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「どーくつをぬけるとそこはゆきぐに?ざーんねんっ、こだかいおかだー!」

「あっはっはっは!アイリ!全然似てないよ!」

「え?そうかな?」

「もっとこう、獣っぽかったよ?」

「雪国を抜けるとニャオーーーン!」

「きゃあー!もう原型とどめてないじゃーん!」

ティアとアイリは無事に洞窟を抜け、小高い丘にたどり着いていた。
見晴らしのいい原っぱに適当なシートを敷いて談笑しつつ昼食をとっている。
辺りは明るく視界も良く、心地よい風が丘を走り抜け、一時2人はお使いのことも忘れてくつろぐ。

「まったくタマジローは面白いよ、アタシからしたら洞窟抜けた途端に雪景色だったほうがよっぽど残念だってね!もぐもぐ。」

ティアが作ったタコさんウインナーを串で拾いつつ、膝を叩きながらアイリが笑う。

「ほら、犬ってさ、雪が降るとはしゃぐっていうしさ、きっとタマジローさんも・・・」

「それがねー、タマジローのヤツ、寒い日はアタシの膝の上から離れないのよ?戻って来てても、戻ってきてなくても!」

「ああ、タマジローさん、猫だったんだね!」

「いやいや、ありゃ『タマジロー』だね!イヌでもネコでもなくて『タマジロー』だとアタシは思ってるよ!」

「えー、なにそれー」

「えー、タマジロー」

「「きゃあああ」」

2人はなぜかハイタッチを決め、ひたすら話を続ける。
途中、アイリが思い出したかのように丘について話し始める。

「あー、それにしてもこの丘、懐かしいなぁ・・・」

「・・・懐かしい?」

「うん、洞窟を抜けた時は気づかなかったけどね。この丘、タマジローがまだ人間だったときに2人で流星群を見にきた丘だよ・・・」

「え!?そうなの!?」

「あの時はもっと別のルートから来たんだろうね、アタシはタマジローが『見せたいものがある』っていうから黙ってついてきただけだったから、よくわからないけど。」

「ほえー、それで?見せたいものっていうのが流星群だったの?」

「いんや、違うよ。」

「え?それじゃあなんだったの!?」

「・・・指輪。」

「それって・・・!」

ティアの瞳が輝きを増す。

「そう、婚約指輪。」

「・・・わぁ・・・!」

「それからすぐの話だよ、タマジローがあんな姿になってさ。

アタシは、もう二年も待たされてる・・・それどころか・・・

ずっと一緒だって・・・約束したのに・・・」

「アイリ・・・」

アイリはうつむき、そっと弁当に入っている『いかめし』のようなものを突き刺し、その場の空気を誤魔化すように口に運んだ。
その数瞬後────

「・・・ぶぽっ!?ちょ!なっ!なによこれ!!?」

「っわ!!?え!?どうしたの!??」

突然いかめしのような何かを飛ばしたアイリがティアに尋ね、ティアがその様子に驚きわたわたする。

「ごっ!ごめんね!アイリ!美味しくなかったの!!?」

「い、いや、美味しい!美味しいけど、これ、味が!ウインナーっ!!いかめしじゃない!」

「えっ!?アイリ!?何言ってんのさ!だってそれ『いかめしさんウインナー』だよ!?当たり前じゃない!?」

「は!?『いかめしさんウインナー』!?」

「そ!そうだよ!そもそもそんなちっちゃいいかにご飯なんて詰めれないよ!」

「え?ティア、何言って、これ?ウインナー?いかめしじゃないの?」

「ほら、赤ウインナーは赤いからタコさんウインナーにできるけど、茶色いタコさんウインナーなんて変でしょ?だから!茶色いウインナーはいかめしみたいな見た目にして『いかめしさんウインナー』にするんだよ!」

「へ?タコさん?いかめしさん・・・??」

アイリは先ほど飛ばしたものと同じものをもう一度弁当の中から串で取り出し、まじまじと見つめる。

「・・・ぶふっ!だ!ちょっ!これ!!いかめしみたいなウインナーじゃない!」

「そうだよ!だから『いかめしさんウインナー』だって────

「あー!はっはっはっは!!ひー!ティア!どこの!!どこの世界にウインナーでいかめし作る乙女がいるっていうのさ!!?普通に騙されたよ!あっはっはっは!」

「え!?いや!え!?」

「なにこれ見慣れると変にかわいい!焦げ目で黒いところまで再現しちゃって!こりゃっ!うふふ!わからないって!あはははは!!」

しばらく笑い続けるアイリをティアは呆然と見つめていた、その後ようやくアイリが落ち着きを取り戻し、話を始めた。

「ふひー、ったく、ティア、面白すぎ。せっかくアタシが真面目モードでタマジローとのラブラブhistory語ってた時に不意打ちだもんね、台無しよ。」

「・・・ご、ごめん。」

「なに謝ってんのさ、ひさしぶりに大爆笑させてもらってアタシは感謝してるよ?」

「そうなの?」

「そうなの。ほんとあんたといると辛いことも忘れられるよ!」

「・・・」

「ちょっと気が楽になった、ありがとう、ティア。
アタシ、あんたと友達になれて本当に良かった!」

「・・・ぐす、アイリ・・・」

「え!?ちょ!?なんで泣くの!?違うでしょ!?笑ってよ!」

「うわあああ!アイリイイィィイイ!!」

「わ!なにさ急に!ティア!ちょっと!落ち着いて!ごめん!ごめんね!アタシが悪かったから!ねえ!」

「うわあああぁぁぁぁ」

それからしばらくティアが落ち着くことはなかった。
ティアが落ち着きはじめる頃を狙ってアイリが「いかめしさん」と呟いていたからだ。
なぜかティアは「いかめしさん」という言葉を聞く度に泣きじゃくり、それがまたアイリのツボにはまったらしい。
そんなやりとりのせいで2人の昼食はずいぶん長引き、当初予定していた休憩時間の倍の時間を2人は無駄に過ごした。
いや、少なくともこの時間は2人にとっては全く無駄ではなかった。

今一緒にいる人と笑ったり泣いたりする時間がどれほど貴重で大事なものなのかは2人が一番良くわかっているからだ。

人と一緒にいる幸せを教えてくれた者を諦めかけたティアと、最愛の人物を永遠に失いかけているアイリ。
お互いの気持ちを理解し合える2人が過ごす時間、それはどんな使い方をしたにしても、本人たちにはかけがえのない時間にほかならない。
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「ふぅー・・・いかめしさん・・・」

「っぐ、アイリ・・・やめて。」

「チッ・・・流石にもう落ち着いたようだね。」

「なぜ舌打ちした、アイリ。」

ティアのいかめしさんと聞くと泣きじゃくる病は一時的なものであったようだ。
いうなれば一度笑い始めると何を見ても面白く感じるとか、もしくは笑っちゃいけないと言われると普段ならどうとも思わないようなくだらないものでも笑いがこみ上げてくるとか、そういう『笑いの沸点が下がる』といった現象に近いものだったらしい。

ティアもすっかり落ち着きを取り戻し、アイリがポケットに入れていたメモ帳に『いかめしさんウインナー』とメモを書き終えた辺りでお弁当もなくなり、2人はまたお使いの続きに戻っていた。

「次は?高嶺の花?だっけ?」

「うん、あの岩壁の岩肌に生えてるんだったよね!」

「なんか、イヤミな名前の花だねえ・・・」

「花自体は何も悪くないんだろうけどね・・・」

2人はそれとない会話を続けつつ丘の端に見える岩壁を目指して歩く、しばらく歩いた辺りでティアが突然苦い顔をする。

「あっ!・・・ったくぅ、これだからユウは・・・気が利くんだか利かないんだか・・・」

「どした?ティア。」

「いや、消毒液を分けるくらいの気遣いができるくせになんでこういうことに気づかないのかなぁ・・・」

ぼやきつつリュックを漁りながらティアは岩壁に近づいた所で足をとめた。
「ほーら、案の定。」と一言つぶやき、眉毛の辺りに手を置いた見通しのポーズでその岩肌に目をやる。

「あー、なるほどねぇ、そういうこと。どうする?ティア・・・」

困った様子でアイリはティアの方を見る。
高嶺の花はすぐに見つかった、しかしそれはティアとアイリの数メートル頭上、岩壁の高い所でその小さな白い姿を揺らしていた。

「え?なになに?アイリ?もう一回!」

「いや、だから、どうするの?って・・・」

「んん?アイリはひょっとして困っているのかな?」

「当たり前じゃない、ティア、何言ってんのさ。」

「んっふっふ、困った時のティア頼みってね!アイリ!」

「・・・あ!そうか!なるほど!流石ティアだね!」

「えっ!?」

「えっ!?」

「い、いや、アイリ、気づいてたの?」

「えっ!?」

「えっ!?」

そういうと、ティアは腰の剣の裏からヌッとくの字に折れ曲がった木片を取り出した。

「私が実は念のために『ブーメラン』をこっそり持ってきてたの、気づいてたの!?」

「えっ!?ちょ!ブーメラン!!?」

「悔しいな・・・ここでカッコ良く取り出してアイリに魅せたかったのに・・・私の手作りのブーメラン・・・」

「いやっ、アタシはてっきり───

「まあいいや、ちょっと待っててね、アイリ!私のブーメラン術にかかればあんな小さなお花のひとつ!」

「そうじゃなくて!ティア!?」

「えいっ!」

「・・・(まぁ、いいか、黙ってしばらく見てるか。)」

どや顔で鼻息を荒くするティアに、アイリは話を聞かせるのを諦めた。
そしてティアはそんなアイリを横目に必死にブーメランを投げ続け、帰ってこなかったブーメランを拾いに行き、また投げる。投げる。ただ投げる。
そんな光景が20分ほど続いた頃。

「えいっ!・・・あぁ、おしいかな?もうちょっと」

「ふあ~、、、ねむ。」

「はぁはぁ、よし、もう一度!えいっ!」

「風が気持ちいいねぇ・・・」

「ああっ!風で煽られて・・・ちょっと待っててね、拾ってくる!」

「はいはーい」

「・・・はぁはぁ、よし!えいっ!」

もう一度ティアがブーメランを投げたとき、2人の頭上で何かが弾ける音がする。

「あ」

「お?」

「あああぁあっ!!!私の!私の手作りのブーメランがぁっ!」

「・・・あーらら。」

ティアの投げたブーメランは、高嶺の花から数メートルは離れた地点の岩肌に激突して、その儚い命を散らした。
真っ二つに折れたブーメランを走って拾いに行き、戻ってきたティアは今にも泣きそうな声でアイリへと話す。

「アイリ!アイリィ!私の!私が昔初めて作ったブーメランがぁ!」

「うわぁ・・・綺麗に折れてるね・・・」

「ぅぐ、それもそうだけど・・・これじゃあ高嶺の花、とれないよ!ごめん!ごめんね!アイリ!私がもっと、もっと上手なブーメラーだったら・・・!」

「・・・なに?ブーメラーって・・・
それよりまあ、いいよっ、ブーメランくらい、帰ったらアタシが直してあげるからさ、さっさと高嶺の花とってよ、ティア。」

「本当!?アイリ!直してくれるの!?ありがとう!!
・・・って、え?アイリ?今なんて?」

「いや、だから、ティア?あんたさ、さっきアタシのナイフで斬撃飛ばしてたじゃないのさ・・・なんの冗談?」

「・・・」

アイリが言い終わるとティアは無言で腰の剣を抜き、無言でそれを構え、無言で振り抜いた。
数秒後、ティアとアイリの足下には一輪の白い花が転がっていた。

「・・・」

「・・・」

「・・・いかめしさん」

「・・・ぐすっ、ぅえっ」

数分後、2人は滝へ向かって歩いていた。
うつむくティアの背中をさするアイリ。
その姿に漂う哀愁は、洞窟の床を転がるナナヒカリニジイロハッコウタケにも劣らない。

アイリが直してくれるということもあり、ブーメランの件に関してはティアもあまり引きずらなかった。
滝につく頃にはティアも無駄話を始めるくらいには回復し、2人でタマジローの言うとおりに川のそばを下って歩いていた。

そんな中、ティアは緊張した面もちでアイリに話しかけた。

「ねえ・・・アイリ、聞きたいことがあるの。いいかしら?」

「・・・なに?急に改まって・・・」

きょとんとするアイリに対して、ティアはゆっくりと口を開いた。

「・・・アイリは・・・」

「・・・?」

「『さんご』なの?『はまぐり』なの・・・?」

「・・・!!なによ、そんなの、さんごに決まってるじゃないの、それともなに?ティアははまぐりだとでもいうの?ないない!そんなのあり得ないよっ!・・・あり得ないよね!?」

「・・・・・・」

ティアとアイリの話す『さんご』と『はまぐり』というのは、あるお菓子メーカーが出しているチョコレート菓子の通称である。
『さんご』とは『さんごの海』というお菓子を指し、『はまぐり』は『はまぐりの浜』を指す。
さんごの海はさんごの形を模したサクサク食感のスナックがウリで、そのスナックにちょこっと塩味の効いたホワイトチョコのコーティングがなされていて、そのサクサク感とまろやかなホワイトチョコのハーモニーが消費者を虜にしている。
メーカーのロングセラーである。

一方、はまぐりの浜は、これまた塩味の効いたホワイトチョコがはまぐりの形をしているお菓子で、中にはしっとり食感と食べ応えがウリのまん丸ビスケットがはまぐりの真珠よろしく包まれている。
見た目以上のボリューム、ホワイトチョコのまろやかさを壊さぬビスケット。
なによりさんごの海よりもチョコレート感を感じられるその比率が消費者を虜にしている。
メーカーのロングセラーである。

「ねえ、、、ティア?なんで?なんで黙ってるの・・・?」

「・・・アイリ。神様は、時々凄く残酷だよね・・・」

「・・・!?・・・ティア、まさか・・・あんた・・・。」

「そう。私は・・・はまぐり派なの・・・」

「・・・っそ!そんなっ!!せっかく、せっかく私たち!友達になれたのに・・・!!」

はまぐり派とさんご派の溝は深い。
子供同士の場合だと、さんご派の輪にはまぐり派が入れてもらえなかったり、その逆もあったり、酷い時にはさんご派とはまぐり派の派閥争いがいじめにまで発展することもある。
はまぐり派の夫とさんご派の妻がそれが原因の喧嘩で離婚したりもあり、この問題はもはや宗教問題と言っても過言ではない。
さんご派ははまぐり派をはまぐり派はさんご派を見下している節もある、そのせいでさんご派とはまぐり派のどちらが優れているかという論争は常に平行線をたどり、『犬猿の仲』と近い、分かり合えない者同士の代名詞ともなっている。

「ごめんなさい、アイリ。いくらアイリでも、これだけは譲れないの・・・」

「・・・ティア。」

「だから・・・だからアイリ。あなたも・・・はまぐり派に堕としてあげるわ!・・・ユウと同じ様に!!」

邪悪な笑顔がアイリへと向けられる。

「っ!!・・・やるしか・・・ないんだね・・・ティア!!」

その後、2人の争いは熾烈を極めた。
論争は案の定平行線をたどり、決着がつかない。
お互いがお互いの主張を弾き合い、最終的には翡翠晶を多く集めた方がより優れた派閥の代表という結論に至った。

翡翠晶の拾えるポイントにたどり着くなり2人は鬼の形相で翡翠晶を集め続けた。
周りの生物が2人に怯えてしまい、付近には2人の鬼以外の生物がいなくなるほどその場の空気は恐ろしいものとなった。
辺りがすっかり暗くなった頃───

そこにはパンパンの翡翠晶用回収袋を片手に、月明かりの下で熱い握手をするさんごの化身とはまぐりの化身がいた。

「・・・ティア!」

「・・・アイリ!」

「「どっちも・・・美味しい!」」

激しいバトルの結果、2人の友情は深まり、結局翡翠晶は予定していた量の三倍集まった。
アイリは余った翡翠晶はティアのオーダーメイドの剣の装飾、さらに場合によっては翡翠晶を魔導媒体とした杖をユウにもつくろうかとも考えているということをティアに話した。
タマジローが元の姿に戻れば、アイリが作る新しい杖に魔力を込めることが出来るかもしれないとアイリは語った。

───そういうわけだ、予想外に時間を食っちゃったけどさ、ユウにも新しい杖を作るって話になればきっとユウも喜んでくれるよね!無駄ではなかったよ!」

「うん!早くウルウルフの牙も集めて帰ろう!」

笑顔でハイタッチを一度鳴らし、2人は小走りで次の目的地を目指す。

話は夕方頃まで遡る、ティアとアイリが鬼となって翡翠晶を集めていた頃にあたる。
ひたすら魔導書と睨めっこ、ペンでノートを汚す、理論の組み立てで熱い論争を繰り広げる、そんなユウとタマジローの話。
ユウがトイレに立ち、部屋に戻ってきた時、事件は起こる。

「うおおおおおおい!タマジローさあんっ!」

荒々しくユウがドアを開ける。

「ああん?うるせーぞ、ユウ。血尿か血便でも出たのか?」

「そう!真っ赤!!真っ赤なんだよ!」

「なんだよ、案の定それか。マナ水でもぶっかけておけよ。」

「いや!ちげぇよタマジローさん!真っ赤なのは外!街!もう夕方なんだよ!」

「それがど・・・ああああ!ユウ!!飯!!飯の準備!!」

ユウとタマジローは研究に没頭し続けた結果、食事の準備をすっかりと忘れていた。
事件の発覚が遅すぎた。

「ックソ、やべえぞユウ。そろそろ2人も帰ってくるかもしれねぇ、それで飯の準備もできてなかったとあっちゃあ・・・」

実際にアイリとティアが帰ってくるのはこれよりもしばらく後になったのだが、1人と1匹は現状でそのような結果を知ることはない。

「・・・よ、よし。急いで作るか。タマジローさん。」

「・・・おう。で?ユウ、お前、料理は?」

「は?なんで俺の料理の腕を?タマジローさん、アイリさんの料理ノートみてたんだろ?教えてくれよ。」

「うにゃあん!!?」

タマジローが変な声をあげて青ざめる。
いや、顔が元々青っぽい毛で覆われてるせいで青ざめているのかどうか実際の顔色は伺えないが、ユウにはそのようにみえた。

「え?どうしたんだ?タマジローさん?」

「ふざけんな!話聞いてたのかよ!俺がアイリのノートを見たのはたまたまで、一回きりだ!それに俺が料理を作った話なんかしたことあったかよ!?つーかノート見ただけで料理ができりゃあ誰でも三つ星シェフじゃねえかよ!コックさんなめんな!」

「え?なに?じゃあ、タマジローさん・・・?」

「・・・あぁ、そうだ。できねえ。」

ユウの表情が穏やかになっていく。
タマジローはそんなユウの表情を見つめて思う
(あー、これは、諦めたヤツの表情だな・・・)
と。

「・・・ユウ。」

「・・・」

「・・・ユウ!!」

「ハッ!なんだ!?タマジローさん!?」

「・・・現実逃避はやめろ。」

「・・・なぜバレた。」

タマジローがキッチンの方へと歩き始め、つられてユウもタマジローの後をついていく。
そしてキッチンについて一番にタマジローが口を開く。

「ユウ!食材の確認だ!冷蔵庫を開けてくれ!!」

「おう・・・」

やる気満々のタマジローに言われ、意気消沈気味のユウがのそのそと冷蔵庫を開ける。

「・・・!!」

「・・・どうした?ユウ。」

「・・・食材いっぱい!」

「・・・」

上の段から下の段まで、冷蔵庫の中は食材で溢れかえっていた。
その光景にユウもやる気を取り戻す。

「・・・ふむ。カレーだな。」

ろくに確認もせずにタマジローはつぶやき、次に棚の方へと鼻を向ける。
タマジローに促され、棚の調味料置き場をユウは開けた。
冷蔵庫同様、よく整理された調味料置き場には魔法の実験道具に負けずとも劣らぬ美しさで様々な調味料が並んでいた。

「っ!!」

「・・・どうだ?ユウ。」

「・・・調味料いっぱい!」

「・・・」

棚を閉めるようにユウへと促したタマジローはまたも確認無しにつぶやく。

「そうか、カレー作りにはもってこいってわけだ。」

最後に調理器具が入っている扉をタマジローが鼻差し、ユウがその棚へと向かう。
そしてユウが開けようと扉の取っ手に手をかけた瞬間、鼻息を一つ漏らしたタマジローが首を振りながらつぶやく。

「ふー、調理器具まで・・・仕方ねえな、カレーにするしかねえようだな・・・。」

「いや、まだ開けてねえんだけど・・・」

「はあん!?何やってやがる!さっさと開けやがれ!」

「・・・」

「そらみろ、決まりだろ?」

「あ、そうだ。俺昔お袋に豚の生姜焼きと塩キャベツサラダの作り方教えてもらってたんだ・・・決ーまりっ」

タマジローは愕然とした。
その日、タマジローはカレーが食べたくて仕方がなかったのだ。
しかしユウの下した決断は残酷なことに豚の生姜焼きと塩キャベツサラダであった。
タマジローは焦る、このままではカレーにありつけず、豚の生姜焼きと塩キャベツサラダで腹を満たさなくてはならなくなる。
タマジローはひらめいた、今はまだ調理に入っていない、これからならまだユウにカレーを作るよう促せると。

「い、いや、ユウ、調理器具をよくみるんだ。ほら、な?生姜焼きと塩キャベツサラダには適してねえだろ?」

「・・・調理器具いっぱい!なんでも作れるじゃねえか!」

「そ!そうだ!逆になんでも作れるんだよ!だったら生姜焼きと塩キャベツサラダにこだわる必要はねえだろ?・・・そうだ、ユウ、やっぱりアイリとティアは疲れて帰ってくるだろうから体が暖まるような・・・そう、例えば辛くて茶色くて・・・」

「おう、そうだな、確か生姜には体を暖めてくれる効果が・・・」

「まて!落ち着け!ユウ!今日はそんなに寒くない!無理に体を暖める必要はあるか!?それよりも生姜焼きよりも好き嫌いが別れなくてみんな大好きな定番品で攻めよう!ほら!例えば初心者でも失敗しにくくて!辛くて茶色くて!」

「いやいや、俺の生姜焼きと塩キャベツサラダはお袋の折り紙付きだぜ?失敗なんてしねえよ!」

タマジローは考える、どうすればユウの頭を生姜焼きと塩キャベツサラダから離せるかと。
タマジローはさらに考える、どうすれば今日、自分はカレーにありつけるのかと。
考え抜いた結果、タマジローはユウの好奇心につけ込むことにした。

「まて、ユウ、いいものがある。」

「・・・?」

「俺の部屋には元料理人が料理研究の過程で偶然見つけた魔法について綴られた魔導書もたくさんあるんだ。そういう魔導書には発見の基になった料理について詳しく書かれている物も多い。今日の飯はその中から何か一つ作ってみねえか?」

「おお!なにそれ!面白そう!でも時間もねえし手短にタマジローさんのオススメ紹介してくれよ!うん!そうだ!そっちも参考にするか!」

「おぉう、さぁすがユウだ。話がわかるぜ。大丈夫、俺の『とっておきのオススメ料理』がかかれた魔導書を紹介するからよ、早くそいつを参考に飯をつくろうぜ?

そう。そいつを参考にな・・・!」

どこか邪悪な成分を含んだタマジローの声。
そんな悪魔の囁きにまんまと騙されたユウはタマジローの姿をした悪魔に続いて部屋へと戻る。

「そら、ユウ、右の本棚の左下のコーナーだ。」

「・・・見た目は普通の魔導書っぽいな・・・」

中からユウが一冊を手にとり、まじまじと見つめる。
ユウが最初のページを開くと中には冗談みたいな文章が綴られていた。

「えー、『それは私の最後の料理研究となった。しかし、それは同時に私の初めての魔法研究となることを、その時私はまだ知らなかった。』ふむ。なるほど、コイツバカだ。」

「あー、確かにその魔導書の著者はバカだな。ある日炒めものをしていたときに隠し味にマナ水を入れたら料理が魔力と異常反応を起こした。その魔法料理からそいつは魔力を抜き出して魔導書に込め、ある攻撃魔法が出来上がったらしい。」

「その魔法は?」

「百列オーラビンタEX」

「うわ、その魔導書、魔導書店で見たことあるな・・・すげぇ在庫の山だった・・・。」

「そんなことよりユウ。俺のオススメだ!そいつの入ってたところの右隣四冊目の本だ!」

「あー、はいはい、そうだな、急ぐか!・・・これか。」

ユウが手に取った一冊の魔導書、それは黒いハードカバーで表紙の文字が金色の無駄に豪華な魔導書であった。
例によって、ユウは魔導書の1ページ目をひらく。

「ふーん、『〔食の神のいたずら〕後述の魔法の名前とする、以下、〔本魔法〕と省略する。本魔法は画期的で新しく、その効力は正に神の力とも疑うほどにすばらしい。魔法のかかった料理は時間と共に味を変え、例えば本魔法の発見のもととなったカレーならば、時間と共に味わいはクリーミーに甘く、そう、いうなればシチ───

「ああー!いい!ユウ!読むな!読まなくてもいい!それよりもさっさと基になった料理のページだよ!すっげぇ旨そうだからみろよ!」

「あーわかったわかった!わかったから俺の尻に鼻を押しつけないでくれよタマジローさん、気味が悪いって。」

タマジローに急かされたユウはページをめくり、料理の絵が描いてあるページを探し当てる。
そのページの絵は線だけでラフに描かれており、陰影などは斜線で表現されたシンプルな絵であったが、伝えたいことがストレートに伝わる上に、画風のわりには細部にこだわった見事なものであった。

「おおっ!この著者絵うま!!タマジローさんのビーストウォーリアの魔導書の図とは雲泥の差だな!」

「ああん!?誰の絵が古代遺跡の壁画みたいな絵だって!?アイリみてぇなこと言ってんじゃねえ!!」

「いやっ、だ、誰もそこまで言ってねえって・・・つか、アイリさんにはそんなこと言われたのかよ、あの図。」

「いや!だからそうじゃなくて!早く!早く美味しそうな図の料理をみろって!ユウ!!」

「なんだよタマジローさん、テンションが変じゃねえか?」

ニャワンギャオンと尻の辺りで暴れまわるタマジローに若干薄ら寒さを覚えたユウは図の料理に目を落とした、そこには1ページ目に書いてあったとおり、カレーが描かれていた。
しかしユウは厳かな一皿のカレーの絵よりも、絵の左上に地味に小さく『できあがりっ!』と書いてあったことのほうがよっぽど気になった。

「どうだ!?どうなんだ!?ユウ!!うまそうなカレーだろ!?」

「・・・はいはい、そうですね。レシピレシピっと。」

「作るのか!?ユウ!?今夜はカレーなのか!?」

尻の辺りからふんすかふんすか鼻息の漏れる音が聞こえることに気持ち悪さを感じつつ、ユウはレシピを確認する。

「・・・ふむ、簡単そうだな。」

「そうだろう!?そうだろう!?な!?ユウ、そうだ!今夜はそいつを───

「でもよくよく考えたら、レシピ見ただけで美味しいカレーを作れたら誰でも三つ星シェフだな。コックさんなめちゃいけねえし、今夜は豚の生姜焼きと塩キャベツサラダだな!」

暴れていたタマジローはその言葉を聞いて、穏やかな様子で大人しくなった。

キャベツがギュコギュコと悲鳴をあげている。
ゾリゾリとまな板に傷が刻まれていく。

「・・・」

「・・・」

1人と1匹は無言のままに夕飯の準備をしていた。

「・・・」

「・・・(アイリ・・・カレーが食いてえよ・・・)」

キャベツはボウルに放り込まれ、包丁さばきとは裏腹に、慣れた手つきで調味料を被せられる。
仕上げにごま油と、白ごまが適当にトッピングされ、ラップをかけられたキャベツサラダは冷蔵庫の空きスペースへと押し込まれる。

「・・・」

「・・・」

心のどこかでまだタマジローは期待していた。
もかしたら、今夜のメニューはカレーとキャベツサラダなのではないだろうかと。
しかし無情にもユウがコンロに乗せたのは底の深い鍋ではなく、手入れの行き届いたフライパンであった。
耐えきれなくなったタマジローは苦肉の策に出る。

「わっー!ネズミだー!」

「うわっ!なんだと!?」

タマジローは突然飛び上がり、コンロの上のフライパンを叩き落とした。
盛大な音を立て、フライパンは床を転がる。

「・・・おい、タマジローさん。ネズミなんかいねえじゃねえかよ・・・」

「へっへへ、すまねえな、ユウ、見間違いだったぜ・・・。」

「なんだよったく・・・」とつぶやきつつ、ユウはフライパンを拾い上げようとしてしゃがんだ、そしてフライパンの取っ手を掴んだ。

「・・・!?
タマジローさん、どいてくれよ、フライパンがとれねえよ」

「あうちっ!やべえぞユウ!さっきので手を怪我しちまった!動けねえ!」

フライパンの上にはわざとらしくタマジローの前足が乗っていた。

「おい、タマジローさん。なんで前足を怪我したクセに前足に無茶苦茶力込めてフライパン押さえてんだよ、ふざけるなよ?」

「あっ!バカヤロー!間違えたんだよ!怪我をしたのは足だ!ほらっほらっ!」

タマジローは前足をフライパンに乗せたままぴょんぴょん後足を動かす。

「すっげえ元気そうじゃねえか、いいから早くどいてくれよ・・・ティアとアイリさんが帰ってくる。」

ユウはタマジローの首根っこを掴んでフライパンから引き剥がし、フライパンを洗おうと流しの方へと身体をむける。
しかしタマジローは逃がさない、行動を起こしてしまった以上、最後までやり切る覚悟をその腹に決めていたのだ。

「おっととっ、すまねえな、ユウ、怪我でうまく歩けねえや、ちょっとそのまま支えててくれよ。」

「・・・ぐっ、おもっ!」

タマジローは突然よろめき、ユウの足へと身体を預けた。
その衝撃と踏ん張りに、ユウの足がとまる。

「っぎ!!・・・このっ!どうみても踏ん張りまくってんじゃねえか!は・や・く!ど・・・けろよぉっ・・・!!」

「・・・ぐがっ!・・・ま!まぁ・・・いいじゃっ!・・・っねえかよお、ユウ!
傷ついた・・・うぐぐっ!獣が居るんだぞ・・・!はぁはぁ、優しくっ!してくれよっ!なあ!」

「ふんっ!」

「ぬおっ!ギャニャンっ?!」

ユウはタマジローが押している足を急に引き、受け流す。
タマジローはそのままユウの横を転がっていく。

「ったく!邪魔なんだよ。足を引っ張る・・・じゃなくて、足を押すくらいなら手伝わなくてもいいから部屋で大人しくしててくれよ!」

「あ!?年上のタマジローさんになんて口ききやがる!いーけないんだーいーけないんだー!アイリ先生に言いつけてやる!罰としてフライパンの使用禁止!どうだぁ?鍋しか使えなかったらカレーみたいなもんしか作れねえなぁ?あーらら、残念、今夜はカレーかぁ・・・!」

「あーはいはい、悪かったね、タマジローさん。ところで中華鍋は鍋に含まれますか?中華鍋で生姜焼き作ってやんよ。」

「はぁん!?ダメダメ!生姜焼き作れるもの基本的に使用禁止!鍋ってついてもそんなもんフライパンだろーがよお!獣でもタマジローなのと一緒だろーがよおおお!」

「・・・な、ほんとになんなんだよ、そのテンション。・・・まさか、タマジローさん、獣に戻り初めてるんじゃねえのか?」

「ああ!?逆だよ逆!俺は人間の理性をも───

言いかけたところでタマジローはひらめく。

(いや、まてよ、この状況を逆手にとれば・・・)

───う無くしつつあるのかもしれねぇ、やべえかもな、ユウ。」

「うおっ、なんだよ急に落ち着きやがって・・・つか、今なんか言葉の流れが変じゃなかったか?」

「ああ、変だったな、もう、ダメかもしれねぇ」

急にしおらしくなったタマジローに対し、流石にユウも焦り始める。
もちろん、タマジローが話している事は全て演技だが、タマジローの精神が獣になる瞬間をみたことがないユウはあっさりとタマジローを信じる。

「・・・っ!!諦めんなよタマジローさん!!ここでまたタマジローさんが獣に戻っちまったら・・・!!くそっ!どうすりゃ・・・!」

(・・・ふむ、コイツ馬鹿だ。)

まんまと二度も罠に嵌まるユウを見て、タマジローは少しユウの事を不憫にすら思った。
しかしそんな不憫なユウに情け容赦をかけている場合ではない、カレーがかかっているのだ。
タマジローは不憫なユウに多少の罪悪感すらをも感じたが、心を正に獣のそれにして一気にたたみかける。

「いや、方法はあるぜ?」

「ほんとか!?」

「ああ、もちろんだとも、ユウ?」

知性を持った悪魔の獣。生物学史上最凶最悪の生物がユウの前にいた。

「それは、ほら、あれだ、今すぐ出来るだけ人間っぽい状況を作ればいい。例えば・・・そうだな、自然界には存在しないような『手の込んだ料理』を食べるとか、そう!例えば、『カレーのようなもの』とかをだな・・・」

「うん!うん!なるほど!理にかなってるな!」

(うわっ、マジかよユウ・・・!素直すぎにもほどがあるだろう・・・)

あまりにもアホなユウに対してタマジローは不安すら感じた。
本当にこんな奴にビーストウォーリアの解除を任せても良いのだろうかと。

「お、おう、そうだな、理にかなってるだろう?」

「そうか!!手の込んだ料理だな!タマジローさん!口開けやがれ!」

「え!?ユウ!な───

ユウは急いで冷蔵庫から塩キャベツサラダを取り出して、それをトングでガッツリと掴んだ。

「い。いや、違っ、ユウ!落ち着け!や、やめ!ユウ!」

「戻れ・・・!タマジローさん!!」

すでに暗くなった街に、獣の断末魔が響き渡った。

「・・・で?正直に言えよ、俺の邪魔をしていた理由はなんだ?」

「・・・」

両手を腰に当て、アイリから借りたニワトリのエプロンを身にまとったユウは、うつむく獣を見下ろす。
キャベツサラダを無理やり口に押し込まれ、わりと冗談無しに命の危機を感じたタマジローは全力でユウに謝り(といってもまともな言葉は話せず、キャベツサラダを大量に吐き出したことにユウが焦って詰める手を止めただけであるが)、全てが演技であったことを素直に明かして今にいたる。

「・・・なんで黙ってるんだよ、ティアとアイリさんに飯を食わせたくなかったのか?」

「いや、違うんだ・・・ユウ。」

「じゃあなんだよ、せっかく作ったキャベツサラダがなくなっちまったじゃねえか!」

少し怒った様子でユウは床に落ちてる涎まみれの元塩キャベツサラダを指差す。
その様子に、タマジローはもう一度小さな声で謝る。

「素直に理由を話したら怒らん、タマジローさんが意味もなくこんなことするはずねえもんな、話してくれよ、タマジローさん。」

しゃがんでタマジローの両肩に手を置いて、困った表情でユウは言葉を並べる、その様子に、タマジローも腹をくくった。

「あの・・・ユウ、俺は・・・」

「うん!」

「本当はな?実は・・・」

「うんうん!」

「・・・カレーが食いたかったんだ・・・どうしても・・・」

「うんう・・・は!?」

「だから!俺の中の野生がカレーを求めて叫んでたんだよ!朱肉と濡れ布巾のときみたく空気で察しろよ!!」

「・・・(えー・・・ちょっと、何言い出しちゃってんの・・・この獣。)」

あまりに唐突なタマジローの言葉に、流石にユウも怒る気をなくし、突っ込みすらをも入れようかと思った。
しかし突っ込み所が多すぎるせいでユウの頭も追いつかず、言葉もでてこない。

(てか、え?そもそもタマジローさんの中の野生ってなに?元人間だろ?つか、今、獣だったにしても120%アイリさんに飼われてるだろ?飼われてるのに野生?惰性の聞き間違いか・・・?
そもそも野生って自然界をたくましく生き抜く・・・あれ?自然界にカレーって存在すんの?野生ってカレーを求めるのか?カレーって野生なのか?あれ?今更だけどもそもそもタマジローさん、獣の身体してるくせに人間の食い物とか食って大丈夫なのか?死なねえの?バカじゃねえの?)

「おい!ユウ!聞いてんのか!!?」

「うん!聞いてねえ!」

「じゃあもう一度言う!カレーが食いてえからカレーを作ってくれ!生姜焼きはまたの機会だ!」

「じゃあ俺は初めて言う!ふざけんな、タマジローさん!」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・え?あの、ユウ?」

ユウは無言のままに流しへ向かい、フライパンを洗い始めた。

「ユウ!だからカレーを───

「人にモノを頼むときはどうするのか、、、わかるよなぁ?タマジローさん?」

ギャンニャン騒ぐタマジローを無視して、ユウは言葉を被せた。
そして壁にかけてある白い布巾で手を拭き、フライパンを洗うのを中断し、振り向く。
薄ら笑いを浮かべた男の姿に、獣は不気味さを感じ、言葉と唾を飲み込む。
あまりにも不気味なユウを前に動けないでいるタマジローの眼前に、最高な、そして最高に不気味な笑顔と、布巾で拭いたばかりの若干湿り気のある手が落とされる。
タマジローは恐怖すら感じつつ、ユウの言葉を待つ。

そして───それは恐ろしい笑顔で一言を放つ。

「・・・お手・・・っ!!」

───数分後───

ユウは満足気にタマジローのオススメの魔導書を開く。
そして最高に悪い笑みでタマジローへと話しかける。

「今日はカレーにしようと思うのだが・・・どう思うかね?『タマジローくん』?」

「はい・・・いいと思います・・・。」

タマジローはカレーが好きだ。
カレーが食べたくて仕方がないときは、もっとカレーが好きだ。
プライドとカレーを天秤にかけたときにタマジローはどちらを取るのだろうか?

答えは簡単である、自分が獣であると自覚しつつあり、アイリにも飼われているという実感があるのだ、そんな男のプライドなど、野生の獣とそう大差ない。
野生の獣は欲とプライドのどちらを取るのだろうか?

また一歩、自ら獣へと進んでしまったことを少し後悔しつつ、タマジローはカレーへの期待に胸を膨らませる。


「次。」

「各種スパイス。」

「隠しスパイス?」

「違う!か!く!しゅ!スパイス!!」

「ざっくりすぎんだろ、一つずつ詳細」

「ネコ・パンチ、カットレッドホット、鷹の爪、ブラックローリエ、ハルナツメグ、辛ニンニク、バーストシュガー・・・って、こんなにあんのか?スパイス。」

「おおっ!全部あるぞ!タマジローさん!アイリさんすげえ!!でも覚えきれねえ、タマジローさん、魔導書貸してくれよ。」

「はいよ。」

いざ作業に取りかかるとなると1人と1匹は早い。
例の魔導書を参考にして順調にカレー作りを進めていた・・・が。

「・・・って!おい!タマジローさん!違う違う!」

魔導書を借りたユウは慌てふためき声を荒げた。

「これ!このページ!基になったカレーのレシピじゃねえ!魔導書に込める魔力生成用の魔法料理のレシピのページじゃねえか!」

「っばっか、この俺様がそんなミスを・・・してるうぅぅぅうう!?間違えてるぅぅぅううう!!!」

ユウが指差す目次とページを見たタマジローも間違いに気づき、慌てる。

「落ち着け!ユウ!これからふつうのカレー路線に切り替えてなんとか」

「いやいや、タマジローさんこそ落ち着けよ、それが失敗魔法につながったら食えなくなるかも・・・いや、それならまだいい、ティアとアイリさんが食って変な反応起こしたらどうすんだよ!ここは落ち着いてレシピ通りに作っていってだなあ・・・!」

1人と1匹は作戦会議を始める。

「いや、大丈夫だ、タマジローさん、これ、市販されてた魔導書だろ?それなら普通にやりきっても大して危険はないはずだ!それよりも、ここであれこれ変な手を打って失敗するほうが怖えぞ。」

「いやしかし、魔法料理だぞ?魔力を生成して、魔導書に込めるためのものだぞ?それをそのまま食べても・・・」

困った様子のタマジローに、ユウは魔法料理について説明されているページを開く。
そしてほっとした様子でそのページをタマジローにも見せる。

「・・・おし、セーフ、セーフだ。タマジローさん」

「なになに?『今回紹介されている魔法料理は、料理研究中に偶然出来たそれであり、魔法発動専用のものではない。よって、食しても問題はなく、むしろ美味であると、私は自負している。』・・・おおっ!なるほど!大丈夫そうだな!よし、ユウ!続きだ!」

問題なくカレーを食べれるということに安堵し、あまり深く考えずにタマジローはまた暴れ始めた。

「わっ、あぶねえタマジローさん、跳ねるなよ!」

「おう、わりいわりい!今夜はカレーだー!」

───数十分後───

「・・・え、なにこれ・・・え?なに?」

「おお!!すげーぞユウ!!!カレーが光をはなってるじゃねえか!ほら!早く!俺にも見せてくれよ!!」

立って鍋の中のカレーを見下ろすユウと、鍋から漏れる輝きを鍋の下から眺めるタマジロー。
1人と1匹の見える景色は違う、きっとカレーに対するイメージも、全く違う。
ユウは足元で暴れるタマジローを持ち上げ、鍋の中の現実を突きつけた。

「ほら、見ろよタマジローさん、このカレー、光ってやがる・・・」

「・・・あ?なんだこれ・・・え?なんだよ・・・これ・・・」

確かにカレーはまばゆいばかりの黄金の光を放っている、そしてそう聞くとすごく聞こえも良いし、ものすごく美味しそうなカレーを想像するのが一般的かもしれない。
しかし、現実は残酷である。
光るカレー、それは果たして本当に美味しそうなのだろうか・・・人類は、もう一度考え直すべきところまできていたらしい。

「なぁ、タマジローさん、これ、本当に食えるのか?そもそもこれ、カレーなのか?」

「・・・知らん。」

ユウがおたまですくい上げたそれは、輝いている、それ自体が、そうとしか言いようがない。
しかしそう言うとどうしても聞こえが良い、誤解を招かぬため、あえて生々しい表現をする。
それは金色のドロドロの液体、金の蛍光塗料を中からライトアップしているような、透明度のない蜂蜜が自然発光しているような。
とにかく食べ物には見えない、文字通り、光るカレーであった。

「タマジローさん。」

「なんだ?」

「さーいしょーはぐ

「バカバカバカバカ!ふざけんじゃねえ!俺にはチョキという選択肢がねえんだぞ!てめえがパーばっかり出してたら終わらねえじゃねえか!」

「タマジローさんがグーを出せば終わるだろ?食いたかったんだろ?カレー・・・グーを出せば食えるんだぜ?タマジローさん?」

不気味な笑みをまたも浮かべたユウはじゃんけんで食べる順番をきめようとする。
しかしそれはタマジローが認めない。

「・・・お、俺は、あれだ。夕飯の時間まで我慢するぜ、最高に腹が減るのを待ってから食いてえから・・・味見もしたくねえ、カレーの味は楽しみにしておく。」

「なっ!きたねえぞタマジローさん!!どっちにしても出来上がっちまった以上は味見しておかねえとティアとアイリさんには食わせられねえじゃねえかよ!言い出しっぺが逃げるなんて・・・それでも男かよ!?」

「・・・獣だっ!!」

「・・・」

ユウは溜め息を一つついて、お玉から味見皿へと発光体を移す。
埒があかないと思い、覚悟を決めた。

「タマジローさん、マナ水、用意しておいてくれ・・・念のため。」

「・・・マナ水ぐらい構わねえが、人工呼吸はナシな・・・?」

「・・・願い下げだ!」

言い終わると同時にユウは一気に味見皿を仰いだ。
直後、体がブルブル震え始める。

「・・・」

「・・・ユウ?」

「・・・」

「・・・お、おい、ユウ・・・?」

「・・・なにこれ、普通にうまいじゃん。」

「・・・」

1人と1匹は、安心して2人の帰宅を待つ。

ユウとタマジローがカレーをつくり終えた頃、ティアとアイリは森をさまよっていた。

「ほんっとにさ、タマジローの奴ね?あの時も膝から崩れ落ちたんだよ?あり得なくない!?」

「うーん、でもそれは仕方ないんじゃないかな?それならきっとユウでも膝から崩れ落ちてたと思うよ?」

「そうなのかなぁ・・・」

「それにしても・・・」

「「暗いなぁ・・・」」

すでに日は落ち、2人の行く先を照らしてくれる物は月明かりと小さなランプのみである。

「それに・・・全然いないね・・・ウルウルフ・・・」

「うーん、暗いからね、見通しも利かないしね・・・」

「ねえ?アイリ?」

「なに?ティア?」

「森にまつわる怖い話があるんだけどもさ・・・」

「聞かない」

しばらく2人は森を歩き続け、疲労もたまってきた頃である。

「きゃあああ!!」

「ティア!?」

突然ティアが悲鳴を上げてしゃがみこんだ、その様子にアイリは一瞬青ざめる。

「な、なにこれー!アイリ!なにこれー!!」

立ち上がったティアの両手の間にはもふもふとした何かがブルブル震えている。

「んー・・・?」

アイリがティアの手元にランプを近づけると、そこには今にもボロボロと涙を流し始めそうな犬の様な生き物がブルブルと震えていた。

「かーわいー!ちっちゃいねー!」

「え、なにそいつ。それよりティア・・・そいつ、恐がってるんじゃない?すっごい震えてるし、すっごい泣きそうな顔してるよ?」

アイリが訝しげにその生物を眺め、リュックから獣図鑑を取り出してその生物についてのページを探す。

「なんだよ、そんな獣・・・あ、間違いない。これ以外にそんな生物いないよ・・・」

苦笑いを浮かべたアイリはランプで照らしながらそのページをティアへとみせる。

「それ、ウルウルフの子供だよ、ティア。」

「え゙?嘘!?いや本当だ!この子、仔ウルウルフだ!」

驚いた様子でティアは図鑑の生き物と手元の生き物を見比べた。

「はー、なるほど、別にそいつ泣きそうなわけではないみたいね、元々は乾燥地帯の獣で、目が乾きにくくなるように進化した結果がそれなんだと」

アイリはティアの手元の小さな二つの湖を指差した。
単純に、普段からウルウルしているからウルウルフと呼ばれるようだ。

「しかし仔ウルウルフとなるとねぇ、可哀想で牙を折るなんてちょっとねえ・・・
群とはぐれちゃったのかしら?近くにウルウルフの群とかいないのかなぁ・・・」

「・・・いや。はぐれてない。アイリ、しゃがんで。」

「え?ティア?」

ティアはゆっくりと仔ウルウルフを地面に下ろして身構えた。

「早くしゃがんで私の剣の間合いに入って、アイリ!それと、私がいいって言うまで絶対に剣の間合いの外に出ないで。」

「いや、ちょ、説明してよテ───

アイリの言葉を遮って、暗闇の中から何かが勢い良く飛び出した。
アイリは反射的にしゃがんでティアの腰に抱きつく。

「っく!」

ティアは即座に剣を抜いてそれを叩き落とす。
大きめの鳴き声が響き一匹の獣が地面に倒れる、しかしそれはすぐに起き上がり、また暗闇の中へと素早く消えた。

「見たでしょ?アイリ。ウルウルフよ。そして・・・囲まれてるよ。」

「え!?そうなの!?」

「静かに・・・!音と、気配、感じない?」

ばっ!と口をつむんだアイリはゆっくりと首を横に振る。
しかしそのすぐ後、暗闇から聞こえる息づかいと足音、草木のざわめく音に気づいてゆっくりと首を縦に振る。

「・・・ど、どうするの?ティア・・・」

「うん、ユウなら問答無用で全滅ってところだけど、私はそんなに鬼じゃないからねぇ」

「え!?」

「仔ウルウルフもいることに免じて、ここは群のボスの牙だけもらって後は逃がそうと思うの。アイリ、それでいい?」

「えっ!?いや、え!?」

アイリがティアの言葉を理解出来ないままに混乱していると、またも左右から一頭ずつウルウルフが襲ってきた。

「きゃあ!」

「大丈夫!」

悲鳴を上げるアイリに被せるようにティアは叫び、またも素早く二頭を叩き落とす。

「・・・減らすか。アイリ、も少し頭下げて。」

腰に抱きついていたアイリは頭を抱えてさらに小さくなる。
その様子を確認し、ティアは剣を振るう。

「飛爪風陣!」

ティアは大きく腰を回し、凪払うように周囲を切り裂く、数瞬後、ティアとアイリを中心とした半径数メートル先までの木々に剣による傷跡が深く刻まれる。
背の高い草や、細い枝、木の葉は舞い、数匹の獣の鳴き声が響き渡る。

「うわっ!」

「あっ、アイリ、大丈夫?」

「う、うん・・・終わり?」

「まだ。」

ティアが言い切ると同時に身体の大きな一頭が正面から飛びかかってくる。
ティアは上体を横にずらし、黄色い牙と鋭い爪をやり過ごす。

「うわぁ!い!今!アタシの頭の上!上通ったあ!」

「・・・きた!!」

着地と共に身体の大きなその一頭は素早く身を翻し、再びティアへと襲いかかる。

「轟槌剣打っ!!」

とても獣と剣がぶつかったとは思えないような音を立て、辺りに硬い破片が飛び散る。
その中心には、白銀の刃を構えた少女と、鮮やかな血を飛散させる獣の姿。

「っつ!!何か顔に当たっ・・・うわあ!!きば!牙ぁっ!!」

「うわわっ、ごめんアイリ!怪我しちゃった!!?」

「い、いや、大丈夫。」

身体の大きな一頭は地面へと叩きつけられ、その後すぐに起きあがるもよろついた様子でその場から逃げ去った、その姿を追うようにして、辺りから数頭の獣が移動する音が聞こえる。

「お、終わった・・・みたいだね・・・ティア、つよい・・・」

「そう?ありがとう!さ、帰ろうか。」

「う、うん・・・」

よろよろとアイリは立ち上がり、拾った牙にリュックから取り出した消毒液をかける。
その過程でアイリはあることに気づいた。

「あ!ちょっ・・・」

「ん?どうしたの?」

「おいてかれてる・・・」

「・・・あ。」

アイリが指差す先、ティアの足元には、小さな身体をプルプルと震わせ、ウルウルとした瞳でアイリを見上げる仔ウルウルフがいた。

「「ただいまぁー!」」

「「おう、おかえり」」

2人の元気な声が工房から響く。
1人と1匹の元気な声がそれを迎える。
どちらの声もやり遂げた感じが濃い、お互いが知らない所でお互いが苦労している、それをお互いがしっているからこそ、その声は元気なのであろう。

「はひー、タマジロー、ふみふみしてー。
アタシもう疲れちゃって、うん、ティアが覚醒したときが一番つかれたよぉ、緊張したしさぁー。」

「覚醒て・・・ウルウルフくらい私が・・・って!そうそう!来て!ユウ!タマジローさん!」

思い出したかのようにティアはユウとタマジローを工房へと呼び出した、それに応えるように1人と1匹は工房の方へと足を運ぶ。
やけに嬉しそうなティアをみて、ユウとタマジローの頭の上に疑問符が躍る、材料がすべて無事に集まった報告ならば工房へと向かう必要もない、しかしティアがあれほど嬉しそうにする理由も材料が揃ったこと以外に心当たりもない。
ユウがタマジローをみると、タマジローも首を横に振っている、やはりお互い見当もつかないようだ。
しかし『どうせ見ればわかることだ』とわかっているため、あえてそこに会話はなかった。

そんな中、ユウとタマジローはティアの元へと辿り着いた、タマジローの小屋の前である、ユウとタマジローの疑問符はさらに大きなものとなる。
なぜ、小屋なのだろうか、なぜ、うれしそうなのだろうか。
そんな様子をはっきり態度に出す1人と1匹をみるのが楽しいようで、小屋の前に立つティアの笑顔はそれはもう眩しいものであった。

「いっくよー?・・・じゃーん!仔ウルウルフちゃんだよー!」

「「はぁ!!?」」

「え?だめ?」

ティアが小屋の入り口から体をずらして中をみせると、そこには茶色のウルウルプルプルがいる。
タマジローとユウが驚くのは当たり前だ、なにせ、ティアとアイリに取りに行かせたのはあくまでもウルウルフの『牙』である、にもかかわらず牙はおろか、丸々一頭のウルウルフを連れてくるなどと誰が予想できようか、普通なら予想はつかない。
頭の作りが至ってノーマルなユウとタマジローの反応は、至極当然のものである。

「あ・・・あの、ティア、確かにそれはウルウルフの牙も含まれてるけどさぁ」

「あ、ああ、それと、そこ、俺の小屋だぜ?」

「あー、アタシが許可したんだよ。ちょっとの間、あんたはその子と同棲だよ。きゃーうらやまし。」

タマジローの言葉に続けて、状況を説明しにアイリも工房へと来た。
その様子はどこか投げやりで、どうも意にそぐわなかったようにも見える、疲れもたまっているのであろう。
唖然とするユウとタマジローに、溜め息を交えつつアイリが説明を始めた。

「・・・ついてきちゃったんだ。」

説明は二秒で終わる。

「「ふーん、そっか。」」 

理解には一秒もかからない。
しかし、理解しても納得が出来ないことはある、ユウがそのことについて恐る恐るティアへと問う。

「なぁ・・・そいつさぁ、襲わない?」

どうもユウはまだ心の傷が癒えていないようだ、生まれて初めて獣の性欲をぶつけられた恐怖が脳裏と尻に焼き付いているらしい、その表情はどことなくウルウルフに近いものがあった、主に、目のあたりが。

「襲わないよ!そんな!ねえ?アイリ?」

「い、いや、アタシに聞かれても、ねえ?タマジロー?」

「あぁ、襲わねえ!」

「「「・・・」」」

タマジローの言葉には説得力がなかった、もちろんユウはタマジローの言葉を誰よりも信じない。
前科がありすぎたのだ。
ユウにとってもうタマジローはただの獣である。

「う、嘘だ!俺は獣のことは信じねえぞ!襲うし、無理やりカレー作らせようと工作するし!料理だと思わせておいてまさかの魔法料理だったりするし!」

「そんな!ユウ!ひどいよ!」

「だったら証拠をみせてみろ!ほら!」

「「「え・・・??」」」

ユウはしゃがみこみ、自分の背中を指差した、それがなにを意味しているのか、ティアにもアイリにもタマジローにもわからない。
場は、深い深い沈黙に包まれる。
沈黙に耐えかねたユウはぶっきらぼうに誤解の種を蒔いて見せた。
そのユウの言葉に、ユウを除くその場の全ての者が耳を疑った。

「乗せろ」

なんとユウは仔ウルウルフを自分の背中に乗せるよう要求したのである。
その言葉に場の空気が凍る。

「ユウ・・・戻ってきてよ、私、認めないよ?そりゃタマジローさんが上手だったのかもしれないけど、そんな道にハマっちゃダメでしょ、いや、ダメよ。ユウ。」

「あんた、結構好き者だね、ユウ・・・獣に後ろからヘコヘコされたいわけ?」

「おいおい、乗せろってお前、何考えてんだよ・・・」

「・・・え、なにこの空気・・・」

収拾のつかなくなってしまったその場をなんとかするために気を利かせたアイリがしぶしぶとユウの要求に応える。
アイリは悔しそうに「ごめん、ごめんね、仔ウルウルフちゃん・・・」とつぶやき、プルプルと震える涙目のそれをユウの背中へと置く。
アイリは罪悪感に襲われていた。何も知らない無垢な仔ウルウルフを、獣に犯されるのを趣味としている男の背中に乗せるのだ。
襲うわけがないのに、襲わないことを証明するために。
アイリはこのときの事を「美しい雪景色の丘に、バケツ一杯の泥水をぶちまけた気分だった・・・。」と遠い目でその後に語っている。

男の背中に無垢な天使が乗せられた。

「「「・・・・っっ!!」」」

全員がその様子を生唾を呑みつつ見守る。
しかし、結果は予想通りであった。
プルプル震える天使は、男の上でプルプルと震えるてそのままプルプルと滑り落ちた。
床に落とされた仔ウルウルフは、ただの一声も漏らすことなく、ただただ立ち上がり、その潤んだ瞳でアイリを見上げた。

アイリは少し泣いた。

色んな意味で耐えきれなくなったタマジローは、話を終わらせるためにうつむきながら言葉を落とす。
その声は、なんとも言えない悲壮感を含んでいた。

「・・・さぁ、メシにしよう。」