行く末を見守ったティア、ただただ泣きじゃくるリリーナ。
イヤな空気が流れる。
主役のタマは依然としてケーキにがっついているからいいものの、もしタマですら気まずそうにしてたとした祝勝会は台無しだった。

そして、はさみの様な声が緊張の糸を切り落とした。

「……ふう、俺の勝ちだな!ランス!」

「……げほっ……」

また、笑ったのだ。
口元から垂れた一筋の血を親指ではじきつつ、赤く染まった白い歯を見せて嬉しそうな声を上げる。

「次も勝つ!その次もだ!
お前がどんなに強くなろうと、魔王を倒そうとも!
俺はお前になんざ負けねえんだよ、へっぽこ!
剣でも!魔法でも!喧嘩でだってな!」

「──っ!!………っへへっ!」

「魔王?そんなもん相手にするよりよ、お前ならもっと強えやつのがいいだろ?
無視すんじゃねえよ、ランス…

─俺を…越えてみろよ!!─」

「……っは!っはははははは!!!
っげっほっ!……はぁ、ははは!」

ランスも、笑った。
ユウがランスの背中をすっぱたきつつ引き起こす。
むせかえり、足下はよろついているものの、たしかにわらっている。

「──え!?ぐすん!」

「……ほんとめんどくさいなぁ、ユウ。
性格わるいし……ほっ……」

悪態をつきつつもほっとした様子のティア、未だに状況をつかめないリリーナは驚いた顔でまだ泣いている。
しかし、空気はまったく違った明るいものへと変わっている。

「そうだったな……げほ!
悪かったよ、みくびってた!
魔王なんかより強えやつがいたな!そういや!」

「ったく、くそ雑魚が」

「効いたよ」

「俺は効いてねえ」

「嘘つけ」

「嘘じゃねえ!」

男の子は、本当に面倒くさい
でも、なんだか楽しい

ティアが、思った。

「……っふ、ふふふ!
あははは!ユウもバカになった!
私のチャーハン、すごいじゃない!!きゃああああ!」

「え!?ぐす、ティア……?」

ティアも、わらった。

「……気に食わねえヤツだよなぁ……ほんとに……」

「わりいな、お前ほどじゃねえよ、ランス」

「へっ!覚えてやがれよ!?
次は俺の番だ、魔王も滅する程の剣でてめーも消し炭にしてやる!」

「ああ、そうかい。
まってるぜ?俺が、魔王よりも強えってことを証明できる日をな!!」


物騒な会話と、はしゃぐ笑い声。

ひとつ握手が交わされて、ユウとランスは仲良く無駄話をしつつケーキに甘いものをかけいく。
ユウはランスのケーキにこれでもかというほど砂糖を盛って笑い、ランスはユウのケーキにチョコレートソースのチューブをぶっさしてケーキを内部から爆発させてわらっていた。

二人とも子供のようにケーキまみれになって遊んでいる。

「ほんとバカよね、男の子ってさぁ……
さ、リリーナ?私達も食べましょ?
あなたのケーキ……期待してるわよ?
……メス豚……!!」

やっと、リリーナも状況を理解する。
ウブな乙女に、男達の獣の様な一面は刺激的すぎたようだ。
赤い目をこすった乙女は、乙女らしく、乙女な台詞を吐いて笑う。

「……ふ、ふふふ!
そうね、あなたのチャーハンの比じゃないわよ……?
この…メス豚!!」

乙女が、男というものがいかにめんどくさい生き物かを学んだ夜。

リリーナの、ランスへの理解が深まった夜。


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あっという間だった。

ティアとリリーナはお金がたくさん入った袋をちゃかちゃかいわせながらきゃあきゃあ部屋へと戻っていった。
実に満足げな二人の笑顔に、残りの二人は小さく微笑み、痩せた財布を涙で濡らす。


四人とタマはあれから無事にケーキを平らげて、ケーキまみれの貸し出し食堂をなんとも言えない気持ちで片付けてホテルへと戻っていた。

四人で過ごす最後の夜だ。
タマはよほどリリーナが気に入ったらしくずっとずっとリリーナに寄り添い、舐めまわし、ついにはトランプに興じるリリーナの膝の上で眠ってしまった。
別れが近いことをタマなりに感じ取っていたのかもしれない。

一つ、また、一つと、騒がしさと灯りが消えていく。
不思議と寂しくはない、でも、足りない。

さっさと寝る準備をすませたユウとランスはテキトーな寝床を各々で用意しつつ語り合う。

「おい、ユウ、ベッドは俺のだ!
お前はそこのソファで寝ろよ!!」

「いや、俺はそれでもかまわねえけどよ……ここ、一応俺の借り部屋だぞ?」

「………うん、すまん。
ベッド……つかえよ……!!」

「……そんなに震えるほど悔しいかよ……
なんか申し訳ないからやっぱりお前がベッド使え、俺はソファで寝る!」

「……ユウ……お前、いい奴だな……」

「うはは!ランス、お前チョロすぎ!」

そしてまた一つ、灯りが消えた。
ただ、時計の針の音だけが、寝苦しい夜を飾る。

無言だ。
寝ようとしているのだからそれはそうなのかもしれない、でも、部屋の中はそれ以上に無言だった。
40分ほどは、部屋の静寂は保たれていた。
その40分間、二人の男の頭にどんな思考が流れたのかを知るものはいない。
その40分間、二人の男の間に流れた空気の味を知るものは二人しかいない。

そっと、闇を裂くように、薄くゆらめくカーテンに静かにはさみを入れていくように、音が空気をふるわせる。

「……ユウ、起きてるか?」

「……ああ、寝てるぜ」

「……そういう『ネタ』か。
嫌いじゃねえけど、ふざけんな」

「人の安眠妨げといてよく言うよな……
で?それだけよく言うんだ、話の一つでも言わせてやるよ。なんだ?」

片目だけをあけたユウは、その視線をベッドのランスへと送る。
ランスは布団もかぶらずに頭と枕の間で手を組んで、夜空の月をながめていた。
つられてユウも少し首に無理をかけて夜空の月を見てみる。
なんの面白味もない一本の爪痕が夜に浮かんでいた。
つまらないユウは、つまらなそうに鼻息を大きく吹いた。

「……世話になったな。
面白かった。まだ思うんだ、お前と、ティアさんとを加えてこれから旅を続けたらって……」

「つまらねえ」

「それも思うよ。
それでこそユウだな!」

「まあな」

「俺の、ライバルだもんな……
気になるんだよ、これからの、お前と、ティアさんの行く末も。」

「とりあえず王国だ」

「そうかもしれねえけど、そうじゃねえよ。
……お前とティアさんに気づかされたんだけどさ……──

一つ、風が窓から入ってきて、薄い黄色のカーテンを揺らす。

──……俺はやっぱりリリーナが大事だ。
自分より、リリーナより可愛いティアさんより、もちろんお前よりもだ。
結局俺は、アイツ抜きじゃいられない。
相棒なんだよ、リリーナは……」

少し面白そうに、ユウのつま先が揺れる。

「相棒か……妹じゃないんだな、もう。」

「そう、相棒さ!
………お前は………ユウはさ……ティアさんのこと………」

つまらなそうに、鼻息が漏れた。

「……『あの時』ティアがなんて言おうとしたのかによるよ。
俺は、俺自身が今、アイツをどうしたいのかわかってねえんだ。
そっとしといてやれよ、ライバルなんだろ?」

ユウの言う『あの時』
リリーナがティアとの戦いで大けがを負い、リリーナが目を覚ましたあとにユウがティアを迎えにいったときにみせた様子。
あの時感じた焦燥感と浮遊感、安心感、そして、ティアの表情をユウは忘れない。

「ライバルだから知りたいことだってあるだろ。
つか、あの時って……いつ?」

「野暮なランスは嫌いだ。
ほれ、余計なことほざいてる暇があったらさっさと寝やがれ。
あの時ったら、きっとお前の転機と一緒だ。ほら、寝ろ。」

「俺も、野暮なユウは嫌いだぜ」

夜は、静かに更けていく。


──一方、女子部屋では──


「えっ!ちょっ!ティア!あなたユウのこと……!!」

「ちっ!違うよ!リリーナと一緒にしないでってば!」

「きゃああああ!!ユーウー!きこえるかしらーーー??リリーナ!私リリーナよー!!
今ねー!ティアがねー

「ちょっとリリーナ!!何やってるのよ!!だめよ!私怒るから!
いや!怒ったから!!」

「きゃあああおそわれるううう」

「ふざけない!
ほら!やめなさいって……この!だめっ!めっ!」

「ちょっ!なにが『めっ!』なの!?
私も怒ったんだから!!
ユーウー!ティアがねー

「ぬあああああああ!!!」

騒がしく、夜は更けていく。


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──その夜、結局ユウがティアとの今後を語ることはなかった。


朝になると、そこにはいつもの四人と一匹がいる。
ホテルの入り口、玄関の日除けの下。
案の定ティアは目の下に隈をつくり、リリーナはひどい顔をしている。

リリーナは、ひどい顔をしている。

一組の母子が、リリーナの横を通った。
リリーナの眉間がもこっと動いたのはきっと偶然、母子の声が聞こえたわけではない。はずだ。

「……まったく誰がナメクジおばけですって?
失礼しちゃうわね!ぷぱぷぱ!」

聞こえていた。

腹を抱えていたユウは目元を人差し指で拭いつつ、ランスのみぞおちに意味もなく拳を突き立てている。
腹を押さえながら震えるランスのつま先はひたすらユウのすねをつついていた。

「ったく、リリーナのやつ、最後の最後まであれかよ!うははは!」

「ちょっ!うげ!やめっ!ユっ!げっ!」

「ランス!リリーナ!また会おうな!…死ぬんじゃ、ねえぞ!おら!」

「ユウ……!
……あっ!当たり前よ!私も!ランスもそう簡単に──

「うっ!うげっ!死!リリー!助けっ!うばっ!」

「……ユウ……そろそろやめなよ。
ランス、痛がってるよ?」

そう、いつもの四人と一匹だ。
寂しさよりも、楽しさでいっぱいだ。
いろいろあった、そこにはいつも、四人がいた。
確かに一緒にいた期間は短かったかもしれない、それでも、ひたすら濃かったのはリリーナの化粧だけではなかったのだ。
時には争ったかもしれない、お互いを認め合ったこともあった、サウスパラダイスで過ごしたこの期間は間違いなく四人を成長させていた。

「二人は、これから王国だったよな!このまま真っ直ぐ北か!」

「そうだな、とにかく大陸の真ん中さ!
マナっつうのを調べんだ!」

「マナ?ユウは勉強家なのね、そんなの調べるくらいなら、その分魔法を勉強した方が得よ?」

「え!?リリーナ!マナさんのこと知ってるの!?」

「……誰よ、マナさんて。
まぁ、あれよね、まだわかってないことが多いらしいから私からは下手なことは言えないわね、なんか、でも、マナがたくさんの方がいいらしいわよ!」

ユウは顎に指を当てて左上に視線を泳がせる。

「タマジローさんと同じようなこと言うんだな、リリーナも……」

「ねぇ、ユウ、私、嫌な予感がするよ。
これさ、きっと、王国でもそう言われて終わっちゃうんじゃないのかな?」

「……や、やめろよティア……おまえが言うと本当にそうなりそうだからよ…」



『ありがとう、それじゃあ、またあおう』

そんな言葉がお互いとお互いに交わされ合った。
二つの足音が振り返る、そして、離れる。

もう二つの足音も、遠ざかる。

「ひゃっ!───タマ!?」

振り返りもしなかった背中から突然声があがる。
その声に、もう一つの声があがった。

「えっ!?あれ!?タマ!?」

リリーナの驚きの声と、ティアの驚きの声だ。
振り返り、歩みを進めたリリーナとランスの前に、小さな小さな百獣の王が立ちふさがっていたのだ。
どこから現れたのかもわからぬような唐突さ、そして、突然腕から消えていたタマ。

その獣は、ただただ誇らしげに震えながらリリーナを見上げて瞳を潤ませていた。
小さくてもこもこしたお気に入りのたてがみが風に揺れるだけの間があいた。

「──…びっくりしたー。
そうね、タマにもお礼とお別れをね、ふふ!
ありがとう、タマ?
私、獣なんて大ッキライ、でも、あなたは大好きよ。
その……それ、たてがみ……ちゃんと大事にしてね、タマ!」

少しだけ、リリーナが下唇を噛んだように見えた。
リリーナはそっと、震える頭を二回だけなでて、その身体を優しく抱き上げてティアの元へと歩み寄る。

「…あ、ははは、いつのまに…
ごめんね、リリーナ、びっくりした?
私はびっくりした……ははは、いつ抜け出したんだか……」

「いえ、いいの。
私も、タマとはちゃんとお別れしたかったから」

ティアは混乱気味だ。
タマはいつだって人を驚かす、今までも、最近も。
そして──

──今回も。
また一つだけ礼を言って、リリーナは振り返り、ティアとタマを見守りつつ待っていたランスの元へと小走りで駆けよっていく。
その後ろ姿を見ていたタマは、またもティアの腕から突然飛び降りた。

「あっ!タマ!?また!?」

「うひゃああおわあっ!?」

そして、リリーナのスカートに食いついた、ぐいぐいと引っ張る、ぶら下がる。
はぐはぐと、必死に引っ張っていた。
その様子にティアは、タマがリリーナと離れたくないと思っていることに気がつく。

「おい、タマ?どうし──?

「………」

タマに向かって声をかけたユウを、ティアが制止した。
ユウは、ティアの様子に首を傾げつつも黙って様子を見守ることにする。
スカートを押さえながら引っ張り合いをしていたリリーナはとうとうあきらめてしゃがんでタマを撫でつける。
じっと、タマの目を見つめた。

「もう!だめよ、タマ!めっ!
私、行かないといけないのよ。
もうしばらくはあなたと遊べないの!
ほら、ティアのところへおかえり!」

タマも、ただただリリーナをじっと見上げていた。
ずっと見ている、リリーナの目だけを、ずっと見ていた。

また立ち上がったリリーナを、また引っ張った。
今度は、二回引っ張ったあとに走り出し、ランスの横を抜けて二人の進路をふさぐ。

ユウも、状況を飲み込む。

タマは、とてとてとリリーナの足下へと駆けより、また見上げ、首を傾げる。

─リリーナから、声が漏れる─

「──っ!ぐす!だめよ……!タマ!
私達……うぐっ!一緒に旅はできないのよ…!
ごめんね……えぐ!
今日でお別れだから!ね……っ……わかって……タマ……」

ボロボロと、大粒の涙が化粧を落としていった。
最後の声はかすれて、震えて、ほとんど聞き取れなかった。


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ユウは見かねて困ったように指で頬を掻く、無理矢理タマをリリーナからひきはがすのもいいが、タマの性格を考えるとそれだけはしたくなかった。

タマは、わがままなのだ。

一度試合を見ると決めたらずっとずっと帰ろうとしないし、一度試合に出ると決めたら試合に出してもらえるまでずっとアピールを続けるし、一度負けないと決めたら自分がどれだけ傷つこうと戦い続ける。

今回もきっと、リリーナが旅に同行するまであきらめないだろう。

ただ真っ直ぐなその瞳にリリーナの涙は止まらなかった。
あまりの無邪気さに怒る気力もなかった。
ただタマの頬に顔をすり寄せ、厚い化粧と涙をタマと分かち合うことしかできない。

そして、タマは単純にリリーナから離れたがらない。
少女の静かな嗚咽だけが、その場に響く。

「………」

「……ユウ……?」

突然杖を取り出したユウ、なんとも言えない寂しさを含んだその目元に、ティアは目を丸くする。


──ユウが、タマに魔法をかけた──

一瞬驚き一歩引いたリリーナの前には、巨大な姿で美しく佇む狼、それは一歩前へと出、少女のしょっぱい化粧を静かに舐めとった。
一瞬街がざわめきどよめくが、ランスが必死で「映画撮影です!」と、無理のある状況説明をし、なんとか大事にはいたらない。

「リリーナ……タマに、説明してやるんだ。
今なら、話も通じるから……!」

「……ぐす……うん……わかったよ、ユウ…」

少女だけではない、うつむき、両こぶしをがっちりと握った魔法使いの足下にも涙が落ちていた。
剣士の少女は、魔法使いの肩に手を置いて目元を拭う。
ユウは、タマに現実を突きつける覚悟で魔法をかけた。
それがどれだけつらいことだったのかということは、ティアもわかっている。
タマにかかった魔法は、タマを賢くする。
賢いタマなら、別れを、一緒にはいられないことを理解できると思ったからだ。
少し厳しい方法だが、タマが何も理解できないままにリリーナと引きはがすよりはずっといいと、ユウは思ったのだ。
ちゃんと、納得してもらって、ちゃんと、理解した上で別れさせる方法を選んだ。
そっと、リリーナは立派な頬に触れて、一言一言、大事にするように言い聞かせていく。

「……あのね…タマ。
…ごめんね、蹴り飛ばしちゃって…きっとまだ、怒ってるよね。
ごめんね…苦手なんて言って、きっと、傷ついたよね。
ごめんね…助けてもらったのに、怖がったりして。

っ!…ぐす、ごめんね、たてがみのサイズ…えぐ、間違えちゃって……!
……タマ…ごめんね…ずっと…ずっといっしょにいれなくて……

わかって…お別れなの。
もっと遊びたかったけど、もっともっと撫でてあげたかったけど…
できないの……私、行かないと…!」

『終わった』

全員が思った。
もう、タマはリリーナの言うことを理解できている、ちゃんと、お別れの時が来たこともわかったはずだ。
そう思った。

ただの、一頭を除いては。

「──っ!
……タマ……!?」

タマが、頬にあてられたリリーナの両手を振り切るように、大きく首を振った。
別れを理解したうえで拒否したのだ。
困ったようにリリーナの袖に鼻を近づけ、牙を立てないようにそっと口先で挟んで優しく引っ張る。
そして離しては不安そうにリリーナの顔を見て、また引っ張る。
一瞬、大粒が数滴転がる。
しかし、一瞬だった、次の瞬間にはリリーナは目くじらをたてて声を荒げていた。

「えぐっ!だめよ!私!聞き分けの悪い子は嫌いよ!!
離して!……離しなさいよ……タマ……ぐすっ!

わたし……やっぱりあなたなんか嫌いよ……!
乱暴だし!……えぐ!大きくて!怖くて!!」

──タマが袖を引くのを止めた──

そっとうつむいて、数歩下がる。
耳だけを動かし、震えながらその声を聞いていた。

「そうよ!あの時だってあなたに助けてくれなんて頼んでない!
あの時助けてくれたのはあなたなんかじゃなくてティアだったの!
応援したのだって義理よ!あなたが試合に勝とうと負けようと!私にとってはどうだってよかったの!!
みてよ!私の服!高いのよ!?
あなたの毛!よだれ!汚れちゃったじゃないの!
最低よ!もう私に近づかないでよ!
行こ!!ランス!」

「……おっ、おい、リリーナ、そりゃいくらなんでもタマ──

「うるさい!私はあんな子なんて!……えぐっ、獣なんて!知らない!」

言葉とは裏腹に、その表情は悲しみで一杯になっていた。
タマは、静かにうつむいて、その小さな巨体で震えながらお座りをしていた。
振り向いて、歩き始めたリリーナ。
あわててついて行くランス。

ユウとティアは、もう何も言わない。
タマの、好きなようにさせてやりたかった。

タマは、ティアの目をそっと見る。

─伝わる─

ティアは、そっとタマの首もとからちいさなたてがみをはずす。
タマは、静かに駆け出す。

背中に何かがあたった感触がしたリリーナは、ぐしゃぐしゃの顔で振り向き、感触の主と顔を合わせる。

──ちいさなたてがみが、リリーナの頭の上へと静かに置かれた──

「──っ!!」

驚いたリリーナの目の前で、タマは一度だけ頭をおろした。

『もう、わがままは言わない、だから最後にもう一度だけ』

誰から見てもそう見えた。
タマは、リリーナの優しい小さな手を求めたのだ。

大きな顔に、少女が抱きついた。

「うわああああああん!!!!
タマあああ!!!ごめんね!!私!!!
やっぱりあなたが大好きよ!!!!!
嫌いになんてなるわけないよ!!!!!
私だって本当はもっと一緒にいたい!!!
あなたばっかり!!!タマばっかりわがままいってずるいよ!!!
あなただけが寂しいわけじゃないんだから!!!
私の方が!!私が!!うわああああああん!!!!」


ずっと、ずっと抱いていた。
ずっと、ずっと泣いていた。
ずっと、ずっと一緒だった。

今までの、足りなかった部分を埋めていくように。
今までの、伝わらなかった部分を伝えるように。

ただ、ずっと。


しばらくすると、リリーナから最後のわがままが出た。

二人は振り返り、遠ざかっていく。

その内の一人は、たてがみのようなもふもふを大事そうに抱きしめていた。

二人と一頭だけが残された。

その一頭の頭には、戦う可愛い女の子の憧れる、可愛い帽子がのっていた。

姿が見えなくなるまで、獣はずっと背中を眺めていた。
足音が聞こえなくなるまで、獣はずっと耳をすましていた。
匂いが、風だけじゃ届かなくなるまで、獣はずっと鼻を鳴らしていた。

二人と一頭は、次の街を目指し始める。

小さくなった百獣の王は、ティアの腕の中で──リリーナからもらった帽子の中で──静かに寝息をたてていた。

幸せそうに、ただ、静かに寝息をたてていた。

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こんな童話が昔あった。
男女の兄妹が、両親に捨てられるところから話は始まる──


──それで、それでね、2人は妖怪人食い魔法使い『ユウ』をかまどにほおりこんで!こう!ぼっこぼっこと──

──なんでかまどにほおりこんだのにぼっこぼっこと鳴るんだよ──


少女は忘れている、物語に含まれていたパンの末路を。
時は昼下がり、揺れる緑の奏でる合奏、濁りのない澄んだ空気。
道は、ない。
時折羽ばたく鳥の羽音も鳴り響く。
2人は念のために地図と方位磁石を確認しつつ道無き道をゆく。
ユウは地図に時折定規をあてて眉をひそめ、方位磁石をにらんでは地図を指でなぞる。
ユウの指先が撫でた箇所は、サウスパラダイスの北部を指している、地図上ではそこは緑一色で表されており、『フォレストエリア』と書かれていた。
つまるところ、森だ。
一方でティアはというと、口と一緒に手もせわしく動いている。
小難しい顔で、パンをちぎっては投げている。
投げている。

森に入るなりティアが始めた童話、両親に捨てられた兄弟が、森の奥でお菓子の家を見つける話。
わるーい魔女を、やっつける話。

2人のパンの行く末は、ティアの語る物語上で答えが出ていた。

「それでね!四人はね、2人が持って帰ってきた宝石でね、幸せなの!」

また、小難しい顔が食べ物を粗末にする。

「ふーん、新手の強盗か、やるじゃん」

大事な教訓はそこではないが、ユウは気にせずに地図との睨めっこを再開する。
内心ユウは嫌気がさしていた、歩けど歩けど同じ景色、木、草、獣、空、鳥。そして、パン。
緑と青と、黄色と動物、パン。
隣の太陽がなければ気が狂いそうだった、太陽はお話上手だ、パンをちぎりながらでもユウを退屈させない。
そう、ユウは退屈しない、お話が上手なだけじゃない。

ティアは、天然の芸人である。

それにユウは気づいていながらわざと知らんぷりをしていた。
時折、笑いをこらえていた。

「ユウ、あとどれぐらい千切ればいいの?
そろそろパンが小さくなってきたよ?」

少し不機嫌を含んだ疑問の表情に、また噴き出しかける。
流石にあきれたユウはここで初めてティアへと問う。
その表情はひどく歪んでいた、困ったような、笑っているようなバカにしているような、そんな顔。

「ティアっ、おまっ!うはは!バカじゃねえの!?
さっきからなにやってんだよ!うははははは!!」

「むっ!バカなのはユウだよ!こうやってパンくずを撒いておけば道に迷わないってさっきの童話のお兄さんが言ってたでしょう!?
なにがおかしいのよ!?」

ユウがまた声を上げて笑った。

「道に迷わないっておまっ!!ぎゃははははは!!なんでお前の後ろにパンくずあんのに目印になんだよ!?それ帰り用の目印だろ!?
お前!サウスパラダイスに戻る気かよ!!!
うはーっはっははは!!!」

「………あ」

「しかもおまっ!ついさっきよ!
『しかし、しかしだよ!そのパンは森の鳥に食べられてしまうの!!いざというときに…なかったの!!』
って言ってたばっかりじゃねえかよ!!うはーっはっははは!!!うおえ、げほっ!ほんとバカ!」

「………あ」

ティアは納得したかのような表情で、ちぎったパンを口に運ぶ。
今回ばっかりはユウの言うことが正しかった。

「…で、でも!じゃあなんでこんなにパンが散らかってるのさ!おかしいよ!!もぐもぐ!」

「はぁ?………え………?
は?………
なっ……なんだよ………なんだよこれ………!?」

そして、ティアの言うことも間違いではなかった。
道に迷わないための目印、いや、迷ったという事を知らせてくれる目印。

地団駄を踏んだ少女の指さす先には無数のパンくずが落ちていた、もはや鳥が集まったところでどうこうできる量ではない。
白い。
森の緑に混じって、律儀にビー玉サイズに丸められたパンの破片がキノコのごとく群生している。
ティアに言われて初めて気がついたユウも相当なバカである。
少女の指摘により、バカの表情もバカみたいに青々とする。
しかしその青はすぐに引き、少年は現実逃避を始める。

「……おい、ティア、お菓子の家が……

「ありません!
わかったよ!ユウ!私気づいたもん!」

「おう、迷った」

「ちょ!言わせてよ!
てか『おう、迷った』じゃないでしょう!?
そんなの知ってるわよ!今気づいたもん!
どうしてくれるの!?『この方が近道だから』って言って森に入って行ったのはユウでしょう!?なんで迷ってるのよ!迷ったら近道じゃないでしょう!?
──あ!タマ!そのキノコはパンくずだから食べちゃだめ!
いや、キノコも食べちゃだめ!──
今!どこにいるかわかってるの!?ユウ!」

「うん……申し訳なかった!!」

「あ!出た!出たよ!ユウ!それ!
自分が悪いと思ったらすぐに開き直るのやめなよ!
私それ、嫌いじゃないけど悪いとこだと思ってるよ!?
嫌いじゃないけど!」

「つってもよ……今回はアレだろ?おかしいだろうよ、ほれ!
こんなの!いくらなんでも森突っ切った方が早えだろ!?
なんなんだよこの道の作り方!バカだろ!」

「……う……まぁ、そうだけどさぁ……」

ティアが気弱に納得するほどに、ユウの指さす地図は不自然なものであった。
ユウが指さす地図の、まん丸の大きな緑、ただの森だ。
ただの森なのに、その地図はどうだろう、道はどうだろう。
サウスパラダイスの真上に延びる地図の道は、その森に突き当たるところから森を縁取るように無理やり道が二手に分かれている。
そこだけではない、東西南北、その森はまん丸な緑を保っている、かなり邪魔なはずなのに、なぜかどの道も森を避けてつくられていたのだ、ただの一つも森を突き抜ける道など無かった。
不自然に森だけが地図に浮いていたのだ。

理由がわからない。
森を突き抜ける道を作った方が明らかに短距離で済むのにあえてそうしない道造りにユウは苛立ちを覚える。

ため息をつき、2人はまた緑へと消える。

何度も、何度も緑へと消える。

結局、緑が色を失うまで緑が消えることはなかった。
ひたすら歩きまわり、喋り、疲れ、怒る2人をあざ笑うかのように、夜が訪れてしまったのだ。

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