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眉を困らせつつ、両腕で持ち上げているタマのお腹を見たユウ。
仰向けになって堂々と腕の上で震えるもふもふを撫でてみる

───固い。

中身がぱんっぱんにつまっているせいか、それはとても生物の腹部とは思えない硬度を誇る。
そして

───重い。

そんなタマの下顎を撫でながら、ティアが小難しい顔をする。

「ふむ・・・足腰の鍛え方が足りなかったのね・・・」

「・・・頭じゃないのか?」

互いに苦笑いを合わせる。
タマが倒れる理由、暴れる理由、それは、タマの足腰で自重に耐えきれなくなったことに起因している。
ナイスなプロポーションとは言えないその短い足とはいえ、立てば当然重心は高くなる。
そして食べることで足は太くはならない、膨れ上がっていくのは腹のみだ、倒れるのは当たり前だ。

「すごいね、タマ。
前代未聞だよ、食べ過ぎて立てなくなるウルウルフなんて・・・ある意味、生物の進化の瞬間に立ち会ったんじゃない?私たち・・・」

「そうだな、より人間に近づいた結果だよ。
ほら、あれだ、ペットって飼い主に似るんだってよ?
・・・ひひっ」

ペットは飼い主に似る。
間抜け。
おそらく、そういった含みをユウはティアに投げかけたかったのだろう。
ニヤニヤといたずらな笑みを浮かべつつティアの顔をチラチラとのぞき込んでいる。

「そうね、食い意地が張っててユウそっくりよ。」

「・・・」

ティアの真骨頂が炸裂し、ユウは会話をあきらめた。
ユウはホテルを出るとそっとその毛玉を地面に下ろして魔力を込める。
タマを街中で目立ちすぎない程度に、且つ自身で立ち上がれるように魔法をかけてやる。
普通の犬くらいの大きさまで強化されたタマは、少しだけお腹は膨らんでいるものの無事に立ち上がる。
とてもさっきまで失態を晒していたとは思えないようなその震えるどや立ちに、パチパチと拍手をしながら笑顔を見せたティア。
頭を撫でてため息をつくユウ。

「おお!タマが!中型犬に!」

「中型狼だろ?タマなめんな。」

「でさ、ユウ?」

「なんだ?お前も中型ティアにしてほしいのか?」

「私より自分の身長気にしなよ。
ユウ、アイリよりちっさいじゃない。
そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」

「今思ったんだけど、タマ、大きくしてからご飯食べさせないとお腹空くんじゃない?」

「・・・あ」

「あと、あれだね、タマが大きくなればなるほどリリーナにもらったたてがみちっさくなってくよね・・・」

「・・・あ・・・」

「・・・」

「まぁいいや、テキトーにもっと食糧買い込んで闘技場向かうか。」

「そだね、ランスとリリーナも待ってるだろうし。」

大失敗である、せっかくのリリーナからのブランドたてがみも含めて。
この事実に気づいた時にリリーナはどんな表情をするのだろうか、先日のリリーナのどや顔を思い出しつつ、苦笑いしかでてこなかった。

いまいち盛り上がりきらぬ朝。
こんな状態で大丈夫なのだろうかとユウの頭に不安が浮かぶが、すぐに考えを改める。

(いつも通りいつも通り。
これならやってくれるさ、ティアとタマならな・・・)

少し、笑みが浮かぶ。

「なにニヤニヤしてるのよ、祝勝会なら高級レストランに行ったりはしないよ?」

「ん?あぁ、そだな。
バレたな、嫌がらせに高級レストラン予約しようとしてたの。」

「そりゃどーも!
高級レストランなんか予約されたらプレッシャーで負けちゃうわよ!
だから今夜は貸し出し厨房で決まり!
私の味なしケーキを食べなさい!」

「いいよ、砂糖振って食うからな。」


この様子なら、少なくともティアに関しては心配はなさそうだと、ユウの笑みが明るい笑顔に変わった。
次いでユウが腰のあたりに重みを感じ、視線を落とすとタマの鼻先が押し付けられていた。
ユウの脳内食糧の買い込みリストに高級シュガーが追加される、味のないケーキ用だ。

「期待してるぜ!
街一番の鬼コーチさんよ!」

「任せて!ほら、タマ、サラミあるよ!
もっとたくさん食べて力つけないとね!」

ティアはポケットからドッグサラミを取り出してタマの口へと放り込む。
先ほどとは勢いの違う顎がそれを捕まえる。
そして、鬼コーチより、中型狼よりも力を感じさせるような足取りは先頭にたって闘技場をめざし始める。

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「ふんっ!待たせたわね!リリーナ!
相変わらず面白い顔して!私に対する挑戦かしら!?」

太陽に負けない輝きの髪が吠えた。

「ふんっ!待ってなんかいないわよ!たまたまあなたが通っただけじゃないの!
この顔は生まれつきよ!文句あんの!?」

太陽の輝きを反射して光るプリプリも吠える。

「いや、おい、それは無理あるだろ、リリーナ。
状況にしても、顔にしても。
それよりユウ、ティアさん、待ってたぜ!
最高の獣祭り、期待してるからな!」

「なんだ?なんで今日もリリーナのヤツは化粧失敗してんだ?」

腕を組んでティアとにらみ合うグミの様な唇をユウが指差す。

「緊張して眠れなかっ───

「ランス!喋らない!」

「うす・・・っ!」


ここはサウスパラダイス商業区奥、闘技場。
空は晴れ渡り、暖かな日差しが植えられたら草木を照らす。
ここに今、ユウ、ティア、タマ、ランス、リリーナが揃った。
ランスが言ったとおり、リリーナは獣祭り前夜ということで緊張からくる眠れぬ夜を過ごしたらしく、化粧で顔が荒れていた。
寝不足に気合いの分が上乗せされた結果だろう、真っ白な顔面に丸い金眉二つ、丸い金目二つ、日の丸二つ、真っ赤ななめくじ一対、お面の様な顔をしている
そのまん丸眉がもこっと動き、ほっぺにヒビをいれながらなめくじをぱぷぱぷいわせてランスに声を荒げるリリーナに、ユウは腹を抱えて笑っていた。

指を指してひゃひひゃひ騒ぐユウをリリーナが睨みつけたときだ、リリーナの視界にタマの顔が入る。
ぱっと見ると、それはユウの腰のあたりから首だけを出しているように見え、初めリリーナはタマがユウの背中にしがみついているのか、もしくは鞄か何かに入っているのかと思う。
しかしその直後、ムキムキのタマがユウの背後からのっそりと姿を現して、リリーナが腰を抜かす。

「───っわぁ!・・・え!?なに!?その子!?え!?成長期なの!?え!?」

「まぁ、そんなところだな。
・・・そうだな、化粧を失敗したとでも思ってくれ。
そう、化粧・・・ぷっ・・・ぎゃっははははは!!リリーナお前!なんて顔して驚いてんだよ!?
今顔から粉落ちたぜ!?ぶははははは!!」

なおも笑い続けるユウに不機嫌そうな顔をしつつ、リリーナはランスに起こしてもらう。
そして、気づく

「あ、なによ!ちゃんと私のプレゼントしたアクセサリー使ってくれてるんじゃないの!
うふ、うふふ!可愛いでしょう?気に入ってくれたかしら?」

嬉しそうにパシンと手を合わせて笑顔を見せるリリーナ。
今にも舞い踊りそうなリリーナへとどや顔を向けたティアは吹き出しそうになるのを堪えながらプルプル震えながらある事実を伝える。
多少の罪悪感はあるものの、芸人のごとく様々な表情を見せるリリーナを可愛らしく思った結果、少しだけいじめたくなったのかもしれない。

「ぅっ・・・くく、で、でもね、リリーナ・・・ぅふっ・・・」

「え?なあに?あなたも欲しいのかしら?」

「タマ、まだこれから四倍ぐらいまで大きくなるんだけど・・・」

「あっ!・・・そういえば・・・!!」

「ぷっ!ぷはっ!きゃあああああ!!!」

ショックで大口を開けたリリーナの頬に亀裂が入ったのを見たティアもユウと同様、腹部に弾丸を受けたかの様に笑う。

「うっ!うふ!ごめんね!リリーナ!あはは!
でも、ありがとね!それでも私、たてがみ気に入ってるよ!
タマもお気に入りみたいだし、目立たなくはなっちゃうけどもちろんつけたまま参加させてもらうよ!
あとね、試合前に笑わせてくれてありがとう!
これで少なくとも試合中は真顔を保てるかなっ?
うふふ!あははははは!」

「・・・ふっ、ふふ。
あんまりね、ありがとうを安売りするもんじゃないわよ?ティア。
・・・でも・・・ありがと、ちょっと嬉しいわ!ちょっとね!」

割れないように、そっと笑いかけたリリーナは、次の瞬間、ガッ!と勢いよく勇んだ表情をみせて化粧を割った。

「さて!この私が進んで道化を演じてあげたのよ!
もう一枚のジョーカー!演じて見せなさい!ティア!」

「うふふ!あいにく、私はリリーナほど面白くはないわよ。
それに演じる必要なんてない。
いつもの私、素の私がそもそもジョーカーだからね!
任せなさい!」

強く、二人の手が繋がる。
力強く、二人の視線がぶつかる。

「みろ、ランス!
ほれ!リリーナだ!」

「っだははははは!
なんだよそれ!?グミ!?唇の形したグミ!?
どこに売ってたんだよそんなの!うはははは!」

「お菓子屋の安物菓子のコーナーで20Fだ!」

「「男性陣!うるさい!」」

「「はいっ!!」」

四人と一匹は、鼻息を荒くしつつ闘技場の中へと消えてゆく。



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──暗い暗い、選手用通路──

どこまでも続きそうなトンネルの様な無機質なグレーの世界、一歩一歩、出口へと向かう。

小難しい視線のレーザーが、白と黒の大地をくまなく走り抜ける。
左から右へ向かってまっすぐ、行き止まるとぱっと左下へと焦点をずらし、また右へ向かって焼いていく。
書類に視線を落としていたレーザー発生機、ティア・アルノーティス。
ルール確認を忘れていて試合開始直前に確認を急ぐ猛者、ティア・アルノーティス。
時には剣士、また時には天才魔導士、炎のチャーハン職人であったり、謎のジョーカーであったり妖精サイズの歌姫だったり、乙女だったりもする。
そんないくつもの顔を持つ彼女は、レーザー発生機から最近修得したジョブへと今、転職する。
ティアが、どや顔で大会のてびきを折りたたみ、それを後ろのユウへと人差し指と中指のみで振り返らずに手渡す。
そして、前髪をおでこの上で立つようにゴムで止めた。
その鬼の角を彷彿とさせる美しい前髪、幼さ残る優しい顔つきからは想像がつかないような暑苦しさ、そんな彼女を人は

『鬼コーチ』

と呼ぶ。
そう、周りの人間のみではなく自身も自称する。
むしろ、自身がそのジョブ名を広げている。

受け取ったユウは丁寧に折りたたまれたてびきを丁寧に広げて自身も軽く目を通し始める。

「さて、いよいよだな、ティア。
ランスとリリーナはR-7、8の席に座っているからファンサービスを忘れるなよ?」

「もちろん!」

振り返らないその背中。
ティアはおもむろに剣士服の上着を脱ぎ、バサッと背中へとかける。
その隣でタマは震えている。
武者震いか癖かははっきりとしないものの、たらりとさがったその尻尾から恐怖は感じられない、ただ、落ち着いている。
ワイシャツからパステルカラーの肌着が透けているが鬼コーチは気にしない。
そんなコーチが気になるユウはそっと上からローブをかけつつ、気になったことを訊ねる。

「で?ルールはちゃんと覚えたか?」

「もちろん!
・・・ユウ、ローブが・・・暑い。」

「肌着が透けてて間抜けなんだよ。
せめてジャージぐらい着やがれ。」

「・・・みせてんのよ。」

「メリットがわからん。
よし、ルール確認を。
獣祭り、ルールその1!」

「正々堂々!ぶっとばす!」

「そうだな、武器、魔法による強化OK、だな。
次!ルールその2!」

「正々堂々!ぶっとばす!」

「ふむ、戦闘が始まったらマスターは手出し不可。ルールその3!」

「正々堂々!ぶっとばす!」

「OK。予選はリーグから、決勝はトーナメント形式。
たのむぜ?ルールその4!」

「正々堂々!ぶっとばす!」

「それがお前の答えなんだな、嫌いじゃねえぜ。
戦闘後、開催側負担により、体力を一定回復。
それ以外の回復等は認められない。だ。
ルールその5!」

「正々堂々!ぶっとばす!」

「おう!その調子だ!ちょっと不安だぜ!
ギブアップはタオルの投げ込み、それが地に落ちた時点で成立な!
ほかにもいろいろあるけど・・・」

「正々堂々!ぶっとばす!」

「みたいだからな、もう、いいよな、読まんでも。
よし!俺が同行できるのはここまでだ!
一回戦!行ってこい!!」

トンネルの出口、世界が開ける。
大歓声。
風と、音の波を感じて揺れる鬼の角。
美しい曲線で円を描く闘技場内周。

そして、真っ直ぐ見据える獲物。

「タマ!来なさい!」

一足先に会場にその姿を晒したティアの大声に呼ばれ、巨大化したタマが跳びでてくる。
会場が沸く。
突然現れたスーパールーキーがレース祭り初登場で一着をかっさらった事実は会場の発声器達の記憶にも新しい。
ワクワクしながら眼鏡をかけ直したリリーナが笑顔で声援を送る。
ランスは薄い笑みを浮かべつつ、楽しそうなリリーナへと視線を滑らした。

「なんだ、リリーナ、思ったよりちゃんと応援するんだな。
最後までタマのことは苦手そうにしてたから意外だな。」

「あっ・・・い!っ命の恩人?恩犬だからね!
ぎ!義理よ!」

「はいはい。」


乾いた笑いだ。
ランスはサウスパラダイスに来てからというもの、リリーナには驚かされっぱなしである。
確かに成長していく、妹としか思っていなかった相棒──

──二人に会えて良かった──

──ランスは口にはしないものの、心に響かせる。
隣と、共鳴する。

様々な想い、結果、未来が詰まったこの舞台。

全員が全員、見守る中。

───一回戦開始を意味するゴングが鳴り響く───

「タマ!ジャブ!」

「!?」

先手必勝、ユウが驚く。

「ジャブ!!」

『!?!?』

連撃必殺、会場が驚く。

「轟槌犬牙!!!」

「「うわぁ!?!?!?」」

R-7、8席の真正面の安全魔法防御壁に、巨大な獣が激突し、リリーナとランスが悲鳴を上げる。

沈黙が会場を包む。

ひそひそと困惑の声が上がる。

美しく佇む巨狼が鼻息をふかす。

地に落ち、倒れた巨獣が一度痙攣して動かなくなる。

「・・・え!?なに!?ルール違反なの!?」

少女の慌てた勘違いの声が響く。
そして一呼吸、二呼吸と間を置き

──試合終了を告げるゴングが鳴る──

タマ 予選リーグ第1試合

勝利

試合時間8秒

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会場がざわめきを取り戻す。
事が終わってからすでに二分ほど経つ、タマは競技出場中ということで開催側が用意した大きな檻へと静かに収まり、ヒール処置──といってもタマは無傷だが──を受けている。
次の試合の準備も始まったにも関わらず、観客の話題は先のタマの試合で持ちきりだ。

──例のルーキーがまたやりやがった──

と。

「ら・・・ららら、ランス・・・?」

「あ、ああ・・・まさか、タマがあんなに強いなんて・・・
虎の時でも実は手抜いてたみたいだな・・・」

「こ、こここ、これ、もしかして、もしかする?」

「うん!うん!ティアさんとタマのタッグ、優勝・・・狙えるんじゃ・・・」

予想以上。
口では期待しているだとかなんだと言いつつも、リリーナもランスもタマがここまでの実力を持っているとは思っていなかったらしい。
会場を指さし、ランスに向かって金魚のような表情で金魚のようにパクパクするリリーナ。
非常に面白い絵であったがランスも笑っている余裕などなく、ただリリーナのように金魚になるだけだ。
一方、例の通路ではゆったりと寄りかかって観戦するつもりだったのだろうか、壁へと寄りかかろうとしたまんま、微妙な角度で固まっていたユウの元へとティアが戻る。

「お疲れ様、ユウ。
ずっとその態勢、辛くなかった?
っていっても、五分もたってなさそうだけどもさ。」

「え?・・・あ、お、おう・・・」

「さて、敵情視察も兼ねて私たちも観客席にもどりましょう、次の試合までは休憩だしね!
タマは競技中は自由に動けないみたいだし、とりあえず2人で行動ね。」

「おう・・・」

すったすったと、剣士服とローブを両肩にかけたティアは澄まし顔でシャンプーの香りだけを残しつつユウの横を通過して通路の闇へと消えてゆく。
しかしそのどや澄ましに見え隠れする不完全燃焼にユウはなんともいえない印象を覚えて再度固まっている。
鬼コーチというよりも、その姿は女騎士というか、姫というか、少なくとも普段のティアからはかけらも感じぬ艶やかさ、ユウは意味もなく緊張を感じつつ、その雰囲気に引っ張られるように足をもつれさせつつあわててその後ろ姿を追う。

その後、ティアとタマの快進撃はとどまるどころか加速する。

二回戦
試合はまたも秒単位で片がつく。

次いで三回戦
相手にヒール処置で回復困難になるほどの怪我を負わせてそのタッグは後の試合を全棄権。

さらに四回戦
前のティアとタマの試合を見ていた対戦相手が棄権した。

そして、とうとうティアとタマは予選リーグ最終戦まで無敗、無傷でたどり着く。
もちろん決勝トーナメント出場は確定、予選リーグ最終戦はただの消化試合だ。
会場はいろんな叫びが広がっていた、たったの一組、このティアとタマの存在のみにより大会スケジュールや対戦表は目まぐるしく狂いに狂ったのだ。
最終戦を前にし、ユウとティア、ランスとリリーナは同じ客席にて集結していた。

ユウ   無言

ランス  無言

リリーナ 無言

せっかくここまでこれだけの快進撃をみせてきたのに反応がイマイチの三人にティアはジュースを啜りつつ不満を漏らす。

「ねー、どうしてみんな黙るの?
タマ、すごく頑張ったじゃないの!」

わかっている、タマの頑張りも、この状況の凄さもちゃんとわかっている。
全員ただ、信じられず驚きでいっぱいの頭を整理しているだけである。
それを、ユウが言葉にしようと努力をみせる

「いや、わかってる・・・けど、なんつーか・・・

タマ、いくらなんでも強すぎね?」

引きつった笑顔と変な汗をセットに加えて。

「ユウの魔法と私の特訓とランスとリリーナからの贈り物の結晶だからね。
そりゃ強いよ、当たり前だよ。ちゅーちゅー」

「あ!ティア!次の試合、最終戦の相手よ!
ちゃんとみておいたら?」

リリーナが指差す会場、次のティアの対戦相手が準備を始めている。
デカイ。
タマの二倍ぐらいの大きさがある、獣というより魔物というべき生物が檻から出てくる。

「まぁ、ティアさんとタマの様子みた限りじゃ大丈夫だと思うけどな。」

ランスが、鼻息をふかしつつ半笑いで口を開く。
リリーナの顔色が強ばる。
次いで赤いなめくじが音を立てる。

「だめよ!ランス!油断させちゃ!
ティアもランスの言うこと鵜呑みにしちゃだめ!何が起こるかわからないのが戦いよ!!」

リリーナのもっともらしい言葉にティアは無言で頷き、ユウは視線をそらして一文字に口をつむんだ。
ユウからしたら、リリーナが吐くこの言葉ほどに説得力を感じさせるものはない。
初めのティアとリリーナの戦闘、リリーナの見せた本物の実力。
有翼虎との死闘で見せたリリーナが起点の大反撃。
そして、格下の相手に見せられた仲間の死の恐怖。
サウスパラダイスに来てからリリーナが絡んだ戦いは全てユウの予想を良くも悪くも裏切った、この事実は忘れてはいけない、過信と油断ほど怖いものもないということもその身をもって実感させられている。
命を落とした後では

『油断していました』

では済まないのだ。

ランスもそんなユウの様子から考えを汲み取ったのか、黙ってリリーナの声に頷く。


「まぁ、油断がどうとかそんな話じゃなさそうだぜ?
ティアよう。」

「・・・?」

ユウが思い出したかの様に会場を睨みつけた。

「あいつ、一ヶ月前に俺たちが初めて闘技場に来たとき闘ってた奴じゃねえか?」

その言葉に、ティアの脳天のアンテナがぴょんぴょん動く。
思い出したティアが、首をかくかくと振ったのだ。

「うんうん!ほんと!しかもあれ、勝った方の子だね!
でも、それがどうして油断禁物につながるの?
ま、どっちにしても油断するつもりはないけど。」

首を傾げたティア、もちろん意味が理解できないのはティアだけではない、ランスもリリーナもユウの言っていることが上手く理解できていない、三人の様子を一瞥したユウは苦虫を噛み潰したような顔で説明を付け足す。

「時間だよ。
前回俺たちが闘技場に向かった時間憶えてるよな?」

「夜ね。夕方まで海で遊んでたんだもん。
憶えてるよ!」

小難しい顔に灯りが灯る。

「そっか!・・・なるほどね・・・」

「まぁ、そういうことだ。
この試合、よく見とこうぜ。」

ティアが一つ頷き、真剣な眼差しを闘技場の中心へ向ける。
突然納得し、ユウとアイコンタクトをとったティアにリリーナがぷぱぷぱ問う。
その場にいなかったランスとリリーナはわからなくても無理はないだろう。

「ちょっ!私たちにも解るように説明してよ!
あいつ!そんなにやばい相手なの!?」

「あ、そうだね、ごめん!
あの子、一月前の獣祭りで夕方に闘ってたのよ、そして、勝ってたの。」

ランスも、ティアの言わんとしていることに気がつく。

「なるほどな。
夕方ったら少なくとも決勝トーナメントの中盤以降ってことか、タイムスケジュール的に・・・な。
つまり、あいつは少なくとも上位ランクの出場者っつうこったろ?ユウ。」

「そういうこった。
大会の最後まで見てたわけじゃねえしな、あいつが優勝したのかはわからんし、逆にあれが決勝戦だったっていう可能性もある。
とにかく、今までの雑魚とは違うんじゃねえのかって話さ。」


──試合開始のゴングが四人の鼓膜に届く。


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先に動いたのは小さな素速い獣。
例の獣の対戦相手だ、身軽なフットワークとその小さな身体を生かした目にも止まらぬ連撃、トリッキーな攻撃を続ける。
──全て直撃。

例の獣は全身から血を吹き出しながら攻撃を受け続けてよろめく。
観客席から様々な声が上がる、その声にはユウ達の声も含まれている。
最初に声をあげたのはランスだ、期待はずれを全面的に押し出したつまらなそうな様子。
頭の後ろで手を組んで口を尖らせる。

「なんだ?ボコボコにされてんじゃん。
ユウ、ほんとに前に見たのはアイツで違いねえのか?」

「ん?・・・おう、そ、そうだな。
獣は間違いないはずなんだが・・・前回あいつと闘ったのが弱いヤツばっかりだったのか?」

ユウも自信を無くした様子で頬を掻く。


「きっとそうよ、これならティアとあの子でも大丈夫そうね!」

つい先ほどまで油断の危険を力説していたリリーナですら、その姿に安堵の笑顔をこぼしていた。
そのぐらい、例の獣に力を感じない。
先ほどから重そうな攻撃を当てようと後ろ足二本で立ち上がりぶんぶん前足を振っているのだが、素速い相手の獣の動きに全くついていけてなく、その攻撃は空を切りつづけ、一つ、また一つと傷を負っていく。
単純に相性が悪いという言葉では片づかない実力差だ、それに、その善戦をしている相手の獣だってタマの敵ではなかったのた。
警戒心を持てと言う方が難しい。

──十数分後──

「・・・」

「・・・」

「・・・ねえ、ランス?
な、なんで?・・・なんであの・・・獣、
『倒れない』わけ?」

沈黙を続けるユウとランスに、不安を感じたリリーナがまた金魚になる。
しかもただの金魚ではない、それを指さすその綺麗で細い先っちょはピリピリと震えている。
リリーナがランスに聞いたとおりだ、先ほどから延々と攻撃を喰らい続けて、大量の出血をしているにも関わらず全く倒れる様子がないのだ。
時折よろめきはするものの、すぐに持ち直してまた二本足で前足を振り続ける。

「なんでって・・・なぁ?ユウ・・・?」

「え?・・・なぁ?ティア・・・?」

困ったランスからのなぁにユウは困り果て、ティアになぁする。
流石のユウもその顔がひきつる、どう考えてもおかしいのだ、血の量が。
普通の生物学的に考えてあれだけの出血をしていたら出血多量どころではない、出血過剰だ、獣の容積的に中身が全部血液だったとしてもあんなに出てくるはずがないのだ。
気持ち悪いものを眺める様子で首を傾げる三人、しかし、1人だけ、ティアだけは冷静にその様子を分析していた。
ティアはユウからのなぁに対し、真剣な眼差しを闘技場の中心に向けたまま口元に手を当てて一言

「・・・回復してる・・・」

とだけつぶやく。
その言葉に三人も慌ててティアと視線を共にする、そして、驚きのため息が上がる。

「・・・た、確かに・・・なんだよあれ・・・ユウ?あれも魔法か?」

「魔・・・法?か?
獣が持つ異常な治癒力か?少なくとも、ルール上は戦闘中の外からの回復は反則だが・・・そもそもあれは・・・術もよく見えない・・・陰術?
でも、マスターの方も魔法を使ってるようには・・・なんだろうな、あれ・・・気持ちわりい。」

黒い剛毛に隠れていて気がつきにくかったが、確かによく見ると獣の傷が食らった上から次々に塞がっていっている。
首を傾げたのは3人、ティアも首を傾げている。

次に首を傾げずその様子をしっかりと見据えたのはランスであった。
ランスは「はっ」とした様子でその獣の様子を眺める。

「・・・あれは・・・いや、まさかな」

「え?どうしたの?ランス?」

「あぁ、リリーナ、その・・・いや、なんでもねえ。」

「「「・・・?」」」

珍しく何かを深く考える様子のランスに再度3人は首を傾げる。



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例の黒い獣の回復は止まらない、傷が残らず、それでもって痛みも癒えているのならば最初から効いていないのと同じだ。
黒い獣はまったく変わる様子もなくひたすら壊れた機械のように腕をぶんまわし続ける
対戦相手の獣はもちろん普通の獣、徐々に動きが鈍っていく、その動きの鈍りが、機械的な動きの攻撃ですら避けるのを困難にさせる。

当たる。

会場が沸く。

様々な声援や野次が飛び交う中、固唾をのんでその状況を見守っていた四人の耳にある言葉が飛び込んでくる。
どこからの声かは特定できないものの、言語として聞き取るのが困難な会場の声のなかでは比較的に聞き取りやすかったその声、しっかりと聞き逃さずに全員聴いて、顔を見合わせた。

「おい、聞いたか・・・?
ユウ、やっぱりアイツ・・・」

「おう、言ってたな・・・くそ、どうすんだ?ティア?」

「正々堂々!ぶっとばす!」

思い思いを口に出して流していく三人。
そして、リリーナが再度確認をとるように、先ほど耳に入った言葉をぼやいている。

「・・・チャンプ・・・」

その表情は、緊張とも、絶望とも、不安とも恐怖ともとれるような表情である。
いうなれば
まず間違いなく、今後の事を良い方へと考えているような表情ではない
ということは確かである。


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その後、結果は圧倒的だった。
ただでさえ疲労が溜まっていっていた獣に『チャンプ』と呼ばれた獣の攻撃が当たりに当たり、中盤以降足の止まった獣は一方的に殴られるサンドバッグと化した。
どうみても過剰な攻撃、いたぶり、その様子に会場は沸き上がり、立ち上がり、震えた。

──異常な光景だった──

単なる虐殺ショーに狂ったように騒ぐ観衆、並の神経では見ていて気分が悪くなるような状況にも誰一人として疑問を持っていない。

獣祭り。
言い得て妙だ。
獣が戦うから獣祭りと銘打っているのは明らかであるが、その実態は人間が獣以上に獣である面を醜く浮きだたせる内容への皮肉にも感じる。
観衆の感覚は麻痺しているようだ。

もちろん、その空気に四人が疑念を抱かないはずもなく、R-7、8付近にのみ、沈黙が漂っていた。
固唾を飲み込み、緊張した面もちで試合を眺める。

周りの異常に、正常へと戻される。

「なんだよ・・・こんなの・・・!
おかしいだろ・・・なにが・・・」

一筋の汗を流しつつ、ユウの顔が青白く染まる。
ティアは、ただただいたぶられ続ける獣に困惑の表情で眉を歪ませる。

「ユウ・・・ティ、ティアさん、本当に、本当にアイツとやりあうのか!?
勝算は!?打開策は!?それすら無しにアイツに挑むのか!?」

『挑む』
無意識に出るランスの言葉。
それは、自覚のない敗北感を音にしたものでもある。
現状、打開策も勝算もないティアとタマ、その末路が今、闘技場の真ん中でデモンストレーションされている。
いたぶられ、なぶられ、会場の獣達のさらし者にされる。
正義も悪もない、ただ、残虐な本能のみによって行われるショー。
ただの『獣』を感じさせる会場と競技に、リリーナがカタカタ震えて息を荒くし始める。

「あ・・・リリーナ!
ご!ごめん!ユウ!ティアさん、リリーナが!!
ほら、一旦出るぞ、リリーナ、大丈夫か!?」

「あ・・・う、ラン・・・ス・・・!
獣が・・・!!私達を・・・!!うあ・・・」

パニック寸前のリリーナの肩を抱きつつ、ランスが逃げるように会場の外へと出て行く。
二人だけが、その場に残される。

「・・・ティア、俺は───

「『心配だ。』かな?」

「───!?」

どや顔だ。
ユウの不安を押しのけたのはいつものティア、有翼虎の件でもみせた、あの顔。
勝算は確かにないかもしれない、ティアがなにも考えていないのはユウの目から見ても明らかだった。
しかし、なにも言い返せなかった。
不覚にも安心させられてしまったのだ。
そして、数瞬の間を挟んでゴングが鳴り響く。

「次は、私たちの番ね!
ユウは、私とタマを信じてくれないのかしら?
まったく、レース前に私がどんな気持ちでユウにメイガスエッジを預けたと思ってるのよ、少しは見習って欲しいわね!」

野暮ったい。
ユウは自分自身に腹を立てる。

そして───ゴムが一気に縮んで弾けるような音が響いた。

「───ぬあだっ!?・・・っいたた。
今のは絶対に痕残ったよ!?まったく!
やってくれるじゃないのよ!ありがと!!」

ティアの背中に力強い張り手が撃ち出された。
──行ってこい!──
無言の激励、もちろん2人の関係だ、伝わらぬわけもなく、笑顔が顔を合わせた。

「おやつ、食べないでね、ユウ。
たくさんケーキつくるんだから!」

「・・・言ったからには、ちゃんとつくれよ?
食い物の怨みは張り手じゃすまねぇからな。」

背中をさすりながら、もう一人が客席を後にする。
透けたパステルカラーの肌着、手のひらの痕は誰からも、どこからも見えない。
しかし、それは確実にティアの背中でびりびりと熱を放つのだ。
その熱を感じることができれば、それだけで充分である。



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肩に剣士服の上着をかけた少女が、会場のすみに設置された数メートル四方の檻へとゆっくりと歩み寄っていく。
静かに舞い降りるように、不思議な清々しさと優しさをを身にまとって、ふわりと檻の前で立ち止まる。
中で大人しく居座る大きな狼にそっと語りかける、その様子に、不正がないようにと目を光らせていた檻の見張りは中腰で立ち上がろうとするが少女の丁寧なお辞儀に目を丸くして一瞬固まり、そっと、まるで野良猫に逃げられぬように、刺激しないようにしゃがむかのように再度椅子へと腰掛ける。
会場のざわめきを連れ去る風に、少女の額より立ち上がっていた前髪が少し揺れ動く。

「タマ、怒らないで聞いてね?」

タマが檻の端、ティアの目の前までその身を寄せてそっと伏せる。
厳かな雰囲気をかもしだしつつも、耳をヒョコヒョコ動かしてティアの話を必死に聞こうとするその様子はティアにいつものタマを連想させ、不意に笑みが浮かんだ。
しかしそれは、会場に吹いた風のごとく、一瞬の爽やかさだけを置いて、すぐに姿を消した。

震える小さな手がタマの頬へ添えられて、優しく撫でる。
震える小さな声がタマの耳へ届けられて、不安を露わにする。

「ごめんね、私が、コーチがこんなんじゃいけないのはわかってるけど・・・
ユウにはあんな風に言ったけど・・・本当は・・・怖いよ、タマ。」

不思議そうに鼻先を少し持ち上げたのは何を想ってか。
その潤んだ瞳に映る少女は、その瞳にはどう映ったのだろうか。

「もし、もしもね、タマが、さっきの獣みたいになっちゃったらって・・・」

ティアの言う『さっきの獣』というのは、先ほどの試合のどちらかの獣を指すのだろうが、言の葉の上だけではどちらを指しているのかがよくわからない。
どちらともとれない、いや、どちらともとれる。
本当はティアはタマを闘わせたくはなかった、それはサウスパラダイスに到着した夜、ホテルでのユウの提案を聞いたときからずっと変わらない。
しかし、ここまで全力でタマをサポートしてきた、タマも──もちろんティアも──この一月で見違えるほどに成長した。
それは悪いことではない、が、それは本当に望んだ事なのだろうか。

「もちろんね、私は、タマにはがんばって欲しい。
鬼コーチだもの!負ける事なんて許さない!
『タマは』絶対に負けちゃだめだよ!」

そこまで話すとティアは腰のあたりから一枚の布を取り出した。
タオルだ。
ルール上、このタオルが投げ込まれて地面に着いた時点でギブアップが成立する。
その白い敗北の証に力強い視線を落とし、何かを振り切るように握りしめたティア。

「私は、あなたのコーチよ、タマ。
あなたのことは絶対に勝利へと導く!
でも・・・いや、だから・・・かな?
このタオルを、私に使う権利を与えて欲しいの・・・すべての負けは、私の弱さ、あなたには背負わせない。
私が、耐えきれなくなった時に、あなたの意志ある敗北じゃなくて・・・私のよわ───!?

タマが、急に立ち上がった。
そして

「あっだ!?」

檻の隙間から前脚を出し、ティアの頭頂に重たく固い肉球を落とす。
あまりの衝撃と虚を突かれた唐突さに、一瞬耳の辺りまで肩をすくませながら首を縮めたティア。
それを下ろされ、困惑しつつ頭をさする顔にはまだまだ乳くさい鼻息がばふっと吹きかけられる。

「え?・・・なに?・・・え?」

おずおずと見上げたその姿、ティアの瞳にはどう映ったのだろうか。

「───・・・!
うん、ごめんね!タマ!!
・・・そうだよ。タマだもんね!それに、私がコーチなんだもんね!

・・・お願いよ!タマ!行くよ!」


正々堂々!ぶっ飛ばす!
そんな少女の声が場内に響き、選手準備のアナウンスが流れた。

脳天の熱、背中の熱、自身の内側に灯った熱。

怖いものなど、少ししかない。
どちらにせよ後退の選択肢はないのだ、少しの恐怖に後ろを向く必要などない。
前を見てきた、この舞台を見据えてきた。
そして舞台に立っている、今目の前に映るものは───

───少女と狼は誇らしげに、胸を張って、大歓声をその身へと受ける。


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試合が始まる。
大歓声が会場を震わせた。

その声と震えは会場の外にいたランスとリリーナの身にも伝わる。
ベンチの上のリリーナの肩がぴくりと動いた、なんだかんだいっても、リリーナの事をよく心配するランスはそんな些細な反応も見逃さない。
まして、リリーナのデリケートな部分にかかる問題である、幼い頃から苦楽を共にしてきた仲である以上、慎重になる、そこに、いつものがさつで無神経なランスはいない。
ボトルに入った水をリリーナへと手渡し、ランスは静かな声で語りかけ、その肩に手を添える。

「……始まったみたいだな……
大丈夫かリリーナ…?
怖く、なかったか?」

ふるふると、うつむいたままに首を振る。
『怖かった』と仕草が語っている。いや、ランスならそんなものに頼らなくてもわかっていた。
わかっていても、ちゃんと聞いてやる。
思いを吐き出させる。
ランスなりの優しさだ。

「……怖かった……でも……」

膝の上に置かれた、ボトルを握る右手は震えていた。
ぎゅっと目を閉じたリリーナのこめかみにはうっすらと汗がにじんでいて、絞り出すように、震える唇から声を出そうと、喉に力を入れているのが明らかに見て取れる。

「ゆっくりでいい、聞かせてくれ」

ランスの声が、優しさが、少しだけリリーナの心を締め付けた。
震えを押さえつけるように、右手の上に左手が被せられる。
その左手も、震えている。
リリーナはランスの言葉に首を振る。
先ほどのか弱い否定とは違う力強さで。

「行かなきゃ…私が、私が……ティアを……あの子を……応援しなきゃ!!」

「…リリーナ…」

「あれが、さっきの獣がチャンプで、人気で、強いなら……きっと、ティアとあの子はアウェーになるわ…!
約束したのよ、応援するって……!!
ジョーカーは…揃わないとだめなの!
私が…ティアの、あの子の『仲間』なのよ!」

震えている、恐怖に怯えている。

「……」

「──っ!」

無言で立ち上がったランスはリリーナからボトルを取り上げた。
ランスはおもむろに一枚のタオルを取り出し、ボトルから水を流してタオルをビシャビシャに濡らす。
驚いた様子でリリーナはランスの行動を見守る。
そしてランスはその濡れたタオルをリリーナの頭の上へと持ってくると

──なんのためらいもなくぎっちりと絞った。

「……っっっあぇ?!!?」

肩をすくめたリリーナ、頭上から流水。
サウスパラダイスの暑い日差しを、先ほどの気持ちの悪い汗を、不安に染まった黒い空気を、すべてを洗い流す。
一瞬、ほんの一瞬の水に濡れる気持ち悪さを乗り切ったリリーナの心が洗われる。
冷たく、気持ちがいい。

服も、髪も、顔も、眼鏡もびしょ濡れだ。

ふるふると首を振って間抜けな表情をランスへと向ける。

明るく、元気な笑いがこぼれた。


──客席──


歓声がその場を飲み込んでいた。
ユウも立ち上がって拳を振り回して喉を酷使する。

ここまではテンプレート。
タマが圧倒的な力で相手の獣に食らいついている、攻撃の手を休めず、ひたすら倒しにかかる。回復する間も与えずに丸め込む作戦だ。
マスターの指示位置ではパステルの透けたワイシャツティアが指示を送り続ける。

一撃、二撃、三撃、四撃、五、六、七、十、二十。

決まる、当たる、削る、押し込む。

避ける、いなす、返す、防ぎきる。

舞うように、または撫でるように攻撃しつつ、攻撃を避けつつ壊す。
一瞬よろめく。

「タマ!!」

ティアの声が、タマの耳へと届き。

「今だ!!轟槌犬牙だっ!!!」

ユウが客席からも大声を上げた。

二人の声でタマが相手にぶつかる、腹部に深く突き刺さった。
ゆっくり、ゆっくりと黒い巨体が仰向けに向けて角度を緩くしていく。

「──いよしっ!!」

がすんと地面を踏みつつガッツポーズを決めるユウの背後に、二人の影が迫っている、ユウもその影には気がつかない。
ティアに至ってはその影が見えてすらいないが、

『いる。きっと、見ている』

そう信じて自身の正面、R-7、8の席付近へと拳を突き出した。

相手の獣が倒れていく、獣の頭部の背後に広がる客席が、上から順にティアの視界に現れていく、広がっていく。
ティアの拳はぶれずにある一点を突き刺し続けている。
ユウよりも横、そして、後ろ。
二つの内の、一つ。

獣が倒れきった、客席のすべてがティアの視界に映ったとき──

──彼女は最高のどや顔を見せつけた。

そして──

──最高のどや顔を見せつけ返された。


拳を突きだす真っ直ぐ先、客席の入場階段口。
美しく濡れた、ウェーブのかかった金髪を下ろした黒い姿。
化粧が落ち、白く輝く肌。
太陽光を反射した伊達眼鏡。
同じく、真っ直ぐ、ティアに向かって突き出し返された握り拳。

見知った少女。
彼女の、ライバル

リリーナ・ストラードの姿がそこにあった。




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どこまでも突き抜けるように真っ直ぐな力強い瞳、拳。
彼女にとっては信頼の、また、彼女にとっては約束の証。

「…ん?ティア?……あいつ、誰に向かって……」

「おう、ユウ!戻った。
ティアさんの方はどうだ?……って、わかってるけどな、見ての通りか……
問題はここからなんだよな。」

ユウの思考が始まったと同時に会場へと戻ってきたランスが声をかけ、止まる。
視界の端に、見覚えのある左足が入った。
ユウはその声の主の方を見ようともせず、虚ろな、退屈を装ったような抜けた視線で拳を突き出す少女にぼかしを入れる。
少女がその拳を下ろし、何か声を上げたかのような仕草をみせると、ぼやけた少女に毛むくじゃらの黒く大きな背中が被さった。
やはり傷が癒えて起き上がったようだ、その傷のない背中にユウはさらにつまらなそうな鼻息をふかしてここでようやくランスの方へと視線をくれる。

「そうだな。
アイツのここぞの馬鹿知恵を信じようか、ああ見えてもアイツのズレた発想は天才的だからな、どう転んでもおかしくねえ。」

予想通り。
そう思うユウは焦ったりしない、焦るより、冷や冷やするより、ティアに丸投げしたほうが早くて確実なのだ。
馬鹿にこそしているが、馬鹿だとは思っていない。
ユウにはできないことを平然とやってのける相棒兼ライバル兼コーチ、彼女から学ぶことはユウも多い。
助けることも、助けられることも多い。
そうやって過ごしてきた二人の、互いの八年の実績は獣の超回復ごときで揺らぎはしないのだ。
それよりもユウが気にしたのは、新たに出来たライバルの相棒兼相棒のライバル。
リリーナだ。有翼虎の件と同様、獣の存在は彼女の心の傷をえぐる。
さらに質のわるいことに、今回彼女は獣ではなく、獣の様な人間の群に恐怖していたのだ。
おそらく、パニック状態から立ち直らせるにはもう会場には入れられないだろう、そう思っていた。
が、ランスは戻ってきたのだ、それなら質問は一つ。
続けて口を開いた

「それよりランス、リリーナは…?
大丈夫だったのかよ、かなり怯えて──

「誰が怯えていたですって?ユウ、焼くわよ!?」

──…っな!?」

続けて開きる、閉じない。
ユウの言葉を遮り、ランスの奥からひょっこり現れた美少女。
一瞬ユウはそれが誰だかわからなかった。
が、よく見るとそれは以前ティアにほっぺをつつかれて唸っていた少女。
思わず、苦笑いが顔面を支配する。

「おいおい、気合い入ってんじゃねえかよ……誰かと思ったぜ。
気合いの入ったメイクはどうしたんだ?」

「『落とさざるを得なかった』のよ。
ランスにしてやられたわ。髪も、服もビシャビシャ」

ランスが頭の後ろで手を組んで最高の笑顔を見せつけた。
その笑顔にこざっぱりした笑顔を向けたリリーナは首にかけていた真白い濡れタオルの裏地をユウへと向ける。

そこにはリリーナのお化けが刷られていて、ユウの苦笑いがさらに引きつる。
同時に頭に浮かぶおかめナメクジお化け、素直な感想が自然にこぼれる。

「調理って……時々素材をぶち壊すよな……」

「ちょっ!?なによそれ!?褒めてるの!?貶してるの!?」

「貶してんだよ。
ついでに褒めてやる。
よく戻ってきたな、リリーナ…!」

「当然っ!」

「膝、震えてるぞ、リリーナ」

「うるさいわよ!ランス!」

「うい」

少しだけ三人の間に笑いがあがる。
そんな中でもランスはちゃんとリリーナを心配している、本当は自分が座るはずだったユウの隣の席にさりげなくリリーナを座らせ、挟むように、守るようにユウの逆隣に腰を下ろした。
ついでと言わんばかりに自分の上着をリリーナの背中にかけてやる。
左右、背中が安心感に守られ、リリーナは真っ直ぐに前だけを見る。
笑い話とリリーナの保護もそこそこに、ティアだけではなく三人もよくよく相手の獣の様子を注視する。
回復のペースは衰えない。
相変わらずぶんぶん前足──最早腕とかわらないが──を振り回していた。
タマも動きに鈍りは無く、確実に、的確にダメージを与えている。

「やっぱりあの子、圧倒的だったのね。
さっきの試合ではさすがのアイツもあんなによろついてなかったわ」

「そうだな、それにさっきはきっちりダウンさせてたしな」

「『ダウンはカウント無し、且つTKOも無し。』
ルールに守られてるんだよな……そこが厄介なのさ。
そういや、ランス、さっきお前、なんかに気づいてなかったか?」

「…ん、おう。
……いや、確かではないんだけどさ……どっかで見たことあるような気がすんだよな……あの治り方」

「治り方?」

リリーナが小首を傾げて獣へと視線を落としてみる。
じっくりと、眺める。

「……え?
ランス、あんなの見たことあるの……?」

不思議そうだ。
不思議そうなリリーナにつられてユウも不思議そうに獣を眺める。

「……あん?
ランス、お前、あんなのと戦ったことあんのか?」

「俺もよくわかんねーんだよ」

ぶっきらぼうにランスは下顎をつきだして思い出そうと頑張るかの様に眉を困らせる。
ため息をつきつつやっぱり下顎を突き出したユウ。
しかしすぐに様子が変わる。
ゆっくり、ユウの目が丸みを帯び始めた、何かに気がついた様子だ。
ユウが見つけた獣の違和感、回復の不自然なからくりに思わず背筋を伸ばす。

「…お?」

「あ?どうした?ユウ。」

「なにかあったの?」

「いや……何だろう。
的確すぎないか?」

「「的確?」」

「うん……もしさ、アイツ自身がもつ回復力で回復してるならさ、普通全身の傷が一定の速度でまんべんなく回復するはずじゃないか?
でも、みてみろよ、特によろけた時」

ユウが指を指す。
ちょうど獣がよろけた瞬間だった。

ランスもリリーナも前屈みに身を乗り出してその姿に目を皿のようにする。
ユウの言うとおり明らかに不自然だ、獣がよろめく、または倒れるほどの攻撃を食らった時に出る深く大きな傷、それができると、まるでそこを集中的に修復するかのように他の部分の傷の回復が止まる。
そして、痛手がすぐに回復したところで獣は体勢を立て直してまた攻撃を始める、それからついでと言わんばかりに小さな傷がふさがっていく。

「……まぁ、偶然か。
あんな治り方、だぶん魔法じゃなきゃありえねえよ、でもヤツの周りに魔力は感じねえし、術も見あたらん。
獣自身の超回復以外に説明がつかねえよ。」

「…まぁ、ユウがそう言うんだものね……」

納得こそはしないものの、考えを一時丸めたユウとリリーナ。
しかし、ランスだけは違和感というか、つっかかるものをぬぐい去れない。

「確かにな、ユウが言うならそうかもしれねえけど……
まぁ、まして魔法ならな、近くで見てるティアさんが気づかないわけないか……」


視力が良すぎるから、遠くしかみない。
遠くの山の景色に見とれているが故に足下の紅葉の美しさに気がつかない。

こと魔法に関しては、ランスは盲目である。



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